煉獄ノ雌竜
※本日三度目の更新です!
「やったね、ロイ!」
「ああ、お前のおかげだ、シル!」
赤竜との契約を終えたあと、俺たちは召喚スポットの消えた山頂でハイタッチを交わした。
あれだけ苦戦した後だから、契約達成の喜びもひとしおだ。
さて、それじゃあさっそく呼び出してみるか。
と、その前にステータス確認だな。
「【ステータス】」
ロイ
<召喚士>
▷魔術:【召喚】【送還】
▷スキル:【フィードバック】
▷召喚獣
煉獄ノ雌竜イオナ(力上昇Ⅲ/魔力上昇Ⅲ/スキル【火炎付与】/スキル【炎耐性】)
水ノ重亀(耐久上昇Ⅱ)
風ノ子蜂(力上昇Ⅰ)
風ノ幼梟(魔力上昇Ⅰ)
大地ノ穴土竜(力上昇Ⅰ/耐久上昇Ⅰ/スキル【掘削】)
地ノ子蟻(力上昇Ⅰ)×2
地ノ子甲虫(耐久上昇Ⅰ)
樹ノ蔓茸(スキル【蔓操術】)
樹ノ幼鼠(敏捷上昇Ⅰ)×3
樹ノ子百足(力上昇Ⅰ)
▷召喚武装
導ノ剣:あらゆるものへの道筋を示す。
色々と多いな!
まず、さっきの赤竜は『煉獄ノ雌竜イオナ』というらしい。
種族名に加えて個体名までついている召喚獣は初めてだ。
さらに、フィードバックの内容。
上昇項目の後につく数字はこれまでで最大のⅢ。しかもそれが二つ。
それだけでも破格なのに、なんとスキルが二つもついている。
【炎耐性】は言葉の通り炎系の攻撃に強くなるんだろうが……もう片方はどういうものだろうか。
「【火炎付与】!」
発動を試みる。
しかし何も起こらなかった。
……付与、付与か。もしかしたらそういうことか?
「シル、ちょっと剣の姿になってみてくれるか?」
「いいよー」
剣となったシルを持ち、再び唱える。
「【火炎付与】!」
すると今度は効果が現れた。シルの周囲を火の粉が舞ったかと思うと、ボッ! と音を立てて刀身を炎が覆ったのだ。
手に持った武器に炎を纏わせ、攻撃力を上げる――それが【火炎付与】の効果のようだ。
「おーっ、何これ! あったか~♪」
「熱くないのか?」
「うん。なんていうか、あったかいお湯に浸かってる感じ? すっごい気持ちいいよ! 極楽~♪」
風呂か?
とにかく、これを使えば今までより強力な攻撃ができるようになるのは間違いない。
いい能力だ。
試し斬りもしてみたいが……さすがに山の中だし、やめておいたほうがいいだろうな。
よし、最後だ。
【火炎付与】を解除し、シルも人間の姿に戻ってから、俺は唱えた。
「【召喚:『煉獄ノ雌竜イオナ』】!」
俺の呪文に合わせて目の前にパアアッと光が差し、やがてそれは巨大な竜を形作る。
そこにいたのはさっきまで召喚スポットの中で戦っていた強大な赤竜だ。
改めて見ると本当に美しく、格好いい竜だと思う。
今日からこの赤竜が味方になると思うとテンションが上がる。
「俺は契約主のロイだ。さっそくだけど、お前に何ができるか見せてくれるか?」
『は? なんであたしがそんなことをしなくちゃいけないわけ?』
まさか正面から反抗されるとは思わなかった。
というか……
「お前、喋れるのか?」
『喋れるに決まってるでしょう。っていうかお前って呼ばないで。あたしには炎武神ラグナから賜ったイオナって名前があるのよ』
誰なんだよその炎武神ラグナってのは。
それにしてもこの会話の流れ、シルの時を思い出すな。
まあ喋ってるのはいいとしよう。うちにも似たような剣がいるし。
口調が女性的なのも、おそらくこの赤竜が雌だからなんだろう。思い返すと、ステータスボードに表記されていたこいつの種族名は煉獄ノ『雌』竜だもんな。
竜の姿でこの喋り方だと若干違和感がなくはないが。
「わかった。それじゃイオナ。何ができるか知りたいから、お前の能力を教えてくれるか?」
『だから嫌だって言ってるじゃない! 言っとくけど、あたしはあんたのことなんて認めてないから。契約してあげたのも、そういう昔からの盟約があるからに過ぎないわ。あんたがあたしに命令できるなんて思わないことね!』
そう言うと、赤竜改めイオナはそっぽを向いてしまった。
……この竜、どうしてくれようか。
「むっかー! きみ、さっきから聞いてたら生意気すぎるよ! ロイに負けたんだから、ちゃんと言うことを聞かないと駄目でしょ!?」
反抗的なイオナの態度にシルが食って掛かる。
そんなシルを見て、イオナは意外そうな声を出した。
『……あんた、人間じゃないわね。もしかして神器?』
「そうだよ! 鍛冶神メルギスをして最高傑作と言わしめた星読みの神器、『導ノ剣』! それが私だよ!」
