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13.第一騎士団の団長を務めるウィリアム様と、その副官であるアルフィー様が喫茶店を訪った日の翌朝。

執筆再開。

プロットも何もない、その場のライブ感だけで書き殴っております。ご容赦を。

 第一騎士団の団長を務めるウィリアム様と、その副官であるアルフィー様が喫茶店を(おとな)った日の翌朝。


 私は店の前でウィリアム様を待っていた。

 左手の腕時計を見れば短針は七時を指している。昨日指定された時間である。


 今の私は、薄い化粧に、シャツとカーディガン、ロングスカートに冬用のブーツ、そして祖母のクロークという格好である。肩掛けのポーチには、ペンと手帳、ティッシュとハンカチ、化粧品などといった必需品を収めている。

 手には祖父の大杖を抱いている。今まで使っていた短杖は「月休め」をさせるため、今日からの勤務では大杖を持つことにしたのだ。


 一見しただけで聖職者と分かる格好であり綺麗過ぎるかなと思いもしたが、外を出歩けるような冬用のアウターを持っていなかったのが最たる理由であった。


(オレンジ色の派手なドテラならあるけれど、この街では絶対に浮いてしまう。というか恥ずかしくて表を歩けやしない)


 去年の冬のことである。私がそのドテラを着て、こたつでミカンを食べていたら、その姿を見た弟に大笑いされたことがある。(いわ)く、オレンジがオレンジを食べているなんて共食いみたいで滑稽だった、と。私にはまるで理解できなかったが、何かが彼の琴線というかギャグセンスに触れたらしかった。


 その口の悪い弟は、私が夜に出かけようとするものだから、どこに行くのかと心配してくれて、バイクで送ることも申し出てくれたが丁重に断った。蔵に行くだけであるからというのが理由だが、それ以上に彼は酔っていたのだ、それも呂律が回らなくなるくらいに。未成年なのに。受験を控えた高校生とは思えぬ不良振りである。


 不良を(こじ)らせた弟のことはさて置いて。

 今日から、(くだん)の騎士団で働くことになっている。

 昨日の今日で少々性急ではあったが、これは私が言い出したことである。


 困っている彼らのため、なるべく早く力になりたいと思ったのがひとつ。

 また現実的な問題として、私がこの世界で満足に働くことができるのは夏期休暇の間だけであるという懸念があったのだ。地球とここが、いくら昼夜が逆転して、世界をまたぐこと自体は可能とはいえども、昼間に必修の講義を受けて、夜に騎士団ないし喫茶店での労働は流石に厳しいものがある。生憎、私は体力そうある方でもないのだから。


 祖父の杖で、自分に回復魔法――この世界ではそれを『奇跡』と呼ぶらしい――をかけることも考えたが、気は進まなかった。もちろん、私に奇跡をかけても十分に効果はあるだろう。だが、この力は祖父と祖母からの借りものでしかなく、私利私欲ために使うべきものではない。もっと言えば、本来は私が使っていい力ではないはずなのだ。本当に奇跡を求める誰かために使うべき力なのだ。


 その方が、きっと祖父も喜ぶだろう。

 どこか遠いところにいってしまった祖母も。


 魔法のような不可思議な力を使うことに憧れを抱かないと言っては嘘になるが、これは私の性分である。そんなものに浮かれてしまえるほど、私は子供ではいられなかったのだ。


 そう思っていたのだけれど。


(奇跡を上手く使うことができれば、ウィリアム様は喜んでくれるだろうか)


 頭に、端正な顔の青年が過る。

 何故、今彼のことを考えたのかは分からない。あの青年が、見た目に違わず誠実で、実直で、私が彼の為人(ひととなり)に好感を抱いているからだろうか。そんな人物に協力したい、役に立ちたいと思うのは自然なことであろう。多分、きっと。


 いつの間にか私は俯いていた。

 ゆえに目の前に馬車が停まっても気付くことができなかった。私が顔を上げたのは、馭者(ぎょしゃ)が一人、馬が一頭の箱形四輪馬車から、見知った青年が降りてからだった。


 初めて会ったときのような甲冑姿ではない。帯剣こそしているものの、キルティング加工が施された詰め襟の上着に、革製のズボンという簡素な出で立ちである。甲冑の下に身につける服装なのだろうか。地味な格好であるにも関わらず、どこか威風とも気品ともつかぬ雰囲気を放っているのは、彼の素養ゆえになのかもしれない。


「聖女様、おはようございます。お待たせしてしまいましたか?」

「いいえ、私も今出てきたところです」

「それは良かった。さあ、参りましょう」


 お手をお貸しください、と青年は言うと、馬車に片足をかけて私に掌を差し伸べる。エスコートのつもりなのだろう。大層様になる姿ではあったが、私はその手に飛びつくことはできなかった。


