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 まずは見た目である。

 ひとは外見ではないというのは貴族社会以外の話である。

 身なりというのはそれだけで様々なことを主張する。パワーバランスに組み込まれている重要な案件だ。つまり、みすぼらしければどの派閥も集団も相手にしてくれない。

 ジスラン・オラールはろくに手入れしていないであろうぼさぼさの黒髪に、身体に見合っていないだぼだぼの服を着ていた。

 身長はあるのに、背中を丸めて、いかにも陰気な感がする。


「オラール家の方、すこしお時間をいただいてもよろしいかしら?」

「こ、これは、次期王太子妃殿下」

 淑女然として声をかけたところ、ジスランはクリステルのことを知っていたらしく、あわてて礼をする。

 情報収集能力はあるな、とこっそり評価しつつ、クリステルはさっとジスランの様子を観察する。

 まずは身なりを整え、そして、しゃんとした雰囲気を出す。

 これだけで、宝珠が言う「しいたげられている現状」は大分改善するだろう。


 クリステルは面倒が嫌いだ。

 だから、ジスランに自分に力を貸し、将来、王妃の右腕として活躍してほしいと単刀直入に言った。うまい言い回しを考えるのは手間だ。

 宝珠の御宣託だと言えば、大抵のことは通る。だったら、そうしない手はない。


「しかし、なぜ、わたしのことを?」

「もちろん、有能だからよ」

「そうでしょうか」

 今いる部署で認められるどころか、無能だとののしられているのであろうジスランは卑屈に唇をゆがめた。


「それなりの格好をすれば、気持ちも強くなるのよ。あなたに足りないのは自信だわ」

「自信……。しかし、わたしはわたしの処理能力を認めています」

「そうね。でも、それをアピールすることも必要なのよ。ちゃんと自分がやりました、自分の能力による成果ですって知らしめなきゃ」

 ジスランにとって苦手な部野である。

 黙り込むジスランを、クリステルは決して甘やかな言葉でなぐさめない。そしてそれは、能力に見合うだけのプライドを持つジスランには具合よく当てはまったのだ。


「いつか誰かが気づいて認めてくれる。そして、自分の素晴らしさを世に知らしめてくれる。そんなこと思っているのなら、その考えは捨ててしまいなさい」

「え、」

 自分が持っていた甘えをつきつけられ、ジスランには返す言葉もない。

「いつか誰かなんて、いつまでもやって来ないわ。良いこと? 幸せは自分で歩いて掴み取るしかないのよ?」


 ただただクリステルをみつめるしかないジスランは、ふとこんなときだが、なんてうつくしい女性ひとなんだろうとしみじみ思った。

 淡い金色の髪をゆるやかに結い、茶色の瞳を輝かせている。すっと伸びた高すぎない鼻、小さめの唇はつややかに色づいている。

 背筋を伸ばして前をりんと見つめている。もちろん、それは厳しい王太子妃教育による成果だ。ちゃんとしなければ、叱責と課題追加がふりかかってくるからだ。

 そんなことはつゆ知らないジスランは良いように受け取った。王太子と同じく。


 ジスランはその見た目や低い出身爵位から貴族令嬢たちから相手にされなかった。ジスランもまた、使用人に対するのと違わない冷淡な態度を取る貴族令嬢たちが、良い嫁ぎ先を得るために自分を飾り立てるしか能のないさまを冷ややかに受け止めていた。


 しかし、今、眼前にいるクリステルは違う。

 未来の王妃として王国を支えていくために努力している。厳しい王太子妃教育にも耐えているのだと聞く。

 そして、手を貸せと言っている。


 ジスランは自身の能力に自信を持っている。なのに、周囲に認められず、鬱屈うっくつしていた。

 そんなジスランを見出し、能力を認め、いっしょに王国を支えていこうという。

 自分はどうだ。今までなにをしていた。

 ただただ不満を抱えて現状を呪っていただけではないか。彼女もまた耐えているという。

 ジスランはジスランで、王太子がしたように架空のクリステル像を作り上げた。自分の都合の良いように思い描いたクリステル像は見る間にジスランの理想に変化していった。


 クリステルとしても、望まない立場を押し付けられてなんとか回避する術を見出そうと決めたのだ。解決策を探すのは面倒だ。しかし、やらなければ、もっとひどい未来が待ち受けている。

