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37.少年が聖女護衛の任を言い渡されてから三日が経った。

※お久しぶりです。精神及び体調の不具合につき執筆が滞っておりました(抑鬱&過敏性腸症候群&偏頭痛)。書き溜めは47部まで保有、校正が終わり次第順次投稿する次第。

※つい先日まで公募用の一般小説(大正時代×スチームパンク×古典寄りSF)を書いていたため、そっちの表現に引きずられてラノベらしからぬ文章文体になっております。手慰めで書き綴った読み難い悪文の見本であることは自覚しております。どうかご容赦を。ごめんね。

※本作品の主題ないし建前はフロムソフトウェア製のゲーム『ELDEN RING』および『DARK SOULS』シリーズの販売促進です(文学作品が持つべき至上命題は別にあるつもりですが)。ステマでもパクリでもオマージュでもなくてダイマ。尚ゲーム会社の回し者ではないことをここに明記しておきます。ただのファンもしくは社会不適合者です。

※ところで『ELDEN RING』のDLC発売はまだですか。アプデでもいいんですが。いい加減システム周りの使いにくさとかアイテム製作素材の入手緩和とか、褪せ人のもっさりアクションの改善とか、ボタンリリースでの回避とか、敵だけ楽しそうな入力監視&強靱ステップとか、一部の通常強化武器なのに戦技変更できないモノ(蛇骨の刀とかツリースピアとか)の救済とか、やることはいっぱいあるでしょ。……あ、そうか。あり過ぎるからこんなに時間がかかっているのですね! いやあなるほど。となれば次のアプデには期待ですね! これは失礼しやした。

 少年が聖女護衛の任を言い渡されてから三日が経った。間に一日、聖女の休暇を挟み、顔を合わせぬ日があったものの特別これといった事件も起こらず、任務は滞りなく遂行していた。


 順調である、と少年は認識していた。


 騎士団長ウィリアムが危惧していた他勢力からの強引な勧誘もなければ、副官アルフィーが脅し半分で言った隣国の密偵も今のところは見受けられない。(もっと)も、それはあくまでも現状でしかない。この安寧が続いてくれる保証はどこにもない。


 ――いや、そう数日もしないうちに。


 状況は間違いなく一変するだろう。それが如何にして自分と彼女を飲み込み、獅子の如し牙で蹂躙(じゅうりん)せしめてしまうかは想像もつかないが。


 王都からの援軍が到着する前に防衛戦が突破され、市井(しせい)を巻き込んだ泥沼の市街戦に陥るか。(ある)いは、この間に取り逃がした帝国の騎士が暗躍を続け、警邏隊が気付かぬうちに街が戦火に包まれるか。希望的観測を述べるなら。それが赦されるなら。騎士団の奮戦が結果、侵略と報復を諦めた帝国が撤退してくれるのが最良であろうが。


 ――その可能性は(ぜろ)だろう。


 少年は目を(つむ)り、勘案する。

 重傷を負い、官舎に担ぎ込まれた同僚から聞く限り戦況は頗る悪いのだ。士気こそ高い水準を保ち、未だ致命的な戦術的失敗もなく、著しい損耗も受けていないことが救いではあるのだが――戦略的には、そも戦争にまで発展したことが取り返しのつかぬ失敗なのだが――大軍の勢いに押されるが(まま)、数日と経たぬうちに第一の砦、第二の砦が突破され、最終防衛拠点である第三の砦まで撤退せざるを得なかった。最後の砦を越えてしまえば、緩い勾配と、城壁と呼ぶにはあまりに低く粗末な、焼干し煉瓦を平積みしただけの壁があるだけである。


 現状、残された総員個々の武勇で均衡を保つのが精一杯であった。


 団長の個としての的確かつ巧みな指揮で戦線を維持して。副官が纏める支援部隊が後方から強大な魔術を放ち。一対多を得意とする独特な剣技のみならず、魔術と奇跡を行使する仮面の騎士が、たったひとりで敵陣に出向いては、その度に幾多の将兵を仕留めて。三つの柱を支えるのが、武技と魔術に秀でた百戦錬磨一騎当千の精鋭達――。

