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※人物紹介を下に入れました。

 

 ジスランが人を駆使して調べたところ、ジュストは二十代後半の新進気鋭の商人である。赤毛で身長は低いものの、ときに彼を巨大に見せるほどの溢れる情熱を抱いているのだという。

 ところが、官吏が不正を働き、彼に無理を強いて青息吐息なのだそうだ。


「では、彼は不正にかかわっているわけではないのね?」

「奪われる一方の様子です」

 事が事である。

 財務の上層部の不正を暴くのは並々ならぬことである。ジスランも貴族社会での流儀を身に付け、それなりにうまく渡っていくことを覚え、順調に出世しているが、まだ届かない。

 ジスランなどは歯がゆく思うも、クリステルはそうではない。


「なんだ、ジュストが不正に関与しているのではないのね」

 ならば、弱みは掴めない。

 ジスランは不正を暴こうとしていたが、クリステルはそんなことは関わりたくない。自分から厄介ごとに首を突っ込みたくはない。

「それでなくても大変なのに!」


 スパルタ教育はまだ続いていた。今や、ジスランは立派に貴族社会を渡って行く術を身に付けている。次に引きずり込んだクロードの弟妹たちも、うかうかしたら抜かれそうだ。

 うん?

 別に抜かれたってどうってことないのではないか?

「そっか、それじゃあ、わたしはのんびりと———」

 しかし、クリステルの理想、ぐうたら生活は訪れなかった。


 国王崩御。

 その一報がもたらされたのである。


「え、えぇ?!」

 そして、自然の成り行きで王太子は即位する。同時に、クリステルは王妃となる。

「そ、そんな! 王妃殿下はご健在でしょう?! 王太后殿下として差配しあそばすのでしょう?」

 しかし、配偶者を失った王太后は失意の中にあり、とてもではないが、公務には就けないという。


 王妃となったクリステルはさらに忙しくなる。

 おかしい!

 だらだら過ごすためにがんばっているのに、なぜ!


 しかも、反国王派として、王弟フレデリクを担ぎ出そうとする勢力もあるという。

「お気をつけ遊ばせ」

 そんな風にそっと耳打ちする者がいたのだ。これだから、社交界は油断ならない。

 不穏すぎる!




 王国で並ぶ者なき存在となった国王アランは心晴れなかった。

 恋い焦がれる王妃が、オラール男爵子息ジスランという官吏に引き続き、デシャン子爵クロードという最近頭角を現しはじめた男性とよく会っているというのだ。執務の合間を縫って会おうとする自分をそっけなくあしらうというのに、だ。さらに心休まらぬことに、ふたりは非常に容姿と才能に優れる将来有望な男性だという。


 時折、思い出したように側室をという声が上がるが、それどころではない。

 王族として婚姻の結びつきは重要なものだったが、アランの心はずっと妻に向いたままである。

 そのつもりはないのに焦らしに焦らす王妃に、国王はやきもきする。


 王妃となったクリステルは、あれこれ言って来るアランを、やんわりとかわしていた。けれど、しつこい。

 美男とは言え、男の嫉妬もなまなかなものではない。


 そのときはアランが焼きもちを焼いているなんて思いもよらないクリステルは、まだ、腹をくくれていなかった。向き合うのが怖かった。本来のぐうたらな自分のことを知られてしまって、とたんに手のひらを返されたら、と思い悩んでいた。


