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11.「あの。祖父のこと、教えていただけませんか」

「あの。祖父のことを教えていただけませんか。救われたとはどういう意味でしょうか。もしご存じなら祖母のことも」

「そのままの意味ですよ。団長。この件についてはあなたの方が詳しいでしょう?」


 話して差し上げてもよろしいのでは、と副官は私達の遣り取りを見守っていた青年へ話を振る。青年はカップを口に運んだのち頷いた。


「慶一郎殿には確かに世話になりました。元々は先代の聖女に仕える、武勇と知略に秀でたひとりの騎士であったと聞いていおります。その聖女が病に倒れたのちは騎士を引退して、我ら第一騎士団の前身である傭兵団の顧問になったそうです。大昔のことですから伝聞でしかありませんが」

「…………」

「私が騎士団に入団したのは十五にもならぬ時分でした。その頃は、元々が傭兵隊ということもあり、私を含めて狼藉者ばかりの烏合の衆でしかなく、力で全てを解決できるものと思い上がっておりました。ですが慶一郎殿は我々に騎士道を示してくれた。信仰に生きる者達のために。この国を守護するために我々はいるのです。それが我々の存在意義です」


 熱い口調で、青年は昔を懐かしむように語る。

 続けて。


「それだけでも素晴らしい功績なのですが、今から三年ほど前に、ある事件が起きました」


 と勿体ぶるように言った。


「事件、ですか?」

「然様。この国を揺るがす――否、存亡をかけた大事件です」

「………………」

「都の半分が消し飛ぶほどの事件が起きました。事実、今も街の西側は瓦礫や安普請ばかりで、貧民街とすらも呼べない惨状と成り果ててしまいました。我々も多額の援助と人手を割いてはおりますが、いまだに復興は遅々として進んでおりません。それまでは、決して豊かとはいえずとも神学を修める学徒達で賑わいを見せていたのですが」

「仰る意味がよく分かりません。何が起きたのですか」


 地震や津波といった天変地異だろうかと思い尋ねれば。


「化物が現れたのです」


 青年は答えた。


「化物?」


 街を半壊させてしまうような化物と聞けば、特撮映画に登場するような怪獣あるいは古典的な伝奇小説に描かれる吸血鬼や狼男を連想してしまうが、青年は首を横に振った。


「化物とはいえども、きっと貴女が想像されるようなものではありません。どこにでもいるような普通の少年でした。彼に何があったのかは私達にも分かりません。ですが、剣を片手に突然狂ったように暴れ出して――当時あった隣国の、商業組合の組員を全員殺害して、止めに入った我が国の警備兵はおろか我々騎士団もあまりの強さに返り討ちにあってしまいました。私も鎮圧に出向いたのですが一太刀も浴びせられないどころか部下も同僚も皆死なせてしまいました。誰も手が出せないと分かるや、少年は壊れた教会の屋根に上り、剣を空に掲げて、月を落とそうとしたのです」


 月を落とそうとした?


「驚かれるかもしれませんが、その事件の前まで、あの悍ましい月はもっと遠くにありました。太陽と同じくらいの大きさでした」

「……そんなことが本当にあるのですか」

「常人にはとてもできぬことでしょう。ですが彼はやってのけた。月だけではありません。数多の星々が驟雨(しゅうう)の如く降り注ぎ、街が燃え、無辜の市民が犠牲になってしまいました。故に、あの少年は化物と言う他ないのです」

「どうして、その子は月を落とそうとしたのでしょうか」

「それは分かりかねます。もう聞くことはできませんから。ですが――」


 そこで青年は少しばかり押し黙ったのち。


「きっと、満月にいる誰かに逢いたかったのかもしれません」


 と言った。

 少々の諧謔と憐憫が込められたその一言に、私は何も言うことができなかった。居心地の悪い沈黙が続き、それを察知してくれた青年は、これは失礼しました慶一郎殿の話でしたね、と話題の軌道修正を図る。


「今にも満月が地面に激突しようかというときに慶一郎殿が助勢に来てくれたのです。あのとき聖女様が抱いていた大杖を天に向けて――月を留めることに成功しました。暴れ回る少年すらも、赤子の手を捻るように鎮圧してしまいました」

「それで、そのあとは」

「それだけですよ」

「え?」

「そのあとのことは何も分かりません。少年の行方も、何をなさんとして月を落とそうしたのかも、彼の生死すらも。なぜなら五体満足でいられたのは慶一郎殿だけでしたから。終わったあとに仔細を聞いてもはぐらかされてばかりで、結局分からず終いでした。まあ、あの場で死にかけていた私には聞く権利がないとあの御方は言葉にせずとも仰りたかったのでしょう。いずれにせよ」


 青年はカップに手を伸ばし、唇を濡らす程度に傾ける。


「このような事件が起きたものですから、慶一郎殿は街の守護者と呼ばれ、隠居した今でも有名なのです。ところで最近は騎士団にも顔を出さなくなりましたが、今はどちらに?」

「あの。それが――」


 祖父の行方が分からないことを告げれば、二人は驚いたように顔を見合わせる。


「祖父がどこにいるかご存じありませんか?」

「生憎、我々は何も知りません。お力になれず申し訳ない。任務の片手間になるかとは思いますが、団員に探すように命じておきます。貴女が探していた、とお伝えすればよろしいですか」

「はい。すみませんがお願いします」


 彼らであれば何か知っているかもしれないと思っていたが、そう簡単にはいかないようである。しかし、こちらの世界で祖父を知る者と会えたのだから一歩前進だろう。それに、パン屋の女将も言っていたように、立派に生きていたのだ。

 家族なら、ただ身の上を案じるよりも、本懐を果たしてくれることを祈るべきなのかもしれない。もっとも、祖父の目的など皆目見当もつかないが。


「いや、待てよ」


 不意に、副官が思い出したように呟いた。


「あいつなら何か知っているかもしれない」

「あいつというと――ああ、仮面騎士か」


 補足するように青年が言った。


「確かに、奴は慶一郎殿の紹介でうちに来たし、慶一郎殿の弟子を自称していたな。聖女様はご存じありませんか。オスカーという名の、面頬(マスク)をつけた騎士を。軟派な性格でありながらも剣技と魔術に秀でた、我が隊で一番強い男なのですが」

「オスカーさん、ですか」


 当然ながら聞き覚えのない名前である。


「団長。聖女様にそこまで説明しても仕方ないでしょう」


 青年をたしなめるように副官が言った。


「オスカーには後ほど聞くとして。聖女様、折り入って相談が――いえ、提案がございます」

「なんでしょうか。いえ、その前に。私のことを聖女と呼ぶのは止めていただけませんか」

「おや? ふさわしい呼称かと思いますが」

「私は宗教に詳しくありませんし、そう呼ばれるような人間じゃありません」

「御冗談を。あれだけの奇跡を使っていながら、しかも先代聖女様と慶一郎殿の血筋でしょう。これほど聖女らしい御方もおりませんよ」


 副官は譲るつもりがないようであった。

 助けを求めるように青年を見れば。


「私からもお願いします。せめて他の者がいない場所では、聖女様と呼ぶことをお許しください」


 と言われてしまった。

 他人の信仰を否定できず、また青年も一応の譲歩は見せてくれたため、私は強く断ることができなかった。

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