29.自室の布団に寝転がり、天井の木目を見るともなしに眺めていた。
※ちょっとこの話は『DARK SOULSⅢ』のメタ要素多めです(もちろん何らかの仕掛けないしは伏線として後々拾いたいとは思っておりますが)。知らない人はごめんなさい。あ、もし興味が出たら購入してみてはいかがでしょうか。少し古いゲームですし、所謂「死にゲー」ではありますが、巷で言われているほど難易度は高くはありません。敵の動きを覚えて、上手く立ち回って勝利を掴むという泥臭い戦闘は中々に面白いですよ。『ELDEN RING』のように高度な反射神経が求められたり、見た目だけが華やかな戦技ブッパゲーでもありませんし、バランス調整も取れてますし、敵だけ楽しそうと感じるような理不尽な要素は少ないので。少なくとも本編に限って言えば(DLC一発目はちょっとあやしい感じが漂っているけど。モブもボスもどことなくエルデンの臭いというか前触れが窺える。だから複数ボスと雑な複数モブ配置はつまらないから止めろとあれだけ言ってるのに……)。一周プレイ時間は30時間~60時間程度でしょうか。以上、愛を込めた宣伝でした。
自室の布団に寝転がり、天井の木目を見るともなしに眺めていた。
閉ざした遮光カーテンの隙間からは温い陽光が筋となって差し込み、私の顔と埃っぽい空間を静かに照らしている。枕元の目覚まし時計に手を伸ばせば、短針が十二時を回ったところであった。
「…………」
のそりと芋虫のように上半身を起こす。
寝相は良い方だと思っていたが(別に誰かと比較したことは一度もないけれど)今日に限って言えは相当派手に暴れたようである。亜麻のシーツは皺だらけだし、枕とタオルケットに至っては、蹴り飛ばされでもしたのか部屋の隅に追いやられている。我ながら呆れてしまうほどの乱れぶりである。
いつ目を覚ましたのかは判然としないが、夢を見ていたことだけは覚えている。それも酷く悲しい夢を。だが完全なる悪夢であったかと聞かれれば、それも違う気がした。
凄惨な光景を目の当たりにする代わりに、どこかの誰かから教訓めいた啓蒙を与えられたかのような。心臓の奥深くに楔を打ち込まれたかのような。脳の中に第三の瞳を移植でもされたかのような――。
快でも不快でもない、何とも形容し難い心持ちであった。
夢の詳細を明かさねばならぬという義務感に駆られる儘、寝起き特有の明瞭としない思考で、時系列が覚束ない別次元の記憶の復旧と解析を試みるが――想起は失敗に終わった。私自身の無意識が安全装置を稼働させたかのように。或いは、夢を見たという事実が最初から無かったかのように。
――だから言ったでしょう。夢なんて忘れてしまうって――。
――それが悪夢なら尚更のこと――。
私の中で、誰かが悪戯っぽく笑ったような気がした。
起きてすぐ居間に行けば弟がいた。開けっぱなしの縁側からほど近い場所に座布団を敷いて、その上にどかりと胡座を組んで、いつものテレビゲームに興じている。以前の続きであるらしい。
画面に収まる、無骨でありながらも洗練された意匠の板金鎧を着た騎士は荒廃した城館を突き進んでいく。その後ろには、前回にはいなかった二人の仲間が続く。
ひとりは、刃にべっとりと血がついた刀を持つ、襤褸の布きれと『恥部隠し』を纏っただけの老師である。
もうひとりは、すっぽりと顔を覆うルネサンス期の鉄兜を被り、肩周りの毛皮と腰から垂れる青布が特徴の、鎧を着た戦士である。左手には『金翼紋章の盾』を持ち、右肩には鉄塊の如し大斧を担いでいる。
二人の身体から発せられる薄らと白い燐光は、善良なる味方であることを示す効果だろうか。或いは、異世界から召喚した協力者か――。
「…………?」
奇妙な既視感を覚え、居間の敷居を跨いだところで足が止まってしまった。弟に、おはようと声を掛けることができなかった。喉に何かが閊えているようなもどかしさを感じた。あの頼もしい男達を見ていれば今朝の夢を思い出せるかもしれない、とまで思った。
騎士と二人の男は、首の無い騎士像と枯れ葉ばかりの植え込みが左右に設置された長い石段を下っていく。突き当たりは、四方を城壁に囲われた大城門であった。木の根が絡みついて半ば閉ざされた城門が行く手を塞いでいる。
騎士が城門に近寄れば映像が挿入される。
背後に迫る何者かの気配を察知した騎士が振り返れば――遠方に黒い霧が漂っていた。その中から、冷気と共に巨躯の獣が這い出てくる。四つ脚でにじり寄る様子は、人間の面影を残してこそいるものの、まるで大熊か闘牛のようだった。
全身を冷たい金属の防具で覆い、左手には同じく鉄製の打撃武器が――武器には疎いため正式名称は知らないが、きっと槌と呼ばれるものだろう――握られている。
