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鶯は温かさを運びたい  作者: 風間ラグナ
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3.掃除屋な私

 携帯のアラームの音が次第に大きく聞こえ、もそりと掛布団から手を出して携帯を探る。何度かの空振りの末に掴んで画面に表示される時計を確認して、アラームを止めた。携帯を枕側において、ゆっくり身体を起こすとひんやりとした空気がパジャマの隙間から入っていき、ぶるりと震える。ベッドからおりてスリッパを履き、椅子に置いてあるカーディガンを羽織って台所でお湯を沸かす。朝起きて、白湯を飲むようにしているのは祖父母と暮らしていた時の名残だ。

 お湯を沸かしている間に洗面所で顔を洗う。顔を上げて鏡を見ると、いつものように目には模様がそこにあった。もう、かれこれ17年ほどの付き合いになるそれは、いつ見ても変わることはなかった。顔を拭いて、台所に戻りコップに白湯を入れて今日の予定を頭の中で確認する。

 今日は休みだが、こうして仕事の時と変わりなく起きたのは副業がある為だ。

 白湯を一口飲み、コップを持ちながら部屋へ戻り携帯を手に取る。インターネットで、電車の時間と経路を調べた。どうやら目的地まで何度か乗り換えがあるようだと考えてインターネットを閉じた。メールを開いて仕事内容を確認。

 熱い白湯は中々飲み進まない。息を吐き出し、冷ますように少しずつ飲む。

 メールを閉じて、写真フォルダを開く。昔の写真を引っ張り出して、眺めた。高校卒業の時の写真、祖父母との写真、そして就活の帰りに偶然助けてくれた現在の仕事場の社長との写真。

 随分と懐かしい夢だった。走馬灯のように過去の記憶が一気に流れ込んで、社長との出会いで終わった。社長と会って、もう5年ちょっと。その後、就職して1人暮らしを始め、副業を始めて5年。振り返ってみれば早い時間の経過だけれど、随分と濃くもあった。

 「準備、しなくちゃ」

 自分に言い聞かせるように呟き、携帯をベッドに置いて身支度を始めた。

 化粧を軽くしてからニットにジーパン、その上から黒いハーフコートを着込む。携帯や財布などを入れた茶色のリュックを背負い、高校卒業時に社長に買ってもらった色付き眼鏡を掛けて家を出た。自分の誕生日に買った白い腕時計で時間を確認しつつ駅へ向かう為、アパートの階段を下った。

掃除屋。それが私の副業の名前だ。

 簡単な話、18歳頃まで正体も分からなかった他の人に見えない“何か”は『妖』と呼ばれていて、それを祓う仕事だ。5年前まで恐れ逃げるしかなかった私が、それを祓う仕事をするなんてあの時の私は思いもよらなかったろう。いや、ずっと諦められていたことだったから、眼中にもなかったとも言える。

 社長は、私に妖や掃除屋のことを詳しく教えてくれた。そして、自分のところで就職する変わりに掃除屋業も兼任することを条件として勧誘した。なぜ、そんなことを言われたのか、当時は分からなかったけど、素質というものが私にはあったらしいと社長談。最初は社長と一緒に行い、次第に1人で任されるようになった。慣れというのもあったかもしれないが、任せてくれるようになったのはもう一つ要因がある。

 「()()()()()()()()()()()()

 濡れたような黒色の翼をバサリと動かし、駅まで歩く私の横を同じように歩く()()()()()姿()()()()()が声を掛けてきた。不揃いな肩よりも少し長い黒髪に鋭い赤色の目は三白眼で、右頬に刃物で切られたような傷が斜め横に一線入っている。武士のような着物と鎧を着込み、腰には刀があり、歩く度に擦れる音が聞こえた。

 最初に会った時はその風貌や乱暴な態度に怖がってしまったが、慣れてしまえば彼の見える優しさを1つ1つ発見するのが少し嬉しい。

 勝手に家へ上がり込まず、外へ出た時に声を掛けるのだってそう。

 そんな妖の名前は相楽(さがら)、天狗みたいなものだと彼は言っていた。どうしたわけか、彼は私の式神のような存在となってくれている。社長が私をこうして1人で任せるのは彼がいるからというわけだ。

 「他の掃除屋が逃がした妖の討伐。まぁ、後始末ってところだからあなたの期待にこたえられるかどうか。」

 「ふうん、そうかよ。知ってるぜ、それ尻拭いってやつだろ」

 「どこでそんな言葉を?」

 「船橋が言ってた、いつも尻拭いばかりさせられるって」

 「…社長の言いそうなことだね」

 会社の机で項垂れながらそう言っている社長を想像して少し笑う。朝の早い時間、人が通っていない道だからこそ、私を不審な目で見る人はいない。

 「目的地まで少し時間が掛かるよ。」

 「…いつも思うがよ。俺がお前を運べば早いんじゃねぇか?」

 「人に見られたらおしまいだっていつも言っているでしょう」

 「面倒だな」

 そう言って相楽は黒い翼を羽ばたかせ空を飛んだ。私はそれを視線で少し追って、人の目も気にせず自由に飛ぶ姿が羨ましく思った。

 腕時計を見て、電車の時間に近づいていることに気付き、下がりかけた眼鏡のブリッジを押し上げ早歩きする。

どうにか電車に間に合い、がらんとした座席に座り、景色を見た。寒空が続く季節、漸く太陽が町を照らし始めた。


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