ホテルの味はきっと甘い
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貴重なお時間に見合いますように……
その日の夜、私は仁科さんを呼び出した。
「お疲れ様です。姫乃さん」
「こちらこそお疲れ様」
「あの、それで用ってのは」
「それはね一緒に来てからのお楽しみ。とにかく私についてくれればいいから」
「あ、はい。分かりました」
私が仁科と共に向かった場所は都会の街に高く聳える高級ホテル。
あっ、ホテルって言ってもそういうところじゃないですからね。
如何わしい場所を想像した人は私が悪いんじゃないんですからね。そういう事を想像しちゃう貴方の方が変t……スミマセン。
そもそも私が妹とそんなところ行く筈ありませんから。
私はフロントでチェックインを済ますと専属のコンシェルジュが部屋を案内してくれる。
「……凄っ」
仁科はホテル内の装飾や設備は勿論、接客などのサービスを見て驚きを隠せない。
「一応、大企業の娘なんだからこういう場所は慣れてるんでしょう?」
「姉や兄は連れて行って貰ったこともあるんでしょうけど私はさっぱり」
「……そうなんだ。なんか、ゴメン」
「いやいや、謝らないでください。別に何も悪い事なんかしてないんですから」
「でも、それならちょうど良かったかも」
「え……それってどういう?」
疑問が出るちょうどいいタイミングで部屋につく。
「こちらが当ホテル自慢のロイヤルスイートで御座います」
コンシェルジュにエスコートされて部屋に入るとそこはTHE勝ち組と言わんばかりの豪華な部屋だった。
部屋の窓からは都会の綺麗な夜景を独り占めする事ができる。ベッドもふかふかだし部屋のインテリアもめちゃくちゃオシャレだ。
でもロイヤルスイートなんだからこのくらいは当たり前か。
コンシェルジュが部屋の説明を簡潔に終えると、一言挨拶を済まし部屋を出る。
「いや~凄いですね。この部屋。ロイヤルスイートって本当に泊まれるんですね。私、テレビとか雑誌でしか見た事がなかったから、ちょっと感動してます。でも、姫乃さんクラスのスターともなればこんなの当たり前なんだろうな~。あー、私も早くこんなとこに泊まれるようになってみたい!」
「ん?泊まるのよ。今日から」
「そうですよね。だからそんな姫乃さんが羨ましいなぁって思って」
姫乃が仁科にニヤッと笑いながら近づくと仁科の手をパカッと開いて鍵を渡す。
「何言ってんのよ?泊まるのは私じゃなくてア・ナ・タ」
「え、え?ハァーーーーー!わ、私ですか?!」
「そうよ。今日から取り敢えず一ヶ月は泊まれるようになってるから」
「いや、嘘ですって。冗談ですよね?冗談って言ってくださいよ!」
「残念。嘘でも冗談でもないのよ。コレが」
「そんなのダメですって。私なんかが泊まれる部屋じゃないですから。私がホームレスなの知ってますよね?お金がないからそうなってるんですよ?無理に決まってるじゃないですか!」
「分かってるって。だからここに泊まるんじゃない」
「いや、言ってる事が矛盾してますから!」
「貴方にホームレスみたいな事を私がさせたくないからに決まってるでしょ。それにお金の事は心配しなくても私が払っておくから安心してよ。私、他にお金の使い道が無くて困ってるのよ。だから」
事実、私になってから今までとは比べものにならない程に稼げるようになった。だがしかし稼げるようになったおかげで毎日仕事しかしていない。
これが普通の会社だったらブラックなんてものじゃないくらいブラックだ。
漆黒企業だよ。
そのせいで欲しい物もないし何処かに遊びに行く時間もない。一応、家は進藤さんに勧められて超高級マンションに住んでるけど、これが中々落ち着かない。
だから今まで住んでいたアパートも借りていて、度々元の姿に戻ってはそこで一息をついている。そこだけが姫乃でいなくなる唯一の場所だろう。
それ以外にお金を使わない事もあって貯金はちょっと前じゃ考えもつかないようなとんでもない額になっていっている。だから、妹の為に出すお金なんて山程ある。そしてそれが妹の役に立つなら躊躇う理由はない。
「それですよ、ソレ。私の事を心配してくれるのは嬉しいです。本当に。でも、こんな豪華なホテルには流石に泊まれませんよ。更にそれを一ヶ月もなんて…お金どれだけかかると思ってるんですか。せめてもう少し安いホテルにして下さい。それなら必ず後でかかったお金全てお返ししますから。流石にこのレベルのホテルで、しかもスイートなんて今もこれからも返せる気しませんよー」
「……このくらいのホテル、簡単に泊まれるようになってもらわなきゃ私が困るのよ!」
「?それってどういう意味ですか?」
「っとにかく今は、ここに住みなさい。いいわね?」
「ですから!」
「どうしてもここに住むのがイヤだっていうならこの一ヶ月だけでいいから我慢しなさい。一ヶ月あれば私の付き人としての給料が多少は貴方の手元に入る筈。そしたらここを出て安いホテルを探すなり、自分で家を借りるとか好きにすればいいわ。まあ、私としては一ヶ月どころかどれだけいてくれたって構わないんだけど…。それともホテル住まいが嫌なら、私が貴方の為にマンションでも買ってあげましょうか?そっちの方がいいって言うなら直ぐにでも探すけど」
「そっちの方が困るに決まってるじゃないですか!もう、意地悪しないでくださいよ~。わざと言ってるでしょう。私はどうすれば…」
「だったらいち早く売れなさい!私から盗める技はなんでも盗みなさい。自分の為になると思った事はなんでもやりなさい。この世界はね、なんでもやったもん勝ちなのよ。最初は私の真似をしたっていい。誰かがそれを見てパクリだとか言っても気にしなければいい。たとえ、きっかけが誰かの真似事だったとしてもそれが貴方の物になったなら、それが貴方だけの武器になる。だから、遠慮なく私を頼りなさい。使える物はなんでも使わなきゃ売れる物も売れないんだから」
「……分かりましたよ。なら一ヶ月だけお世話になってもいいですか?いや、お世話になります」
仁科の瞳は覚悟を決めたみたいだ。
「勿論」
こうして仁科のホームレス生活は一瞬で高級ホテルでの豪華な生活に生まれ変わった。




