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ワタ婆様はいったい何者だ

 朝食を済ませた後、あたし達は再び車に乗り込んだが、運転するのは圭人さんで朝歌さんは店の準備のために残った。


 ワタ婆さんの家は村の東端にあるとのことだが、途中でかなり狭い道を通るため軽四に乗り換えることになった。東洋科学技研全盛期の頃、圭人さん含めメンバーたちは高級車を乗り回していたと聞いている。だから圭人さんが軽四を運転する絵面がおかしく見えてしまう。


 少し走ったところでスピードが緩んだ。ジャージ姿の中年男性が歩いているところに出くわしたが、圭人さんは窓を開けて挨拶した。


「おう圭人、どこ行くんな?」

「ワタ婆様のところです」

「ああ、例の子を連れていくんじゃな。気ぃつけていけよ」

「グランパも気をつけて!」


 アサが手を振った。ん、グランパということは……?


「今のが朝水のおじいさん、大竹村村長の今朝治(けさはる)さんだ」

「え、あの人が?」

「休日は散歩しながら村の様子を見て回っている。そんじょそこらの村人にしか見えないだろう」


 と言いつつ笑う板野さん。


「ちなみにパパの方が三つ年上だ」

「余計なことは言わんでいい」


 え、爺さんの方が年下……? いやあり得るか。確か朝歌さん、もうすぐアラフォーと言ってたから34歳ぐらいだろうし、その年齢の父親となるとだいたい板野さんと同じぐらいの世代になる。


「そんなどうでもいい話は置いといて、ワタ婆様の話をおかねばな。小倉君、津山三十人殺しを知っているかね?」

「いえ……なんか物騒な名前っすね……」

「まだ戦前の頃だ。岡山の北部にある津山市、その郊外の小さな集落で都井睦雄という一人の男の手によって住民三十人が惨殺される事件が起きたのだ」

「いいっ!?」


 いわゆるスプリー・キラーというやつか。しかし戦前ってことは8~90年ぐらい前のことだよな……


「都井は住民から嫌われていて、それに対する復讐が犯行の動機だったが、とりわけ都井のことを日頃から毛嫌いして嫌がらせをしている一家があった。当然復讐の対象となり家に押し入られたのだが、全員無事生き延びた。なぜだかわかるか?」

「なぜって……? まさか前から知っていたとか、ですか?」

「そうだ。家には当時幼い一人娘がいてまだ言葉もろくに話せなかったのだが、犯行当日、高熱を出して動けなくなり母親が医者を呼ぼうとしたそのとき、娘の口から『今宵、睦雄が来るから逃げろ』とうわ言が飛び出たのだ。信心深かった母親はこれは神がかりだと思い、家族ともども土蔵の地下に隠れた。そうして都井睦雄から逃れることができたのだ」

「……何かオカルトな話になってきましたけど、それとワタ婆さんがどう関係するんです?」

「今から話すところなのだが、君はせっかちだな。では結論から言おう。その一人娘こそがワタ婆様なのだ」

「えっ!?」

「なぜ大竹村に来たのか? それは事件の後、一家が村にいられなくなったからだ。娘が神がかりになって助けてくれたと言っても誰からも信用してもらえず、逆に都井睦雄との関係を疑われた。いたたまれなくなった一家は集落を去り、大竹村にたどり着いた。ワタ婆様は成長するにつれて本格的に霊能力に目覚め、占いを生業としはじめた。占いは驚くほど当たり、例え大難に見舞われるという結果が出ても小難無難に抑える術を授けてくれたから、村人はみな婆様を頼りにするようになった。神城の家が栄えたのもワタ婆様のおかげで、村人は誰もあのお方に足を向けて寝ることはできんのだ」


 板野さんの話を、あたしはずっと半信半疑で聞いていた。


「ワタ婆様あってこその大竹村と言ってもいい。この村で生まれた者たちはみな、ワタ婆様から名前を授かっている。朝水も母親の朝歌も今朝治村長も。その父親も……なんという名前だったか忘れたがとにかくみんなワタ婆様が名付け親になっている」

「それでアサでも頭が上がらないわけか」


 助手席のアサがこちらに振り返る。


「そう。ワタ婆様あってのボクなのだ。だから明日香、ぜっっったいに失礼のないようにしたまえよ? 婆様は占いだけでなく祟る力も持っているからな……」


 アサは幽霊でも見たかのような形相だった。こいつはガチで怖がっている。しかし占いだの祟りだの、田舎ではまだ信じられているかもしれないが都会育ちの板野さんまで信じている風なのが……


 いろいろ不安になってきたが、行く道もまるであたしの心情のようなものになっていった。民家がいつしか見えなくなり、道は一車線しかなく、舗装もガタガタになっているから揺れが激しい。


「小倉君、大丈夫かね?」

「は、はい」


 実際は大丈夫ではなかった。崖道を走っているので「転落危険!」の看板がやたらと目に付く。それなのにガードレールが無いのだ。


「うん、ここは何度走っても良い道だねえ」

「アサ、お前よく平気でいられるな……」

「だってここらへんはボクのお庭だぞ?」


 険しい庭だなあ。


「小倉君、もう少し辛抱したらいいものが見られるぞ」


 右手には林立している木しか見えなかったのが、急に視界が開けた。川が流れていた。陽光を浴びてきらめいていてとても美しく、不安感が和らいでいく。


 小さな橋に差し掛かったが、手前に行き違い用の待避所がある。板野さんはそこに車を止めて、「ちょっと降りたまえ」と言った。


 降りて橋の真ん中まで行く。見えた光景に思わず声が出た。


「うわあ……こりゃすげえ……」


 そこには滝があった。高さはそれ程ではないが幅が広く、白い水が何条にも分かれて流れている。まるで絹の糸を垂らしているようだ。


「ここは『清心の大滝』だ。読んで字の如く、見るものの心を清らかにするという。秋だったら紅葉が楽しめるんだが、冬でも乙なものだろう」

「いや、本当に心が清らかになりますよこれ……」


 眺めていたら、アサがいきなり肩を組んできた。


「明日香、一緒に写真撮ろう」

「お、おい近いぞ……」


 耳元で囁いてくるから、バスでの耳ハムハムを思い出してしまった。


「パパ、撮ってくれないか」


 アサは自分のスマホを板野さんに渡した。


「よし、二人とももうちょっと寄りなさい」

「こんな感じか?」


 アサがぐいっと抱き寄せて、頬と頬がぴったりくっついた。


「君、思ってたより柔らかくてもちもちしているな」

「急に何言い出すんだよ……」


 何か、頬の触れ合った箇所がジンジンとしてきた。きっと、アサが変なこと言ったからだ。


 つーか、何でこんなに意識してんだ……?


「小倉君、顔がこわばっている。もうちょっとにこやかに」

「こ、こうっすか……?」

「そうそう、それでいい。じゃあ撮るぞ」


 ピロリン♪ と撮影音が鳴った。早速写真を確認するアサ。


「おー、良い顔をしてる。家に飾りたいぐらいだ」

「あんまり変なこと言わんでくれ……」


 アサもあたしもどこかおかしい。長距離移動の疲れがあるんだ。きっとそうだ。

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