 最善を尽くして(なお)、戦線の維持しかできぬというのだから。大軍というのは、数というのは、ただそこにあるだけで脅威なのだ。


 それだけじゃない。


 ここに来て、こちらが夜間に行動できぬことが大いに影響しているのだ。月光の届かぬ原生林における散発的な戦闘や、壁と屋根に囲われた屋内戦闘ならまだ良いが、砦に篭もり、敵を逐一監視するような籠城戦では分が悪いどころの話ではない。第一の砦、第二の砦を放棄したのも夜襲を受けたからである。


 本国からの援軍到着が先か。

 戦線の崩壊が先か。


 ――嗚呼、もしかしたら団長は。


 こうなることが判っていたからこそ己に聖女護衛の任を言いつけたのではないだろうか。己が本当の任務とは。欲深い聖職者や敵国の間諜に目を光らせることでも、況してや彼女の本懐である喫茶店の営業補佐なんてものでもなくて。

 騎士団が壊滅して、街が街としての機能不全に陥った際、彼女の身柄の安全を確保することではないだろうか。この場合、彼女が騎士団の侍女として働いていたことはまだしも、奇跡を使って団員の治療にあたっていたことを知られるのは非常に拙い。最悪を想定すれば、素性を隠して出奔(しゅっぽん)してもらうことも考えなくてはならないが、きっと簡単なことではない。命を懸けなくてはならない仕事である。


 いずれにせよ、己は死ぬ。否、己はただひとり、おめおめと生き残ることに絶えられないだろう。騎士団の一員として、誇りを抱いたまま立派に死にたい。


 少年は目を閉ざした儘、意を決する。

 両の拳を強く握り、眉間には皺が寄っていた。


「カイル君。どうしたの」


 少年の妙な態度に気付いたのだろう。少年が内心で聖女と呼んでいる娘が声を掛ける。怪訝そうな声色であった。


 少年が目を開ければ、案の定、聖女が見詰めている。気遣うような、それでいて、どこか深い憂いを帯びた視線である。この国ではあまり見受けられない真黒な瞳孔に射貫かれ、少年は自身の鼓動が一瞬だけ早まったのを感じる。同時に、純朴な反応を示す己に対する気恥ずかしさも。


「いえ、何でもありません。僕は大丈夫です」


 顔が赤くなっていなければ良いな、と思いながら少年は答える。少年の返答をどう受け取ったのかは知らないが、聖女は(しば)しの間、少年を見遣ってから。


「そう。もし体調が優れないようなら遠慮なく言って頂戴。今日は調子も良いの。奇跡は使えるよ」


 と言って、僅かに口角を持ち上げる。

 その表情が笑みと言われる類のものであること、そしてそれが己に向けられたものであると少年が察した時には、聖女は身を(ひるがえ)し、再び墓標に向き直る。

 聖女の濡れたように光る黒い髪と、簡素ながらも仕立ての良い黒装束を、清らかな陽光が静かに照らしている。


 

 現在は正午を少し回った時分。

 喫茶店の裏手。(うまや)納戸(なんど)、桜の低木と釣瓶井戸(つるべいど)があるだけの小さな敷地である。


 午前のみの仕事を終えて聖女と共に官舎から喫茶店――店とは雖も、肝心な開店の日取りは決めかねているのだから、正しくは暫定的候補地だろうか――に帰った際、済ませたい用事がある、と言った聖女に同行したのだ。聖女は難色を示したが、少年に譲るつもりがないことを察すれば、渋々ではあったが随行を許可してくれた。


 聖女は墓標に向かうと膝を突いて。

 開いた(てのひら)を顔のすぐ前で合わせ、黙祷を捧げた。


 護衛から早くも三日が経ったが、初めて見る姿であった。自身の衣装が汚れてしまうことを(いと)う様子もなく、また指を組むでも拳を胸に当てるでもない初めて見る祈りの作法に、少年は少なからず衝撃を受けた。


 少年の知る祈りとは、片膝を突いて、力強く指を絡めて行うものであった。一目でそうと判るように。また墓とは、あくまで死した肉体が埋められるだけの区画でしかない。その故人が遺した偉業を風化させまいと、数多の文字を刻む記念碑(モニュメント)としての側面もあるが――所詮それだけである。それ以上の意味など持ちようがない。