 ええい、うるさく言うなら権力を貸してくれ、とばかりにジュストの絡んだ財務部の不正をぶちまける。

「ああ、我が妃よ! すまない。君はこんなにもバダンテールのことを考えて働いていてくれたんだね」

 頼られた国王は浮き浮きと問題解決に乗り出した。


 元が出来の良い人物である。

 王太子妃教育(現在では王妃教育にシフトした)に息も絶え絶えのクリステルと違って、物心ついたときから帝王学を学んできた。

 必要な部署、必要な人材、必要な物品を動かし、あっという間に証拠を揃えて裁判にかけ、長らく宮廷に巣食っていた闇を一掃した。


「まぁぁぁ! すばらしいですわ、陛下!」

 自分はなにもせずとも、問題は解決した。

 これぞ、丸投げの醍醐味だいごみ

 クリステルはここぞとばかりに、アランを褒めちぎった。

 ふだん、相手にされず、捨て置かれていた夫は愛しい妻の称賛に舞い上がった。


『あかん、涙がにじんできたわ。かわいそうで仕方がない。ねえちゃん、もっとにいちゃんを構ったれや!』

 芝居がかった宝珠の物言いに、クリステルは聞こえないふりをする。自分にしか伝わらないので、知らんふりをしていれば、誰にも分からない。


 なお、結婚した後も宝珠はクリステルを「ねえちゃん」、アランを「にいちゃん」と呼ぶが、言及しないでいる。なぜなら、夫を持つ身であっても若々しい呼び方をされるのがまんざらではなかったからだ。


 国王は宮廷の不正に最初に気づいたのは王妃であるとして、一連の出来事をクリステルの手柄にしてしまった。

 目立ちたくない彼女としてはありがたくはない。

「さすがは王妃殿下!」

「賢王に慈悲深い王妃。これで王国は安泰ですな!」

 人々は口々に新しい国王夫妻をほめたたえた。特に、不正を暴いた一件は王妃の大金星とされた。

 そして、国王の気遣いは思わぬできごとを誘発した。




「国を傾ける姦婦かんぷめ!」

「正義の鉄槌てっついを受けよ!」

 慈善活動として孤児院を訪問していた王妃一行が、暴漢に襲われた。


「きゃぁぁぁぁ!」

「妃殿下、お逃げ下さい!」

「誰ぞ、おるか!」

「ふん、他の護衛は鼻薬を効かされて役に立たぬわ!」

 クリステルに付き従う侍女と護衛たちは覆面の男たち複数に囲まれ、悲鳴と怒号が起き、混乱のさなかに叩き落とされた。


「そなたたち、なに用です」

 クリステルただひとりが静かに佇んでいた。

 ように、はたからは見えた。

 脚がすくんで動けなかっただけである。実情は質問するので精いっぱいだった。

 そんなことは知らない随行者たちはのちに王妃の気高さ、冷静さを語り合った。噂は噂を呼ぶ。王妃の評価は高まった。


 それはさておき、襲撃された今は急場である。

「きゃぁぁぁぁ!」

「妃殿下ぁぁぁ!」

 クリステルは動くことが出来ず、迫りくる白刃をただただ見つめるしかなかった。

 他の者からは毅然きぜんと対峙しているように見えた。


 一陣の風が吹いた。

 突風のように王妃と暴漢の間に飛び込んできたのはデシャン子爵クロード、次期将軍と名高い騎士だった。

 恵まれた体躯を自在に操り、王妃へと迫ろうとする白刃を剣で受け止め、流し、相手が体勢を崩したところへ斬りかかる。倒れ伏す相手に眼もくれず、次に凶刃をふりかざす暴漢とやり合いながらクリステルに声をかける。


「ご無事で?」

「わたくしは大丈夫。あなたはあなたのなすべきことを」

(意訳:こっちに意識を向けていないで、さっさとなんとかしてちょうだい!)