騎士を認めた獣は、槌の先端を石畳に叩きつけ、威嚇する様に咆哮して――暗転。操作画面に戻る。
「まずは『緑花草』をキメてから、エンチャント『黄金松脂』を使用ッ」
弟が独白ると、騎士は何かを口許に運ぶ仕草をしたのち、右手の片手剣を水平に掲げれば――刀身に黄金の雷光が纏わりつく。何らかの道具を使用したらしい。
仲間と合流した騎士は、獣が繰り出した薙ぎ払いを前転で躱して懐に潜り込むと、容赦ない連撃を浴びせにかかる。攻撃が命中する度に血飛沫が上がり、閃光が爆ぜる音がする。
「ウン。まだ未強化だけど良いダメージが出るね。流石は強力な祝福が施された上質な武器ってとこかな。他の直剣と比べてもスタミナ消費が軽いから気兼ねなく片手R1ブンブンできるのもエラい。というか直剣カテゴリ全般が強いわ。こと攻略に関して言えばだけどね」
弟は得意気に言う。私の存在に気付いていないため、単に大きな独り言か、実況しているつもりなのかもしれない。
画面に視線を戻せば、騎士の攻撃を嫌がった獣が大きく後退する。
逃さんとばかりに、老師が居合い斬りを放ち、戦士が大斧を叩きつける。
己の劣勢を悟った獣が、大きく咆哮して――BGMが変わった。
ゆったりとした拍節から、打って変わって激しい律動になり、主旋律を担う男声の力強い歌唱と、それに寄り添うような女声の合唱、更には重低音の楽器達が楽曲を支え――壮大かつ迫力ある雰囲気の演出に成功している。
音響に呼応するかのように獣が暴れ出す。
ダンプカーの如し巨体で大城門を駆け回り――初撃の突進で戦士が、二度目の突進で老師が轢かれてしまう。三度目の突進を、盾で受けることで騎士は致命傷を免れる。
渾身の体当たりでも仕留めきれなかった獣は忌々しそうに振り返ると――当然これはゲームであってプログラムは感情を持たない。だが私にはそう見えたのだ――四肢を踏ん張り、腔内に青白い光を蓄える。
ゲームを殆どしない私でも予想がつく。目一杯溜めた冷気を吐き出そうというのだろう。謂わば必殺技である。そうと分かっているからこそ、復帰した全員がとどめを刺そうと攻撃を畳みかけるが――剣を振るう騎士の動きが止まった。
「あ、やっべ。盾受けしたからスタミナが枯渇したわ。間に合わないぞこれ」
普段即殺してばっかだからこいつの後半戦苦手なんだよなあ動き覚えてないし、と弟が愚痴っぽく零したときである。
どぉん、という効果音が響いた。
見れば体勢を崩した獣が、頭を差し出す様な姿勢で倒れている。大斧の戦士が、獣の顎を思い切りかち上げたのだと分かったときには、騎士の剣が獣の額を貫き、勢いよく引き抜いて――それでも削り切れなかった敵の体力は、老師の大上段からの斬撃により、ようやくゼロになる。
獣は、灰とも雪ともつかぬ白い靄となって消えていった。
『HEIR OF FIRE DESTROYED』という文字が画面中央に表示され、BGMも遠ざかっていく。城門が、ぎぎぎ――という鈍い音を立てて、ひとりでに開いていく。
戦闘は終わったようである。
二名の協力者も溶ける様に消えていった。
やはり彼等は別世界から招かれた協力者だったらしい。
残ったのは、外から吹き込む風を浴びながら一人佇む騎士と、いつの間にか設置された、剣の立てられた篝火だけであった。
海外の神話や伝奇小説、映画やアニメーションに出てくるような華々しい英雄譚とはかけ離れた、どこまでも血腥くて泥臭い物語の一端であった。だが、なぜか私には、彼らが格好よく見えた。
「はい余裕ぅ。たまには協力NPCを呼んでワチャワチャ戦うのもありだね。まあ単独でやった方が勿論安定はするんだけど――あ、姉貴じゃん。悪いね。勝手に上がらせてもらって」
私に気付いた弟が振り向くが、その言葉は途切れてしまった。
唖然とも絶句ともつかぬ表情で、私をまじまじと見詰めている。
「……なに? どうしたの」
「それはこっちの台詞だって。姉貴こそどうしたんだよ大丈夫か。誰かに何かされたのか」
弟はゲームのコントローラーを置いて立ち上がると、右脚を引きずりながら私に詰め寄る。
「え? そんなことないけど。どうしたの」
「本当かよ。いや、言いたくないなら無理に話せとは俺だって言わないけど――何なら女友達でも呼ぼうか。今の時間この状況なら――うん、あの子がいいな。口も堅いし何より信用できる。相談とは言わなくても、誰かに話すだけで気分は楽になると思うぜ」
そう語る弟の態度は真剣そのものであった。
