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10.彼らの来訪は唐突なものであったが、私は二人を店に招くことにした。

 彼らの来訪は唐突なものであったが、私は二人を店に招くことにした。未だ開店どころの状況ではなかったが、無碍に門前払いするのも悪いと思ったのだ。


 二人を暖炉側の客席に案内したのち、私を含めた三人分のお茶の用意と、冷蔵庫から出したカステラを切り分ける。サイフォン式コーヒーメーカーの扱いにも慣れたせいか、もう手間取ることはなかった。

 青年は私が動き回ることにどこか所在なさげにしており、副官からは観察めいた視線をずっと感じていた。


「どうぞ。コーヒーとお茶請けのカステラです」

「お気遣いありがとうございます。ですが聖女様。我々は先日のお礼のために参ったのですから、貴女がそう動かれては立つ瀬がありません」


 整った眉を寄せ、困ったように青年は言った。


「そんな大層なものではありませんよ。さきほど練習がてらに作った試作品ですし、奇跡というものも使っておりません。良ければ感想を教えていただけませんか」

「分かりました。そういうことでしたら」


 渋った表情のまま青年は頷いた。

 私も二人の対面に座り、淹れたばかりのコーヒーに手を伸ばす。


 それからは、互いに当たり障りのない世間話を交わしていた。

 青年は、数日前から任務で王都に出ており、その帰りに私と出会ったことを。副官は青年が留守の間に国境の防衛指揮を任されていたことを。昨日の午後ここに寄ったが不在であり、本日出勤がてら出直したことを。

 私からは、祖父の力を借りてここに店を構えることになったことを。来たばかりで、まだ何もかも決めかねていることを。近々市場を見て回ろうと思っていることを。


「聖女様。先刻アルフィーが言ったとおり、本日はお礼を持参してきました」


 話が一段落ついたのを見計らったのち、青年は隣の副官に目配せをする。

 副官は腰に巻いた鞄から、革製の袋を取り出してテーブルに乗せた。どしゃ、と重い音がしたことから察するに中に入っているのはお金だろうか。それもきっと、大金と呼ばれるぐらいの金額なのかもしれない。


「あの。これは一体」

「奇跡への対価です。こちらが価値を決めることなど畏れ多いとは存じますが、我々の純粋な感謝であり、また色をつけた金額とさせていただきました。どうぞお納めください」


 答えたのは副官であった。


「あの。あのときにもお伝えしたと思いますが、お礼を受け取るわけにはいきません。その代わりに、お店を開いたときに来てくださいとお願いしたはずでは」

「無論それは承知しております。金子を渡したところで貴女様を困らせてしまうであろうことも。ですが貴女の働きは、月蝕病に(かかり)り衰弱した団長を治癒するだけでなく、祝福した手土産までいただいたとなると、さすがに形の残る対価を払わざるを得ません。他の者に聞かれでもすれば、騎士団は何も知らぬ聖女を搾取しているなどと悪しきように言われてしまいます」

「でも、本当にいいのでしょうか。なんだか悪い気がします」

「失礼ながら、聖女様。お店を開くのが目標であると伺いましたが、そうなれば何かと入り用になるのではありませんか。ここは、どうか我々を助けると思って」

「……分かりました。ありがとうございます」


 正直に言えば乗り気ではなかった。だが、これ以上断り続ければ彼らの面子を傷つけてしまう。また、今後お金が必要であろうことは事実であり、有り難い話でもある。

 受け取った袋を、カウンター内のダイヤル式金庫に――これも祖父が用意したものであり、解錠ナンバーは私の誕生日であった――納めて席に戻る。


「聖女様。不躾なお願いで恐縮なのですが」


 私が座れば、神妙な顔をした副官が切り出す。


「私は奇跡や魔術を個人的に研究しておりまして。もしよろしければ、貴女様が奇跡を行使するところを見せていただけないでしょうか」

「奇跡、ですか」

「ええ。無理を承知でお願い致します」

「そんなに畏まらないでください。使うこと自体は構わないのですが、実は私もよく分からないまま使っているんです。祖父に、食事に祝福をかければお店の役に立つ、ということを聞いて、思いつきで使っただけですから」

「おや、そうだったのですか。いやはや、聞いただけで使えるとなれば神官達もさぞ驚くでしょう。そんな者など中々おりませんよ」


 さも意外そうに副官は言った。

 続けて。


「この話、他の誰かに話したり、知られたりはしませんでしたか?」


 と聞いた。

 遠回しな尋問だ、と直感した。


「いいえ。誰も知らないと思います。何せ誰にも会いませんでしたから。とりあえず、もう使ってしまいすね」


 失礼します、と断ってから腰に差した杖を抜く。

 先端をテーブルの中心に向けてから。


 ――美味しくなって。食べた人が元気になりますように――。


 いつかと同じように念じれば、杖から光が溢れ出し、コーヒーとカステラを包んだかと思えば、次の瞬間には霧消してしまった。やはり、何度見ても幻想的かつ摩訶不思議な光景である。


「やはり、凄まじいものだな」


 眩しそうに目を細めながら、青年はコーヒーカップを傾ける。


「心なしか味もより良いものになっているように感じる。しかし、体調は大丈夫ですか」

「体調ですか」

「ええ。奇跡の使い過ぎは身体に良くないと耳にしたことがあります」

「大丈夫ですよ。この力は私のものではなくて杖のおかげでしょうし、これでも抑えておりますから。アルフィーさん、これでよろしいでしょうか」


 私が聞けば、満足そうに副官は頷いた。


「――ええ、十分です。しかし驚きました。少し質問しても?」

「何でしょうか」

「そのお力は、何回でも使用できるのでしょうか? 先刻団長が言ったように、普通、奇跡というものは身体と触媒への負担が大きいため、高位の神官でも使いたがらないものです。まあ、連中は単に足許を見るか出し渋っているだけなのかもしれませんがね。杖が壊れそうになったり、酷い疲労を感じたりするというケースがあるのです」

「いえ、そのようなことはありません。多分これくらいの祝福ならいくらでもできると思います」

「なるほど。将来有望ですね。まあ、杖のことを思えば連発は避けた方がよろしいでしょう。夜は、月光を浴びせることも忘れずに」

「月光ですか?」

「ええ。杖に限らず、触媒はどれも月から降り注ぐ膨大な魔力を吸収しているものですから。枯渇してしまう前に『月休め』させることは常識なのですが――知りませんでしたか?」


 意味こそ察することはできたが聞き慣れぬ言葉であった。二本の杖が、クロークと共に大きな窓際に置かれていたのは、その月休めのためなのだろう。


「ええ、すみません」

「いえいえ。何も責めているわけではありませんから。そんなことよりも、その杖はどこで手に入れたのですか。見れば見るほど上質なように見受けられますが」

「祖父から使うように言われたものです。何でも、私の祖母が使っていたものらしいです。このクロークもそうです」

「なるほど。お婆様の形見ということですか。失礼ながら、お婆様は今もご健在ですか?」

「……いえ、ずっと前に」


 何が気になったのか、二人の来客は口を噤んで思案してしまう。


「あの、どうされましたか」

「もしかして、お爺様のお名前は、齋藤慶一郎さんという御方でしょうか?」


 副官は言った。


「どうしてそれを?」

「あの御方に、我ら第一騎士団は随分と救われましたから。その短杖もその白衣も、当時の聖女様が着ていたものと記憶しておりました。貴女のお爺様は、聖女を守護する異邦の騎士として名を馳せておりましたのですよ」

「異邦の騎士」

「嗚呼、やはり貴女は紛れもない聖女様だ」


 なぜか満足そうに副官は頷いた。

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