42.「法王さまって一体どんな人なのかな」
※今更ですが。作中の二重鉤括弧(『』←コレ)で囲んだ名詞は、『DARK SOULS』もしくは『ELDEN RING』に登場する固有のものです(武器や防具、各種アイテム、魔術や奇跡など)。具体的な説明を省いた固有名詞が登場することに戸惑われるかもしれませんが、物語の進行速度を優先させた結果です。「まあ、そいいうものなんだな」という感じで軽く流していただけると幸いです。
※宗教上の役職名について。本当は旧教に倣い、司教・司祭・助祭などと統一させたかったのですが、敢えて「主教」という正教会や聖公会で用いられる言葉を使いました(ダクソⅢで『深みの主教たち』というボスが登場したため)。本来ならば(読者および作家両名の)混乱を防ぐために、厳密に意味と世界を設定、整理すべきであることは理解しておりますが。これまたご容赦ください。ゆるして。
「法王さまって一体どんな人なのかな」
私が『黄金のスクロール』を収納して紐で纏めれば、立ち上がって覗き込んでいたカイル君は惜しそうに声を漏らした。要求半分、抗議半分といったその目付きは、おやつを取り上げられた猫によく似ていて、私はまた笑ってしまった。
「あとでちゃんと見せてあげるから。そんな顔しないでよ」
「え、いいんですか?」
「だって気になるでしょう」
「それはそうですけど、でもスクロールですよ。しかもあの法王様直々の。狩人まで遣わせて寄越したんですから絶対曰く付き――下手をすれば国宝レベルかもしれませんよ」
本当によろしいので、とカイル君は念を圧す。あの、と強調させて言うあたり、その法王なる人物は――その御方が私に送った物を他人に見せることも含めて――良いとは言えないのかもしれないが。
「私は気にしないよ。皆、技術や知識を独占したがるけれど、私はその考え方には反対だもの。勿論、特許を設けることは必要だし、発明は保護されるべきだと思う。それによって更に発明が促進される側面もあるにはあると思うけど――情報の共有は大事でしょう。私達は同じ館で働く仲間なんだから。ああ、でも。侍女の私がこんなことを言ったら、実際に戦うきみには失礼に聞こえちゃうかな。気を悪くさせてしまったらごめんなさい」
「相変わらず謙虚ですねえ。こう言っちゃなんですが侍女なんてものはただの建前ですよ。第一、聖女様にそんな顔されたら僕の立つ瀬がありませんよ」
「もう。そう呼ぶのは止してっていつも言ってるでしょう」
「あ、すみません。つい癖で」
カイル君は笑ってごまかしにかかる。
「それはそうとして。法王様のこと、本当にご存じないのですか?」
「うん。正直、何も。こんなものを渡される心当たりもないよ」
私は手元の便箋を裏返しにして読めないようにしてしまう。この手紙も、三つの巻子本も、祖父が私に宛てたものであることは間違いないのだろうが――敢えて後回しにした。
何となく、根拠こそないけれど。
これを読んでしまえば、もう二度と、カイル君と対等に話すことができなくなってしまう気がして。何か途方もなく悪いことが書かれているような気がして。私は怖くなってしまったのだ。臆病で姑息で、狡猾な自分に嫌悪を抱く。
「法王さまは、あの、なんて言われるくらいには悪い人なの?」
胸の疼きを無視して無理矢理会話を続ける。
「いえ、決してそういうわけではありませんよ。実際のところ、僕もそこまで詳しいわけじゃないんです。何せ、いくら生まれが王都とはいっても、生家との遣り取りなんて年に一回あるかどうかですし、しかも久々に頼りが届いたと思ったら、その内容が、家業を継ぐ長兄が鉛中毒に罹って死んだから騎士団を辞めて帰ってこい――だなんていう無茶な注文です。だからまあ、僕も頭にきたわけで、黙殺を決め込んでる次第です」
そう言ってカイル君は大袈裟に肩を竦める。
兄のような人物が死没したことについて思うところがあったのは確かだが――私は何も言わぬことにした。彼は私が思うよりもずっと賢しい。元より他人が口を挟める領分でもない。彼の意思を尊重すべきと思ったこともある。
「十中八九、手紙の内容は真っ赤な嘘か、よくて多少の真実を織り交ぜた誇張どまりでしょう。あの下水に棲息する大鼠のように生き汚い兄が鉛中毒なんかで死ぬわけがありませんし、何より僕自身が、まだ兄がそんな人物であったと覚えているんですから」
