ワタ婆さんに占ってもらったが……
「お、お邪魔します……」
靴を脱いで恐る恐る上がる。外に電線があったから一応は電気が通っているようだが照明はつけられてなくて薄暗いし、何か独特の臭いというか香りがする。しかし掃除は行き届いているようで、古めかしい木で作られた廊下の床は清潔で光沢を放っている。
ヤチヨさんに導かれた先は、廊下の一番奥の部屋だった。
「お婆様。小倉明日香を連れて参りました」
ヤチヨさんが正座で、ふすま越しに声をかけると、
「入られい」
と、しわがれた声が返ってきた。ヤチヨさんは両手で丁寧にふすまを開けた。
大きく豪華な造りの祭壇がドンと鎮座していて、その前に置かれた椅子に紫の着物を着た老婆が座っていた。間違いなくワタ婆さんの姿だ。
「待っとったぞ。小倉明日香よ」
ワタ婆さんはへっへっへっと笑った。ちょっと背筋にブルっときた。
「まあ座られい」
座布団が敷かれていて、その上にあたしは「失礼します……」と、恐る恐る正座した。
ワタ婆さんがアゴでしゃくると、ヤチヨさんは退室していった。部屋には暖房の類が見当たらないが、生暖かく湿った空気が漂っている。
相手から先に話しかけてきた。
「朝水は元気しとるか」
「は、はい……もうそれは元気しまくりまくってまして……」
何か文法的におかしな喋り方になってしまっている。
「それは何よりぢゃ。ああさんも忙しかろう、早速ぢゃが伝えるべきことを伝える」
ワタ婆さんが懐から取り出したのは、なんとスマホだった。
「へっへっへっ、最新機種ぢゃ。わしは90越したババアぢゃが、新しいもの好きなんぢゃ」
思えばこの人、アサとスマホで通話してたしな。人は見た目で判断しちゃいけない。
「ゆえに、占い方も時代に即してあっぷでえとしてきた。これを見られい」
画面に映し出されたもの。何か多角形状の図形に文字らしきものが書かれているが、何か漢字を簡単にしたようなものとか、△や□を組み合わせたようなものである。当然全く読めない。
「これよりああさんの運命を写し出す。真ん中の部分を押すのぢゃ」
ワタ婆さんが図形の真ん中を指さした。
「え、占いってこれだけですか……?」
「わしが占いに使うとった式盤をあぷりにしたものぢゃ。わしの力がこもっとるけん、効力は同じぢゃ。占いもでじたる化せんとのう。へっへっへっ」
ワタ婆さんの目が三日月状になった。
「じゃあ、押しますよ……」
あたしは立ち上がり、婆さんのスマホをタップした。
図形は式盤というらしいが、それが光を放ちながらキュイーンという効果音とともに高速回転を始めた。何だこのパチンコみたいな演出は……。
すると、婆さんは目を閉じて何やらブツブツと唱えだした。スマホを祭壇にかざして、何度も何度も頭を下げた。
ブツブツが止んだ。その次の瞬間、
「きぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!」
とんでもない奇声を発しながら、スマホを平手でペチッと叩いた。さらにドーンッ、と爆発音に似た大きな効果音が重なって、あたしはびっくりしてのけぞってしまった。
「出たぞい」
ワタ婆さんはまたスマホの画面を見せてきた。今度は文字の羅列だが、やはり何が書かれているのかさっぱりわからない。
しかし婆さんのしわくちゃ顔が険しいものになっている。
「むう……やはり詳しく占うても同じ結果が出るか……」
「え? ど、どういうことっすか……?」
「結論から言うぞい。朝水は元旦に死ぬ」
「アサが死ぬ………………はあああああああ!!!!????」
冗談がすぎる。スマホ占いといい、ワタ婆さん相手じゃなかったらふざけてんのかと怒鳴りつけるところだ。
婆さんは続けた。
「しかしただひとつ回避する方法がある。それはのう、元旦を迎える前にああさんと朝水がつがいになることぢゃ」
「つがいになる……??」
「夫婦になるということぢゃな」
「ブーッ!!!!」
汚いことに、鼻水が吹き出してしまった。あたしは慌ててポケットティッシュで鼻をかんだ。
「婆さん……70以上も年下の人間をからかうのはやめません?」
「からかうために空の宮から呼び出すほどヒマではなーいっ!!」
「ひーっ! す、すみません……」
ど迫力の怒声の前に、あたしはつい土下座してしまった。
「……御神託が下ったときはわしも耳を疑うた。朝水は村始まって以来の神童。あの子を失うのはわしも不本意ぢゃ。特に父親からすれば40半ばにして初めてできた娘ぢゃ。まこと不憫ぢゃけえ朝水を連れて行くのはこらえてつかあさいと神に泣きながらお願い申し上げた。しかし朝水と一番近しい者がつがいになれば長く生きながらえ、果ては世を動かす大物になると仰せられたんぢゃ」
しみじみと話す。ウソをついているようには感じられなかった。今までアサが話してきたことやマダガスカルなまこのキツネ落としの話が本当ならワタ婆さんの力は本物、占いの信憑性も帯びてくるというもの。
つまり、アサは本当に死んでしまうのか……?
「小倉明日香よ、朝水を救うてやってくれ。この通りぢゃ」
今度はワタ婆さんの方が頭を下げてきた。
「いや、そんなことされたってあたしには何がなんだかで……ひっ!?」
ワタ婆さんが足元にすがりついてきた。齢90以上とは思えない力が加わって、あたしを恐怖のどん底に突き落とす。
「朝水を、朝水を、朝水を、救うてやってくれ~!!」
目を血走らせ、歯が全部抜けた口を大きく開けて迫ってくる。
「ひいいいっ、わっ、わわわわわかりました!! 善処します!!」
「頼むけんの」
急に冷静になる婆さん。一生分味わう恐怖を今日一日で味わい尽くした気分だ……。
*
「おお、どうだったか?」
家から出ると、アサが寄ってきた。
ワタ婆さんを怖れているアサのことだ、正直に話すと正気を失うだろう。
「あたしのおふくろが近いうちに大きい病気をするかもしれないから親孝行しろ、だと」
とっさにウソが口から出てきたが、アサは信じたようだ。
「そうか。婆様がおっしゃってた『ある人間』というのは明日香ママのことだったのだな。ではこうしちゃいられない、今すぐ空の宮に帰ろう」
「そうだな」
「明日が学校でなければ小倉君にはゆっくりしてもらいたかったのだが」
「いえ、冬休みにまた来ますよ」
あたしはそう言い切った。年末になるとアサは里帰りするはず。占いが当たれば、そのまま二度と戻ってこないだろう。
つがいになるかどうかはともかく、どうにかしてアサを助けてやりたい。変な奴だけど、あたしの前からいなくなるのは考えられなかった。
何も知らないアサが満面の笑みを浮かべる。
「おお、また来てくれるんだな! 実は例年、神社で年越しライブをやるのだ。君も参加したまえよ。若者が来てくれればきっと盛り上がるぞ」
「できれば母親も連れてきなさい。村には万病に効くという温泉を持つ旅館がある」
板野さんもそう言った。
「わかりました。じゃあ、家族みんな連れてきます。たまにはみんなで実家を離れて年越しするのもいいかもですね」
あたしは穏やかでない心中を隠しつつ、再びの来訪を約束したのだった。