60.馬車が砦に着いて私達が降車するなり、ウィリアム様は……。
※ついに60部到達。文字数は30万文字……。軽い気持ちで書き始めた趣味のハズがとうとうここまで来てしまった。いや、こんなん書いている暇あったら純文学とかミステリとか公募用の原稿に力を入れるべきだろうと、ほんの少しだけ反省する。まあいいや。皆様今後とも(本小説じゃなくて)『DARK SOULS』シリーズ及び『ELDEN RING』をよろしくお願い致します。エルデンリングは6月21日にDLCコンテンツが発売されます!
馬車が砦に着いて私達が降車するなり、ウィリアム様は駆け寄ってきた団員の一人に呼び止められると「軍議ゆえ、これで失礼させていただきます」と言い残し、足早に建物のひとつ――敷地内では最も大きく高い石造りの円塔である。日本の城塞でいうところの天守閣に該当する施設だろうか――へ向かっていく。それを見届けた馭者の老紳士も、こんなところから一刻も早く去りたいと言わんばかりに、ひらりと馬首を翻して去ってしまう。
私と白銀の甲冑に身を包んだ女性騎士がぽつんと取り残された形となる。
騎士団の官舎を除けば、軍事施設に入るのは初めてであった。
最前線という場所だからだろうか。まるで一月放置した食肉の密閉容器に、一緒に閉じ込められでもしたかのような、鼻が曲がりそうになるほどの、血と脂が饐えたような悪臭が周囲に立ちこめている。それに起因する浮遊感を伴った眩暈に顔を顰めていれば。
「聖女殿。何をそう不快な顔をしているのですか」
隣から鋭利な指摘が飛んでくる。
「もっと泰然と構えなさいな。私達が恐怖や嫌悪を表に出せば、それは負傷者にも伝わるものです。そしてそれは怪我の治りの早さにも、ひいては士気にも関わるものです。ですから私達は、仮令本心ではどう思っていようとも、何でもないかのように振る舞わなければなりません」
「分かりました。医務室はどちらでしょうか」
「医務室――」
そう呟いた彼女は、何か言いたげに顎に手を遣る。
「私は何かおかしなことを言いましたか」
「いえ。そう呼べるほどの区画は今やどこにもありません。先に言っておきましょう。使わない納戸に樽や木箱を並べて、その上に筵を敷いただけの寝台に力無く横たわる者達ばかりです。酷い者になると、寝台が用意できないためにそのまま床に転がるしかありません。壁蝨や蚤といった蟲達の温床でもあり、衛生や清潔といった概念は凡そ存在しません。あなたも治療に当たる際はその御髪を束ねた方がよろしいでしょう。虱に寄生されたいというなら止めませんが。覚悟はよろしいですか」
「――はい。大丈夫です」
「良い返事です。皆、あなたの勇気と献身に元気づけられることでしょう」
彼女は口許に薄い笑みを忍ばせる。
その柔らかな表情の儘。
「こうしていれば、あなたが法皇の孫だということを忘れそうになってしまいますね」
と言った。
それは私に投げ掛けた言葉というより、自身に向けた呟きと思われる程度には、小さく細やかな声量であった。だが、私の鼓膜はその音を拾い上げた。聞き取ってしまった。
――法皇の孫。この私が?
何かの間違いのように思われて、私はすぐに反応することができなかった。
目を瞬いて口を半開きにする私の顔は、きっと白痴宛らであっただろう。少なくとも年頃の娘が人前で晒して良い表情ではなかったように思う。
我に返った私は、口許を引き締めてから。
「今、何と仰いましたか」
と訊き直す。
私が法皇の孫であるならば。
それが本当に正しいのならば。
当然、祖父があの法皇であることが確定してしまう。尤も、私が把握している法皇なる御方の人物評はカイル君からの伝聞でしかない。
旧王家とそれに連なる者達を幽閉或いは追放するような冷酷かつ残忍な性格であり、この戦争においても近衛隊を派兵させるほどの権力者でもある。また王子の師であるとも聞く。
しかしながら、そうは言ってもだ。
所詮はたった一人の証言でしかない。信憑性に欠ける。というより、少なくとも今聞きたい情報ではなかった。言われたからには聞き返すしかなかったのだが。
私の質問に彼女は――まだ互いに名乗っていないため彼女の名前は分からない。馬車の中では詳細な役割分担まで取り決めたというのにだ。ともすれば、この世界では自己紹介という作法が然程重要視されないのかもしれない――答えない。ほんの一瞬、失言をしてしまったとでもいうように眉間に皺を寄せてから。
「迂闊な言葉でした。申し訳ありません」
と丁寧に謝罪する。私が、祖父を悪く言われたことに対して怒っているとでも思ったのかもしれない。
「時に、つかぬことをお伺いしても?」
彼女は話題を逸らしにかかる。
「私達には、互いに明らかにしなくてはならないことがあると思うのです」
何を言うつもりなのだろうか。今度は一体どんな事実を突き付けられるのだろうか。自己紹介であったら良いのだが――と私が身構れば。
「そんなに緊張されなくとも。女性同士の井戸端会議をしようかと」
彼女は口角をほんの少しだけ持ち上げた。
「井戸端会議ですか」
「ええ。ウィリアム団長について、少しだけ」
ウィリアム様について?