 何故ならば。

 死者の魂は、月に還るものだから。

 人は皆、死ねば満月に昇り逝くものだから。


 少年はそう信じて生きてきた。

 己が常識を疑ったことはただの一度ももなかった。

 己が今まで(あや)めてきた、決して少数とは言えない者達は、現世に渦巻く怨恨や憎悪、痛苦や悲哀から解放され、女神のいる境地に至ったのだと。毎夜、己を見下ろしているものとばかり思っていた。


 己も死ねば満月に招かれるものと信じていた。


 その時が来たならば、胡散(うさん)臭い聖職者が言うように、女神が本当に美しい(かお)をしているのかを確かめてやろう。そしてもしそれが事実なら、今まで頑張ってきた褒美として、頭を撫でるか豊満な胸に抱き締めてもらいたい。多少甘えるくらい赦されるだろう。何せ贖罪(しょくざい)を司る女神なのだから――などといったことまで考えていたのだが。


 聖女の変梃(へんてこ)な祈りは、今まで飽きるほど目にしてきた神官達のものよりも、真摯で、切実で、ある種の神秘すらも孕んだ――祈りの概念そのものであった。


 早熟でありながらも無垢なる信仰を持つ少年には。

 そこにいるのは、ただの人間だった物体ですよ。何なら腐敗して、白骨化しているでしょう。月に祈るならまだしも、骨と石に祈って何の役に立つんです――などといった無粋な諫言(かんげん)はおろか、ただの一言すら発することも(はばか)られてしまった。女神の祈りそのものであった。


 聖女が祈りを捧げている時間は、そう長くはなかった。

 だが少年には、一秒が随分と引き延ばされているように感じた。


 手持ち無沙汰が(もたら)す退屈ではない。緊張しているのだ僕は――と少年が自覚した時、墓前に一輪の白い花が横たわっていることに気付く。

 花弁の、氷雪の如し白さこそ、この国の信仰花を彷彿(ほうふつ)とさせるが、喇叭(らっぱ)漏斗(ろうと)のように広がった花弁の形状は生まれて初めて目にするものであった。

 しかし季節は冬である。

 薪を惜しまずに使った室内栽培でもしない限り(それでも費用対効果を鑑みた場合、馬鹿馬鹿しいと言わざるを得ないのだが)花など入手しようがない(はず)である。

 そもそも墓に何かを供えるという概念自体が珍しい。死んだ者が戦士や傭兵ならば、生前愛用した得物を突き刺すことはあるが、それはあくまでも識別のためである。


 その綺麗な花は何という名前なのですか。

 一体どこからそれを摘んできたのですか。


 気になることは多々あった。

 尋ねたくて仕方なかった。

 だが、それ以上に少年の興味を引いたのは。


『女神の敬虔(けいけん)なる信徒、此処(ここ)に眠る』


 墓標に刻まれた、あまりにも質素な銘文である。

 少年にとって、それは異質そのものであった。


 普通、墓というものは、故人の功績を遺された者が忘れ得ぬよう――()しんば忘れても思い出せるように。()()()()()()生前の内に用意することが(ほとん)どであるが――数多な文言を余す箇所なく刻むものである。それが少年の知る慣習であり(とむら)いである。そして多少なりとも誇張が含まれて然るべきものである。その嘘ないし脚色こそが故人への敬意となるのだから。

 石材も、風雨に耐え得る、硬く丈夫なものを用いるのが常である。悪友である石屋の長男坊は、花崗岩(かこうがん)に刻んだ文字は千年どころか一万年は風化しない、と豪語していた。


 しかし聖女の前に佇み沈黙を守る岩は違った。


 石材は不明。手入れこそされているようだが目は粗い。叩けば簡単に割れてしまいそうな、砂岩や砥石に近しいものであった。すぐそこの大河から採取してきたと言われても信じてしまいそうな程度の代物であり、事実、刻まれた荒々しくも(つたな)い文字の至る箇所に欠損が生じている。掘った者の技量や道具の品質にも依るのだろうが、向いていない岩を用いたせいだろう。また文言も端的に過ぎる。他に幾らでも空白はあるというのに何故一文しか遺さなかったのだろうか。


 ――いや、ともすれば。


 遺さなかったのではなくて。

 遺せなかったのではないか。


 常識に(のっと)って考えればこれは粗雑に過ぎる。大罪を犯した死刑囚でも、もう少しまともな墓石を割り当てられるだろう。故人と墓を設置した者の間に一体何があったというのか。


