69.「それから、どうなったの?」
※今更ながら『ELDEN RING』のトレーラームービーを見た。期待を煽るのだけは上手いよな。本編の出来は正直アレだったけれど。早く発売されてくれないだろうか。正直それだけが生きがいなのだよ。あとは納期のデーモンがどれだけ静かにしてくれているかが勝負ってところだろうか。
「それから、どうなったの?」
私は、どこか遠くを見て口を閉ざしてしまった弟を促す。
「俺は、本当に月を墜としてしまったんだ。月だけじゃない。たくさんの隕石が次から次へと墜ちてきて――街も人も、全てを壊してしまった。教会も例外じゃない。一際大きな岩が直撃して、屋根も壁も、あの女が大切にしていた小さな花壇までも、粉々に砕いたよ。姉貴は信じられるか。今じゃ夜になる度に、ひょっこり図々しく顔を出しやがる満月も、昔は地球から見た時と同じくらいのサイズだったんだぜ」
弟は少しだけ肩を竦めた。
「そうこうしているうちに、月はぐんぐんと教会に迫って、手を伸ばせば本当に届きそうなところにまでやって来て――そこで、騒ぎを聞きつけた兄貴と騎士団の連中がやって来たんだ。いや、当時は名の売れない傭兵崩れの部隊だったらしいが――まあ、そんなことはどうでもいいんだ。連中とはすぐ戦闘になったよ」
「戦闘?」
「連中から見れば、のたうつ黒い異形と、組合に殴り込みをかけた凶悪犯だからな。殺される理由は――殺されなきゃならない理由があるのは分かるけど、俺も爺様から色々仕込まれた身の上だし、何より修道女を護らねばと必死になって応戦したよ。でも、流石は俺の兄貴でさ。一目でこっちの事情を見抜いたらしくて説得しにかかるのよ。そんなことをしても意味なんか無い。その人はもう助からない――なんてことを言って。それだけじゃない。果てには、修道女本人まで、殺してください。私のために他人を傷付けるのは止してください――なんて言いやがる。化物になってまで俺の心配をしやがるんだ。でも、俺はもう退くに退けないところまで来てしまったから。結局、兄貴とも殺し合うことになったよ」
「……それから、どうなったの?」
「言わなくても分かるだろ。手も足も出なかったよ。ボロ負けもいいところさ。それだけじゃない。俺の目の前で兄貴は修道女を殺したんだ。いや、修道女だったモノを、かな。俺の尻拭いを兄貴にさせちまったんだ。全部が終わってから爺様が出張ってきて、月と星をピタリと止めて、ハイお終いってことになったよ。あとは姉貴も知る通り、爺様はどこかに消えたかと思えば、いつの間にか法皇なんて胡散臭いことをやってるし、兄貴は月蝕病でお陀仏さ。それで俺は毎日が贖罪の日々だよ。こういう訳だから兄貴は俺が殺したようなものなんだ。悪かったな。ずっと言わなくて。何度も言おう言おうとは思ってはいたけれど、家族がバラバラになるのが怖くて言えなかったんだ」
ごめんな姉さん――と悄気たように弟は言うが、私は弟を責める気にはなれなかった。弟の境遇や心情に同調したということもあるけれど。
――祖父が法皇?
