65.「なり損ない」がその巨体で周囲を薙ぎ払っただけで、盾を構えた騎士達が塵芥のように……。
※何をしていても楽しくない。一分一秒が苦痛。だから禁じられている飲酒に走る。つまり今は泥酔であるワケでして……。誤字脱字があったら本当に申し訳ない。
※ エ ル デ ン リ ン グ は 大 味 戦 技 ぶ っ 放 し ゲ ー だ け ど 、 つ ま ら な く は な い よ ! ダ ク ソ Ⅲ の 方 が 何 倍 も 面 白 い け ど ね !
「なり損ない」がその巨体で周囲を薙ぎ払っただけで、盾を構えた騎士達が塵芥のように、いとも容易に吹き飛ばされてしまう。そのうち数名が、当たり所が悪かったのか動かない――。
直撃を免れた者は、暴れ狂う化生を鎮圧せんと弩や魔術、果ては得物を投げて応戦するが、竜とも蛇ともつかぬ、生物と無機物の中間に位置するなり損ないは、大口を開けて黒い液体を吐き出し、己に向かい来る飛来物の一切を溶解せしめてしまう。
「…………?」
その光景には見覚えがあった。
人の生き血と死に血を混ぜて腐らせたかのような液体に。
離れた私にも漂い来る、満月を彷彿とさせる芳香に。
夕陽を浴びると瞬時に結晶化する特殊な性質に。
――兄さん?
私の脳髄が、決定的かつ致命的な過去を想起する瞬間。
「姉貴ッ! 何ボサっとしてんだ早く隠れろよ聞こえないのか!」
また、弟の声がした。
空耳などではない。
この場にいる誰かが叫んだのだ。
だが、誰も私を見ていない。
どこにいるのだ、あの愚弟は――と。
目を皿にして広間を眺めれば。
なり損ないが吠えた。空気をびりびりと律動させる苦悶の慟哭であった。人の心を持ちながらも、人ではない何かに堕ちてしまった――成ったのではない。果ててしまったのだ。損なってしまったのだ――どうにもできぬことを、どうにかしようと嘆く悲しき咆哮であった。
――ともすれば。
カイル君の意識は、まだ在るのではないか。それならば、攻撃をしてはならない。殺すなんてもっての外だ。どうにかして治す手段を探すべきではないのか――。
私がなり損ないに同調しかけた時。
誰一人動けずにいる中、たったひとりだけ動いた者がいた。
大剣を背負った仮面の騎士――オスカーさんである。
私とカイル君の間に割って入るかのように滑り込むと、左手に握った短刀を地面に突き立て、それを軸に、遠心力で右手に持った特大剣を振り回して――。
ぐちゃり、と。
刀身がカイル君の右膝に当たり、骨と肉が潰える音がした。
それでもオスカーさんは攻勢を緩めない。
今度は特大剣を腕力のみで横に薙いで、両足を完全に切り飛ばしてしまった。そして、とどめと言わんばかりに天高く跳躍すると、傾いた姿勢から、なり損ないの頭部へ強烈な一撃を文字通り叩き込む。
宿主のカイル君が転倒したことで、均衡を失った黒蛇は大きく怯み――その隙を見逃すほど、甘い戦士はこの場にいなかった。オスカーさんが指示するまでもなく、全員が援護射撃を放ち、ついに黒一色の大蛇は力無く横たわってしまう。
その一連の光景は、数と道具、そして協働をを恃みに獲物を狩る前史時代の狩猟を彷彿とさせるもので――私は目を背けたくなってしまった。
けれども。
オスカーさんは黒い液体に塗れた大剣を担ぎ直し、カイル君に近付く。
きっと、引導を渡すつもりなのだろう。
だが、そうすれば彼は。
カイル君は――。
「待って。待ってください!」
私は声を張り上げる。
だが、オスカーさんは振り返らない。
歩みも止まらない。
――どうして? 声は届いている筈なのに。
ああ、そうか。
敢えて無視を決め込んでいるのだ。
その意図は分からない。仲間の介錯というものが、一度でも手を止めてしまえば、決断が鈍ってしまうからなのか。或いは、手を止める意味が最初からない。治す手段がない。殺すことでしか救えないからなのか――。
いずれにせよ、私にはオスカーさんを止めることができない。そうと分かった時には、大杖を握り、右脚を窓枠に掛けていた。
「聖女様!?」
おやめください、と誰かが叫ぶが、その時には跳んでいた。否、落ちていた。高さは、建物にして凡そ三階から四階程度。十メートルぐらい。
私は、特別高い所は怖くもない。かといって得意な訳でもないのだが――この時ばかりは身が竦むような思いがした。それは落下の最中に体幹が崩れ、後ろ向きに倒れかけたせいだったのかもしれない。体感時間が妙に引き延ばされ、長いこと宙に留まっているような気がした。
――ああ、失敗したかもしれない。
このままだと腰か背骨が直撃してしまう。骨折で済むだろうか。半身不随になったら厭だな。ああ、でも奇跡で治してしまうから別にいいか私のことなんて。
――姉貴ぃ。運動神経がクッソ鈍い癖に張り切るなよ――。
私を揶揄する弟の声が聞こえた――ような気がした。
そして。
ぼすん――と。
私が落ちたのは地面ではなく、誰かの腕の中であった。
