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支部長の凶行

「答えなさい! ロイ、どこでその奴隷を手に入れた!?」


 支部長が顔を真っ赤にして叫ぶ。

 ……なんで支部長はセフィラが奴隷(今は違うけど)だとわかったんだ?


 奴隷、という単語に周囲から困惑の声を漏れる。


 これはまずい。


「支部長、言いがかりはやめてください。彼女は奴隷なんかじゃありません」

「嘘を言うのはやめなさいっ! 証拠はあるんですよ!」

「は? 証拠?」

「その女のフードを取るのです! そうすればわかります!」


 フードを取ればセフィラがエルフだということがバレる。


「それは……」

「できないんですか? 何かやましいことがあるんですか?」


 なんて鬱陶しい言い方だ!

 仕方ない。ここで下手に隠し事をしたほうが面倒になりそうだ。


「セフィラ。言う通りにしてやれ」

「……はい」


 ぱさ、とセフィラが被っていたフードを取り、その美貌と特徴的な耳をあらわにする。

 周囲に集まった野次馬たちも、セフィラのあまりの美しさに息を呑んでいた。


「ほぉーら、やっぱりエルフじゃないですかぁ! とぼけようとしても無駄なんですよぉ!」


 そら見ろと言わんばかりに支部長が大声を上げる。


「確かにセフィラはエルフですが、それがなぜ奴隷なんて話になるんですか?」

「決まっています、エルフなんて珍しい種族はそうそういません。唯一、先日王都で開かれた王都での闇市――そこで売り出された奴隷以外にはね!」


 王都での闇市。

 セフィラはそこでジュードに買われたのだろうか。

 というかなんで支部長はそんなことを知ってるんだ?


「私は今回の闇市にエルフが売りに出されると聞いて、ジュードに買いに行くよう頼んだのです。首尾よく引換券を手に入れ、あとは運ばれてくるのを待つのみでした」


 支部長は興奮のあまり見境がなくなっているのか、衆目の前にもかかわらず語る。


「しかしジュードが直前になり、あなたに負けて失踪した! 預けておいた引換券も紛失し、奴隷商人からそれを手に入れる機会もなくなったのです!」


 支部長はこちらに歩み寄ってきて、セフィラの前髪に手を伸ばす。


「ひっ……」


 そして支部長は硬直するセフィラの前髪を上げ、隠していた色違いの目を露出させる。

 うっとりと支部長は表情を緩める。


「ああ、なんと美しい……! 美しいエルフの容姿に加え、このオッドアイ! こんなレアなものはそうそうありません! 私はこの希少なモノを思う存分愛でることができるはずだったのに――」



「――何してる、この下衆(げす)



 俺は支部長の手首を掴み、捻り上げた。


「ぎゃあああああああああああああ! 痛い! 痛いっ!」

「彼女は奴隷でも、モノでもなく、俺の仲間です。勝手に触れないでもらえますか?」


 さっきから聞いていれば自分勝手なことばかり。

 セフィラのことを芸術品の一種だとでも思っているんだろうか?

 まともな精神じゃない。


「は、離しなさいッ!」

「だいたい、左右で目の色が違うくらいのことがなんですか? そんなことの何が重要なのか、まったく理解できませんね」


 目の色なんてセフィラの人間性とは何の関係性もないだろうに。


「――――――、」


 視界の端では、なぜかセフィラが呆気に取られたように俺を見ていた。


 それはまるで、絶対にありえないと思っていたことが実現したような。

 そんな表情だった。


 ……なんだ? 俺は別に変なことは言ってないと思うが。


 支部長は俺の手を振り払い、ぜえぜえと息を吐きながら俺を睨んでいる。


「そ、そのエルフを寄越しなさい。私のものですよ」

「セフィラは誰のものでもありません」

「金ならあなたが払った倍額、いえ三倍払います」

「いい加減にしてもらえますか? セフィラはもう奴隷じゃないんですよ」


 金でどうこうできるものじゃない。


「このっ……<召喚士>ごときが私に逆らうつもりですかぁあ……! では力づくで奪うまでです!」


 支部長は表情を歪めると、懐から何を取り出してくわえた。

 ……なんだあれ、笛か? 何をするつもりだ?


 ビィイイイイイイイイッ――――


 支部長が息を吐くと甲高い音が鳴り、すぐに人垣の奥から何かが飛び込んできた。


「ああ……あう、あ……」

「薬……くすりをくれ……ははっあははははは」


 それは人だった。

 しかし様子がおかしい。どちらもよだれをたらし、目の焦点が合っていない。


 支部長が哄笑を上げる。


「ははははっ! 彼らは私の護衛ですよ! 『コンフィルの実』から作り出した薬物に依存した元冒険者で、薬欲しさに私の言うことなら何でも聞きます! また、その腕力は通常よりもはるかに強化されています!」

「なっ……」


 こいつどうかしてるのか!?


