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たとえ泥臭くても

 冒険者ギルド本部に行き、執務室の前に立つ。


「失礼します」


 ノックをする余裕もなく俺は執務室の扉を開ける。


「ん? ロイ君たちじゃないか。どうかしたのかい?」

「おお、ロイ殿。それにシル殿、イオナ殿、セフィラ殿も」

「急にこんなところへどうしたんですか?」


 ギルドマスターだけでなく、カナタとクラリスさんもいた。なにやら資料を囲んで話し合っていたようだ。


「実はクリフさんから伝言がありまして。……この部屋、他に誰もいませんか?」

「……僕たち三人だけだよ」


 俺の様子に異変を感じ取ってか、ギルドマスターが目を鋭くする。


 この三人だけなら話は早い。


 俺はシャーロット様が告げた予言をギルドマスターたちに話した。

 三人は驚いていたようだったが、さすがSランクというべきか、すぐに落ち着きを取り戻す。


「予言か……随分早いね」

「そうですね。普通ならもう少し遅いはず。ということは――誰かが霧の樹海のことをシャーロット様に話したのでしょうか?」


 ギルドマスターとクラリスさんがそんな話をしている。


 俺は言った。


「……シャーロット様に霧の樹海のことを話したのは俺です。それがなにか関係あるんですか?」


 クリフさんだけでなくこの三人もこの反応ということは、やはり俺がシャーロット様に霧の樹海の話をしてしまったことがよほど致命的だったんだろうか。


 ギルドマスターは難しい顔で頷く。


「そうとも言えるし、そうでないとも言える。……シャーロット様の予言には周期がある。どんなに間隔が詰まっても三か月に一度しか起こらない」

「三か月に一度ですか」

「ああ。前回、アルムの街の一件で予言をしてからまだ二か月もたっていない。だからシャーロット様は予言をすることはできないんだけど、一つだけそのルールを無視する方法がある」

「なんですか?」

「寿命を削って無理やりに予言をすることさ」


 俺は目を見開いた。


「寿命を削って……!?」


 シャーロット様はさっき予言を行ったあとにすぐに倒れてしまった。あれはその代償を払ったことへの副作用だったのだろうか。

 ギルドマスターは溜め息を吐いた。


「前にも似たようなことがあってね。シャーロット様はそのときも前の予言から三か月を空けずに予言をした。その後半月に渡って昏睡したんだ。再び目を覚ました彼女は、体力が低下したり、咳が止まらなくなったりといった症状に悩まされるようになった。薬を飲んで数日は大丈夫なようだけどね」

「シャーロット様の病気はその前からじゃなかったんですか?」

「もともと体は弱かったけど、それが悪化したという感じかな」

「……そこまでして、なぜシャーロット様は予言を」


 俺が尋ねると、ギルドマスターはこう答えた。


「責任感が強いからさ。彼女は自分が死んだとしても、彼女の代で『世界の終末』を終わらせたいそうだよ。……『世界の終末』が終わらないかぎり、予知能力は王家の中で継承され続ける」