「それは――そうだね。誰かが覚えている限り、その人は死なないものね」
「どうしたんです? そんな当然なことを今更」
カイル君は一瞬きょとんとしてしまうが、これ以上話を発展させるつもりはないようで。
「おっといけない。法王様についてでしたね」
と話題の軌道修正をする。
今の一瞬。
その態度、その文脈に。
私は、強烈な齟齬を感じた。
奇怪な違和を抱くが――その正体は掴めない。
「僕が法王様について申し上げる前に、ひとつだけ念頭に置いていただきたいことがあるのです。今からお伝えする人物評は、あくまでも現在進行形の王都を知らぬ人間の話です。しかも情報の出所も、放浪商人や酔っ払いの傭兵などといった破落戸からの又聞きであり、信憑性に欠ける与太に近しいものです。当然、そこには僕自身の思想思惑は一分たりとも含んでおりません。ここまではよろしいでしょうか」
私は頷いて続きを促す。
「ありがとうございます。随分と回りくどい真似をするなあと思われるでしょうが、何卒ご容赦ください。何せ、騎士団の人間が最高権力者の悪評を垂れ流したと誰かに知られでもしたら、僕は元より団長にまで迷惑をかけてしまうことになりかねませんので」
「うん、分かった。今からの話は誰にも口外しないし、内容はあくまでも伝聞、そしてその内容がどうあれ、きみの意図はまったくない――大丈夫、理解したよ」
「話が早くて助かります。しかし、どこからお伝えしたらいいものか。いの一番に言えることは、宗教上において、この国の頂点です。頂点の中の頂点、最も偉い人です。主教とか司祭とか、地域ごとに色々名称は変わってしまうのですが――神学校では成績優秀でなければならないうえに奇跡を使うことが必須などと、聖職と認められること自体が難しいのに、その連中の間で繰り広げられる権力争いをあっさりと勝ちに勝ち抜いて、たった数年で法王にまでのし上がった稀代の傑物ですね」
「宗教なのに、権力争いがあるんだね」
ちょっと複雑かも、と私が言えば、それはちょっと誤解があるかもしれません、とカイル君は早くも訂正する。
「そりゃまあ、聖職者と言っても人間ですから、甘い汁を吸いたいという輩はいるでしょう。そればかりは僕も否定できません。何なら、そのために神学校に入る不届者だって珍しくありません。具体例を挙げるとすれば――この街の主教は大の酒好きで有名でして。王都秘蔵の蒸留酒を買うために大聖堂の蓄えを着服しようとした挙げ句、事が露見て破門されかけた大俗物ですし、隣町の司祭なんて修道女と良い仲になった結果『誰にも知られない絵画のような世界で幸せに暮らします』なんて書き置きを残して出奔するなど――まあ挙げればきりがありません。いや、本当ですよ、まったく。連中は何をやっているんでしょうか」
自分の発言に憤慨したようで、カイル君はと小さく鼻を鳴らす。
「しかしながら、そういう人間ばかりじゃありません。宗教だからこそ、なんです。誰しもが、己の信仰心が最も聖にして清らかであると思いたいじゃないですか。だからそれを証明せんとして。数多の衆生を教え導くために。月により近付くために。誰よりも高く在ろうとするのです。事実、先代の法王など、神託を得んとして月光を浴び続けた結果、黒い液体を撒き散らして発狂死した――などいう摩訶不思議な逸話が残っているくらいですから。まあ、僕のような下々の人間からすれば住む世界が違う話ですがね。身の程を弁えずに、篝火に惹かれて焼身自殺をする毒蛾のようにしか見えません。月光を浴びても平気な葉月さん達からすれば、もっとおかしな話に聞こえるのかも知れませんが」
カイル君は何とも言えぬ顔で嘆息する。羨望とも後悔ともつかぬ――過去を偲ぶ感傷の表情であった。
「それなら、その新しい法王さまも強い信仰を持つ人だったの?」
「普通ならそう思いますよね」
「え、違うの?」
話の流れから、そうなると思っていたのだが。
「全然だったんです。むしろ反対でした。法王様は、月も神も、何とも思っていない――どころの話ではありません。信仰そのものを忌み嫌っている御方でした」
「……どういうこと?」
そんな人物がどうして法王に就いたのか。
そもそも、どうしてそれが発覚したというのか。
「現法王は、法王に就任すると同時に、それはもう派手にやらかしたんですよ」
やらかした、とは一体何を?
