中庭での会話
「シャーロット様、体は大丈夫なんですか?」
「問題ありません。薬を飲んでから数日は普通に動けますので。ロイと会ったときは薬を節約していたので、体調がよくなかったのです」
「なるほど」
言葉の通り、シャーロット様が俺を引く力はそれなりに強い。
回復したのは本当のようだ。
このぶんなら、少しくらい夜風で体を冷やしても大丈夫なのかもしれない。
「手短に話を済ませましょう。クリフにバレたらまずいことになります」
「え? クリフさんに内緒で出てきたんですか? よくそんなことができましたね」
あの重装騎士はてっきり常にシャーロット様の部屋の前に立っているのかと。
シャーロット様は無言で斜め上を指さした。
あれは……ロープ?
開いた的のそばにくくりつけられているのか、三階の窓から中庭の地面近くまで垂れている。そしてロープの端がくくりつけられている部屋は、位置的にシャーロット様の部屋な気がしてならない。
「まさか、自室からロープを使ってここまで下りてきたとか……?」
「その通りです」
この細腕でなんて恐ろしい真似を……
「そうしなければ、こうしてロイに会うことはできなかったでしょうから」
「……結局どんな用件なんですか? わざわざクリフさんに手紙を預けてまで」
「その前に確認です。クリフに聞きました。頼みがあれば、報酬次第で引き受けてもいいとロイが言ったそうですね。本当ですか?」
「まあ、冒険者としての仕事の範囲内なら」
シャーロット様は真剣な表情でこう告げた。
「では、依頼を出します。報酬は私の出せる範囲でいくらでも払いましょう。少なくとも数年遊んで暮らせる程度の額にはなるはずです」
「ええ……一体どんな依頼をするつもりなんですか?」
報酬の額が大きすぎる。依頼内容が怖くて正直聞きたくないレベルだ。
「依頼内容はこうです。私をヒルド山地まで連れて行ってください。可能なら今すぐにでも出発してほしいです」
ヒルド山地までシャーロット様を連れていく……?
「いや、無理ですよ! あそこには魔物も出ますし、かなり遠いんですから」
「しかしクラリスから聞きました。あなたは数日のうちにヒルド山地に行くことができると。それに、あそこに棲みつく魔物を簡単に狩ってしまったそうではありませんか。あなたであればヒルド山地の探索などお手の物のはずでしょう」
「まあ、それはそうなんですが……」
確かに以前、セフィラを奴隷商人から買うとき、金策の一環としてヒルド山地には行ったことがある。
竜の姿のイオナに乗っていけば数日中にヒルド山地にもつくだろう。
護衛の仕事自体も別に不可能ではないはずだ。
けれど問題はそんなところにはない。
「シャーロット様は病気なんでしょう? 城を離れたあと、体調を崩したらどうするんですか」
問題はそこだ。
仮にシャーロット様がヒルド山地までの道中で倒れたりすれば、俺は大罪人の汚名を着せられることになるだろう。
実情はどうあれ客観的には俺は王族をさらった誘拐犯にしか見えないはずだ。
「すべて対策は取りました」
「対策?」
「まず、部屋には書き置きを残してあります。行き先は書いていませんが、数日王城を空けると。筆跡を見れば私が自分の意志で書いたことはわかるはずです」
「……いや、体調のほうが心配ですよ」
「そちらも心配いりません。私の病気は特殊で、薬を飲んで数日は健康そのものなんです。また、薬の予備も持参しています。体調面でも、絶対に迷惑はかけません」
「……」
必死に告げるシャーロット様に、俺は口をつぐんだ。
シャーロット様の言葉が正しいのかは俺にはわからない。
だが、どうしてこんなに意志が固いんだ?
ヒルド山地に行くことにどんな意味があるんだ?
「……どうしてヒルド山地に行きたいんですか?」
俺は尋ねた。シャーロット様の今回の依頼には、なにか特別な理由がある気がしたからだ。
「それは――」
と、シャーロット様が口を開きかけたその時。
「「見つけたぁあああーっ!」」
「「……!?」」
心臓が飛び出るほど驚いた。
そこにいたのはシルとイオナ、さらに叫んではいないものの横にはセフィラの姿もある。
「ちょっ……なんでお前らがここに」
「夜中目が覚めたらロイがいなかったから、慌てて探してきたんだよ! 心配してたのに……! まさかシャーロットと逢引きしてたなんてショックだよ!」
「待て落ち着け! 誤解にもほどがある!」
どうやら俺がいなくなったことに気付いた三人が、シルの能力を使って俺の居場所をサーチし追跡してきていたようだ。
「みんな同じベッドで寝るなんて久しぶりだったから、すごく嬉しかったのに……! あたしたちを置いて出て行っちゃうなんて、ロイはもしかしてあたしたちのことが嫌いなの?」
「お、おいイオナ。泣かなくたっていいだろ」
「泣いてないわよ! 別に目が覚めたときにロイがいなくてすっごく寂しかったりとかしてないから!」
一方でイオナはかなり本気で傷ついている様子だ。罪悪感で胸が痛い。
「……あの、ロイ。ところでみんな同じベッドで添い寝というのは?」
「いえ、シャーロット様は気にしなくて大丈夫です」
「な、なんですかその扱いは!」
とにかくシルとイオナを落ち着かせる必要がある。
後はセフィラだけが頼みだ。
なんとかフォローしてくれ……!
「ロイ様、私から言えることは一つだけです。――どうして女性を求めているのであれば、私に声をかけてくださらないんですか? 私の体ではご満足いただけませんか?」
「くっ、セフィラも駄目か! 完全に誤解されてるじゃないか!」
「ふっ、ふふ、不潔ですよロイ! 彼女たち全員と関係を持っているというのですか!?」
「あなたもあなたでややこしい勘違いをしないでくれますか!? 俺たちはそういう関係じゃないですから!」
顔を真っ赤にしてとがめてくるシャーロット様のせいもあっていよいよ収拾がつかなくなってくる。
しかもそんな感じで騒いだことで――
「声が聞こえた! 侵入者か!? そんなところで何をしている!」
やばい! 衛兵が来た!
見つかったら大変なことになる。
「すみませんシャーロット様! 俺はここで逃げさせて」
がちゃん。
……ん? なんだこのフックのついた……ワイヤー?
「ってあんた何してるんだ!? これじゃ逃げられないだろうが!」
俺のズボンのベルト穴にフックつきワイヤーの片方が引っかけられ、もう片方はシャーロット様の手にある。
馬鹿な、何のつもりだ……!?
「これで一蓮托生ですね。さあ私も連れて行ってください」
「いくらなんでもやりすぎだろ!? あんたは悪魔か!?」
「急がないと衛兵が来ますよ」
「……いや待てよ、冷静に考えればここであえて捕まって説明をするという手も」
「その場合はあなたに誘拐されそうになったと言います」
「わかったよ! 連れて行けばいいんだろ!? 捕まったら弁解してくれるんだろうな……!」
俺は仕方なくシャーロット様を抱え上げ、王城の中を走り抜ける羽目になるのだった。