どうして兄だけが月蝕病になったのだ。
弟は今迄どこで何をしていた。
祖父の目的とは何だろうか――。
何もかも理解が追いつかなかった。
「ごめん。一度、話を整理させて」
「整理って、そんなに難しい話をした覚えはないけど」
「こっちは寝起きなんだってば。しかも奇跡を使った後だからどれだけ眠っていたのかも分からないし、シャワーも浴びたいし、トイレにも行きたい」
「現代人だなあ。御手洗いなら、この塔を出て隣の建物にあるぜ。流石に風呂やシャワーは無理だけど、一階の詰め所でぐうたらしている番兵に頼めば、湯涌とタオルくらいは用意してくれると思うぜ」
「分かった。ちょっと行ってくる」
「行ってらっしゃい。あ、そうだ。俺がここにいるってことは秘密でお願い。あと便所は汲み取り式だから覚悟しといた方がいいよ。他には――そうだね。団長は軍議の真っ最中だから当分は来ないと思う」
「ん、分かった。ありがとう」
「どういたしまして」
…………。
……。
私が部屋に戻ってきた時には寝台の横に湯を張った桶が置かれていた。淵には木綿の手拭いが掛けられている。衛兵が用意してくれたのだろうが、肝心の弟がいない。梁を見上げても、寝床の下を覗いてもいなかった。
待っていても仕方ない。のんびりしていてもお湯が冷めてしまうだけだし、会議を終えたウィリアム様が戻りでもすれば、気拙い思いをさせてしまうだろう。
手早く化粧を直し、固く絞った手拭いで、土埃と皮脂で穢れた髪と身体を丁寧に清める。桶を見張り番に返却して部屋に戻れば、扉の裏に弟が立っていた。やはり気配も物音もなく、忍者のようであった。
「……あんた、いつからそこに?」
「姉貴が扉を開けた時に。安心しろって。見てもねえし興味もねえから。それより考えの整理はできた? 話の続きをしたいんだ」
ああ、そうだった。
確認したいことがあったのだ。
「待って。私からも質問させて。お爺ちゃんが法皇って、それ本当なの?」
「そんなことかよ。本当だよ。というか聞いてなかったの? 手紙と巻物が贈られたんじゃなかったのか」
「明言なんてされてなかったもの。それに良い噂なんてひとつも聞かなかったから」
「ああ、なるほど。まあ、その辺については俺も計りかねているんだよなあ。爺様には爺様なりの真意ってやつがあるとは思うんだけど――まあ、今回はその爺様が働きかけてくれたお蔭で近衛隊とそのオマケが派遣されたらしいから、そこは素直に喜んで良いんじゃないかな。他には?」
「月蝕病について。兄さんはその病気で死んでしまったの?」
「ああ。それだけは間違いない。俺が月を近付けてしまったせいで、きっと閾値を下げてしまったんだと思う。あとは――血だろうね」
「血?」
「俺や姉貴には、爺様と婆様――先代聖女サマの血が流れているんだ。その先代サマも、月光を浴びても平気な体質だったと教会の資料には残されているんだ。けど兄貴は違う。親父の連れ子だよ。こんな言い方も酷いけど、兄貴は才能こそ本物だったけど、こと血統に関しては野良か雑種も良いところだ。本人も身体が弱かった。要は個人差だったんじゃないかな」
「個人差――」
「まあ、どう言い訳を重ねたところで、俺があの時、馬鹿をしでかさなければ――兄貴に余計なことをさせなければ――きっと兄貴は死なずに済んだんだ。それだけは確かだぜ」
「…………」
「俺からもいい?」
「うん。何?」
「恨んでないの? 俺や爺様のこと」
「どうして?」
「どうしてって――言ったじゃん。それともワザと言ってんのかよ。罪悪感を煽るために。だとしたら悪趣味だぜ。まあ、俺みたいな悪党には効果覿面だけどよ」
弟はそこで懐から煙草を取り出し、銜えた一本をライターで着火する。愛飲している『Caster』である。兄さんが好んでいた『Peace』とはまた趣の異なる、わざとらしさすら感じる、バニラの甘い芳香が漂う。
「別に恨んでなんかないよ。恨んだところで兄さんが生き返ってくれるわけでもないし。ただ、何というか。ああ、そうだったんだ――っていう納得の方が強いかな。私が言うのも変だけど、あんまり気に病まない方がいいよ。きっと兄さんも、諸々覚悟の上だったと思うから」
