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59.仮面の騎士オスカーは城壁の上、片持ち梁の如し張り出した戦闘回廊にいた。

※本小説はフロムソフトウェア製ゲーム『DARK SOULSⅢ』および『ELDEN RING』の影響を多大に受けていることをここに白状いたします。パクリでもステマでもなくダイマのつもり。

※『ELDEN RING』のDLCが遂に発売決定! 2024/06/12! ……え、ちょっと待って。遅すぎない? 僕は2月に発売日が発表されて、4月くらいにプレイできるものと思ってましたよ。まあ、その分クオリティは期待できるものとなっているハズですよね。それにしても宮崎Dが対談で言っていた「まだ解明されていない謎」とは何だろう? ギミック的な話なのか考察分野なのか……。う~む、よく分からない。知っている人がいたら教えてください。

※書き溜めは66部まで保有。適宜投下予定。100部行く前に完結まで漕ぎ着けたい処だが、果たしてどうなることやら。

 仮面の騎士オスカーは城壁の上、片持ち梁の如し張り出した戦闘回廊――物見櫓にいた。


 火を点けたばかりの、愛飲している甘い芳香の煙草をくわえながら、壁面にかれた銃眼の上にもたれ掛かる。見張りとは思えぬ、およそ緊張感をいた姿ではあったが、それでも必要最低限の集中は保っていた。

 もっとも、その理由は敵襲に対するものではなく、呆けていれば床に空けられた方形の穴――石落としに足を取られて無様を晒す羽目になるからという何とも情けない事情ではあったが。もっと言えば、オスカーが立つ櫓は、敵陣ではなく後背――即ち護るべき月の都を向いているためでもある。


 いくら塔が空高くそびえようとも、高低差の都合上、また街を囲う日干し煉瓦を積み重ねただけの、文字通り最後の壁があるため市内を一望することはできない。せいぜい小高い丘に建てられた大聖堂の尖塔が見えるくらいである。商店区画から立ち上る蒸気交じりの白い煙も。今が昼飯時であることを考えれば、きっと食材や水の煮炊きに使われているのだろう。


(行きつけの飯屋も今頃繁盛してんだろうなァ)


 そう思えば、にわかに空腹を覚えたものだから、オスカーは煙草を肺いっぱいに吸い込み、食物を求めて収縮を繰り返す胃腸をなだめにかかる。濾過材フィルターの効果により、量の多い煙を吐き出した後もせはしなかった。元より有害物質ニコチン・タールの少ない銘柄であることも関係しているのかもしれない。

 煙草の先端に残った指先ほどの灰も、オスカーが叩き落とす前に、強風に煽られて散り散りに消えていく――。


 瞬間、その様子が。

 騎士団の行く末を暗示しているかのように思われて。


 煙草に点火したのも自分。強くって火勢を激しいものにしたのも己である。同様に、此度こたびの戦争勃発に一枚噛んでいる――否、それどころの話ではない。引き鉄に指を掛け、握り締めたのは間違いなく己である。


 和睦に至る道をことごとく潰し、最早退けぬところまで両国の関係を悪化させたのも。敵からも仲間からもそう思われる程度には、背後に屍を転がしてきたつもりである。それが。それだけが己に残された最後の贖罪――聖堂の欲深き主教達がこぞって売りつける贖宥状しょくゆうじょうとは訳が違う――罪をそそぐ方法であり、己にしかできぬ復讐の手段とばかり思っていたのだが。


(仲間だと? 冗談じゃねえ。奴等はただの同僚だろうが)


 俺の仲間は一人しかいない。

 過去にも未来にもあいつだけだ。


 だが、あいつはもういない。

 無残に、何の意味もなく死んだ。

 帝国の人間に殺された。


 だから俺は独りだ。

 独りになってしまった。

 だが、それでいい。

 それがいい。


 オスカーは瞑目して、己がまだ世の不条理を知らぬ少年だった頃、密かに想いを寄せていた少女の顔と名前を思い出そうとした時である。


 背後の石塔から跫音あしおとがして、見張り台を区切る戸口が開かれた。


「一体どうした。元気のないツラをして」


 揶揄からかうような声音こわねであった。

 オスカーが振り返れば顔馴染みの老兵が立っていた。


 纏う雰囲気こそ飄々として、瞳は笑っているように見えぬこともないが、繊細な意匠が施された黄昏色たそがれいろの鎧は傷と返り血にまみれて錆汚れているし、背負う得物も揺らめく炎を模した刀身をもつ独特の両手剣である。


 この大剣は――正式名称を『フランベルジェ』という――板金鎧や鎖帷子、結晶トカゲなどといった硬質で刃が通らぬ物品には相性が悪いが、人間の首許や脇腹、手首や脚の裏側などといった柔らかな部位なら容易に引き裂いて出血をいる。仮令たとえ深手を避けたとしても、その歪んだ刀身がつける傷は治りが遅く、それだけ破傷風や敗血症といった感染症にかか危殆リスクもいや高い。

