レイヤー
そこは辺り一面グレーな世界。
のっぺりとしたグレーの床や壁。そして、大きな箱のような曖昧な物体が並んでいる。
その配置を見るに、それらは会議室の机や椅子、その他ホワイトボードやモニターと同じ並び。
だから、かろうじてここは会議室っぽいことは分かる。
「ここが異界?」
「そう。正確に言えば『異なる視点から見た世界』だけどね」
持ち込んだはずのオレのノートPCや解析デバイス、そしてマグカップも曖昧な物体になっている。
ただ、ベーグルだけは、ハッキリと黒卵の様相のままマグカップらしきものの中で浮いていた。
「私達?」
「キミ達の言葉を借りれば古代文明人ということになるだろうか?もっとも我々からすれば古代でもないし、私は人でもないけどね」
今まで片言の文字でコミニュケーションを取っていた相手とは思えないぐらい、ベーグルは饒舌だ。
もっとも音声ではなく念話のような形なので饒『舌』とは言わないのかもしれないが。
「ここは古代人が作った世界ってこと?」
「半分はYESだが、半分は違う。ここは君たちの認識する宇宙と同じ世界だよ。ただし、視点だけを変えている。我々が開発したのは、その視点を変えた世界にアクセスする方法なんだ。そして、私はそのための装置というのが本来の役目だ」
「視点を変えるというのは、解像度を落とすってこと?」
オレは目の前のテーブルらしき直方体に触れ、のっぺりと曖昧な床を踏みしめて言った。
触れても踏みしめても、なんかしっくりこない。視覚と触覚がリンクしないのだ。
何かがある、触れているという情報だけは伝わるが、物に触っている感触ではない。
「それも一つの側面だ。ここでは温度の概念や、硬さといった材質の概念が曖昧だから、キミの世界での認識とはズレるがあるだろう」
言われてみると確かにそうだ。物に触れる時に当たり前に感じていた温度や質感というのが、ここでは丸で無い。
「おそらく無限に質問は出てくるだろう。だが、それでは本題に入る前に私のエネルギーが切れてしまうので、かいつまんで説明していいかな?」
ベーグルが提案する。
「もちろん」
オレは答えた。
ベーグルの話を要約するとこうだ。
ここは元々古代人が恒星間航行の研究の副産物として出来たのだと言う。
宇宙開拓を考えた場合の一番のハードルは距離と速度だ。なんせ地球から一番近い恒星プロキシマ・ケンタウリでも4.246光年、即ち光の速さで進んでも4.246年かかる。
そして、光の速度はどうやら越えられない。それどころか、光速というのは単に可視光線の速度という意味だけでなく、宇宙の情報伝達速度の上限のような振る舞いもあるという。これは現代の相対性理論を中心とした研究と古代人の見解は一致する。
この光速の上限と言うのはハードウエア制限みたいではないか?
例えば人間をコンピュータゲームの中のキャラクターだとすると、どうやってもコンピュータハードの性能を越えた速度では動けない。この宇宙も似たようなものだと。
この世は仮想現実・・・とまでは言わないが、宇宙は情報処理系のような振る舞いをするというのは現代の理論物理でも話題になるような話だ。「宇宙は巨大な量子コンピュータだ」という説を発表した学者もいる。
古代人の発想も同じ所に行きついた。そして、それを越えて行った。
宇宙が情報処理系の振る舞いをするのであれば、抽象度を上げた視点を持つこともできるのではないかと。そして、その抽象世界で動くことが出来れば高速移動をはじめ、様々なことが出来るのではないかと。
これについて、ベーグルは色々な例えをしてくれたが、オレにはゲーム例えた例が分かりやすかった。
ゲームの画面を見る場合、プレイヤーから見れば様々な色や形のキャラクターがアニメーションし、効果音が鳴り、物によっては喋ったりもする。
ただ、これはコンピュータの内部の目線で見ると、大量の0と1が目まぐるしく入れ替わっているだけだ。
ゲームの開発者は、その内部を直接見て、直接操作して、プレイヤーでは出来ない様々な事象を起こすことも出来る。
このように、プレイヤーが見えているものが全てではない。見えているものは、プレイヤーというフィルターを通して見た世界の1つの側面でしかないと。
古代人は、その抽象度を変えた世界を覗くことに成功した。
すると、見えなかったことが見えるという、新たな発見もあった。
これは、ラジオのチューニングのようなものだ。実はこの宇宙は人間が認識している周波数以外にも様々な周波数があるという。
その、他のレイヤーからこの世界に干渉出来てしまう場所が『穴』であり、干渉する存在を『妖怪』と例えたそうだ。
「じゃあ、このレイヤーに妖怪がいるってこと?」
オレは聞いた。
「ああ。今は動揺しないようにキミの視覚に制限をかけている。そろそろ解除したいと思うのだが、心の準備は大丈夫か?」
ベーグルは言った。
「いや、大丈夫かと言ってもさ!何が見えるんだよ!」
オレは焦る。
「それは説明するより見た方が早い。なに、ここの妖怪はさほど危険ではないから大丈夫だ」
「さほどって言ってもさ、どんな形とか動きとか」
「それもやっぱり見た方が早い。エネルギー残量の問題もある。覚悟を決めるんだ。行くぞ」
「いや、ちょっと待っ・・・」
視界が揺らぐ。
床、壁、机の上等、あちこちにモヤがかかって来た。
そのモヤは次第に黒いシミのようになる。
そして、赤血球のような形で落ち着いた。大きさは座れるバランスボールぐらいある。
もぞもぞと拍動のような動きをしているが、基本的にはその場に留まっている。
必要以上に動かない深海生物のような印象を受けた。
「これが・・・妖怪??」
「ああ。人間に影響を及ぼすという意味ではウイルスに近いとも言えるな。実際、ウイルスの中には異界から来たものもあるんだ」
「名前はあるの?」
「あるが、キミたちの言葉では意味をなさない。付けたければキミが好きにつければいい」
オレは蠢く巨大赤血球(ただし色は黒)を見ながら考えた。
見た目はモンスターのスライムのようだ。
「人間のネガティブな思考を増長するスライム・・・ネガティブ・スライム・・・ネイムだな」
それを受けてベーグルが言った。
「OK。では、ネイムの駆除方法を説明する」