「ウィリアム様。ひとつ、よろしいでしょうか」

「どうされました。何か至らぬところがありましたか」

「いいえ、そうではなく――昨日も申し上げたかとは思いますが、私をそう呼ぶのは止めていただけませんか。他の人が聞いたらきっと驚いてしまいます」


 そうなのだ。彼が私を「聖女様」と呼んだ瞬間、馭者と馬が(!)控え目ながらも私を怪訝そうに見たのだ。馭者という職業ゆえ、この寡黙そうな老紳士も表立って他人に吹聴(ふいちょう)することはないだろうが、人の口に戸は立てられぬという(ことわざ)だってある。


 私が聖女と呼ばれるに相応しい力を持っていると周知されるのは、騎士団にとっても都合のいい話ではないだろう。私自身そう呼ばれるほど崇高な人間ではない。むしろ、どちらかといえば俗物ですらある。昨日は青年の熱意に押し負ける形で、他人がいないのであればと許可をしてしまったのだが。


「――ああ、なるほど。これは失敬」


 青年は馭者を一瞥したのち、得心したように頷いた。


「では、なんとお呼びすれば?」

葉月(はづき)、と呼んでください。それと、()()()()()()()()()()()()()から、敬語は結構です」

「葉月殿ですね。承知いたしました」


 私が説明口調で答えれば、それを理解したのかしていないのか――あるいは有耶無耶(うやむや)にするつもりなのか――青年は有無を言わせぬ柔和な笑みを浮かべたのち、改めて手を差し示す。手甲の類はつけていない。小さな傷に塗れた、男らしい無骨な(てのひら)である。


「……ありがとうございます」


 青年に引き上げられ、馬車の奥に収まる。私達の側に控えていた馭者は、青年が乗ったのを確認してから静かに扉を閉めた。次いで、馬の背に鞭を振るえば、(おもむろ)に馬車が動き出す。


 馬車は二人掛けの構造らしく、隣に青年が座れば手狭となってしまった。加えて、石畳が敷かれた大通りを進むものだからそれなりに揺れてしまう。背凭(せもた)れと座部には、布製(ファブリック)の柔らかいクッションが敷かれてこそいるが、とても快適とはいえない環境であった。


 だが、それでも新鮮であった。窓越しの景色が異国の光景であるから余計にそう感じるのかもしれない。


(私は、本当にここでやっていけるのだろうか)


 街並みを眺めながら思索に(ふけ)る。

 この世界にとって、異分子であるのは私の方である。世界に受け容れられるためには、まずは私がこの世界を受け容れなくてはならない。誰からも慕われていたであろう、祖父や祖母のようになりたいとまでは言わないが、私も、私なりに恥ずかしくないように生きていければと思う。


「葉月殿? 外に、何かあるのですか」


 不意に青年が聞いた。

 振り返れば彼は私を見詰めており、そのあまりに整った容貌に圧倒され、反射的に視線を逸らしてしまった。自身の容姿に対する劣等感が刺激され、情けなくなったのだ。彼を睨んでしまわないように再び窓を向くように努める。


「……いえ、そういうわけではありません」

「気分が優れませんか?」

「違います。ただ――ほんの少しだけ、不安になったのです」

「不安といいますと、官舎での業務についてでしょうか」

「それもないとは言いませんが、外を眺めていれば立派な街だと感じました。ここで暮らす人々も皆賑やかで楽しそうに見えます。上手く言いたとえることができないのですが、彼らの間に、私などが割り()って喫茶店を開くなど、とても難しいことのように感じたのです」


 私は、自身が内向的な性格であると自覚している。少なくとも、多くの友達に囲まれ慕われて、休日は積極的に遊びに出掛けるような類型(タイプ)の人間ではない。大学の知人友人は片手で数えられる程度だし、空いた時間も誰かと過ごすより、ひとりで読書でもしていた方が有意義で気が楽だと思う。たとえ出歩くとしても、気まぐれに近所の市立図書館に行くか、路地裏のカフェで美味しいコーヒーを飲みに行くくらいである。

 それが自分であり、無理に変わらずとも構わないと開き直ってすらいたのだが、今のままではきっと近い将来行き詰まるだろうという危惧を覚えたのだ。ここに馴染むためには私も変わる必要があるのかもしれない。


「貴女なら大丈夫ですよ。何せ慶一郎殿と先代聖女様の血が流れているのです。きっと皆が喜んで貴女を受け容れるでしょう。無論、私も歓迎しております」

「そう仰っていただけるのは嬉しいのですが――」


 それは私の力ではないでしょう?

