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日没と同時に第一騎士団の精鋭達は行軍を開始した。

※書き溜めは79部まで保有、推敲校正が済み次第順次投下予定。

※本小説はフロムソフトウェア製ビデオゲーム『ELDEN RING 』および『DARK SOULSⅢ』の影響を多大に受けていることをここに白状いたします。パクリでもオマージュでもステマでもなくダイマ。

※『ELDEN RING』のDLCコンテンツ『shadow of the erdtree』2024.06.21発売予定!

 日没と同時に第一騎士団の精鋭達は行軍を開始した。

 総員五十名。その内訳は前線の戦士部隊が三十名、後方の魔術部隊二十名。前線指揮官はウィリアム騎士団長。後詰めの指揮はアルフィー参謀長が務める。


 今の今まで、夜間の行動は月蝕病の亢進こうしんを伴うために忌避されていたが、聖女が修得した奇跡『太陽の光の()()』によって最早無視できるものとなり――仮令たとえ月蝕病を発症した末に『人の膿』が発現しようとも聖女はそれすら快癒してみせた――彼等を阻むものは何一つとしてなかった。少なくとも団長ウィリアムはそのような認識でいた。


 ――えて危険視すべきことを挙げるなら。


 先の事情により、己を含めた全員が夜襲に不慣れであることがひとつ。もうひとつは、たおした敵兵が骸とならず『人の膿』に変質するのではないかという懸念であったが。


 ――否、それも問題には入らぬ。


 ウィリアムは鞘から愛剣を抜き放つ。何の変哲も無い直剣ロングソードであったが、刃は赤橙あかだいだいの雷光を纏っていた。


 出陣前、聖女が総員ひとりひとりに授けてくれた奇跡『太陽の光の剣』である。

 奇跡を発動させる度に、青褪めた顔で息を切らし、それでも消耗を隠そうと笑顔を作る聖女の姿に感動を覚えなかった者はいないだろう。

 この旧く神聖な光が太陽に由来するというのならば『人の膿』は発現しないという確信がウィリアムにはあった。敵国の軍兵とはいえども、人間を人間のまま、死なせてやろうという聖女の慈悲深さを感じ、ウィリアムは胸が熱くなるのを感じた(ともすれば聖女にそこまでの思惑などなく、ただ献身を果たそうとしたまでなのかもしれないが、それならそれで構わない)。


 得物が光を放つことは隠密工作には不向きなのかもしれないが、進むのはあらかじめ掘らせていた坑道である。松明代わりになると思えば却って都合が良い。そも、どうせ見付かり騒ぎ立てられたところで全員殺すのだから、最初から問題にもならないのだ。


 第三の砦を出て南方に逸れれば、草木が繁茂はんもする獣道が見える。


 先陣はウィリアムである。騎士であり長であるとは雖も、道程みちのりを考慮して今回ばかりは騎乗していない。武装も、閉所での戦闘を考慮して騎士盾と直剣という簡素な構成に留めている。


 坑道の入口は枯れ井戸を縄梯子なわばしごで下った先にある。周囲は隠密行動を得意とする別働隊に常時警備させているため――そしてこずえに氷雪を残した背の高い針葉樹が並ぶことで天然のとばりが形成されるため――坑道の存在どころか井戸のそのものが露見していないはずである。


「この先ですな」


 団員のひとり――黄昏色たそがれいろの甲冑を纏った老騎士が呪術で点火した松明を井戸の下に放り込めば、松明はしばし落下した後、遙か下の地面を転がった。火は消えていない。


「うむ。急ぐぞ。我々が遅れるだけ後続を待たせることになるからな」


 依然、先頭はウィリアムである。手早く縄梯子を下りていき、中頃にまで至ったところで手を離して飛び降りる。着地して、周囲に敵が潜んでいないかを確認してから松明を拾い上げて、上で待つ仲間に向けて『手招き』の挙動ジェスチェアを示す。部隊三十名が下るまで然程さほど時間はかからなかった。


 すぐに行軍が再開される。


 赤い稲光を纏う自身の剣を、照明代わりに前方に掲げてひた進む。

 急ぎながらも誰一人として極力跫音あしおとをたてずにいるのは、地中の物音は意想外に響くものであり、城壁を監視する物見の兵士に感知される危殆リスクがあるためである。聞こえるのは、鎖帷子が擦れる僅かな金属音ぐらいであった。


 暫く歩き続けていれば、勾配こうばいが下りから上りとなり、行き止まりに突き当たる。見上げれば、暗闇から梯子が垂れている。昇った先は倉庫の地階、隠し部屋である。ウィリアムは部下に待機を命じ、近傍の気配を窺うが――上方に敵はいないようである。


「よし、行くぞ」


 またも先陣を切るのはウィリアムである。最上にある隠し戸を音もなく開けて、後続のために周囲を照らす。待っていれば、すぐに全員が上ってくる。


 隠し部屋だけでは手狭であり、少数を率いて倉庫の一階に上れば、数名の帝国兵士が倉庫の酒樽を物色している後ろ姿に出会でくわす。


 ――るぞ。


 ウィリアムが顎で指示すれば、配下は兵士に忍び寄り、手慣れた動作で背後から致命の一撃を食らわせる。崩れ落ちた物音を聞きつけて『ポールトーチ』を持った兵卒が倉庫を覗き込むが、物陰に潜んでいたウィリアムが喉許を掻き切ることで声も出せずに死んでいく。