『鍛冶神メルギス……その名前はさすがにあたしでも知ってるわね』
ぐぬぬと赤竜が唸る。
鍛冶神メルギスといえばシルを創った神様だったはずだが、召喚獣の間でも有名なのか。
イオナの返事に気をよくしたようにシルが胸を張って言う。
「私もきみのことを知ってるよ! 煉獄ノ雌竜イオナ。確か、炎武神ラグナが直接力を与えた唯一の神獣で、神界でのあだ名は『炎の番人』――」
『……』
そこまでシルが口にしたところで。
バシッ! と、シルの真横の地面をイオナの尾がえぐった。
「な、何するのさぁ!」
『フン』
ちょっと怖かったのか涙目で抗議するシルに、イオナはふてくされたように鼻を鳴らす。
なんというか、相性最悪だな。
それにしてもどうしようか。【フィードバック】の対象になるスキルや能力上昇は自動で反映されるからいいとして、イオナ自身の力は彼女の意志がないと借りられないんだが。
「――決めた!」
「シル、どうした?」
「ロイ、イオナにはこのままこっちの世界に留まってもらおう!」
シルがそんなことを言い出した。
『嫌よ、冗談じゃない。【送還】だっけ? それでさっさと異空間に飛ばしなさいよ』
イオナは即座に反対するが、シルは首を横に振る。
「もう契約したんだから、いつまでもそんな態度じゃ駄目だよ! イオナが納得できないなら、一緒に過ごしてロイのことを好きになってもらう! それがいいよ!」
『あたしがその人間を好きに? 有り得ないわよ!』
「ふふん、ロイのことをバカにしないことだよ! 私なんてもうロイのことが好きで好きで仕方ないんだからね!」
すまんシル、その恥ずかしい暴露は俺のいないところでやってくれないか。
しかし、俺は少し考える。
イオナに協力的になってほしいのは俺も同じだ。
それに一つ気になっていることがある。
(さっき、シルに『番人』と呼ばれたとき……少しだけ、イオナがつらそうに見えた)
一瞬だけ、痛みをこらえるようにイオナが目を細めていた。
わずかな仕草だが、だからこそ彼女の本心が漏れていたと思う。
その理由が知りたい。
「……そうだな。そうしてもらうか」
『はあ!?』
俺が出した結論にイオナが即座に嫌そうな反応をする。
「俺は試練を乗り越えて、お前の契約主になった。主の言うことは少しは聞いてくれ」
『だからって……なんであたしがそんなことを』
「それとも、炎武神ラグナとやらの眷属は義理も果たせないのか?」
『ぐっ……わ、わかったわよ! 従えばいいんでしょ!?』
挑発的に言ってみると、イオナが大人しく言うことを聞いた。
眷属がどうこうというのはシルが言っていたのを適当に真似しただけなんだが……この言い方なら通じるのか。
覚えておこう。
「あ、人間の姿になってね! 竜のままだと騒ぎになっちゃうから!」
『……わかったわよ。面倒くさいわね……』
ぶつぶつ言いながらイオナはシルの指示に従う。
以前シルは『一定以上の強さを持つ神器・神獣は人間に化けられる』と言っていたし、イオナもその範疇なんだろう。
ん? 待てよ?
確かシルが前に人間の姿になったときは――
「はい、人間の姿になったわよ。これで文句ないでしょ?」
イオナがいた場所に立っているのは、鮮やかな赤い髪が特徴的な美少女だった。鋭くつり上がった目は黄金色に輝き、白い肌や長い脚は否応なく視線を引き付ける。
刺々しさと美しさを併せ持つその姿は、バラの花を思わせる。
そして服を着ていなかった。やっぱりか!
「すまん、この上着を着てくれ……!」
「はあ? このあたしにこんな薄汚い布を着ろって?」
嫌そうなイオナに俺は視線を外したまま懇願した。
「頼む。お前みたいな美人に裸でいられるのは、色々ときつい……」
「美人? あたしが?」
「他に誰がいるっていうんだ」
本当に勘弁してほしい。シル(剣)に続いて竜にまでドキドキする男になったら、俺は今後どう生きていけばいいかわからなくなる。
「そ、そう。まあ、そんなに言うなら着てあげるわよ」
どうやらイオナは素直に服を着てくれる気になったようだ。
「……怯えられることはあったけど……そんなふうに言われたのは初めてね」
「何か言ったか?」
「な、何でもないわよ!」
「そ、そうか」
聞こえなかったから聞き返したら、ガルルルと威嚇された。なぜだ。
「……ロイってやっぱりたらしだよねー」
「不名誉な言いがかりをつけるんじゃない」
そしてシルまで不機嫌になっている事態に、俺は頭を悩ませるのだった。




