山頂にて
俺たちはヒルド山地に到着した。
「ついたわよ」
「ここも久しぶりだな……」
イオナの背中から下りる。
「んーっ、相変わらず空気が綺麗だね!」
「みなさんは前に来たことがあるんですよね」
「あ、そっか、セフィラは初めてだもんね」
シルとセフィラがそんなやり取りをしている。
どうでもいいが、シャーロット様も意外に軽やかな動作で地面に下りてきていた。
「……なんですか、ロイ。その意外そうな顔は」
「いや、なんとなく運動音痴なイメージがあったので」
「心外です。私は体に不調を抱えているだけで、もともと運動は苦手ではありません」
不満そうにそう言ってくるシャーロット様。
そういうことなら高所でへばったりはしない……と思いたい。
「で、ラウフィートの浮遊城ってのはどこにあるわけ? なにも見えないけど」
これは竜から人間の姿に戻ったイオナの台詞。
「まだ時間帯が合わないのでしょう。日付は合っていますから、少し待てば見える……はずです」
シャーロット様が少し自信なさげに応じる。
実際に見たことはないと言っていたから、この言い方も仕方ない。
そのまま山頂で一番見晴らしのよさそうな場所まで移動する。
あとはしばらく待つだけだ。
「……くしっ」
不意にシャーロット様がくしゃみをした。
「寒いですか?」
「そ、そうですね。山の上はこんなに冷えるものなのですね。話には聞いていましたが……」
ああそうか、シャーロット様は幼少期から体が弱かったから、そもそも登山なんてしたこともないのか。服装は動きやすそうではあるが、あまり温かそうではない。
あ、そうだ。
「ちょっと待っていてくださいね。【召喚:『樹ノ幼鼠』『樹ノ幼鼬』『癒光ノ珠獣』】」
『ちゅう』『きゅうー』
「お前ら、シャーロット様にひっついてやれ」
「えっ? わあっ!?」
いきなりのことで驚くシャーロット様に、ぎゅうぎゅうとくっつこうとする召喚獣たち。
「どうですか? あったかいと思いますけど」
「……あ、本当です。すごくあったかいですね」
俺が呼び出した召喚獣たちはみんなモフモフとした毛皮を持つやつらだ。
これならシャーロット様も寒くはないだろう。
むしろ暑いくらいかもしれない。
今度はシルがぼやいた。
「それよりお腹減ったよ~」
「そうだな。どうせ待ってるだけでも暇だから食事にするか」
シルの言葉を受けて俺は頷く。長い時間をかけて移動していたし、その間はなにも食べていなかったからみんな空腹のようだ。
ヒルド山地のそばには自生している山菜やキノコ類なんかを、いつも通りに召喚獣たちによる人海戦術&シルの能力のコンボで集めてきてもらう。
また、近くの水場から綺麗な水も回収。
基本的にいつも調理をするのは俺だが、今回はセフィラにも手伝ってもらった。
以前はかなり危なっかしい手つきだったもののセフィラはしっかり戦力になってくれた。
「んー、美味しいっ!」
「今回はセフィラも手伝ったのよね? すごいわ」
「あ、ありがとうございます」
完成したシチューを食べながら談笑する。
「イオナの言う通りだ。セフィラ、手伝ってくれてありがとな。……それにしても、なんか妙に上達してなかったか?」
前に一度教えたことはあったが、ここまで器用ではなかったような。
「その……実は、宿で女将さんに少しだけ調理の作業を見せてもらっていたんです」
「作業を? わざわざそんなことをしてたのか?」
「はい。少しでもロイ様のお役に立ちたくて」
そう言って照れくさそうに笑うセフィラ。
その表情はなんというか……とても可愛く感じた。
「あ、ありがとな」
「はい。これからも精進します」
「セフィラいいなー、ロイに褒められて。私も料理しようかな?」
「シルはそのままでいてくれ。美味しそうに食べてくれるだけで十分だからな」
「えーっ、そう? そうかな?」
嬉しそうに笑みを浮かべるシル。ちなみに半分はごまかしだ。
……シルの性格だと、料理に変なアレンジを加えそうだからな……
「……仲がいいのですね」
シャーロット様がそんなことを呟く。まあ、少なくとも悪くはないだろう。
「シャーロット様、シチューは口に合いますか?」
「はい、美味しいです。……あ、その、さすがに王城の料理人に味そのものは劣りますが」
「いや、そこと比べられても」
「ですが、なんというか、こういうのはすごくいいです。広々とした景色を見ながら、わいわいと大人数で食事をとるというのは……なんだか胸が温かくなりますね」
シャーロット様の表情はどこか気の抜けたような、幸福感のあるものだった。
まあ、病弱なうえ王族ともなれば、こういうキャンプ的なことはしないだろう。
楽しんでもらえたなら幸いだ。
「それにしてもどうして魔物が寄ってこないのでしょう?」
ふと疑問を発するシャーロット様。
「来てるよー、でも私たちの姿を見て逃げていってるの」
「え? どういう意味ですか、シル?」
「ここにいる魔物ってサファイアワイバーンっていうんだけど……前にロイやイオナが仲間をぼっこぼこにしたせいですっかり怯えてるみたいなんだよね」
シルの言葉にシャーロット様が目を見開く。
「い、いやいや、そんなはずは。サファイアワイバーンは強力な魔物と聞きますよ。そんなはずは――」
「あのときは三体目を狩るの、大変だったよな」
「そうね。あたしたちを見るとすぐに逃げるようになったから面倒だったわ」
「あ、本当なんですね……」
まあ、逃げるサファイアワイバーンを追いかけたおかげでその後のゼルギアスとの空中戦でもうまくやれたわけだし、無駄ではなかったけど。
……ん?
