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イライラ

 こう言っちゃなんだが、部長の小川が来なくてもオレはなんとも思わなかった。

 前日飲み会の時はたまにあることだ。適当なタイミングで出社し、後でスケジュールを見ると、シラっと『商談直出した後の出社』と書き換えられていたりする。


 ただ、昼からまた会議があるのに、なんの連絡もないのは珍しい。

 始業後しばらくすると、先輩の田崎と販促部の木村部長がオレの席に来た。

「小川さんから何か連絡ない?」と。

 アンタらが知らないもんをオレが知るわけないだろうと思いつつオレは答える。

「何もないっすよ」 

「そうか・・・今日のこと何か聞いてない?」

「今日のこと?」

 オレはわざとしらばっくれる。


「昼からの会議のことだよ」

 田崎が言った。

「さぁ・・・別にいてもいなくても変わらんでしょ。あの人、司会以外はなんもしないんだから」

 オレは(お前らもな!)と内心思いつつ答える。


「その司会進行なんだけどさ、このまま小川さんに連絡付かなかったらどうしようかと思って」

「木下さんがやればいいんじゃないですか?」

 と、オレは言う。

「いや、本来この会議の進行は開発部の仕事なんだよ・・・」

「本来ですか。みんなそう言うんだよな。そんで、そう言って人が断った仕事がよく自分に回って来るんですよね。自分の本来の仕事って何なんですかね?」

 半笑いでオレは言った。ヤツらが言いたいことは分かっているので、これは牽制だ。


「それは・・・ウチと関係ないから小川さんに言ってよ」

 木下が少しイラついた口調で答えた。

 まさか、この期に及んでこんな態度を取るとは。

 オレは心の奥底がザラリと逆撫でされたような感覚を覚えた。


「じゃあ、田崎さんがやれば?『本来』ならそうなるでしょ」

 オレは薄笑いを消した。


「そうなんだけどさ、オレ、まだ、このプロジェクトそんなに詳しくないし、詳しい人間がやった方が効率的だと・・・」

「冗談ですよ!分かってますよ!」

 オレは言葉を遮って言った。口では冗談と言いつつも眉間のシワは消さない。


「要はオレにやれってことでしょ!『本来』だの『効率』だの理屈並べずに『やりたくないからお前やれ』って言ってくださいよ。最初からあなた達がやるなんて思ってないから素直に頼めば断らないですよ。()()()()()()ですからね!」

 一瞬、周りが凍り付いた。


 そして、オレは周りに聞こえるような独り言を続けた。

「まったく・・・こちとら、1人で徹夜でプロト仕上げてるんだけどな。。。司会程度がそんなに嫌なもんかな??一生懸命理論武装して必死に他人に押し付けるる意味がわかんねぇ。こんなの本来もクソもないだろうに」


 徹夜で仕事していたのは嘘だが、周りからはそう見えている。こういう武器は最大限利用させてもらう。後で「すみませんね。あの時は徹夜明けでイライラしていて」とでも言っておけばだいたいカタがつくと踏んで、言いたいことを言ってしまうのだ。要は、酒の席で酔ったふりするのと同じ理屈だ。

 

 サーバーのファンの音だけが静かに鳴っていた。

 誰かが文字通り『固唾を飲む』音が聞こえてきた。


「とにかく、ご要望通り司会進行もオレがやりますよ。そして、良い機会だから、こういうチームの状況も全て役員に『報告して相談』します。このチームに『本来の役割』とやらがあるのなら、役員に示して貰いたいですからね」

 オレは周りにも聞こえるように言い切った。


「・・・徹夜だったのか。申し訳なかったね。加藤君がそんな状況だとは知らなかったからさ。。。うん。『本来』は違うんだけど、そういう状況なら今回は『特別に』私が司会進行やるよ。開発部の問題は・・・色々ありそうだから、私の方からも後で連絡付いたら小野さんに言っておくから」

 木下が手の平を返す。

 オレは「はぁ」とだけリアクションして、自分のPCの画面を凝視して、作業に没頭するフリをした。


「・・・悪かったな」

 木下が立ち去った後、田崎が声をかけてきた。

「何か手伝えることあれば・・・」

「無いっす!」

 オレはまた言葉を遮った。

「いまだに『まだ、このプロジェクトそんなに詳しくない』なんて堂々と言ってる人に頼めることなんて無いですよ」

「そこは教えてくれれば・・・」

「みなさんに手取り足取り教えるのもオレの『本来の』仕事なんですか?オレ、誰からもそんな丁寧に習って無いですけど。というか、資料は全部メールやポータルで共有されてますよ。なんで詳しくないんですか?みなさんの『本来』の仕事って、オレの指示待ち、指導待ちすることなんですか?!オレ後輩ですけど!」

 オレは、他のメンバーにも聞こえるように言う。


「もう、頼みますから『詳しくない』なんて、他部署の人の前で堂々と言わないでください。冗談抜きに皆さんが詳しくないことまでオレのせいにされて色々メンドクセーから、せめて詳しいフリぐらいはしてください。フリだけでいいですから」

 オレはチームメンバーの顔をそれぞれ一瞥する。

 目を逸らす者、逸らせずに固まる者、何かを言おうと思案する者、反応は様々。

 まぁ、この辺が潮時だろう。


「すみません。プロト難航して明け方ギリギリに出来たもんでイライラしてます。ちょっと場所代えて頭冷やしてきます」

 そう言うとオレはPCと荷物を持って席を立った。

 先輩は「おう。それもいいかもな」と小声でボソボソ言う。他にも咎める者は誰もいなかった。

 

 最初は演出で不機嫌なフリをしていたのだが、言葉にしている内に本当にイライラしてきたのが自分でも分かる。

 今でも微かに手が震えている。もっと粗探ししてメンバーに追い打ちをかけたいという欲求が抑えられない。

 ここらで切り替えないと、本当にまずいと感じたので、オレはそのまま社員食堂に向かった。


 ここは昼食の時間帯以外は休憩室を兼ねている。実際、数人がコーヒーを飲んだり、ノートPCで仕事をしたりしていた。

 オレは、バニラアイスとコーラを買って隅の席に陣取ると、PCを開け、デバイスを繋ぎ、昨夜仕上げた翻訳ツールを起動した。


「コーラ 欲しい」

 と画面に表示される。

 オレは周りを見つつ、こっそりキャップにコーラを注ぎ、何度かバッグの中のベーグルにかけた。

 その度にベーグルは吸い込むように吸収する。


「ありがとう」

 画面の文字が変わる。


「ところで 分かっている だろうか?」

 続いて表示された内容にオレは頭を傾げた。「どういうことだ?」と小声で聞くと、更に不明な文が表示された。


「会社 **未登録単語** 穴 空いている」

「会社 **未登録単語** が いる」


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