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見るハラ

 うざったい。

 身体が怠い。すべてが煩わしく感じる。部屋には脱ぎ捨てたままの服が散乱していて、わたしは下着姿のままベッドに寝転んでいる。

 なんだか何もやる気がしない。ご飯を食べるのもお風呂に入るのも億劫だ。幸いここには誰もいない。何をしていても、何をしていなくても、咎める人は誰もいない。

 ただ、しばらくすると、そうして寝転がっているのにも飽きて来た。何もする気が起きないのに、それでも暇という感情は沸き起こって来るから厄介だ。こういうのを、アンニュイだとか、メランコリックだとか言うのだろうか? いや、何か違う気もする。

 観る気もないのに、わたしはテレビを点けた。トーク番組が流れている。当然、聞く気もないのだけど、聞く気がなくても耳は閉じられないから聞こえてしまう。寝返りをうって反対方向を向いたが、やっぱり聞こえる。当たり前か。

 

 「“見るハラ”というのが、最近、話題になっているそうです」

 

 そんな事をMCっぽい人が言っている。知っている。薄着をしている女性を、男性がじろじろ見るのを嫌がらせ…… つまり、ハラスメントと捉えるのだ。

 分かる。

 わたしもじろじろ見られるのは大嫌いだ。

 

 なら、肌の露出を抑えろ?

 暑いんだよ!

 なら、地味な服にしろ?

 可愛い服が着たいんだよ!

 

 ああ、うざったい。

 こんな話題の所為で、男どものねっとりとした視線を思い出してしまった。ああ、嫌だ。テレビなんか点けなければ良かった。

 そのうちにコメンテーターの一人が、意見を求められた。なんか言う。

 「社会的な事柄というのは、機能面から考えるのが基本なんです。つまり、見るハラという考えを定着させて、世の中が良くなるかどうかというのが重要だって事ですね」

 ふん。

 定着させた方が良い気に決まっている。

 そうわたしは思った。

 厭な視線を気にしないで街を歩ける。

 が、それからそのコメンテーターはこんな事を言うのだった。

 「美しい物につい見惚れてしまう。これは誰にでもある事でしょう。まあ、綺麗な言い方をしましたが、雄の本能として女性に見惚れるというのは抗い切れないものです。正直に言うと、多少は許してほしいというのが僕の本音ですかね……」

 ふん。

 知ったこっちゃない。

 だけど、“綺麗な物に見惚れる”と想うのは悪い気はしなかった。

 もっとも、それとこれとは話が別だけど。

 見てるんじゃねぇ。

 イラつくんだよ。

 

 コメンテーターはまた続けた。

 

 「それに、少し見惚れてしまったくらいで、“嫌がらせだ!”と糾弾される社会なんて、息苦しくて暮らしたくはないと思いませんか? 少なくとも、僕は暮らしたくない。“見るハラ”に対して、見せるのが嫌がらせだっていう“見せハラ”って主張している人もいて、口喧嘩みたくなっているって言うじゃありませんか。

 ギスギスしていて、僕はちょっと嫌だなぁ。

 そう考えると、なんでもかんでもハラスメント化するのも考えものだって思いませんか?

 あれが嫌だ。あれが腹立つなんて言い出したら切りがないんですよ。例えば、見るのが駄目だと思って目を逸らしていたら、それもそれで嫌がらせになりませんか? “あの人はわたしを見てくれない”って不満を抱く人は必ずいますよ。

 それよりも、誰かに腹を立てている自分を反省しませんか? こんな程度のことで怒るなんて自分は心が狭いのかもしれない。もっと寛容にならなければ、と。その方がきっと世の中は良くなると思うんです」

 ふん。

 正論を言うじゃないの。

 でも、こいつは何も分かっていない。そういう事じゃないんだ。そういう事じゃ!

 このかったるさは!この怠さは!

 が、しかし、そのコメンテーターはまだ続けるのだった。

 「それと、その程度のことで我慢ができないほど腹を立てる人が僕は心配でもあります。

 もしかしたら、睡眠不足とか栄養が偏っているとか生活に不安を抱えているとか、そういうストレスを抱えている人なのかもしれない。

 ストーキング行為をしてしまう人がいますが、そういう人は実は他に何か不安を抱えていて、それがそのような歪な形で発露してしまうのだそうです。つまり、本当の原因は何かまったく別のストレスだって事です。ストーキングを治療するのには、だからそのまったく別の原因を突き止めなくてはならないのですね。

 多分ですが、この“見るハラ”を訴えている人達も、本当は何かまったく違う原因がその怒りにはあるのではないでしょうか?

 早く、誰かに助けを求めた方が良いのかもしれない」

 

 “早く、誰かに助けを求めた方が良いのかもしれない”

 

 わたしはその言葉に固まってしまった。

 そして、何故か自然と涙が出て来た。

 

 “そんな事を言ったって、誰に助けを求めれば良いのかも分からないんだ”

 

 それからわたしはベッドに突っ伏して泣いた。

 

 助けて…… 誰か、助けて。

 

 もちろん、誰も助けてはくれなかった。

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