 ――首尾は上々。


 あとは後続がやってくれるのを待つだけだが――。


 ウィリアムがそう思った時、大気を揺るがす程の爆発音がした。続いて、がらがらと城壁が崩れる音も。そして動揺と混乱に陥った敵兵のどよめきも。


 やった。やってくれた。

 後続組は計画通りに、地下から城壁を爆破してくれたのだ。


「これより二組に部隊を分ける。魔術が使える者は城壁を廻り見張りを墜とせ。地の利を確保して後続の合流を待て。剣技が得意な者は私に続け。地盤面にいる連中を片端から殺し回る。征くぞ」


 ウィリアムが倉庫を飛び出せば、すぐさま麾下が続く。その数は十名にも満たぬ寡兵そのものであったが、敵側が前後不覚の恐慌パニックに陥った今、数の差は問題にはならなかった。元より魔術の素養を有することが入団資格の第一騎士団――そこに聖女が施した奇跡『太陽の光の剣』まで加わったのだ。左手ゆんでの触媒からは、月光の神秘を纏った『魔術の矢』ないし『強い魔術の矢』が発射され、右手めての武器は真昼の太陽の如し輝きと稲光をもって敵兵を紙屑同然に切り裂いていく。


 いくら敵国が月蝕病に対する薬を開発していたとしても、瓦解した城壁を護ろうと浮き足だった者達の後背を突く奇襲である。僅か数瞬で二桁の者が雷光によって灼き焦がされた。その次の瞬間には同じだけの数が、城壁から五月雨さみだれの如く降り注ぐ魔術に圧し潰されて死んでいった――。


 ……………………。

 …………。


 第一騎士団は、想定通り第一の砦および第二の砦の奪還に成功した。

 だが損害は決して軽いものではなかった。


 坑道を用いた第二砦への奇襲こそ成功したものの、第一砦では坑道また迂回路の全てが潰されており、真正面からの――砦から見たら真裏になるが――攻略を迫られることとなった。


 また、聖女が総員に施した奇跡『太陽の光の剣』の効力が戦闘の最中に消え失せたことにより、斃した兵士が『人の膿』に変化して大暴れするという苦難にも見舞われ、第一砦を完全に奪取したと判断するに至った頃には夜明けを迎え――自力で立ち、五体満足でいられる者は、ウィリアムを含めて十名にも満たなかった。


 練度の高さ故に――そして『太陽の光の()()』の効果故に――死者こそ出ていないが、やはり治療に聖女が奔走することと相成り、精神力を回復させるという秘薬『秘めた祝福』を呷っては奇跡を行使することを繰り返し――全員の快癒と引き換えに、聖女は衰弱の末昏倒してしまった。


 これに焦ったのはウィリアムである。否、焦ったどころの話ではない。相貌を歪めて取り乱した。指輪の力に呑まれて、殺戮を楽しむ獣に堕ちてやろうかと。そう思う程度には――ウィリアムは聖女のことを愛していた。初めてそうと自覚した。


 自らの胸中を自覚してからは早かった。

 ウィリアムは、参謀、老騎士、少年兵士が引き留めるのも無視して聖女を城館の寝室に運ぶや否や、『第一及び第二砦の奪取に成功、今宵吶喊とっかん予定。戦況は追って報告するものとする。聖女のこれ以上の消耗厳しく早急なる和睦を求める』と書き殴った文を部下の一人に持たせると早馬と共に王都へ送り出した。


 その後は腹心の参謀と、生き残った他数名を中心とした軍議を開いた。


 やれ留守の防護はどうする、やれ出撃の時機は本当に夜で良いのか。装備陣形はどうする、死ぬまで前進すべきか、そうでないならどこまでの戦果を以て目標達成とするのか。別働隊を組むならば面子はどうする、何をさせるのか。もし己が獣に堕ちた場合どうするのか――議題は尽きず、朝から始まった軍議は延びに延びて、昼前になっていた。


 軍議を終結させた直接の要因は、放置していた屍体が腐敗を始め、蛋白質が分解される時に特有の腐臭を発したからである。垂れ流しになった屎尿しにょうの臭いも混じっていた。


 聖女にこのようなきたないものは見せられぬと思ったウィリアムは、部下に屍体の始末と、身辺の警護を命じると聖女の寝床へと引き下がる。城館の中までは不快な臭いも漂っては来ない。