「そりゃそうかもしれないけど、無理だよ。もう生き方は変えられない。ほら、言うだろ。雀百まで踊り忘れずって。俺はもう復讐することでしか自分を保てないんだ。無論、その対象には自分もしっかり含まれている」
「……そっか。あんた、昔から頑固者だったもんね」
「別にそういう意味で言ったワケじゃないよ。ここにいるのは馬鹿な悪党だよ。昔好いた娘に贈与して、それが原因で殺されて、怒り狂って全員をやっつけて、身内まで巻き込んだ――救いようのない大馬鹿だよ。思い上がりなのかもしれないけど、俺さえいなければ、きっとこの戦争だって起きなかったんだ。多少の小競り合い程度に収まっていたはずなんだ」
本心を吐露した弟は、紫煙と共に深く長い嘆息をした。
今は、今ばかりは。
煙草が嫌いな私も咎めようとは思わなかった。
「話を戻して良いかな。そろそろ本題を済ませたい」
携帯灰皿に、煙草の灰を落としながら弟は言った。
そこで私は、祖父や兄の話が、ただの寄り道でしかなかったことを思い出す。
「まだあるの? 正直、一杯一杯なんだけど」
「むしろ、これからが一番大事な部分なんだからよく聞いてくれ。とはいってもそう難しい話じゃない。団長、いるだろ。ウィリアム騎士団長」
「うん。彼がどうしたの?」
「あの人のこと、助けてやってほしいんだ」
「それは、そのつもりだよ。言わなくたって」
「どんな危険な目に遭っても?」
「え?」
弟は真面目な顔をしていた。
「先刻の軍議で、軍は三つに分割されることに決まったんだ。まずは一つ目。これが一番安全な部隊。今すぐ王都まで退却して、議会も貴族も宰相すらもすっ飛ばして、我らが法皇こと爺様に和睦の交渉を請願するんだ。次に二つ目。月の都まで下がって、第二第三騎士団と協力しながら防衛戦の用意をする部隊。けど防衛と言ったところで櫓も砦もない街だから、どんなに頑張ってもゲリラ戦のような時間稼ぎにしかならない。大軍に押し潰されるのが目に見えている。ベトナム戦争で、米軍が枯れ葉剤を撒いたのが良い例だよ。頑張れば頑張るほどに悲惨になる。まあ、この世界に原爆はないから、広島や長崎みたいにならないのが救いかね」
まったく笑えない冗談だ――と言いながら弟は自嘲する。
「……三つ目は?」
「敵に向かって吶喊するだけ。奪われた砦二つの奪取が最低ライン。希望を述べれば、敵将を討ち取りでもして戦意を下げて、相手をこっちの交渉テーブルに引き込むことができれば万々歳だね。現状負け戦でしかないこの戦いを痛み分けの和平にまで持って行けるかはこの部隊の活躍にかかっているんだ。ウチの参謀が発案した、交渉・防衛・攻撃を全て同時に行うとっておきの作戦――とは言うけれど、結局は苦し紛れの捨て石戦法だよ」
「……なるほど。第三部隊の戦果が、そのまま私達の未来に直結するんだね」
交渉が拗れた場合は例外なのかもしれないけれど。
まあ、そこは考えても仕方の無いところだろう。
「理解が早くて何より。そういうワケで、ウィリアム団長を含めた第一騎士団の精鋭が出撃するんだ」
「え、団長も?」
最初は聞き間違いかと思った。司令官自ら先陣に立つなんて妙だと思ったから。私も軍事に特別詳しい訳でもないのだが、こういうのは前線の部隊長が務める役目ではないのだろうか。
「うん。あの人はいつも先頭に立ちたがるんだ」
「……危険じゃないの?」
「危険だよ」
「もしかしたら死ぬかもしれない」
「もしかしなくても死ぬよ」
「だったらどうして」
私が言いかけたところで、弟は掌を挙げて私を制止する。
「だから頼んでいるんでしょうが。少しは冷静になってくれよ」
「……ごめん。彼のことになると、どうしても」
「いいよ、別に。話を戻すけど、さっき姉貴に渡したのは『女神の祝福』だ。俺が修道女に贈って、その結果殺される羽目になった曰く付きの品物だけど効果は保証する。仮令、首を捩じ切られても、指を飛ばされようとも、どんな疫病に罹ったとしても、たちどころにに治してくれる――現代医科学も吃驚仰天な薬だよ。俺も詳しくは知らないけど、婆様が特別に拵えてくれた奇跡の水らしいんだ。保険として持っておくといい。逆に言えば、これさえあればまず死ぬことはない」
団長のこと宜しく頼む――と弟は深く頭を垂れた。