『ギシャアアアアアアアアアアッ!』
「さ、サファイアワイバーンが来ているではありませんか!」
シャーロット様の言う通り、サファイアワイバーンがこっちに大量に向かってきている。
なんでだ?
あいつら、俺たちに怯えて近づいてこないんじゃなかったのか?
「ロイ、あれ見て! 奥に何かいるわ!」
イオナに言われてサファイアワイバーンたちの奥に視線を向けると、そこにはひときわ大きな体をと濃い色の鱗を持つ個体が控えていた。
『グルルアアアアアアアア!』
『『『シャアアアアアアアアアア!』』』
そのワイバーンが指示を出すように吠えると、そのたびにサファイアワイバーンがこっちに勢いを増して向かってくる。
「そういえば書物で読んだことがあります……サファイアワイバーンの中には、群れを統率できるものがいると。それは王サファイアワイバーンと呼ばれ、恐れられているそうです」
シャーロット様がそんな知識を口にする。
王サファイアワイバーン……昔戦った精鋭オークのような存在だろうか?
「に、逃げましょうロイ! さすがにあの数はどうにもなりません!」
「いや、大丈夫だと思いますよ」
「えっ!?」
俺の言葉に愕然とするシャーロット様。
最近はゼルギアスといいギルドマスターといい、強い相手とばかり戦っていたせいで、あの王サファイアワイバーンもまったく怖く感じない。
「せっかくだからあたしがやろうかしら」
「私も戦います。……新しい杖の力を試してみたいので」
イオナとセフィラが、それぞれ槍と杖を構えながら前に出る。
「わかった。それじゃあ二人に任せる。でも、危ないと思ったら俺も戦うからな」
「「了解!」」
そう答え飛び出す二人。
「ど、どうしましょう……!? たった二人でイオナたちが飛び出してしまいました。あれでは殺されてしまいます!」
シャーロット様がおろおろとしながらそんなことを言う。
サファイアワイバーンの数は数十体にも及ぶ。
そんな数相手にこっちは二人なんだから、シャーロット様の反応も妥当だろう。
けれどあの二人は残念ながらそこらの冒険者とはわけが違う。
「はあああああっ!」
『グルァアッ!?』
イオナが大跳躍し、サファイアワイバーンの一体に槍を突き刺す。
喉を刺しての一撃必殺だ。
サファイアワイバーンが絶命し、その巨体が落ちる前にイオナは槍を起点にし、ぐるんっ! とその背に乗った。そこを足場にもう一度ジャンプし、次の獲物の元までたどりつく。
「続けていくわよ」
『『『ギャアアアアアアアアア!?』』』
まるで舟を次から次に飛んで海上戦を行うように、イオナは次々とサファイアワイバーンを撃墜していく。
すごい動きだ。今までイオナは拳や蹴りで戦っていたが、槍を手に入れたことで動きの幅が段違いに広がっている。
「【ライトニング】【アクアウィップ】、【スタブルート】【アイシクル】、【ソーンバインド】【ライトニング】」
『『『グギャアアアアアアアアアアアアッッ!?』』』
一方セフィラのほうはというと、もう大虐殺としか言いようがない。
もともと高威力の魔術を使えるセフィラだが、ダリルさんの店で【二重詠唱】つきの杖をもらったことで手数まで増えたのだ。
サファイアワイバーンたちは魔術の弾幕に撃ち落され、わずかに抜けてきたものも茨の壁に絡め取られてセフィラまでまったく届かない。
「つ、強すぎませんか……あの二人」
「ふふん、ロイにふさわしい下僕になるには、このくらいできないとね!」
「下僕とかいうな」
シャーロット様の言葉に、えっへん、と胸を張るシルに突っ込んでおく。
その表現は人聞きが悪すぎる。
『グルゥウ……ガアアアアアアア!』
お、王サファイアワイバーンがこっちに来た。
イオナとセフィラにはかなわないと察し、どうやら後ろにいる俺たちを狙うことにしたらしい。
「シル、頼む」
「わかったー!」
シルに剣の姿になってもらう。その間に王サファイアワイバーンは間近に迫っている。
「シャーロット様、ちょっと失礼します」
「え? ――きゃあっ!」
「【飛行】!」
スキル【飛行】を使ってシャーロット様を抱き上げたまま空へと逃げる。
『ガルアアアアアアアア!』
ズガンッ! という音とともにえぐられる地面。
『グルッ……』
「今度はこっちの番だ」
王サファイアワイバーンは直前で攻撃を避けられ俺たちを見失う。その隙を逃さず俺は王サファイアワイバーンの首を断ち切った。
ズウン……
頭部を失った王サファイアワイバーンの巨体が崩れ落ちる。
「あ、あなたたちは本当に何なのですか……」
俺の腕の中でシャーロット様がそんなことを呟いていた。