 寝室に入れば、聖女は起きていた。寝台の縁に座り、焦点の定まらぬ物憂げな眼差しでウィリアムを見詰めて、ただ一言。


「ごめんなさい――」


 と詫びた。だがウィリアムにはその謝罪の意味がまるで分からない。謝るのはむしろ此方であるのだと。聖女ひとりに負担を強いて済まないと思った。故に訊いた。


「何故、あなたが謝るのですか」


 聖女は、一瞬言い淀んだ後。


「『太陽の光の剣』が途中で消えてしまったからです。私が倒れてしまったからです。ここまで運ぶ手間を掛けさせてしまいました。他の皆様は無事でしょうか」


 そう問うた聖女は縋るようにウィリアムを見ていた。最初は、そんなことはないのだと。あなたのお蔭で多くの者が救われたのだと。御礼を申し上げるのは此方だと――。


 そう言おうとしたのだがウィリアムの口舌は回らなかった。


 代わりに身体が――二本の腕が動いた。

 聖女の細い手を引いて立たせると、その勢いの儘、強く掻き抱く。当然、甲冑を着ているものだから互いの体温は伝わらない。だが手甲を嵌めた掌でも、聖女のからだが酷く華奢きゃしゃであることが分かり――ウィリアムは更に強く抱き締める。


 自分でも、なぜ聖女を抱いたのかが分からない。聖女が、今にも消え入りそうなはかない雰囲気を纏っていたからなのか。あるいは、兜を脱いだ今だから分かる、黒い御髪と白い膚、乞うような瞳に、ひとりの女性としての魅力を感じたからなのか――。


 いずれにせよ。


 聖女は、多少の身動みじろぎをしたものの、抵抗らしい抵抗はしなかった。ずと、ウィリアムのそびらかいなが回される。控え目で慎ましい、いかにも聖女らしい抱擁であった。


 それが、ウィリアムには堪らなく嬉しかった。

 拒絶されなかったことが。

 己の愛が一方的ではなかったことが。


 ゆえに、ウィリアムはえて聖女を解放する。今此処で聖女を――齋藤葉月という娘を――求めてしまえば、歯止めが利かなくなることが容易に想像できたために。

 しかし、そのまま何事もなかったように別れるのも惜しく感じられたため、聖女の革手袋を外してやると、その場にひざまずき、露わになった白く細い指先へ接吻キスをした。


 言葉にはしなかった。

 我が身を捧げてでも護ってみせるというウィリアム流の誓いであった。


「あ――」


 聖女が僅かに声を漏らした。ウィリアムの真意が伝わったのか、はたまた驚いただけなのかは、やはり分からない。だが前者であってくれたら良いとウィリアムは思う。


「葉月殿のお蔭で、我々は健在です。前線、後方共に傷病者はおりません。ですので、今暫く此処でお休みになってください」


 ウィリアムが告げれば、分かりました――と聖女は頷くが、動こうとはしなかった。どうしたのか、と視線で問えば。


「いえ、その。そう手を掴まれたままでは動けません」


 と聖女が困ったように言う。そこでウィリアムは、己が聖女の手を握り続けていたことに。手放すことを惜しく思っている己がいることに気付く。


「これは失敬」

「いえ――」


 聖女は照れたように俯いてしまった。何ともいじらしい様であり、ウィリアムは己が胸に、陽だまりの如し暖かさと、溶鉄の如し熱い忠義が込み上げるのを感じた。


 彼女を護るためならば人間を辞めても良い、と。

 人語を解さぬ獣に成り果てても良い――と思った。


 ……………………。

 …………。


 城館から出たウィリアムを待っていたのは参謀のアルフィーであった。手頃な瓦礫を椅子にして、瞳を閉じているが――空き時間の休眠は行軍における必須技能である――ウィリアムの接近を悟ると、目を開けて対面に置いた木箱を示す。座れということらしい。

 他の者は、屍を埋める穴を掘ったり、城壁の見回りや監視に走ったりと、慌ただしく働き回っている。


「どうした。軍議の続きか?」

「ええ。私としたことが最も重要なことを失念しておりました」

「必要なことは粗方済ませたと思うが」


 敵の本陣に向けて突撃するのはウィリアムを中心とした精鋭に限ること。敵将の撃破ないし敵部隊の壊滅が達成目標であり、その判断はウィリアムが行うこと。これら条件を満たした場合、反転して砦に引き返して防衛戦に転向すること。このため砦には最低限の人員を残しておくこと。また本隊の出撃と並行して、アルフィー率いる工作部隊を動かし、事前に偵察を済ませた敵の兵糧庫を焼き払うこと。可能であれば補給路自体を絶つこと。


 本体が駄目なら別働隊が。別働隊が駄目なら本体が。どちらもが本命であり、同時に囮でもある、中々に評価の難しい作戦――否、ウィリアムが秘めたる奥の手や、未だ姿を現さぬオスカーを戦力に勘定しない、言ってしまえば分の悪い博打ばくちであった。だが、他に有用な手段がないことも確かであった。


「聖女殿のことです」


 アルフィーは表情を変えずに言った。


「葉月殿がどうした。彼女は出撃と同時に月の都に下がらせる。最早我々だけでは彼女を護れない。だが近衛隊ならば彼女の身柄も護ってくれよう」

「考えたのですが、聖女殿も作戦に同行してもらっては如何いかがです」

「……どういうつもりだ」

「彼女の存在が作戦成功の鍵となるということです。どうかご決断を」


 ウィリアムは迷った。

 この時ばかりは、頷くことができなかった。

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