「予知能力そのものになにか悪い点があると?」

「体が弱くなり、短命になる。歴代の予言者で三十歳まで生きられた人間は稀だそうだ」

「……」


 俺は言葉を失った。


 クリフさんが必死にシャーロット様の予言を止めた理由がわかったからだ。


「ギルドマスター。歴代の予言者で三十歳までしか生きられないということは、期間前倒しでの予言まで行ったシャーロット様は……」

「……さらに寿命が削られる可能性はあるね」


 ギルドマスターは重々しく頷いた。


 どうりで周囲の人間がシャーロット様に霧の樹海の異変を伝えないわけだ。


 そんなことをすればシャーロット様はすぐに予言を行ってしまう。それが、ただでさえ少ない寿命をさらに削る行為だとわかっていても。


 シャーロット様の年齢は今いくつなんだろうか。

 あと何年生きられるのだろうか。


 ヒルド山地から戻るとき、彼女は『もう思い残すことはない』と言っていた。

 あの言葉が頭の中をぐるぐると回る。


「ロイ、大丈夫……?」

「あ、ああ……」


 シルの不安そうな声に我に返る。

 俺がこんなことを考えても仕方ないのはわかっているが……


「さて、ロイ君。報告感謝する。もう戻ってくれて構わないよ」


 ギルドマスターが唐突にそんなことを言った。


 あ……そうか。

 俺は報告のために来たんだ。それが終わればもういても仕方ない。


「ギルドマスターたちはこれからどうするんですか?」

「霧の樹海に向かう。複雑ではあるけど、シャーロット様の予言が気になる。彼女が危機を伝えてきたということは、もう時間がないかもしれない」

「……人手は足りているんですか?」

「心もとない、というのが本音だ。解毒用のアイテムも足りていないしね。けれどロイ君、それは君が心配することじゃない」

「え?」


 目を瞬かせる俺に、ギルドマスターははっきりと告げた。


「君はシャーロット様の予言に関わらないことを選んだんだろう?」


 そうだ。


 俺は最初にシャーロット様の話を聞いたとき、『世界の終末』を回避するための人員として勧誘され、それを断った。


 つまり、部外者だ。


「君はもう無関係だ。予言を伝えてくれたことには感謝するけどね。悪いけど、僕たちはこれから忙しくなる。退室してくれるかな?」


 その言葉にシルとイオナがぴくりと反応した。


「ちょっと……」

「その言い方はないんじゃない? せっかくロイがわざわざ予言の内容を伝えに来たってのに」


 ギルドマスターはシルたちの言葉には反応せず、俺を見ている。


「俺の力は……必要ありませんか」


 俺はふとそんなことを聞いた。なんでそんなことを言ったのかはわからない。シャーロット様の剣には関わらないと言ったのは俺自身だというのに。


「必要ない。今の君じゃあ足手まといにしかならないと断言できるよ」

「なぜですか」

「他のことに気をとられているからさ。……まあ、優先して守りたい相手がいる、というのはいいことだとは思うけどね」

「それは……」


 言葉を失う俺に、イオナがはっとしたような顔をする。一方でセフィラは考え込むように口を閉ざす。


 ギルドマスターは言葉を続けた。


「まだなにか用があるかい? ないのなら退室してくれ。予言で急げと言われた以上、僕たちは今夜のうちにでも出発しなくてはならないのだから」

「……わかり、ました」


 ギルドマスターの言葉に従い、俺たちは執務室を出るのだった。





 宿に戻り、ベッドに腰を下ろす。


 色々あって疲れた……

 溜め息を吐く俺に、イオナがぽつりと口を開いた。


「ロイ。あんたがシャーロットに関わらないことを選んだのって、あたしたちのため?」

「……どうしてそう思うんだ?」

「ロイみたいなお人好しが、シャーロットみたいに苦しんでいる人を放っておくのがおかしいわ。いつもなら、向こうに拒否されたって首を突っ込むでしょ。それにさっきアランの言葉に対する反応……あれで確信したわ」


 ……俺はそんなにわかりやすいんだろうか。

 前にセフィラにも考えをあっさり見抜かれたような気がする。


 となると、とぼけても無駄なんだろうな。


「そうだ。シャーロット様のことは気になるが、前に戦ったゼルギアスは強力な相手だった。あんな強さの敵とまた戦ったら、今度は無事でいられる保証はないからな」

「馬鹿にしてるの……?」


 イオナが声を震わせた。やばい、本気で怒っている。


「このあたしを従えておいて、その弱気はなに? あたしたちじゃあ、ゼルギアスとかいうのにかなわないって思ってるわけ? あたしは、あんたの目的を叶える手足としての価値もないって言いたいの?」

「違う! 俺はイオナも、他の召喚獣や召喚武装のことも信頼している」

「だったらどうしてシャーロットと関わらない、なんて話になるのよ!?」


 怒りをあらわにするイオナを、横からセフィラが止めた。


「落ち着いてください、イオナ様」

「なんでセフィラが止めるのよ!」

「私も以前、同じことをロイ様からお聞きしました」

「え?」

「ロイ様は私たちのことを信頼していないわけではありません。優先順位を決めたのです。私たちを守るためなら、『人でなしでも臆病者でもいい』と」

「……」

「ロイ様は、私たちのことが大切だからこそ……シャーロット様の一件に深入りしないことを選んだんです。なら、私たちがロイ様を咎めることはできないはずです」

「……っ、そんなの私は望んでないわ」

「ええ、ですがロイ様はそう決めたのです。なら、私たちはそれに従うべきではないでしょうか」


 セフィラにそう諭され、イオナは黙り込んだ。


 ……セフィラには前にそう言っておいたんだったな。


「……ロイは本当にそれでいいの?」

「自分で言ったことだぞ。後悔なんてしない」

「嘘! 本当は今すぐにでも飛び出したいくせに!」


 ……ああ、その通りだよ。

 シャーロット様いわく、霧の樹海には『黒の柱』とかいう怪物がいるらしい。すぐに向かわないと大勢の犠牲が出るそうだ。

 以前のアルムの街のようなことになるかもしれない。


 それにシャーロット様自身のことも気にかかる。


 彼女は今回、寿命を削って予知を行った。今後もそういうことをしないとは言い切れない。

 俺が手を貸して、『世界の終末』とやらの回避が近づくなら……すぐにでも飛び出したい気分だ。


 だが、それはしない。


「なんとでも言ってくれ。俺にとって一番大事なのはお前たちだ。だから……シャーロット様の予言に関することには、手を出さない」


 俺がそう言うと、不意にそれまで黙っていたシルが口を開いた。


「……ロイらしくない!」


 ……んん?


