12.「それで、提案というのは」
書きためが尽きたので、しばらく充電期間に入ります。
「それで、提案というのは」
仕方なしに話を戻せば、ずり下がった眼鏡の位置を指先で直したのち。
「我々第一騎士団に力を貸していただきたい」
と副官は言った。
「それは、どういう意味でしょうか」
「単刀直入に言えば、私は貴女がほしい」
副官の言葉を継いだのは青年である。
真っ直ぐにこちらを見詰めている。
「奇跡をみだりに使うべきではないと言った舌の根も乾かぬうちにこう言うのは恥知らずと承知しておりますが――我々は日々、国防のために身を賭して働いております。ですが、隣国との関係も悪化の一途であり、疲弊も限界に近づいているのが現状です。どうか、一度だけでも構いません。我々に祝福を授けてはいただけないでしょうか」
「……具体的に何をすればいいのでしょうか。お役に立てるかは分かりません」
「大層なことは申しません。我々の口にする食事や水に、先刻のような奇跡をかけていただきたい。皆、聖女様が力を授けてくれると分かれば、士気もあがりましょう。無論、相応の礼は約束いたします」
そこまで言って、青年はテーブルに両手をついて頭を下げる。
別段、断る理由はなかった。彼が困っているなら力を貸してあげたいと思った。どうせ祝福や奇跡など、私ではなく杖の力でしかないのだから。祖父を知る者達に協力すれば、祖父もきっと喜んでくれるだろう、とも。謝礼に興味を引かれたというのもあるが。
この世界の常識も知らない私が本当に彼らの役に立てるのか、隣国との関係悪化というが危険な仕事ではないのか、本業の喫茶店ができなくなったらどうしよう、という懸念も確かにあった。
私が黙っていたからだろう。
「こんな言い方をするのは卑怯かとは存じますが」
副官も青年の援護に回る。
「我々に、貴女様を護らせてはくれませんか。聖女様のお力は、貴女が思う以上に尊い――否、価値があるものなのです。きっと教会も学校も貴女を欲しがるでしょう。どんな手を使ってくるか予想はできませんが、一度絡め取られてしまえば貴女は喫茶店を開くことなどできないでしょう。ですが、我々は違います」
そこで副官は窓際に目を遣った。
つられて見れば、相変わらず往来は絶えず、賑やかな光景であった。
「我々は貴女の意思を尊重したい。束縛もせず口も堅い。神官共とは違い、命を賭けた信義がある。悪い虫がつかぬように警護もできる。貴女の目標が喫茶店を営むことであれば――資金はもちろん人手も必要でしょう。団員を好きに使ってくれて構いません。商家出身の者も団にはおり、経営の役に立つことでしょう。それに、うちには食堂があり、塩でも砂糖でも、小麦でも野菜でも、仕入れ先を紹介できます。私が口利きをすれば安く卸してくれるでしょうし、何かと融通も利かせてくれるでしょう。聖女様さえ良ければそのまま流しても構いません。失敬ながら、食材の仕入れ先などはもうお決まりですか?」
「いえ、それがまだ何も」
「ならば、どうでしょう」
副官は窓から私に視線を戻す。
そして。
「私を信用していただけませんか、聖女様」
と乞うように言った。
レンズ越しの眼が脅迫めいた光を放ったのは気のせいではないだろう。
(こういう性格は好きじゃない。敵に回したら酷い目に遭いそうだ)
この人のことはまだ知らないが、相手の逃げ道をひとつずつ丁寧に潰して、相手を管理下におくことに愉悦を見出してしまえるような、理詰めのタイプなのかもしれない。
「申し出は大変嬉しいのですが」
「我々に何か至らないところでも?」
「いえ、そうではなく。どうして私に良くしてくれるのですか。かえって申し訳なく思ってしまいます」
「貴女に、我々が助けられたからですよ」
副官は即答した。
「貴女が団長に渡した焼き菓子を私も頂戴したのですが、効果覿面でした。古傷の痛みも消えて、すこぶる調子が良いのです。ゆえに、貴女を護りたいと思ったのですよ」
「そんなことで――」
少し大袈裟ではないだろうか。
嘘を吐いているようには見られない。
お世辞でもなさそうである。
「そのように仰らないでください。きっかけなど、得てしてそのようなものなのでしょう。信仰も似たものです。少なくとも、私は己の有り様に納得しております」
「なるほど。それは、そうかもしれませんね」
確かに、私が喫茶店に憧憬を抱いたのも、なんてことはない日常がきっかけであった。比較するのは失礼なのかもしれないが、私の夢も、彼らの信仰も、もしかしたら根本は変わらないのかもしれない。少なくとも私の人生に夢は必要であったし、彼らにとっての信仰も同様なのかもしれない。
ならば尚更断るわけにはいかない。詳細は聞いてみなければ分からないが、話を聞く限り、私にとっても彼らにとっても利のある話である。
…………。
……………………。
「いかがでしょう。受けていただけますか?」
「分かりました。どれだけお力になれるか分かりませんが、よろしくお願いいたします」
それからは、騎士団における仕事の詳細を聞いていた。まるでバイトの面接選考を受けているようで、世界が異なっても常識はそう変わらないのかもしれない。
私が提示した条件は次の通り。
私の優先順位は喫茶店を開くことが第一であり、連日かつ終日までの拘束は避けたいということ。また身の危険を感じたときは、無論報告もするが私の判断で辞めてもいいこと。その際、違約金のような賠償は発生しないこと。
相手からの反論もなく、結果として私は侍女として雇われることになった。
期間としては一週間の試用から始まることになった。その後は無期契約となるが、辞めたくなったらいつでもいいとのこと。勤務時間は朝から昼までの半日。慣れないうちは送迎の馬車を手配してくれるという待遇である。
侍女とはいえども、掃除や洗濯、雑事など本当に下働きをするわけではなく――私としては、むしろそちらの方が性分に合っていたのだが、それを二人に伝えたら、そんなことをさせるわけにはいかない、とにべもなく断られてしまった――騎士団以外の組織に、私が奇跡を使えることを隠すための嘘である。実際の業務としては、青年や副官による護衛のもと、傷病者の手当や、訓練後の団員達へ祝福を与えることが役割となるらしい。
「簡単に言ってしまえば、聖女様に求められることは看護ないし慰安です。きっと貴女であれば、他の団員もすぐに受け入てくれるでしょう。先代聖女様のように」
期待を込められた眼差しを副官から向けられ、私は曖昧に笑うことしかできなかった。