恐る恐る閉じていた目を開ければ。
見慣れぬ騎士が私を覗き込んでいた。兜の前面は上げられ、それなりに端正な顔立ちと、男性にしては長い金髪が風に靡く。彼は、私の無事を認めると安堵したように微笑む。
すぐに直感した。
この人が金髪の英雄と呼ばれる人物なのかもしれないと。
――だが、弟ではない。
少なくとも私の知る人物ではない。
変装でもしてない限りは。
「いやはや、間に合って本当に良かった。お嬢さん。いや、この場合は聖女様とお呼びした方が宜しいでしょうか。お怪我はありませんか?」
彼は笑みを保った儘、静かに問い掛ける。
「……ええ、私なら大丈夫です」
助けて貰った身の上で、こう思うのは大変失礼なことであるのだが――最初に感じたのは、馴れ馴れしさと恩着せがましさであった。下心を、丁寧な口調と端正な目鼻立ちという外装でごまかしたかのような――少なくとも、ウィリアム様のような不器用なまでの実直さもなければ、アルフィー様のような徹頭徹尾怜悧な計算高さも感じない。オスカーさんのようなある種の達観からくる機知や諧謔もなければ、カイル君のような純朴さも、アリスのような天真爛漫な献身もない――私が今日に至るまで出逢ってきた方々のように、良いなと思う部分を見出すことができなかった。女性特有の第一印象ないし危機感とでも言えば良いのか(私が女性観を語るなんて滑稽を通り越して奇妙ですらあることは無論自覚しているが)。何なら、手甲越しとは雖も触れられたくないとすら思ってしまった。
だから私は。
「助けてくださりありがとうございます。下ろしてください」
と無表情の儘、感謝と要望を簡潔過ぎるほど簡潔に述べる。ともすれば無礼と思われるかもしれないが、金髪の英雄なる人物が弟ではないのなら、そんなことは二の次であった。
強引に身をよじり、騎士の拘束から猫のように脱すると、周囲を警戒しながらも私達の遣り取りを真っ黒な瞳で睨んでいたオスカーさんの許へ行く。
「――そこで止まりな。まだコイツは死んじゃいねえ。暴れ出したらあんたを守れねえ。それより何故止めた。何故此処に来た。仕事の邪魔をするのはいくら聖女サマでも赦さねえぞ」
平生よりも音階の低い声で、オスカーさんは私を威嚇する。
正直、怖かった。
返り血に塗れた長身痩躯。どこか不吉な尖った兜。表情の窺えぬ面頬と高い詰め襟。両の手に携えた大小二つの凶器――。
住む世界が違うのだという拒絶を覚えた。
けれども。
オスカーさんの足許には、なり損ないが乞うように私を見詰めている。まるで、助けてくれと言われているようで、どうしても放っておくことはできなかった。
「赦してくれなくとも結構です。奇跡を使う機会をください」
私も、毅然とした態度で返す。
私がここで心折れてはカイル君を救えない。
そうなれば、また後悔してしまうから。
「奇跡だあ? 止せよ今更。この期に及んで奇跡なんかに。満月なんぞに頼ろうなんてつまらない冗談だ。そもそもな。コイツはどっかの馬鹿が中途半端な奇跡を使ったせいで人間を辞めちまったんだぜ。満月の奇跡のせいで狂っちまったんだ」
「どこかの誰か。私のことですか」
「ちげえよ。あんただって知ってんだろ。法皇サマから派遣されたお目付役――暗月の女騎士だよ。あの馬鹿がやらかしやがった。おっと失敬」
話題が逸れちまったな――と逝ってオスカーさんは舌打ちをひとつ。腹の底から怒っているようであった。
「あのな、聖女サマ。落ち着いて聞いてくれや。月蝕病はここまで来れば治療なんかできねえんだ。殺すことでしか楽にしてやれねえんだよ。だから――頼むよ。少しの間だけで良い。目を瞑るか後ろを向いてくれねえか。そう時間は取らせない。十秒もあれば十分だ」
「お断りします」
「何でだよ。俺は、あんたには。あんただけには手を穢すところを見てほしくねえんだよ。何度だって言ってやる。満月の奇跡などに人が救えるものか。否、人が人を救えるものか。よく言うだろ。奇跡は起こらねえから奇跡なんだってな」
「…………」
珍しく感傷的な口調でオスカーさんは言い放つ。以前、弟も似たようなことを言っていた。あの時は確かゲームの話をしていたんだったか。
オスカーさんの言うことは尤もである。誰だって、自分が仲間を殺す所など見られたくはないだろう。月光に頼った奇跡では逆効果でしかないのだということも。だが、今の私は違う。今なら、まだ間に合う。カイル君だって、寸前のところで踏みとどまっているのかもしれないのだ。諦めてはならない。
「天使様に教わった太陽の奇跡を使います。お願いします。少しだけ時間をください」
私がオスカーさんの、黒曜石が如し眼を見詰めれば。
「……分かったよ。俺の負けだ。弟分のこと、頼んだぜ」
オスカーさんは嘆息したのち、折れてくれた。
弟分と聞いて、私は。
あの愚弟はどこで何をしているのだろうか――と思った。
※酔いすぎて気持ち悪い。