「……どういう意味だ、シル」


 俺が聞くと、シルが不満そうな顔で言った。


「イオナの言う通りだよ。セフィラも本当はそう思ってるんじゃない? お人好しのロイが困っている人を放っておくなんて変だよ!」

「いや……別にそこまでお人好しってわけでもないと思うが」

「「「それはない(です)」」」

「声を揃えるほどのことか……?」

「あたし、ジュードとの戦いで跳ね返されたブレスから庇ってもらったわ」

「私は大金で奴隷商人から買ってもらっただけでなく、足の病気や呪いまで治してもらいました」


 イオナとセフィラまで即答してきた。


 まあ、そんなこともあったが……あれはその場の勢いとか、いろいろ理由があったからなんだが。


「うんうん。でも、私がロイらしくないって言ったのはそこじゃなくてね……」

「なんだよ」

「普段のロイなら、失敗しても成功するまで挑戦するでしょ? 召喚スポットの試練だって、どんな相手でも一度だって諦めてこなかったじゃん」

「……あ」


 言われてみればそうだ。俺は召喚スポットで様々な試練に挑戦し、何度も試練の間で苦痛を味わったが、投げ出したことは一度もなかった。


「私はそんなロイが好きだよ! 優しいところとか、神気が濃いところとか、ロイの好きなところはたくさんあるけど……一番好きなのはその諦めの悪さ。欲しいと思ったものを、かじりついてでも手に入れる泥臭さがロイの一番の魅力だよ」


 シルは俺をまっすぐ見た。


 その大きな瞳は俺への信頼で輝いているように見えた。


「だから、私はロイにはどんなことでも諦めてほしくない。シャーロットを助けたいなら、その望みを叶えてほしい」

「シル……」

「私たちが心配なら、簡単だよ。私たちが酷い目に遭う前に逃げちゃえばいいんだよ! それで、また準備を整えてから再挑戦すればいい。いつも召喚スポットの試練でそうしてるみたいにね!」


 にっこり笑ってシルはそう言ってのけた。


 俺は、思わず呆然とした。


 逃げればいい。


 ……そうだ。俺はいつもそうしていた。召喚スポットの試練ではしょっちゅう失敗するが、そのたびに挑み直し、最後には目的のものを手に入れる。


「…………俺、自分で思っていたよりワガママなのかもしれないな……」

「っていうよりは……頑固? 一度決めたら曲げない、みたいな?」

「はは、そうかもな」


 なんだか力が抜けてしまった。


「シル、ちょっとこっちに来てくれるか」

「え? なに――ってわぁ!?」


 俺はこっちに歩いてきたシルを抱き寄せた。咄嗟のことにシルは体を固くするが、すぐに「えへへへへぇ」とだらしない声を出して力を抜いてくる。


「次はイオナだ」

「え? あ、あたしも?」

「嫌か?」

「い、嫌じゃないけど……なんでこのタイミングで……」


 ぶつくさ言いながらも、イオナもシルと交代で俺の腕の中に納まった。素直に甘えてくるシルと違い、やや緊張気味にしているのがイオナらしい。


「セフィラも」

「ええっと……はい」


 イオナの次はセフィラを抱きしめる。戸惑い気味に体を預けてくる彼女を抱き寄せると、柔らかい感触が返ってくる。普段ならどぎまぎしてしまうような状況だが、今の俺はただ落ち着いた気分を味わっていた。


 セフィラを解放すると、シルが首を傾げながら言った。


「どうしたの、ロイ。珍しいね。普段は自分からこんなことしないのに」

「まあ、なんというか……最近色々と助けられることが多かったからな」

「それがなんで私たちを抱きしめる行動につながるの?」

「みんなのことが好きだなあ、と。そういう気持ちを伝えたかったというか……」

「「「!?」」」


 俺が言った途端に、三人が顔を真っ赤にした。シルは目を輝かせて嬉しそうに、イオナは両手で顔を押さえて、セフィラは驚いたように、と微妙に違いはあったが。


「あ、いや、あくまで家族というか仲間というか……深い意味はないからな!?」


 言い訳がましくそんなことを言う俺。


 しかしこれはまぎれもない本心だ。


 イオナには『癒光ノ珠獣』の試練のときに発破をかけてもらった。

 セフィラにはみんなが寝静まった宿の部屋で話を聞いてもらった。

 そしてシルには、迷っている俺の背中を押してもらった。


 戦力としてみんなを頼りにしているだけでなく、最近は精神的にも助けられる瞬間が多かった。そのことに感謝が尽きない。


「あー、それで、これからのことなんだが……俺は霧の樹海に向かおうと思う」


 シルが尋ねてくる。


「シャーロットの予言に従うの?」

「ああ。言っていることが二転三転して悪い。でも、本当は俺はシャーロット様のことが心配なんだ。だから、みんなには力を貸してほしい」


 俺は三人に頭を下げる。


「うん、それでこそロイだよ!」

「結局こうなるんだから……」

「もちろんです。私はロイ様のためならどこへだって行きます」

「……ありがとな、みんな」


 快く頷いてくれる三人に、俺は感謝の言葉を告げるのだった。

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