「旧王家に連なる者達を追放したんです。対外的には宗教改革などともっともらしく呼ばれておりますが」
「追放?」
「ええそうです。旧王家の血族達を騎士に叙勲させたのち、戦力の増強あるいは貸与もしくは外征などといった名目で、各地へ散り散りに派遣させました。それだけはありません。騎士となった者達を追い出したあとに王都全域を結界で囲ってしまったのです。追い出した者が二度と帰ることができないように。更にとどめと言わんばかりに贈られたのが呪いの指輪です」
「呪いの指輪――」
「黒い瞳のような宝石を嵌め込んだ、身に着けた者を昂らせて死闘へと誘い、やがては獣の如し狂戦士に貶めてしまう――有り体に言えば時限式の爆破装置のようなものです。もっとも、いつ爆発するのかも分からず、また爆発すれば致死率は十割と、この上なく底意地の悪いものですがね。指輪の甲斐もあってか、旧王家に仕えた者達まで含めて、今も人間でいられるのは数える程度しか残っていないという噂です」
私は相槌を打つことができなかった。
情報の整理で精一杯だったということもあったが。
不吉な指輪。
黒い瞳――。
どこかで目にしたことがあるような気がしたのだ。
「しかしながら法王様の上手いところは、惜しむ者だけには、騎士見習いを象った、銀で作られた『小さな人形』を与えるのです。結界を超える鍵として。耳を澄ませば声が聞こえるそうです。『君がどこに行こうとも王都は月の元にある。君がどこにあろうとも、それは帰る故郷なのだ』と。――どうです? 実行力に優れた中々に素晴らしい御方ではありませんか」
おかげさまで僕は気軽に里帰りもできなくなりましたよ、とカイル君は笑いながら言った。無論、素晴らしいというのは彼なりの皮肉であろう。
「でも、どうして法王さまは、その旧王家の関係者を冷遇したの?」
「言ったじゃありませんか。法王様は大の神様嫌いだって。旧王家に連なる者達とは、謂わば神の直系です。尊い血を継ぐ者達です。だから、縁遠い者であろうとも、少しでも神の血が流れていると分かれば容赦なく放逐されたのです。それが由緒正しい神々の、直系そのものであれば扱いは尚のこと酷い。王都の聖堂に幽閉されて今もそのままであると聞きました。大方、自らの監視下に置いて飼い殺すか、血と信仰の断絶を狙っているのかのどちらかでしょう。神にとっては、自分を信じてくれる人間がいないことには――信仰が廃れれば存在しないと同義ですからね。そして人間なんて百年も生きられませんから、神と人との寿命に違いなんてないでしょう。大穴予想では、隔離までして匿っているんだなどと言う酔狂な弁護者もいますが――それはまあ置いておきましょう」
神様と人間の寿命は等しい。
彼は意識して言ったわけではないのだろうが、含蓄ある言葉だなと思った。この世界には文字通りの奇跡が残っているのだ。まだ神が実在する神秘の世界なのだ。
尤も、私の場合は、だからこそ信仰は語り継がれて然るものであると考えるし、件の法王は、だからこそ断絶してしまえと考えたのだろうが。
「随分と思い切ったことをしたんだね。少し驚いたよ」
この事件を日本に置き換えるなら、ある一介の宮司が神社本庁――名称に庁と付けられるが官公庁ではない。伊勢神宮を本宗として日本全国の神社を包括する宗教法人である――或いは宮内庁の頂点に上り詰め、やんごとなき血筋を引く方々を迫害しようとした、などという途轍もない規模の話になってしまう。
宗教改革と聞いて真っ先に思い浮かぶのは独国のマルティン・ルターである。