 『毒松脂どくまつやに』を塗っても良し、『カーサスの緋刃』を塗っても良し。斬っても突いても良しという使い勝手の良い武器である。こと人を殺すという意味においては。


 この狂った亡霊さながらの老兵が、今や医務室の常連となり、口やかましい侍女と愚図で鈍感な聖女の面倒を喜んで見ているし、賭博の胴元に担ぎ上げられたり、かつてある国では聖騎士にまで叙勲されたりしたというのだから人間という生物はまるで分からないものだとオスカーは思う。


「他人様の背中を見ただけで元気の有る無しが判るのかよ。凄えな年寄りは。俺はいつも面頬マスクをつけているっていうのに」


 オスカーは壁に背を預けながら、いつもの憎まれ口を叩く。郷愁と黙祷を邪魔されたことに対する抗議のつもりであったが老兵は少しも意に介した様子もなく。


「ほほほ。年を取れば色々と見えてくるものがあるのだよ。この瞳を治してくれた聖女様には感謝を捧げなくてはならんなあ」


 と好好爺こうこうや然と返す。いつもにして機嫌が良さそうに見えるのは、つい先日この戦場に孫娘が訪れたからであろう。


「ふん、そうかい。そりゃあのひとも喜ぶだろうよ。ああ、爺さん。待った、待ってくれ。そこ、床がもろいから気ぃ付けた方いいぜ」

「何と。こりゃ気付かなかった」

「向いていない木材を無理に使ったせいだろうな、きっと。だから腐ったんだ。それか白蟻にでも食われたかだ。俺はまだ中量装備だからくことはないだろうが、団長とか爺さん、それから近衛隊の連中となると話は別だろう。ちょっとまずいぜ」

「そうだな。こりゃ拙いなあ。落ちるなあ」

「落ちるのか」

「うん、落ちる」

「助からないか」

「この高さだもの。間違いなく死ぬさ」

「そうか、死ぬのか」

「あの坊主のように『隠密』が使えればまた違うだろうが。それか、聖女様が駆け付けてくれれば別だがな」

「自分の墓標に、腐った床板を踏み貫いての落下死――なんて刻まれたら笑うに笑えねえなあ。団長に報告して周知徹底してもらうとするか。それはそうと爺様はどうしてまたここに。見張り番の交代にはまだ早いぜ」


 まさか孫娘がいつ帰ってくるのか心配になったからじゃねえだろうなあ、とオスカーが尋ねれば、勿論もちろんそれもあるにはるのだが、と老兵は言ったのち。


「お前さんに、少しばかり話があってな」


 と告げた。至極真面目な口振りであった。


「そうかい。それなら拝聴させてもらうとしますか。あ、一本要るかい?」

「くれるというなら貰おうかね」

「火は?」

「結構。自前のものがある」


 老兵は受け取った一本を銜えてから、先端にてのひらかざす。すろと何もない空間から赤橙あかだいだいの炎が横溢おういつして煙草に火が灯る。奇跡でも魔術でもない――騎士団では老兵にしか扱い得ぬ土着の術――呪術である。


「相変わらず便利だよなあ、それ。燐寸マッチ燧石ライターも要らないなんて。どうやったら使えるんだ。訓練すれば俺にもできるのかい」

「多分お前さんには無理だろ」

「なんでよ。一度観察した物事は、ある程度ならそっくりそのまま模倣できる自信があるぜ。奇跡や魔術も例外じゃねえ。それに爺さんを師と呼ぶのも悪くない」

「悪い気はせぬが、そのある程度にお前さんは届かないだろうよ」

「へえ、具体的には?」

「呪術には多少なりとも信仰が求められるものだ」

「あー、成る程。そりゃ無理だわ。うん、絶対に無理だ」


 あっさり掌を返したオスカーに老兵は苦笑いをひとつこぼしてから。


「甘いなあ」


 と呟いた。


「だろうな。俺の知る限り、一番か二番くらいに甘い自慢の銘柄だぜ」

「だが軽すぎるよ。物足りない」

「そうかあ? それならそれで良いじゃねえか。喫い過ぎも飲み過ぎも身体に毒だぜ」

「それならお前さんにぴったりだなあ」

「へへ、そうだろう」


 緩い返答をしながらも、オスカーは沈黙と視線で老兵を催促する。こんな無駄話をしに来たのではないのだろうと。さっさと本題に入りやがれという意を込めた眼差しである。


 ほんの数秒、空気が静止したのちに。


「お前さん、迷っているだろう」


 と老兵はいた。口調こそ質問の体をなしてはいたが、断言されているのだとオスカーは感じた。何についてだ、と空惚そらとぼけるつもりはなかった。耳が痛い内容であったためである。オスカーはまたも沈黙をもって肯定する。


 事実、オスカーの精神はここ数日安定せずにいた。故に、こうして医務室の寝台から這い出ては、見張りをする振りをしながら紫煙しえんくゆらせるばかりであった。悩み過ぎたせいか頭痛すらする始末である。