話の流れが読めずに私は首を傾げる。
「聖女殿。あなたは団長をどのように――いえ、どの程度まで想っておいででしょうか?」
私が彼を好いていると判った上での問い掛けであった。
その前提は間違っていない。つい先刻自覚した時は半ば自棄になっていたが、確かに私は彼へ思慕を抱いている。厚意ではなく好意を抱いている。
――もし、そこのお嬢さん――。
――こんな夜更けに何をなさっているのですか――。
思えば初めて会った時に。
顔すら見えぬ筈なのに。
しかも兜の覆いのせいで篭もった声であったのに。
私はその声にやられてしまったのだ。月光が齎した幻影だったのかと思うほどに、いとも容易に心を奪われてしまったのだ。此方を慮る穏やかな知性と温かな誠意を感じたのだ。
極めつけは、彼をお店に招待した時の、あの厳かな沈黙である。
互いの存在を確りと認めながらも敢えて口を閉ざすあの優しい雰囲気が。私の理想とする喫茶店のひとつの到達点であると。喫茶店という夢の成就には彼の存在が不可欠であると。彼にまた来ようと思ってもらえる店を作りたいと思うようになったのだ。
畢竟、一目惚れである。
声と雰囲気に一目惚れというのも妙な話ではあるが。
我ながら身分不相応で馬鹿げた懸想である。片や騎士団長、片や侍女なのだから。それ以前に生まれた国どころか世界が違う。だからこそ、私は返答に窮してしまった。此処は私の生まれ育った日本ではない。思想や言論の自由が保障されているかも判らないのだから(まあ、彼をまるで偶像か何かのように崇拝している侍女達の態度を思えば、きっと杞憂なのだろうが)。
何より、今此処で肯定してしまえば彼女は良い顔をしないだろうという予感があった。悪しき言い方をすれば、我が身の保身を優先したのだ。
少なくとも、ええそうです私は彼を愛しております――などと堂々と言えるだけの勇気と、この平べったい胸に宿る照れと憧れと、ほんの少しの焦れったさ、そして一握りの誇らしさが愛であると断言できるだけの人生経験が私にはなかった。
――なにせ私は。
かつて兄へ恋をしていると錯覚して、その錯覚故に、絶対に見落としてはいけない異変に気付くことができず、果てには自殺をさせてしまった前科者なのだから。私が好きになった者はどこか遠い処に逝ってしまうのではないかという恐怖を覚えたのも確かである。
「どの程度と仰いますと」
「少し、驚きました」
「何がでしょうか」
「尋ねたのは私ですが、否定しないのですね」
「……嘘を吐かないと。死んでいった者の分まで誠実に生きようと決めておりますので。まあ『嘘も方便』という諺もありますが」
そも、私は嘘や企て、謀り事ができるほど器用な性分ではない。この手のある種腹芸染みたことは弟の得意分野である。それ以上に、私が道を踏み外せば、そっと目を伏せた兄の悲しげな顔が過るのだ。
「そのような言葉は聞いたこともありませんが――まあ、それはいいでしょう」
「失礼ながら質問の意図が分かりません。私にそのようなことを訊いて何になるのですか。こう言っては何ですが、私がウィリアム様を憎からず思っているのは事実ですが、男女の関係において特別にこうなりたいという気持ちは一切ありません」
「そうなのですか? 私は、お二人は既に両想いのように見えましたが」
「そんなこと、あるわけがありません」
馬鹿を言わないでほしい。
「私の願望を強いて言うなら、生来開く予定のあの店に、お客様として来てくれたら嬉しいなと思う程度です。それとも、そういった望みを抱くことすら赦されないのですか」
私は自身の想いが否定されたような気がして、ついむきになって反論してしまう。彼への密かな慕情と、私の夢である喫茶の開店は、気付かぬうちに等号で結ばれていたのだ。
「これは失礼しました。あなたの想いを否定するつもりはありません」
彼女は私を宥めるように言った。
「なら、どういう意図があったのですか」
私が間合いを詰めれば。
「私が、ウィリアム殿の許婚だからです」
と彼女は言った。続けて。
「そして私も、彼を愛しているからです」
とも。
その台詞と表情は淡々としていて、一筋の光線の如し私の心臓と脳髄を穿ち貫いたが――それでも私という自我がその語句を理解するまでに数秒の時間を要した。
何故かは分からない。自分が思う以上に彼を好いていたからか。それとも現代日本に住む私にとって、許婚や婚約という言葉が時代錯誤のように聞こえたからなのか――。
いずれにせよ、私は。
――裏切られた。
と思った。思ってしまった。
誰に対してなのかは分からない。だが深い悲しみと冷たい怒りに呑まれそうになった。そんな身勝手な己に対しても嫌悪と落胆を覚えた。
「それはつまり」
悲嘆と憤慨を圧し殺しながら喋る。
「ウィリアム様に近付くなということでしょうか」
「違いますよ。違いますから、そのような泣きそうな顔をなさらないでください。私が虐めているようではありませんか」
「私は、今泣きそうな顔をしているのですか」
兄が死んでも、涙を流せなかったこの私が?