十六世紀、時のローマ教皇レオ十世に破門されながらも聖書中心の福音主義を貫き――活版印刷の発明者グーテンベルクが改革理念の拡大と浸透に大きな役割を果たしたのだ――ドイツ農民戦争やシュマルカルデン戦争といった事件を経て、新教の誕生に貢献した人物である。
旧教の問題は以前からも指摘はされていたし、敬虔なる信者ほど不満を持っていたのだろう。教義の腐敗、教皇の世俗化、聖職者の堕落など諸々あるだろうが、直接的な引鉄はレオ十世による贖宥状の発売だと言われている。サン・ピエトロ大聖堂の建築資金を確保するためという名目であったが――あくまでも名目でしかない。実際はローマ教皇庁への献金増額を狙った領主の陰謀らしいが――金銭のみによって贖罪が可能になることは当時も大いに議論を呼んだらしく、また批判もあったという。
「人によっては、やれ僭主だやれ逆賊だと反発する者もおりますが、非合法な手段を用いたわけでもないようですし、何より法王でありながら自らを賢者と名乗り、現王子の師として側に控えているわけですから誰も表立って批判できない。批判できる材料もなければ、そもそも批判できる人間が皆狂うか幽閉されるかで残っていない。なぜか王子も歓迎しているご様子で。実質的な王都の統治者は法王様と言っても差し支えないでしょう」
「どうして法王さまは、神様を――旧王家の方々を迫害したんだろう。神様が嫌いだっていうことは分かったけれど、そうしなければならない理由があったのかな。例えば、政治的に腐敗していたとか、どうしても改革が必要だったとか」
「そこまで考えたことはありませんでしたね。街の噂では権力欲に溺れた冷血漢としか言われておりませんし、それは法王様にしか分からないことでしょう。まあ、僕から言える確かなこととしては、迂闊な深入りは避けるのが吉でしょう。とても怖ろしい御方ですので。もし、葉月さんがどうしても王都に行かなければならなくなった場合は、結界の鍵となる人形を神官か誰かに頼んで取り寄せてもらうことをお強く勧めします。何なら、僕の生家を使ってくれても構いません。僕も口添えしておきますので。――と、まあここまで長々と語らせていただきましたが。くどいようですが所詮はただの噂です。また僕自身の意思がないこともお忘れなく。僕が語れるのはこれくらいです。今度は葉月さんの番ですよ」
カイル君は目を輝かせながら、カウンターに載せた『黄金のスクロール』を見遣る。
「そんなに期待するほどのものでもないと思うけど」
「何を仰るんですか。いち魔術を扱う者としては、賢者と名乗る御方が送ったスクロールには、どんな秘術が書かれてあるかと思うと非常にそそられるのです。そこにどのような意図が込められているのかも気懸かりではありますが――そこは頭脳労働専門である参謀殿にお任せしましょう」
「……うん、そうだね。はい、どうぞ」
巻物を纏めてカイル君に差し出せば、彼は恭しく受け取る。
結局、騎士団の皆に配布する御守りから話題が大いに逸れてしまった。空の食器と共に、脇に除けられた折り鶴は寂しそうに俯いてしまっている。
たった今気付いたこと。「いの一番って言葉、正しい用法だよな。一応ネットでググってみるか」と思って調べたら、【いの一番】という名前の旨味調味料がトップに出てきた。……人生で初めて得た知識に、ほんの少しだけテンションが上がった年の暮れ。リフレックスやイフェクサーよりも効果が出てて草なんだわ。旨味調味料は【味の素】しか知らなかったよ。以上普段料理はしない寡夫の感想でした。