 『コンフィルの実』は食べた者の魔力を高めるアイテムだ。しかし中毒性が高く、食べた人間の理性を破壊する。


 裏社会では高値で取引されていると聞くが……よりによって支部長がそんなものを私兵を作るために使っていたなんて。


 洒落にならないぞ、これ。

 野次馬たちにも動揺が広がり、『やばいんじゃないのか、これ……』『誰か衛兵呼んでこい!』と騒ぎになる。


 だがもはや周りのことは気にならないようで、支部長はニタニタと笑みを浮かべる。


「<召喚士>ごときが支部長である私に歯向かうなんて、あってはならないんですよぉ……ほら、謝りなさい、ロイ君? 今なら靴でも舐めれば許してあげますよ?」


 ……こいつも薬やってるんじゃないだろうな。


「あんたに謝る理由はないな」

「――ッ、いいでしょう。では両足の骨を折って、無理矢理這いつくばらせてあげますよぉ! いきなさい、お前たち!」

「「ウガァアアアアアアアアアアッ!」」


 中毒者二人が獣のように突っ込んでくる。


 速い!

 振り下ろされた拳を回避すると、中毒者の拳は石畳の地面をあっさりと破壊した。


 なんだこの怪力!? どこまで強化されてるんだ!


「ふっ!」

「ガアッ……」


 中毒者二人に反撃を見舞う。

 しかし、まるでダメージを感じていないように怯みもしない。痛覚までなくなってるのか。


「……これはきついな」


 殴っても気絶しないんじゃどうしようもない。まさか殺すわけにもいかないし。


 【幻惑粉】のスキルを使っても、この興奮状態じゃうまく作用するか怪しい。

 シルやイオナがいないのも不利である理由の一つだ。イオナがいればもっと楽になっただろうに。


「ほらほらぁ! どうしたんですか、ロイ君! 何もできないんですかぁ!? やっぱりあなたはゴミなんですよぉおおお!」


 安全圏から支部長が叫んでいる。

 あの男、絶対に後で殴る……!


「「ガアアアアアアアアアアアアアア!」」


 中毒者たちが再度突っ込んできて、



「【茨拘束(ソーンバインド)】」



 突如として地面を突き破って生えた茨に、その体を拘束された。

 茨はよほど頑丈なようで、中毒者たちは完全に動けなくなっているようだった。


「な、なんですかこれはぁ!?」


 支部長が絶叫する。

 そんな中、冷え切った声が響く。


「――ロイ様を侮辱しないでください」


 セフィラが怒っていた。

 俺のために。


「これ、セフィラがやったのか?」

「……すみません。勝手な真似を」

「いや、助かった。ありがとう」


 エルフは魔術が得意と聞いていたが、ここまで強力な魔術を一瞬で使えるのはすごいことだ。


「これは何事だ!?」


 ここで衛兵がやってきた。

 支部長が我に返ったように顔を青くする。


「あなたは……冒険者ギルドの支部長だな。何があったか説明してもらえるか?」

「ち、違います。私は何も悪いことなどしていません」

「ほう? この状況を見るに、とてもそうは思えないが?」


 衛兵は通報の際にある程度情報を聞いているのか、すでにだいたいの事情を察しているようだった。

 支部長をゴミを見るような目で見ている。


「冒険者ギルド支部長を、あなたを拘束させていただきます。状況の説明と、そこの薬物中毒者二人のことも明かして頂くまで帰せませんのでそのつもりで」

「い、嫌だ! 嫌だあああっ……」


 支部長は衛兵たちに連行されていく。


「ロイ! ロイぃいいいいいいっ! お前だけは……お前だけは絶対に許さないぞ! 今に後悔させてやるううううううう!」


 連行される間際、支部長が俺を憎悪に燃える瞳で睨みそう叫んだ。

 この期に及んでまだ自分が悪いと認めないつもりか?

 どうしようもないな。


 衛兵のうち一人が俺たちのほうにもやってくる。


「悪いけど、君たちも簡単に事情を聞かせてもらえるかな? ああ、もちろん君たちが被害者だということはわかってるから安心してほしい」


 俺は衛兵に事情を説明した。

 もちろんセフィラのことは伏せてだ。


 支部長は衛兵に尋問されてセフィラが元奴隷だと話すかもしれないが、何の証拠もない以上はただのホラだと判断されるだろうし。


「そうか、災難だったな。情報提供感謝する」


 衛兵はそう告げて去っていった。

 俺たちも帰るか。

 そう思って振り返ると、セフィラが顔を暗くしている。


「……」

「セフィラ、どうした?」

「……ロイ様、私が元奴隷だったことを、衛兵の方に言いませんでしたね」

「言ったら捕まるからな」

「ですが……もしバレたら、ロイ様が罪に問われてしまうんですよね」


 セフィラが声を震わせている。

 俺に迷惑をかけることが申し訳ないと思っているようだ。


 俺はセフィラの頭に手をやり、優しく撫でた。


「あ……」

「お前の面倒を見ると決めたのは俺だ。心配いらない。お前のことはちゃんと俺が最後まで守る」


 セフィラは俺に頭を撫でられたまま動きを止めてしまう。


「……すまん、もしかして嫌だったか?」


 シルとかイオナにやっているうちに変な癖がついてしまったかもしれない。

 セフィラはぶんぶんと勢いよく首を横に振った。


「そんなことありません! ……すごく、安心します」

「そ、そうか」

「もう、撫でてくれませんか?」


 セフィラが寂しそうに告げてくる。俺は思わず視線を逸らした。


「……反則だろ」

「はい?」

「何でもない」


 俺はセフィラが満足するまで頭を撫でた。


 このエルフ……自分が凄まじい美少女だって自覚がないのか!?

 あんなねだるようなことを言われたら、男なら誰でもドキドキするだろ!

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