 少年は推察を試みるが、判断材料に乏しいため結局疑問の解消には至らない。どう言い訳しても下衆の勘繰りにしかならぬこともあり、早々に諦めてしまったこともある。聖女がこうも祈っているのだから、きっと悪い人間ではなかったのだろうと己を納得させた時。


「あ――」


 少年は声を漏らす。

 昨夜から未明にかけて薄く積もった雪を(かしら)に乗せた墓標の刻印は、雪解け水により黒く際立っていたのだが――その雫が、つう、と垂れたのだ。


 表面張力の閾値(いきち)を超えた、量にすればたったの一滴。

 溢れるように、(こぼ)れるように。

 その様子が、透明な涙を流す女性のように見えて――。


「どうしたの」


 聖女が振り向いて、少年に問うた。

 戸惑ったのは少年の方である。先刻と同じように、何でもない、と答えようとしたが、静謐(せいひつ)を乱したことに若干の罪悪感を抱いたが故、正直に述べることにした。


「いえ、その。泣いているように見えたので」


 少年の弁明に、聖女は不思議そうに小首を傾げる。

 そんな反応になるのも当然であろう。呆れられたのかもしれない、と少年は心の奥底で羞恥に煩悶(はんもん)する。そこにあるのはただの岩石であり、謂わば無機物でしかないのだから。それを泣いている、などと霊魂ないし自由意志が宿っているように見做(みな)すのは、世間一般にとっては(とて)も受け容れ難い、大層珍妙な感性(センス)であるのだ。


 特に、大義名分こそあれども、人を殺すことを生業(なりわい)とする騎士団の一員としては良くない兆候である。こういった詩人か芸術家の如し繊細な感傷を抱いていては精神が参ってしまう。何より判断の甘さを招き、己は兎も角味方までも危機に晒してしまう。護国には不要な感情であり即刻切り捨てるべきであろう。


 少年は奥歯を噛み締め、己が不明を恥じる。


 こんな調子で護衛が務まるものか。常に気を張るのだ。間諜は。刺客は。いつどこから凶弾を放つかも分からないのだから――と少年は緩んだ精神を叱咤するが。


「良い考えだね。そういうの、嫌いじゃないよ」


 そう言って、聖女は笑った――つもりなのだろう。笑うことに慣れていないことがありありと察すことのできる、どこまでも(かげ)りを帯びた表情であった。


「そこには、どなたが眠っているのでしょうか」


 少年は問うた。部外者が立ち入るべき領域ではないと知りながらも、問わずにはいられなかった。誰の墓ですか、とは言わなかった。()えて、眠っているのですか、と人格を持っているかのように()いた。


 聖女は、すぐには答えなかった。

 思案するように目を伏せてから。


「誰なんだろうね。分からない」


 と言った。

 嘘を吐いている気配はない。

 本当に知らぬようであった。


「知らないのに祈っていたのですか」


 知らない人間のために、ああも真剣に祈ることができるのか――と少年は疑問がる。


「だって名前を訊くのを忘れてしまったんですもの。相手は私のことをよく知っているみたいだったけれど」


 少年は、やはり戸惑いを隠せない。


「その方のこと、大切に思っているのですね」

「そうだね。忘れないと約束したし、何より大切なことを教えてもらったからね」


 聖女は肯定する。

 やはりその表情には影が透けて見える。


 普段、自己主張をしない性分の彼女にしては珍しいと少年は思う。もしかしたら、非業の死を遂げた婚約者か許嫁(いいなづけ)だったのかもしれない。聖女の心には、その何某(なにがし)かの()()()恥も外聞もなく居座り、律儀な聖女はずっと(みさお)を立てているのだろうか、とも。

 ああ、なるほど。だから官舎で働く他の有象無象な侍女とは異なり、団長の側に控えていても、微塵も取り乱しはしなかったのだろう――と少年は分かったつもりになる。


 そして少々の惜しさも抱く。


 少年は、自らが尊敬する団長と、周囲から崇拝される聖女をいたく気に入っていた。二人が、何てことはない世間話を交わしながら官舎を歩く姿を見るのが好きだった。よく似合っていると思っていた。

