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異世界で喫茶店を開いたら何故か救国の聖女と言われて大変なことに!  作者: 千葉 仲達
【5】満月の悪夢と姉弟と三毛猫のだまし合い
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31.お湯を張った浴槽に肩まで浸かりながら、ぼんやりと思索に耽る。

 お湯を張った浴槽に肩まで浸かりながら、ぼんやりと思索に(ふけ)る。特別、懸案事項があったわけではない。ただ何となく、節制を意識した三十九度の(ぬる)いお湯と、そのお湯が(もたら)す心地よさに身を(ゆだ)ねながら、異世界で過ごした一週間あまりの出来事とそれに伴う雑感を、今一度咀嚼(そしゃく)して、ゆっくり時間をかけて嚥下(えんげ)していた。

 情緒に欠けた物言いをするなれば、私の脳髄――海馬に記銘(きめい)され、大脳皮質に保持された、雑多で数多(あまた)の記憶たちの整理に励んでいた。


 あちらは危険な情勢だから今後は身の回りにも気を配らないと。奇跡を使うときは集中力を切らさないようにしなければ。喫茶店の献立(メニュー)表も作らないといけないし、価格の設定も早々に決めてしまいたい。お店の名前も考える方が先だろうか。お風呂から上がったら、店舗から持ってきた一冊の聖典に目を通したい。


 次に向こうへ行ったときには。


 カイル君の具合を()て、もし必要なら治療してあげなければ。今も最前線にいるであろうウィリアム様の無事も確認したい。祝福をかけたお土産を贈ったら喜ばれるだろうか。それから、あの大衆食堂でお世話になった用心棒の男性にも改めてお礼をしなければ――。




 先刻聞かれた、弟からの質問にはまだ答えていない。

 熟考すれば――否、熟考してようやく、欲しい物を絞り出すことができた。


 具体的には。

 歌人石川啄木(いしかわたくぼく)の作品全集だとか。

 宮沢賢治(みやざわけんじ)が生前唯一刊行した『春と修羅』だとか。

 民俗学の父である柳田国男(やなぎだくにお)の『遠野物語』、その高弟である折口信夫(おりぐちしのぶ)の『死者の書』も気になっている。他にも、尾崎紅葉(おざきもみじ)泉鏡花(いずみきょうか)森鴎外(もりおうがい)三島由紀夫(みしまゆきお)にも手を出したいが――いや、駄目だ。自室の書架は、既に満杯で()()()()なのだ。拡張の余地はない。かといって新たに本棚を設置しては、きっと()()がないだろう。


 増殖を繰り返す(がん)細胞のように。

 (ある)いは、()の幼虫に寄生して、ゆっくりとしかし確実に宿主を()み殺す冬虫夏草のように。

 人間の欲望には際限がないものだ。

 どこかで制御しなくてはならない。

 分厚い蓋を被り、幾重にも巻いた鎖で厳重に閉ざさなければ、やがて欲望は羽化して、(おぞ)ましい蝶に似た何かが飛び出してくるのだろう。


(いくら私が本の虫だとは(いえど)も、流石(さすが)に例えが悪いか)


 そもそも、それ以前の問題として。


 私には、弟からのお礼を受け取る心当たりがないのだ。(むし)ろ、私の方が何かと面倒をかけてしまっている気すらしてしまう。確かに、弟がふらっと家に来る度、ごはん(というか酒の(さかな))を作ったり、また一度も邪険に扱ったりしたことはないが――それだって食材は基本的に弟が持ち込んでくれることが(ほとん)どであるし、この良好な関係も、ひとえに弟の()()な性格によるところが大きいだろう。


 ゆえに私は弟の厚意を受け取ることができない。

 受け取ってはいけないと思うのだ。


 そのお金はあなたが頑張って稼いだものなのだから、あなたが使うべきでしょう。もし使い(みち)が思い付かないのなら将来のために貯金をしなさい。いつか、きっと必要になるときが来るのだから――と丁重に辞退したのだが。


 そりゃないぜ。カネは天下の回りものって言うじゃないか。いや、この場合は宵越しの銭は持たない、かな。悪銭身につかず――は違うか。とにかくお礼くらいはさせてよ。俺のオススメはさっきも言ったけど東北の旅館なのよ。いいじゃん、お袋とゆっくりしてきなよ一週間くらいさ。大学も休暇なんだしいいでしょ。あ、何なら彼氏か友達と一緒でもいいけど。