 即ち、オスカーは身内に潜在する敵――幹部候補生である少年兵士の処遇を未だに悩んでいた。迷いをどうしても捨てきれずにいた。


 今日こんにちに至るまで数多あまたの人間を傷付けてきた。その果てに殺すことになってしまったことも少なくない。むしろ、帝国の人間ならば率先して殺したと言っても過言でない。或いは反対に、罠に嵌まるか反撃を食らうかなりして死にそうになった場面も挙げ出せばきりがない。奇跡『惜別の涙』がなければ、この身は既に骸になって、冷たい土の下に埋められていただろうとも思う。

 そのような、殺すことにも殺されることにも慣れきってしまった、兵器染みた人間である。少なくともオスカーは自身をそのように認識していた。だからこそ、組織の人間ひとりを場合によっては――月蝕病の如何いかんによっては――殺さねばならぬ。ただそれだけの話なのに、どうにも割り切れぬものを感じていた。そんな己が不思議で仕方なかった。


 この砦の最高責任者である騎士団の総長へ、事態を憂慮していた副官と共に、少年の容態――月蝕病の兆候は確かにあり、病状は遅々としながらも確実に進行していること、及び完全に発症した場合にのみ殺害すること――を報告ないし提案すれば、是、という決定が下された。


 当然ながら、現状オスカーは少年を殺そうとは思ってもいない。真っ黒な人間性――所謂いわゆる『人の膿』に内側から呑まれたとしても、術があるのなら救いたかった。戦術やら将来性云々うんぬんといった話ではない。オスカーの心に残った、ほんの一欠片の人間性が――擦り切れて今にも消えて喪くなりそうな倫理と正義の心が――拒んだのだ。異を唱えたのだ。


 如何なる事情があろうとも。軍規や優先順位に背いたとしても。『人の膿』即ち『深淵』を排斥、根絶せんとすることが騎士団の真なる使命だとしても。これ以上、道を踏み外そうものなら、二度と陽の許を歩けなくなるぞ、と。


 自分を慕ってくれたまま月に召された少女にも。

 今生きて自分にあれこれ世話を焼いてくれる侍女にも。

 顔向けができなくなるぞ、と。


(深淵狩りが深淵に呑まれるなんて面白くもねえ話だ)


 木乃伊ミイラ取りが木乃伊になるではないのだ。深淵を覗き込む時、深淵もまた此方こちらを見ている――という言葉は、哲学者ニーチェの書籍『善悪の彼岸』第146節の成句フレーズである。


(いや、こんな話はどうでもいいんだよ)


 オスカーは咳払いをして飛散していた意識を戻す。


「いやはや、ご慧眼恐れ入る。爺さんの言う通り、確かに俺は迷っているよ。悔しいが認めてやらあ。俺は、自分が思う以上には人情家だったようだ」

「面白いことを言うなあ。それは違うだろう」

「違う? 何が違うというのだ。あなたのお蔭で、私はは自分の迷いを自覚することができた。本音を言うことがゆるされるなら、私は彼を殺したくはないのだ。何て言ったって日頃から面倒を見ていた弟分だ。――ふん、我ながら甘い。この煙草のように甘い甘い泣き言だ」

「口調が昔に戻っておるぞ。しかし、お前さんは」


 既に手遅れだろうに――と煙を吐きながら老兵は言った。


「いざとなれば、あの坊主を何の躊躇ためらいもなく殺すだろう。殺してしまえるだろう。その背負った特大剣で、情けも容赦もなく、あれの頭を叩き割ってしまうだろう。違うか?」

「いんや、違わねえ」


 オスカーは即答する。即答する外なかった。

 その答えを聞いて、老兵は――かつて聖騎士にまで叙された、狂った亡霊の如し戦士は――濡れた歯を剥き出しにして呵呵かかと笑った。


「何だようるせえな。一体何がそんなに面白いんだよ」

「これが笑わずにいられるか。お前さんが人情家ならば、この世から、人間同士の醜い争いで死ぬ者などひとりもおるものか。神の復讐のためならば敵兵の耳を削ぎ落とし、城壁を補修するために、藁の代わりに人皮にんぴを剥いで、せっせと几帳面に張り付ける奴が人情家などとは。寝言は寝て言うものだぞ」

「爺さん。待て、それは違う。俺は悪くない。俺にやれと命令したのは、あの血も涙もねえ副官殿だぜ」


 オスカーは弁解いいわけをしながらも、己の常識が世間一般から大いに逸脱していることを自覚する。果たして矯正できるのかとうちなる自分に問い掛けてみたものの、答えは返ってこなかった。そも、矯正する必要すらないのだ。ここは戦場なのだから――と思った時には、自分も笑っていた。


 狂わずにいるために、狂ったように笑うのだ。そして、修羅道を闊歩する鬼になるしかないのだ。己の居場所を、矜持を、国土を、記憶を護るために。


 そのためならば、いくらでも、この手をけがしてみせよう――。


 オスカーは短くなった煙草を靴の裏側で揉み消すと、床板の穴に落としてしまう。露台から空を見上げるが、期待していた青空はどこにもない。冬の分厚い積乱雲が広がっているだけである。いつか墜ちてくるはずの満月は未だに見えなかった。

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