「御意に」

(内心:さすがはクリステル妃殿下。すばらしき精神力、胆力、気高さ)

 誤解が誤解を生み、クロードが抱いた感想は居並ぶ者と一致した。


 注文が多いとぶつくさ言いつつも宝珠が提示した者は逸材であった。そのクロードの部下はきっちり仕事をこなした。今や部下に恵まれたクロードはそれらの手勢を引き連れて王妃の危機を救った。


 そうして難事を切り抜けた後、捕縛した暴漢たちを尋問したところ、不正を暴かれた者たちが仕組んだことだということが明るみに出た。

 良かれと思ったことが裏目に出て青ざめる国王をよそに、王妃は商人ジュストが今まで不当に奪われたものを返した。その上で、改めて国のために働いてくれと懇願した。


『あいつは熱い男や。大勢の商人たちを口説ける男やでぇ』

 宝珠の言葉に、ジュストを逃すまいとクリステルは心に決めた。


 ジュストは初めて会う歳若い王妃に圧倒された。

 毅然とした立ち居振る舞いの人がまなじりに涙をためている。

 王妃に非はないのに、しいたげられたジュストに涙ながらに謝罪し、その上で恥を忍んで自分のため、ひいては王国のため(だと勝手にジュストは解釈した)に力を貸してくれと掻き口説かれたのだ。ジュストは感激する。

 人は自分の物差しで世界を測る。ジュストは「熱い男」であったから、クリステルもまた同じなのだと見て取った。


 そして、ジュストは溢れる熱意で他の商人を動かし、国庫を立て直す。

 それらの功績を王妃に献上した。だが、王妃はジュストの手柄だと主張する。目立ちたくないからであるが、ジュストだけでなく、ジスランやクロードまで感心する。

 手柄を横取りする者は多いが、王妃は至らない自分の代わりに他の者が励んでくれているのだと言うのだ。

 なんという高潔さか!

 もちろん、誤解ではあるが。


 そうして、ジュストはのちに財務部の大臣の任を受けた。

「至らないわたくし(がぐうたら生活を送るの)をどうかどうか助けてちょうだい」

 そう、敬愛するひとに懇願されたからである。そうして、彼は新たに情熱を傾けるに相応しい職務に就き、いかんなくその手腕を発揮した。

 そのころから、誰からともなく、宝珠の声を聴く王妃は御宣託によりバダンテールを豊かにするための人材を集めていると噂されるようになる。

 事実は異なる。

 あくまで、クリステルの目的は怠惰なぐうたら生活である。人間、月日を経て環境が変わるにつれ、心変わりをする。クリステルにも変化がきざした。けれど、根っこの部分は変わらない。




「聞きまして?」

「ええ、妃殿下が襲われたとか」

「颯爽と現れたデシャン子爵クロードさまが撃退されたとか」

「さすがはクロードさまね! イチオシですわ!」

「あら、わたくしはジスランさまよ!」

「わたくしはやはり、陛下ね」

 せっかく催したブロンデル侯爵家の茶会では、先だって起きた凶事の話題で持ちきりだった。


「本当に恐ろしいことですわね。妃殿下がご無事でよろしゅうございましたわ」

 そんな風に言いながらも、フェリシーは心の中で、いっそその場で儚くなってくれれば良いものを、と毒づいた。


 忌々しいことに、慈悲深い王妃として賢王とともに並び称されている。さらには、有能かつうつくしい者たちのうずもれていた能力を見出したとほめそやされている。

 それらは本来、フェリシーが受けるべきものだったというのに。

 フェリシーは王妃の次どころか、大きく差をつけられてしまった。

 これを挽回するには、どうすべきか。


「そうだわ。お父さまがほかの道を探すべきだとおっしゃっておられたわね。陛下が側室を娶られないのであれば、そうすべきね」

 フェリシーは勢力図が変わった貴族たちの名を頭に思い浮かべるのだった。





●人物紹介

・クリステル・バダンテール

 怠惰な(元)令嬢。すべてはぐうたら生活のために。

・アラン・バダンテール

 国王。眉目秀麗。

・ジスラン・オラール

 オラール男爵家の三男。下っ端管理で役立たずと言われていた。

・クロード・デシャン

 子爵。騎士。身体の弱い弟妹を支える。

・ジュスト

 商人。熱意によって人を動かす。

・ブロンデル

 侯爵。野心溢れる。

・フェリシー・ブロンデル

 侯爵令嬢。宝珠選定の最有力候補だった。



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