 私は、他の誰かと比較されるのが嫌なのです。

 私は、他の誰でもない自分の力で生きていきたいのです。


 そう言おうとして――口を(つぐ)む。

 愚痴とも弱音ともつかぬ言葉を漏らしたところで、この真面目な青年を困らせてしまうだけだと分かったのだ。


 それに、これは私の我儘でしかない。偉大な祖父と祖母がいて、彼らの遺した人脈があり、店舗や設備という遺産もあるのだ。不足しているのは資金と私自身の知識や経験である。こう考えれば私は十分過ぎるほどに恵まれているのだ。それならば、(かえ)って活用しない方が祖父達に申し訳がない。身に覚えのない優遇を享受することに罪悪感を覚えもするが、あるものは使うしかない。これで駄々をこねては、本当に喫茶店を開こうとしている人にも悪いだろう。


 内心で決心すれば、不安が消えるのも早かった。

 なんとかなる――いや、なんとかするのだ、という捨て鉢めいた気力さえ湧き出てくる。


「葉月殿?」

「お気遣いありがとうございます。もう、大丈夫です。私のいた国では『郷には入れば郷に従え』という諺もあります。今、あれこれ考えても解決しない問題ですし、まずはこの街のことを知るところから始めようと思います。改めて、私を侍女にしていただき、ありがとうございます」

「礼を述べるのはこちらの方ですよ。しかしながら、貴女にはこの街が立派に見えるのですね」


 青年の声がすぐ後ろからした。

 どこか含みのある声であった。


「……違うのですか?」


 私も振り向かないまま聞き返す。


「この街は、貴女が思うほど綺麗でも立派でもありませんよ」

「そうでしょうか。あちらにある教会は――神殿というのか聖堂というのかは分かりませんが、見事ではありませんか」


 馬車の進行方向とは逸れたところに門があり、その先は緩やかな上り坂になっている。その傾斜をずっと進んだところに一際大きな建造物が鎮座している。まるで、世界史の参考書に載るようなゴシック調の大聖堂で――天に(そび)える幾本かの尖塔が特徴であり、強いて例えるならイタリアのミラノ大聖堂や、ドイツのケルン大聖堂が近いのかもしれない――遠目からも緻密かつ荘厳な佇まいをしていることが窺える。更には、その聖堂を囲うように小中規模の、これも教会ないし聖堂が並んでおり、大聖堂の存在感をこれでもかというほどに強調している。


「確かに、あれはよくできた建築でしょう。月を堕とそうとしたあの少年が暴れたときも、あの聖堂一帯だけは結界に護られ、多くの者を救ったと聞いております」

「それは、とても良いことのように聞こえますが」

「それだけ、ですよ」


 吐き捨てるように青年は言った。見目麗しい彼には似合わぬ粗雑な物言いであり、思わず振り向いてしまいそうになったが(こら)えた。


 馬車は私達の視線に構うことなく進み、大聖堂は流されてしまう。鉄柵だけが見える殺風景な景色となってしまった。


「……どういう意味でしょうか」

「この街には、宗教およびそれに伴う施設しか誇れるものがない、という意味です。聖堂が多々あるということは、当然信仰に生きる者も多くなりましょう。何かを信じる者は、総じて他のどこにも行き場を持たぬものです。その信仰が強ければ強いほど、清らかであればあるほど余計にそうでしょう。ところが口先だけの信仰を説く者は違う。危機に直面でもすれば真っ先に逃げ出そうとする。そこには恥も外聞も、愛も矜持も存在しない。どちらが善くて、どちらが悪い、という話ではありません。どちらが利口でどちらが愚かという話でもありません」


 青年の言葉は徐々に熱を帯びていく。

 隠しきれない敵意や葛藤までも垣間見えるようであった。


「隣国との関係が悪化したという話は以前したと思います。最早、戦争は避けられないところまで迫っております。この情報は公表こそしておりませんが、この街に住む者は皆勘付いているでしょう。農奴も職人も、商人も貴族も――当然、神官共も」

「…………」

「そのような状況においても、ここの臣民は逃げ出そうとはしません。それは無論、他の都市へ逃げたところで、生きる()てがないこともあるでしょう。戦になり侵略を受けたところで市井(しせい)の者はそう酷く扱われはしないという希望的観測もあるでしょう。ですがそれ以上に――皆、この街を愛しているのです。私とて命を賭してでもこの街を護りたいと考えております。ですが、神官達は違う。違う者が多い。多過ぎるのです。別に、私は戦火を逃れたいという保身や臆病を責め立てるつもりはありません。ここに居残って死ぬべきこそが正しき信仰だとも言いはしません。それは我々騎士団の役目ですから。しかしながら、この私とて同じく月光を信仰する身。腑に落ちぬことがあるのです」


 そこまで語ると、青年は私の側から離れ、背凭れに身を預けたようだった。小さな嘆息が聞こえる。そこで私はようやく振り返ることができる。青年は、燕尾服を纏った馭者の背中を、眉間に皺を寄せながら見詰めていた。


 私は、彼の地雷を踏み抜いてしまったらしい。

 馬車の中は、居心地の悪い沈黙で満ちていた。


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