その顔は、昔、私がストーカー被害に遭っていると悩みを打ち明けたときと全く同じで――鈍感な私は、ここでようやく、弟が身を案じてくれていることを察する。男性から口にも出せないことをされたのではないかと。もしそれが事実なら、女同士の方が話しやすいだろうと慮っているのだ。
その気遣いは大変有り難いのだが、心配される理由が分からない。
「大丈夫だってば。私はいつも通り。誰にも、何もされていないよ」
真っ直ぐ弟を見て答える。
髪色こそ灰色交じりの黄金に染めて、彫りの深い涼しげな目元と通った鼻梁は日本人離れしているが、黒く円い虹彩を見詰め返せば、私は日本に帰ってきたのだという安堵が湧いてくる。
「……分かった、信じるよ。けどさ。何か困ったことがあったら何でも――は流石に誇張が入るけど、とにかく相談ぐらいはしてよ。ひとりで抱え込まずにさ。俺はこの通り不良をやめられずにいる超ド級の馬鹿だから、どんな荒唐無稽な話だろうが、滑稽で滅茶苦茶な話だろうが、絶対に信じると思うから」
「うん、ありがと。でもあんた、学校の成績は良いんじゃないの?」
それなら馬鹿なんていわないでしょ、と私が言えば。
「だったら勉強しか取り柄のない馬鹿だよ俺は」
弟は口の端を歪めて皮肉そうに笑ってみせる。
母曰く、素行や内申に問題がないとは言えないものの、なぜか考査の結果だけは毎回良いらしいのだ。志望校こそ聞いていないが、この間の全国模試ではA判定だったというし、本当に出来が悪いなら荒唐無稽や滑稽という言葉はさらりと出てこない。機知に富んだ返しもできないだろう。
いや、そんなことはどうでもいいのだ。
そんなことよりも。
「急にどうしたの。あんたが私の心配するなんて珍し――くはないけれど、びっくりしちゃうでしょ」
「いや、だって。酷い面に酷い格好してるから」
「え?」
「鏡見てきなよ。化粧はボロッボロに崩れてるし、服もシワだらけだぜ。というかその季節感のない喪服みたいな格好で暑くないの? うへぇ、タイツまで穿いてるじゃん。いくら今年が冷夏だっていってもなあ。暦の上では夏真っ盛りだぜ※」
「あ――」
自分の身体を見下ろして――ようやく我が身の有様を自覚する。
全く以てその通りであった。
日本に帰ってきたのは今朝方である。二階の自室に布団を敷くなり、ばたりと倒れ込んで泥のように眠ってしまったのだ。寝間着に着替えることはおろか、シャワーを浴びる気力すらも残っていなかった。
夢を見ていたが、それでもぐっすり熟睡していた。
弟が家に来たことすら気付かなかった。
普段であれば、臆病な性分ゆえに。
朝だろうが夜だろうが。眠っていようが起きていようが。
バイクのエンジン音で絶対に気付く筈なのに――。
テレビ横の大黒柱に取り付けた日捲りカレンダーの日付は八月九日となっている(きっと弟が更新してくれたのだろう。なお本日は平日であるにも関わらず、高校生の弟がここにいることについては言及しないものとする。いつものことなので。もしかしたら夏休みという可能性もある)。かれこれ一週間ほど、あちら側にいたことになる。
不慣れな土地に滞在したがゆえの気疲れなのか。奇跡の行使による反動なのか。
過酷な状況に直面したがゆえの精神的負荷によるものなのか。
いずれにせよ、私は自分でも気付かぬうちに消耗していたのだ。
ちょっと無理をし過ぎたかもしれない。今後は体調管理にも注意しなければ。
生憎、私はそう身体が頑強な方ではないのだから。
(とりあえず、今すぐにでもシャワーを浴びたい)
実のところ、弟に指摘されてから自分の体臭が気になって仕方ない。髪や頭皮はべたついて気持ちが悪いし、額や頬には脂が浮いている気がする。酷使した毛穴からは悲鳴が聞こえてきそうだった。
玄関に置いてある姿見を覗き込めば、それはもう酷い光景であろうが、敢えて確認しようとは思わなかった。ただでさえ私は女子力という感性が致命的に欠落しているのだ。その上、惨憺たるを知りながら鏡を見ることができるほど面の皮は厚くない――つもりである。
※弟君の台詞「暦の上では夏真っ盛り」という言葉は誤りです。二十四節気においては、八月半ば(正確には八月九日)は秋に分類されてしまいます。立秋~処暑ぐらい? 訂正すべきかとも思いましたが、吐いた唾は飲めぬという言葉もありますし、失敗の跡ないしは訓戒として敢えて残すことにしました。お目汚しとなり大変申し訳ありません。決して修正が面倒臭くなったワケではありません(ホントだよ!)。なお弟君の発言至る箇所に、某動画実況者を彷彿とさせる部分が散見されますが、それは筆者がファンなだけです。不快もしくは不都合に感じた方がおられましたらご連絡ください。これについては即刻修正いたします。




