55.快でも不快でもない空気を漂っていた私の精神は……。
※私の創作スタイルの紹介。基本的には大学ノートに草稿や構想含む手書き⇒推敲しながらパソコンで文字に起こす……という流れ。できあがった原稿が公募に回るか「なろう」に投稿するかは正直クオリティ次第。二度手間と言われればそうなのだが、画面を見ている時間が少なくなって目に優しいのは確かな利点。具体的なツールは①大学ノート(S5方眼掛5mm80枚)②万年筆・セーラーKOPモデル・太字・青黒インク③ノートPC[Lenovo]IdeaPadSlim350-Ryzen7(SSD換装済1TB)(メモリONボード4GB+16GB)④拡張モニター23.8in⑤一太郎プレミアム2019(これがあれば国語辞典や類語辞典を開く手間が省けてホント楽)⑥マウスELCOM・EX-G(誤作動多くて微妙、赤玉に交換すればマシ)⑦キーボード(Perixx)フルサイズ(メカニカル試したいけど高杉)まあざっとこんなもん。お勧めのキーボードあればおしえてくだしあ。
※ ど う し て パ ソ コ ン で デ モ ン ズ や ブ ラ ボ で き な い ん だ よ お 。
快でも不快でもない空気を漂っていた私の精神は、ウィリアム様が不意に私の掌を握り締めたことで急速に現実に引き戻される。手甲の類は嵌められていない。黒い瞳の如し宝石で飾った指輪があるだけの、ごつごつと節くれ立った騎士らしい、線の細い兄とは正反対の手であった。
膚と膚の接触面が火照ったように感じるのは、ウィリアム様の代謝によるものか、或いは兄の記憶が侵食されてしまうことを恐れた私が青褪めてしまったせいなのかは分からない。
兄に対して。そんな兄を頑なに想い続けてた自身に対して、罪悪感を抱いたのは確かであった。だが、悪い気はしなかったことも事実である。
許より、人間関係の機微に疎く、自己嫌悪と諦念を抱き続けた私である。
彼が私をどう思っているのかなど当然分からない。また私も、彼を必要以上に好きにならないと決めていた。故に私達の関係は、発展こそすれども、断じて「恋愛」という範疇に値するものではないと最初から判っていたことではあったが――。
私はこの時、嬉しいと思った。思ってしまった。
今の今まで、私を守護していた外殻に亀裂が走り、その罅から、後生大事に秘めていた大切な何かが雫となって溢れてしまったような気がして――私は胸がいっぱいになってしまった。
言葉にすれば、ときめき、だとか、感動だとか、いかにも安っぽい表現になってしまうから避けたいのだが――私は、突如として訪れた感情の揺らぎを、正確に指摘する語彙も持ち合わせてはおらず、また経験もなかった。唯一判ったのは、胸が張り裂けそうになるほどに切羽詰まった感情は、ある種の通過儀礼ないし成長痛に似たものであり、どうしようもないものであるということくらい。
「ウィリアム様? どうされましたか」
私は平静を装って尋ねる。平静でいなければ、自分が自分でいられなくなるような気がしたのだ。今だけは、機能に乏しいこの表情筋だけが頼りであった。
彼は、すぐには答えなかった。
長い長い沈黙を経てから。
「あなたが、どこか遠くに行ってしまいそうでしたから。お許しください」
と言った。そして手を離そうとするが――私は反対の手を使って、離れようとする彼の手を留めた。私の行動が意外だったのか、彼は微かに驚いたような顔をした。
「それなら、そのままで良いじゃありませんか。私は構いませんよ」
暗に手を握ってほしいことを告げれば、彼は頷いてくれた。神妙な顔をした儘、手指を絡めるように、それでいて私が痛がらない絶妙な力加減であった。
「先日、授けてくれた特別な御守りのことですが」
遠くを見詰めながら彼は切り出す。
「改めて御礼を申し上げます。嘘でも誇張でもなく、あれには何度も命を救われました。本日は直接感謝を伝えたく、多少無理をしてでも時間を作って馳せ参じた次第です」
ウィリアム様は懐から二羽の折り鶴を取り出す。