「のんびりだらだらした生活」を自ら掴み取ると決めたのだ。そのためには、有能なジスランの力が必要だ。


 怠惰たいだな生活のためにがんばる。

 矛盾している。

 だが、ぼんやり望んでいるだけでは王太子教育は待ってくれない。クリステルをぎっちぎちに締め付けにかかってくる。

 辛い。

 その辛さは将来のためだという。

 ならば、きたる未来のために、(丸投げする)優秀な人材確保は(早く楽をしたいので)急務だ。

 もっともなことを並べ立てても、本音が透けていた(括弧かっこ内に)。


 ところが、どうしたことか、クリステルの妙な説得はこれを原動力として効果的に働く。

 ジスランは気圧されながらも、バダンテールのためになるのならとうなずいたのだ。変に甘い言葉でなぐさめられなかったのが良い。

 なまじ頭が良いものだから、別の思惑があるのではないかと勘繰っただろう。

 クリステルからは王妃を補佐する人間が必要だということとジスランに不足している部分とを、確固たる意志で伝えただけだ。

 それは間違っていない。

 間違ってはいなかったがジスランが思いもよらない考え方をしていたのである。




 クリステルは王太子妃教育のうっ憤を晴らすかのように、ジスラン改造を行った。礼儀作法から始まり、身なりを整え、ダンスや会話の作法を教えた。

 なんのことはない、自分ひとりがやらされることへの八つ当たりだったのだ。

 とんでもない迷惑である。


 しかし、徐々に不器用なジスランに同情めいた気持ちが湧き始める。クリステルが勝手に行ったことにもかかわらず、もたつきながらもせっせと励む姿に、逆に力をもらい、彼女もまた王太子妃教育を乗り切ることができた一面もあった。

 そんな風に思い始めたら、気持ちもほぐれ、クリステルが王太子妃教育の愚痴を言えば、ジスランは職場の文句を言う。ふたりでああだこうだ言い合った後、「さて、やるか」とばかりに礼儀作法その他に取り組む。


 いわば、ふたりは共通の敵、貴族社会の面倒なあれこれ、礼儀作法その他に立ち向かう同志となったのだ。クリステルとジスランは自分たちが重きを置いていない礼儀作法を完ぺきに身に付けるというモチベーションが上がらない出来事に取り組む、同病相憐れむ一面があった。


「ジスラン、有能なあなたがこんなにがんばっているのだから、わたくしが王妃となったあかつきには、必ず取り立てるわ。あなたは存分に腕をふるってちょうだい」

「お任せを、我が殿下」

 ジスランは気持ちを隠してうっすらと微笑む貴族的微笑を今や身に付けていた。

 ふたりは礼儀作法を学びながら、たまにこうやって王太子妃と有能な部下ごっこを行い、にやりと笑い合った。


 ジスランは宰相にまで上り詰める。

 ついでに言えば、ぼさぼさの髪を整えたら、その下からつめたくも繊細な美貌があらわになった。発掘者である王太子妃候補が思わず舌打ちしたくらいである。

「な、なんで舌打ちを?!」

「女性のわたくしよりもよほどうつくしいのがねたましくて」

 正直にもほどがある。しかし、ジスランはひたすらもじもじした。つめたい美貌で冷厳に不備書類をつき返すふだんの冷徹さは、そこにはなかった。

「そ、そんな、クリステル様はおうつくしいです」

「はん。ジスラン卿、あなたは目覚ましい成果を挙げておられるのね。お追従ついしょうがお上手になられたこと!」

(意訳:こんなに桁外れにうつくしい男に言われても信じられるものですか!)


 クリステルは王太子妃となると同時にジスランを重用した。ジスランはすぐに才能を発揮し、どんどん仕事を振られ、結果、力をつけることとなる。同時に王太子妃の権勢も強くなった。

 後々のことを振り返り、しかし、とジスランは思う。

 クリステル王妃殿下(そのときはまだ王太子妃ですらなかった)は、うまくいかないことに不満を抱きつつ、うつむいたままの自分を叱咤激励した。王妃殿下こそがうずもれていたジスランを見出し、その能力を認め、世に知らしめてくれたのだ。

「白馬に乗った王子さま」ならぬ「宝珠に認められた王太子妃さま」である。そして、後に、「宝珠の声を聞く素晴らしい王妃殿下」となる。

 なにより、ジスランの永遠の憧れの女性ひとである。




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