アルムの街を歩く
さて、これからどうするかな。
「おお~……これが人間の町……」
『導ノ剣』改めシルは窓の外の景色を見ている。
剣の姿の時も景色は見えていたと思うが……人間の姿のほうがよく見えたりとかするんだろうか。
どうでもいいが、口調はもうそっちで行くんだな。
別に俺はどっちでもいいんだが。
まあいい。
とりあえず無事に試験には受かったことだし、冒険者として活動を始めるとしよう。
俺は立ち上がってシルに声をかけた。
「シル、剣の姿に戻ってくれないか?」
「……えー」
露骨に不満そうな顔をするシル。
「なんで嫌そうなんだよ」
「だって人間の姿のほうが面白いんだもん。地面を踏んだり、風を切ったりする感触が私には新鮮なの。風景だって剣の姿のままだとよく見えないんだよ」
俺の目を見てシルが力説してくる。
「新鮮ねえ……」
「うん。それにー……こうしてロイに好きに触れることもできるし!」
「あっ、おい!」
ぎゅう、と俺の腕に抱き着いてくるシル。
まるで甘えたがりの小動物のような仕草だ。
懐かれるのに悪い気はしないが、心臓に悪いのでやめてほしい。
ともかく、シルの言い分はわかった。
しかしそれでもシルが人型のままなのは問題が大きすぎる。
「その格好が問題なんだ。お前みたいな可愛い女の子がシャツ一枚で街中なんて歩いたら、目立って仕方ない。最悪俺が衛兵に通報されるかもしれない」
「わーい、ロイに可愛いって褒められた!」
「お前ちゃんと話最後まで聞いてたか? 通報されるから困るって言ってるんだよ」
というか、俺はもしかして口を滑らせたのか……?
くそ、恥ずかしいことを言ってしまった。
しかしどうするかな。このままだとシルは剣の姿に戻ってくれなさそうだ。
【送還】のスキルを使えば、シルの意見を無視して異空間に格納することは可能だ。
だがその場合、シルがヘソを曲げて「もう力を貸さない」なんて言い出すかもしれない。
それに、さっきの窓の外を眺めるシルの楽しそうな顔を思い出すと……
……はあ、仕方ない。
「わかった。シル、服を買おう」
「いいの!? やったー!」
支部長との一件といい、シルには世話になっている。
多少のワガママくらいは聞こうじゃないか。
▽
「ロイ、ここの服、何でも好きなものを選んでいいの!?」
人型のシルが目をきらきらさせながら尋ねてくる。
人型なのは服を買うときに試着する必要があるからだ。服装は相変わらず俺のシャツと追加で上着のみ。
……さっきから店員の視線が痛い。
変態だと思われてないか、俺。
「ああ、何を選んでもいいぞ」
オーク討伐依頼の達成報酬、オークエリートの素材の売却金によって懐は潤っている。
それもこれもすべてシルのおかげだし、ここでケチる理由はない。
「けどロイ、ここの服どれも他の店より値段が高くない?」
「ここの店の服は、どれも『魔力糸』で織ってあるからな」
「魔力糸?」
「魔力でできた糸だ。それで作った服は魔力の操作で出したり消したりできる」
好きなときに出したり消したりできる服は、冒険者なんかが戦闘中に予備の装備に切り替えたいときなんかに重宝される。
シルの場合は剣の姿になることもあるわけだし、普通の服では脱いだり着たりする手間がかかる。
値は張るがこの店で買うのが妥当だろう。
「ふんふんふ~ん、どれにしようかなーっ」
鼻歌交じりにシルが店内をうろうろすること三十分。
いよいよシルが試着室から新しい服を纏って登場した。
「じゃーん! こんな感じでどうかな?」
俺に合わせてか冒険者らしいいでたちで、身軽そうでありながら女の子らしくもある服装。
やや露出が多く特に足はふともものかなり際どい部分まで見えているが、シルの活発な印象によく馴染んでいる。
「似合ってるな」
「えへへ~」
俺がストレートに感想を言うと、シルは照れたようにはにかんだ。
「何かそれに決めた理由はあるのか?」
「ロイって私の足をよく見てるから、好きなのかなーって思って」
ちょっと待て。
確かに俺のシャツだけを着ているときのシルは足元がかなり露出していたので、視線が吸い寄せられてはいたが……まさかバレていたとは……!
最悪だ!