一目でそうと分かるほどに、ぼろぼろで、翼がひしゃげ、少しでも力を込めてしまえば千切れてしまいそうな――力を使い果たした蛻であった。
私はその姿に衝撃を受けた。
鶴に込めた二つの奇跡『惜別の涙』も『神の怒り』も、一度きりのものではない。寧ろ、何発でも使用できるような――私の人格と精神力をありたけに注ぎ込んだ、聖女としての所謂集大成であったのだ。
それが、このような無残な姿になって帰ってくるなど一体誰が想像できようか。それに『惜別の涙』とは、持ち主が死に瀕した際、一度だけ踏みとどまることのできる最期の切り札である。これを使い切ったとは、彼は一体どれだけ危険な場所にいるのだろうか。御守りが無かったら、彼は疾うの昔に死んでしまったのではないか――。
「お疲れのところ申し訳ありませんが、もう一度、この渡り鳥に同じ奇跡をかけてはいただけませんか?」
「しかし、こんな朽ちたものよりも、新たにお作り致します。アリス達に渡したのも沢山ありますから、敢えてこれに拘ることもないかと」
「私は」
遮るようにウィリアム様は言った。
「これが良いのです。気に入りました。この夫婦のように寄り添う鳥達が」
「……分かりました。でも、わざわざ目立つこともありませんから、お店に到着してから奇跡をかけましょう。それで宜しいですか」
私が許可すれば。
「ありがとうございます。無理をして砦を抜け出した甲斐がありました」
とウィリアム様は安堵交じりの笑みを浮かべるが、すぐに真面目な顔に戻ってしまった。
「ああそうだ。もうひとつお願いしても?」
「内容によりますが」
「別に大それたことを言うつもりはありません。先刻の話です。あなたが、本当に死者を覚えていることができるというのならば。そして、もし私がこの戦で名誉ある討死を遂げて、月に導かれた時は。どうか、私のことを忘れてください」
「……何を、仰っているのですか?」
そんなこと、できるわけがないではないか。
彼に、そのもしもが起こりえぬように、御守りに特別な加護を込めたのだ。
いつかの悪夢では、月を墜とそうとした。そしてその意思は――彼のためならば、この世界のありとあらゆるものを敵に回しても良いと思える程度には――何も変わっていない。
「私は、今まで多くの部下や仲間を喪ってきました。彼らを思い出すことができません。だから私にはあなたの気持ちは推測することしかできません。ですが慈悲深いあなたのことです。私が死んだとしたら悲しんでくれるでしょう? それともそれは私の自惚れでしょうか」
「縁起でもないことを言わないでください。聞いているだけで不安になってしまいます」
「答えてください。私が死ねば、あなたは悲しんでくれますか」
ウィリアム様は私の手を握り直し、私の目を見詰める。
その透明な眼差しは、兄とまるで同じ光を湛えて。迫り来る死を覚悟しながらも、人間の矜持を捨ててなるものかと抵抗する。死地に出征する兵の、美しくも儚い顔であった。
そんなところまで兄に似なくてもいいじゃないか――と私は癇癪を起こしそうになるが、寸前のところで堪える。
「悲しむに決まっているじゃないですか。意地の悪い質問をしないでください」
私は、冷静を取り繕いながら答える。ここで取り乱してしまえば、感情の箍が外れてしまいそうな気がした。自分が自分ではなくなってしまうような気がした。
死なないでください。戦など止めて、どこかへ逃げてしまえばいいじゃないですか――などと、彼の尊厳を蔑ろにする弱音を吐いてしまいそうで。何より、そんなことを言って、彼に失望されてしまうのが怖かった。
内心、恐慌に陥る私を余所に、彼はただ一言。
「良かった」
とだけ述べた。
何故そんなことが言えるのかが私には分からなかった。
「良かったとはどういう意味ですか。私は、そんなことを聞きたくなるほどに薄情者に見えるのですか」
自然と口調が厳しいものになってしまう。
「そういう意味で尋ねたのではありません。私は、あなたがとても優しい御方であることは知っております」