 方や若き美貌の騎士団長、方や満月から降り立ったが如し慈愛の聖女である。騎士が聖女に仕え、聖女が騎士に恩寵と奇跡を授ける様など子供の頃に憧れた英雄譚(さなが)らであり――己も騎士団の一員として、その末端に存在することを密かに誇らしく思っていたのだ。


 もっと妄想を飛躍させるなら――。


 二人とも年若い男女である。信頼と友好を深めた結果、関係が発展して、いつかそう遠くない未来に婚姻の儀を結ぶのではないかと。そうあってくれたら嬉しいと勝手に期待していたのだ。もしそうなれば、自分が王都出身であることを大いに利用して盛大に式を取り上げたい。策謀が大好きな副団長を巻き込んでしまうのも良いだろうとまで考えていた。


 来たるべき将来のために、このような戦で死ぬわけにはいかない。誰かが死なねばならぬのなら己だけが死ねば良い。団長と聖女だけは絶対に生かしてみせる。意味のある死に様をしてやるのだと思っていたのだが――。


「…………」


 少年はすっかり悄気(しょげ)てしまった。盛り上がっていたのは己ひとりだと分かり、虚しさが込み上げてきたのだ。


「カイル君。さっきからどうしたの」


 聖女の呼び声で少年は自身の消沈ぶりを自覚する。

 いつもの己であれば。

 模範的に振る舞うのであれば。

 何でもありませんよお気になさらず――などと煙に巻いてしまうのだろうが。


「葉月さん、教えてください。その御方は。ウィリアム団長よりも大切な人なのですか」


 少年は己が焦燥を無視できなかった。ゆえに訊いた。訊くべきではないことと知りながらも、訊かずにはいられなかった。他人の心中奥深くに踏み込んだところで碌な結末にならないことは、長くも短くもない人生経験から既に承知していたことであったが。


 聖女は一瞬だけ目を見開いたが――すぐに、いつもと変わらぬ()()()()()()に戻る。

 その表情の儘、どこか遠くを見詰めて。


「多分、そうかもしれない」


 と呟くように言った。

 その返答は、少年にとって意想外であった。


 心優しい聖女ならば、こちらの意を汲んで、両方とも大事だよ、とでも曖昧に濁すか、或いは、こういうのは比較して優越をつけるものじゃないよ、などと(なだ)めてくれるものと期待していたのだが――。

 落胆のあまり、少年は言葉を失ってしまう。


「ウィリアム様が私を気遣ってくれているのは。とても良くしてくれていることは、もちろん分かっているよ」


 幼子に(さと)すように聖女は続ける。


「ウィリアム様だけじゃなくて。きみも、副団長のアルフィー様も。アリスを始めとする侍女の皆も本当に優しい。それくらい知っている。私だって皆のことが大事だもの。この国を護るために戦う皆のことを思うと胸が苦しくなる。もしも、仮にね。ウィリアム様に何かがあって帰らぬ人となったら、きっと私は冷静ではいられない――ううん、いられなかった。満月を見上げて、一生懸命に走って、彼を帰してよって。それができないなら墜ちてしまえって本気で思ったよ。そう思うくらいには、彼のことを大事に思ってはいるけれど」


 そこで聖女は黙してしまう。

 けれど、何だというのか。

 少年が視線で続きを促せば。


「けれど、ね。私達の思いは、君や他の人達が想像するようなものには決してならないの。大きくならなければ深くもならない。私はこの世界の人達を絶対に好きにはならない――ううん。なってはいけないの」


 この世界の?

 まるで世界が他にもあるかのような言い振りであった。


「どうして、そのように思うのですか」


 掠れた声で少年が尋ねれば。


「私は、他の世界から来た人間だから」


 聖女は答えた。

 刹那(せつな)、少年と聖女の間を突風が吹き抜ける。

 桜の(こずえ)に積もる雪が流され、光の粒子が星を(ちりば)めたようにきらきらと輝く。聖女の、裾丈の長い漆黒の洋袴(スカート)が帆のように膨らみ、滑らかな御髪が風に(なび)く――。


 今ここで何かを言わなければ。

 聖女がどこかへ消えてしまう。


 少年は咄嗟(とっさ)に口を開くが――少年には、かけるべき都合の良い言葉を見付けることができなかった。

エ ル デ ン の D L C ま だ で す か ?

(・∀・ )っ/凵⌒☆チンチン

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