だとしたら、それはとても佳いことなのではないだろうか。
「ええ、とても。さあ、これをお使いなさい」
彼女は腰袋から、上品な仕立ての手布を取り出して私に差し出す。
ハンカチなら持っておりますからお気遣いなく――と私は断るが、それなら髪を束ねることにでも使いなさい――と彼女は私に握らせる。彼女の手は温かかった。その人間らしい温もりに中てられたせいか。やっぱり彼女はお姉ちゃんみたいだなあ、と私はぼんやりと考える。
「面白くないことを話してしまい申し訳ありません。でも、私はあなたに知ってほしかったのです。何かを要求したり交渉したりするつもりは一切ありません。暗月の神に誓っても構いません」
「それなら、なぜ」
「同じ男性を好きになった者同士、仲良くなれたらよいと考えておりました」
「そんなことが」
できるのだろうか。
赦されるのだろうか。
少なくとも、大学に通う同世代の女子達に、そのような器の大きな――或いは常識から些か逸脱した――者はいないように思う。同担拒否という言葉もあるらしい。それに、婚約を交わした者の近くに自分以外の者がいるなど不快だろう。何はなくとも、疑り深いのが人間という生き物である。
「本当にできるのですか」
途切れてしまった言葉を継げば、不思議そうな顔をしたのは彼女の方であった。
「私はできると信じております。おかしいでしょうか」
彼女は至極真面目な顔をして答える。
「ウィリアム殿が誰からも好かれてしまう要素ばかりを持ち合わせていることは周知の事実でしょう。まさか私が婚約者だからといって、敢えて嫌われるように振る舞ってくれとお願いするわけにもいきません。それに所詮は家同士が決めたただの取り決めです。そもそも今は戦時中であり、互いに明日も分からぬ身。それどころではありません。そういう次第ですから、ウィリアム殿が他の誰かを好きになったとしても、私は彼の意思を尊重して退こうと思っているのです。私の『好き』は所詮その程度のものなのですよ」
「そんな簡単に話を蹴っても良いものなのですか」
私とて、いくら異邦の身とは雖も、婚約というものが、家と家の取り決めが、血と血の結び付きが、そう簡単に反故にされて良いものでないことは理解できる。
「さあ、どうでしょうか」
「どうでしょうって、それはあんまりではありませんか」
「それはそうかもしれませんが、まずは目の前のことに集中しなければなりません。それだけは確かなことです。そしてもうひとつだけ言えば、ウィリアム殿と一緒になる女性があなたであれば納得できるなと思っている――その程度には、あなたを認めているのですよ。砕けた言い方をすれば、もっと仲良くなりたいのです。会って間もないのに。我ながら不思議なことですが」
私は返事をすることがどうにも躊躇われてしまった。それどころか、私の意図せぬところで、ありとあらゆる事態が進んでいることに苛立ちすら覚えてしまった。
戦争も、騎士団についても。
彼との関係も、侍女達との交友も。
祖父や弟の行方、家族についても。
だが一番肝心な喫茶店については遅々として進んでいない。
何と嘆かわしいことだろうか――と。
以下、本編に関係ないゲーム『ELDEN RING』の話。
* * *
先日、DLCの予告映像と発売日が発表された。2024年6月21日。実のところ、本気で悩んでいる。即買いするか否かを(購入するのは大前提)。なぜならば、エルデンのファンには申し訳ないのだが、正直本編の出来については納得のいかない或いは擁護できない点があまりにも多すぎるから。率直に言えば「本編があんな出来映えだったのにDLC発売直後に期待なんかできるワケねーだろ」と思ってしまう自分がいるのだ。「せめて買うならバグ情報やバランス調整がある程度終わってからだろう」と冷静を保とうとしているのだ。
初見プレイは未だに覚えている。あの頃は、まだ武器『屍山血河』の神秘補正が攻撃力に反映されないバグがあった。ついでに言うなら遺灰『現し身の雫』や戦灰『霜踏み』も弱体化を食らう前だった。戦技『血の刃』だけで私は、敵の透明化バグに悩まされながらも最終エリア『エブレフェール』を踏破して腐敗おばさんをどうにかソロで倒したのだ。
こんな経験というかトラウマがあるから、どうにも即買いに抵抗があるのが本音。もちろん透明化バグは後々になって修正されたし、今では愉しく遊ぶことができているのだが……。
あ、それでもひとつだけ言わせていただきたい。
・結晶人x3
・ひでおガーゴイルx2
・坩堝の騎士x2
こ い つ ら は 絶 対 に 赦 さ ね え 。
遺灰と戦技を使っても、或いは逆に縛っても、複数ボスが面白かった試しなんてないのよ……。ダクソⅢまでに積み重ねてきたノウハウどこに捨ててしまったんだよ。
ついでに『典礼街オルディナ』にいる弓持ったしろがね人も嫌い。
でも遺灰『しろがねのラティナ』は好き。声がかわいい。
おんぶして狭間の地を駆け巡りたい。
以上