「お世辞なら結構です。それなら、どういう意図があったというのですか」
「あなたに、ほんの少しでも思ってもらえることが嬉しかったのです。そして、だからこそ、今こうして忠告することができて良かったと思いました」
「……仰る意味が、よく分かりません」
「そう難しいことは言っていないとは思いますが――単に、私は、自分が死ぬことで、あなたに余計な心労をかけたくないだけなのです。自惚れるなと言われればそれまでになってしまいますが――私は、他の何者でもない己の意思で戦うのです。無論、無駄死にするつもりはありませんが、かといって無責任に生き残ってみせると断言できないのが戦場の常です。また騎士にとっては戦場で散ることは誉れです。だから私は、仮令死んでも満足なのです。その独り善がりな死に様にあなたを縛り付けたくはないのです。ですから――」
私が死んでも、どうか忘れてください――とウィリアム様は静かに告げた。
「……………」
私は暫しの間考える。
どう答えたものかと。
彼の意思を尊重するならば、仮令自分に嘘を吐いてでも。薄情者と誹られても。忘れてあげると言うべきなのだろう。それとも、いっそのこと死者を想い続けることが生者に残されたたったひとつの特権なのだと、彼を困らせてでも我を通してしまうか。
――否、どちらでもない。
私は選べない。選んではいけない。
これは多分、天秤にかけてはいけない。
私には、私にしかできぬことを為すのだ。
「ウィリアム様。私は、この世界で喫茶店を開きたいと思っております。カイル君から既に聞いているとは思いますが、戦争が終わってから開店することに決めております」
唐突な話題の転換が気になったのだろう。彼は片眉を上げたまま、存じておりますと頷いて、視線で続きを促す。
「初めてお客様として招いたのがウィリアム様なんですよ。あの満月の夜に、ふらふらと出歩く私を呼び止めてくれたあなたです。私は、あの時の深い深い沈黙に、雰囲気を慮るあなたのきめ細やかな優しさを感じました。まだお店の名前すら決めかねておりますが――そして、店側が客を選ぶような物言いはどうかと思いますが――あなたのような方に、お客様として来てほしい。これは、こればかりは私の紛れもない本心です。ですから――お待ちしております。その時までには、私も修練を積んで、唸るくらい美味しい珈琲を淹れることができるようになります。あの夜にお出しした焼き菓子などとは比べものにならないくらいに、お料理もお菓子も作れるようになります。私を、待ち惚けにさせないでください。そう願うくらいは、許していただけませんか」
「しかし――」
彼は持て余したように私を見遣る。言いたいことは分かる。私の言葉は所詮詭弁でしかない。彼が欲しているのは決別なのだ。
けれども。
「お言葉ですが、あの夜の約束を果たしておりません」
「約束?」
「お忘れですか。開店したら、騎士団の皆様とお越しくださいとお願いした筈です。その手間賃として大量のクッキーを差し上げたと思いますが――まさか騎士団長ともあろう御方が守れぬ約束をしたのですか。本当に、兄とそっくりですね。勝手を言って潔く消えようするところなど、生き写しにしか思えません」
私の詰責に彼は口を噤んでしまった。
ここいらが落とし所――妥協点であろう。
目標は私の意地を通すことではないのだ。況して彼を論破することでもない。私は彼の右腕に両腕を絡め、奇跡『生命湧き』をかける。
彼の肩に頭を乗せて、私は目を瞑る。
「別に、あなたの矜持を否定するつもりはちっともありません。寧ろ、あなたがそう望むのなら快く送って差し上げたいとすら思っております。ですが――本意ではないのです。あなたが無事に帰ってくることを願って待つくらいは許してくれたっていいじゃありませんか。人間とは、互いに想い合って、譲り合うことができる生き物です。それが無理なら――店に着くまでは、こうさせてください」
私の願いを、彼は否定しなかった。