 などと言って、(かたく)なに譲ろうとしなかった。

 聞いているこちらが不自然に思ってしまうくらい。

 まるで、私をこの家から遠ざけようとしているかのように。


 結局、話は平行線となってしまい、お湯張り完了を報せるブザーが鳴ったことで、一旦保留という形に相成ったのである。



 湯船から上がり、壁に取り付けた鏡の前に立つ。

 全身鏡と呼ぶには少しばかり小さく、手鏡と呼ぶには大きい中途半端な金属板は、浴室に篭もった湯気でその殆どが曇っていた。この前、百均で買った曇り止めを塗布(とふ)したばかりなのだが効果は早々に切れてしまったようである。私の使い方が悪かったのか、品質の問題なのかは分からない。


 曖昧なサイズの浴室鏡は、同じく輪郭の明瞭としない私の上半身を映している。

 何てことはない、見慣れた身体であるのだが――。


「…………?」


 違和感を抱く。

 違和感を覚えた自分に違和を抱いた(とても奇妙な表現だが)。


 胸騒ぎと既視感に突き動かされる(まま)、湯船の残り湯を両手で(すく)って鏡に打ち付ける。するとほんの一瞬ではあるが、曇りは解消され、四隅に錆が浮いた(ふる)い鏡は本来の機能を取り戻す。


 温白色(おんぱくしょく)の照明を浴びる、私の顔と身体を反射してくれるのだが――。


 ――違う、と思った。


 私は、確かにこの光景を知っている。

 私とよく似た誰かと、真正面から対峙した覚えがある。それだけじゃない。その誰かから、何かとても大事なことを教えられ、また頼まれ事を――約束を交わしたような気がするのだが、それがどうしても思い出せない。まるで、最初からそんな事実など存在しなかったかのように――。


「――あ」


 そこまで考えて、ようやく違和感の正体に思い至る。


 違うのは、光だ。

 あの世界は、どこまでも色彩を()いて、(くら)い神秘の光に満たされていた。静謐(せいひつ)()()()()蔓延(はびこ)っていた。こんなにも生々しくて、わざとらしくて、無粋(ぶすい)猥雑(わいざつ)な光ではなかった。


 違うのは、顔だ。

 あの時向き合った女性は、確かに私に似てこそいた。外套を羽織り、杖を持っていた。黒い髪と黒い瞳までもってはいたが――所詮、似ているだけだ。


 彼女の方が何倍も美しかった。比較するのも烏滸(おこ)がましいと感じるくらいには。嘘も誇張も抜きにして、私と彼女には月と(すっぽん)ほどの隔たりがある。加えて言えば、彼女の美というのは、眼が大きいだとか、鼻筋が高いとか、唇がふっくらとして艶があるとか――そういう部位や造形がどうといった程度の低い話ではない。次元が違うのだ。


 目鼻や口の位置、黒々とした髪の輝き、ほっそりとした(あご)(ライン)、丸みを帯びながらも華奢(きゃしゃ)(はかな)い肉突きの身体――それら全ての調和と均衡によって初めて意味をなす――数学的比率の中に(しっか)りと存在する、極めて普遍的かつ奇跡的な美の概念そのものであった。


 月から舞い降りた天女の如し女性から、私は奇跡の扱い方を教わったのだ。それだけじゃない。夢とは忘れて(しか)るべきものであることを。生者と死者の在り方を。両者が満月で確かに繋がっていることを。そして奇妙な頼まれ事をしたことを。


 ――あの人に伝えてくれないかしら――。

 ――いい加減に諦めてしまえって――。


 彼女は私を知っているような口振りをしていたが、私は彼女を知らない。初対面の(はず)である。最初は、彼女が神様か上位者かと大真面目に思っていたが、面と向かって否定されてしまったのだ。それでいて、彼女自身は女神様と知己(ちき)である様子だったから余計に分からなくなってしまう。


(あの人とは一体誰のことなのだろう?)


 それが分からないことには言伝(ことづて)のしようがない。

 いやそれ以上に。


(諦めろって何のこと。恨んでいないって何を?)


 雰囲気に呑まれて、名前を聞くのを完全に失念していた。

 言動から何となく察することもできなくはないのだが、邪推や妄想の域を出ないため、()えて考えることはしたくなかった。この予断は、いずれ致命的な誤解を生んでしまいそうな気がしたので。彼女の存在を冒涜(ぼうとく)してしまうような気がしたこともある。


 その代わり、彼女と出会う直前の――あの凄惨な場面を思い浮かべる。

 あの世界では沢山(たくさん)の人が傷付いていた。ウィリアム様に至っては死んでいた。大いに取り乱した私は月に向かって駆け出し、彼を今すぐに彼を返してくれと、乞い、訴えたのだ。それができないなら墜ちてしまえとすら願った。彼が戻らぬことを悟れば、失意に打ちのめされもした。


 幸いにして、あの悪夢のような光景は、謎多き女性が文字通りの悪夢として、なかったことにしてくれたから良かったものの――。


(どうして私は、ああまで悲しむことができたのだろう?)