「だから足がよく見える服にしたの。ほらほら、好きに見ていいよ?」
シルはまったく気にしていないらしく、無邪気にそう言ってくるくる回っている。
女性は視線に敏感、と聞いたことはあるが、どうやらシルも例外ではないらしい。
……今後は気をつけよう、と俺は誓うのだった。
「街って賑やかだね~! 歩いてるだけでわくわくするね!」
服を買ったあと、俺たちは街の中を移動していた。
シルは人間の姿で街を歩くのは初めてだからかさっきからテンションが高い。
さっきから「ロイ、あれはなに?」「あっちは?」と子供のようにあれこれ尋ねてくる。
「ねえねえロイ、美味しそうな匂いがするよ!」
ふとシルがそう声を上げた。
ここは市場の近くで、屋台がいくつも出ている。そういえばそろそろ昼食の時間だ。
「せっかくだから何か買って食べるか。何がいい?」
「んー、まだ人間の食べ物はよくわからないし……ロイのおすすめがいい!」
「わかった」
シルのリクエストに従い、俺はよく食べているサンドイッチの屋台に並んだ。
この屋台は具材を挟むパンが薄い丸型なのが特徴で、ジューシーな焼肉と新鮮なサラダという具材、さらに味の濃いソースがやみつきになるほどに美味い。
サンドイッチを二人分買って会計をし、人通りの邪魔にならない場所に移動してから食べる。
「……美味しい! これすっごく美味しいよ!?」
「はは、そんなに喜んでもらえたならよかったよ」
「さすがロイだね! こんなお店を知ってるなんて!」
「いや、すごいのは俺じゃなくて屋台の店主だからな?」
よっぽど興奮したのかシルはサンドイッチに勢いよくかぶりついている。
まるで子供のようだ。
そんな食べ方をしていたからか、いつの間にかシルの口元にソースがついてしまっていた。
「シル、口元が汚れてるぞ」
「え? どこ?」
「右」
「こっち?」
そっちは左だ。
「ん~~~~ロイ、取ってくれる?」
面倒くさくなったのか、シルがそんなことを言い出した。
「何で俺が……」
「だってどのあたりについてるかよくわからないんだもん」
「……はあ、じっとしてろよ」
俺が言うとシルは顎をわずかに上げ、俺のほうを向いて目を閉じた。
その口元のソースを俺は指でぬぐってやる。
口元の汚れが取れたか確認しつつ、しみじみと思う。
……こいつ、やっぱり美人だよなあ。
顔立ちは今まで見たこともないほどに整っていて、肌は滑らかでしみ一つない。
さらさらの銀髪は宝石のように輝いている。文句なしの美少女だ。
そんな相手が顎を上げ、目を閉じて俺のほうを向いている状態――いわゆる『キス待ち』によく似た態勢になっているのは、なかなか心臓に悪い。
「ロイ、もう取れた?」
「あ、ああ! もう大丈夫だ!」
「?」
シルからの声に思わず動揺すると、シルはなんだかわからないというように首を傾げていた。
俺は気恥ずかしさを隠すためにサンドイッチを勢いよく食べ進め、立ち上がる。
「……飲み物を買ってくる。ここで待っててくれ」
「はーい♪」
とりあえず頭を冷やすため、適当な言い訳をつけて俺はその場を離れた。
「ほら、俺たちと一緒に行こうよ」
「一人なんてつまんないだろ? 俺たちがイイ遊び場に連れてってやるからよ」
飲み物を買って戻ると、何やら軽薄そうな声が聞こえてきた。
嫌な予感がしてその場に戻ると、予想通りというか……シルが冒険者風の男二人にからまれていた。
「だから、やだって言ってるじゃん! 私はロイを待ってるの!」
「ロイぃ? ロイってまさかあの<召喚士>じゃねえだろうな? あんなゴミ、あんたみたいな上玉とは釣り合わねえし」
「むかーっ! ロイを馬鹿にしないで! 大事なご主人様なんだから!」
あの冒険者たち、どうやら俺のことを知っているらしい。
まあ、<召喚士>の俺は悪い意味で有名だからな……
とりあえずそろそろ出て行こう。
「シル、待たせて悪い」
「ロイ!」
俺を見て、シルがぱあっと表情を華やがせた。
それから子犬のようにこっちに走り寄ってくる。
それを見た冒険者の男たちは不愉快そうに顔を歪めた。
「お前、<召喚士>のロイ……この子とどういう関係だ?」
「あんたには関係ないだろ。それじゃ、俺たちはもう行くから」
「待てよ」
その場を立ち去ろうとすると、男の片方に肩を掴まれた。
冒険者の男はニヤニヤと笑いながら言う。
「お前なんかにはその子はもったいねえよ。だから置いてけ。嫌だって言ったら……わかってるよな?」
どうやら力づくでもシルを連れていくつもりのようだ。
ここまで強引だと、もうナンパとすら呼べないな。
「シルは大事な相棒だ。あんたらに渡すつもりはない」
「ああ? 何ふざけたことを――おわっ!?」
振り向きざまに俺は手に持っていた飲み物を男二人の顔面にぶちまけた。
二人が一瞬怯んだ隙に、近いほうの男の顎を殴って意識を奪う。
「てめえ、やりやがったな! 【ウインドエッジ】!」
残りの一人が信じられないことに、魔術で攻撃してきた。おい、ここは街中だぞ!
男の構えた杖から射出された風の刃を、半身になってかわす。
どうやらあの男は<魔術師>の職業らしい。
となると接近戦には弱いはず。
素早く近づいてみぞおちを蹴り飛ばす。
「ごふっ!」
<魔術師>の男は白目をむいて倒れた。
……まったく、この街で冒険者の評判が下がったらどうするつもりだ。
「シル、大丈夫か?」
「うん。えっとね、ロイ」
「なんだ?」
シルは少しだけ照れくさそうに笑って言った。
「助けてくれてありがとね。すっごく格好良かったよ」
「……そ、そうか」
くそ、反則だ。なんでそんなに可愛いことを言うかな、こいつは。
俺は一気に上がった顔の熱が引くまで、心の中で『こいつは剣、こいつは剣……』と唱え続ける羽目になったのだった。
……そんなことをしていたせいで、俺はこのとき致命的なことを見落とした。
俺たちに絡んできた冒険者の男二人組。
その両方の肩に、片目をなくした狼のイレズミ――この街で最も敵に回してはいけない冒険者パーティである証が刻まれていることに。
このときの俺は、愚かにも気付かなかった。
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