 私の知る私という人間は、どちらかといえば内向的で、自罰的で、消極的な――この表現からもおおよそ察しがつくように――控え目というか臆病な性分である。感情の起伏もそう激しい方ではない。まして、本能ではなく理性を重んじるべきと異世界での体験から学んでいた筈なのに。


 夢では、私は月に向かって己が本心を披瀝(ひれき)した。彼への想いを長々と述べたことこそ覚えているが、生憎その詳細は忘れてしまった。


 無論、彼のことは気に入っている。素敵で、立派で、尊敬に値する人物であるとも思う。ひとりの人間として好意を抱いてはいる。いるのだが――そこに分かり易い男女の親愛があるかと言われれば、断じて違う。そのあたりの機微(きび)(うと)い私でも、それだけははっきりと判る。


 恋仲になりたいとも思わない。寧ろ、そういう意味において彼のことは苦手ですらあった。あの女神然とした女性にも負けず劣らずの容姿は、私の劣等感を刺激してばかりだし、彼が(うち)に秘めたる(あつ)い信仰心は、浅学非才の私には到底理解の及ばぬところであり、それを向けられることに負い目を感じているのも事実である。またその信仰心ゆえに、そして騎士団長という立場も相まって、ともすればあっけなく死んでしまうのではないかと不安に駆られることも儘ある。

 その他にも、平時における為人(ひととなり)は穏やかで、誠実で、部下や同僚にも慕われて――おおよそ欠点らしい欠点がないのだ。聖人君子という言葉は彼のためにあると思ってしまう程度には。


 無論、この人物評はあくまでも私個人によるものである。どれだけ的を射ているかは分からない。また彼と知り合ってからまだ一週間ほどしか経っておらず、ましては社会を知らぬ未熟な学生の印象でしかない。私が勝手に美化している部分も大いにあるのだろうが――まあ、そこは置いておこう。今重要なのは、私が彼を苦手としていることである。


 正直に言ってしまえば、彼のような完全無欠な人物に仕えていること自体が負担である。また同じ館で働く他の侍女たちから(ねた)(そね)みを買ってしまわないかと内心兢々(きょうきょう)としている部分もある(まさか異世界に行ってもこんな心配をすることになるなんて! 人文学や社会科学的な観点に立てば興味深い研究テーマなのかもしれないが、いざ自分が巻き込まれるかもしれないと思うと辟易(へきえき)とするだけである)。



 私と彼との関係は、喫茶店の店主と、たまに来てくれるひとりのお客様ぐらいが良いのだろう。いや、それでも贅沢だろう。戦争が終わったのち、彼が――否、侍女や下郎を含めた騎士団の全員が――五体満足、平穏無事に生きてさえいてくれれば何も言うことはない。それ以上は望むべくもないのだ。


 だって、私と彼は違う世界の人間なのだから。



 もう一度鏡を見れば。

 暖色の照明の真下にいるというのに、顔面蒼白となったもう一人の自分が、半ば曇りに浸潤された世界から私を睨んでいた。その()ねた野良猫のような瞳を見返しながら。


 ――もしも、仮に。


 また彼が月に(さら)われそうになったら、今度は失敗しないようにしよう、と。


 他人のためだけに祈ることができたなら。

 純粋無垢なる信仰心があれば。

 満月は死者を返してくれるのだろうか、と。


 彼を護れるだけの力が欲しい――と考えていた。

現在ダクソ3をやってますが、やっぱり面白いわこのゲーム。技量戦士と呪術士は作ったから次は純魔か脳筋でやってみようかしら。それはそうとエルデンのDLCまだですかね。アプデでも良いですよ。なお正直に申し上げると、どこをどのように調整すれば少しはマシになってくれるのか最早私には判りません。だってあまりにも不備が多すぎるものだから。とりあえず自機性能の操作性向上と、敵モブ敵ボスの強靱ステップ&入力監視の排除、それから霊馬の成長要素追加と死んでいるアイテム制作周りを何とかしてほしいかな。エルデンリングは、まあ、うん。面白いゲームですよ。はい。今後DLCが追加されて、もっと、面白く、なってくれると、思います、よ?

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