番外編4.帝国の一輪華、バダンテールの社交界に君臨する
後世の史籍は語る。
「帝国の輝かしい美姫が、バダンテールの社交界に君臨する」
クリステルが苦手としているのであれば、とアルレットはバダンテールの貴婦人たちを束ねようとした。
社交はお手のものである。
「もっとお楽に構えていてくださいませ。あとはこのわたくし、アルレットにお任せあれ」
なにより、王妃のすぐ側にいれば、素晴らしい出来事の数々を見逃すことはない。ベストポジションである。
これで貴婦人たちの掌握に関しても、クリステルの丸投げ体制が整った。
王妃がことごとく宮廷のうつくしい殿方を独占しているとかねてから面白く思わない貴婦人たちは、帝国の姫の登場にもろ手を挙げた。
(わかっていない、わかっていないわ!)
嫉妬は人間らしい感情としても、それをこちらに転嫁させて自分たちは座して甘い蜜だけを得ようとするのが気に入らない。自分の力で勝ち取ってこそ充足感とやり甲斐を持つことができる。
宮廷人というものは、自分たちの争いに別の権威を引っ張り出してくるのだ。権威は知らないところで勝手な思惑であれこれ言われる結果となる。
(自分たちでおやりなさい)
アルレットは気品を持って、あっという間にバダンテール女性陣を掌握した。そんな彼女に、アランとフレデリクは猜疑の視線を向けた。
しかし、アルレットは婉然と微笑み返してみせる。
「クリステル妃こそがバダンテールの貴婦人たちの頂点に君臨すべきお方ですわ。わたくしはただそのお手伝いをしているだけでしてよ」
クリステルはそんなことを望まない。ならば、代わって行う者が必要である。その必要性を、生まれながらの王族たちは重々承知している。
そして、バルバストル帝国で行ってきたアルレットには容易であることも理解していた。
なにも、王妃の立場を掠め取ろうというのではない。
王妃が君臨してこその今の環境だ。トップにいてほしいのだ。
アルレットは今までずっと頂点に立っていたので固執しない。たっぷり味わったから、もういい。
それよりもっとすごいものを目の当たりにできる。少し離れた位置から眺める楽しさ。
「殿方ではぴんとこない嫌味でクリステル妃殿下が傷つけられないようにするためですわ」
アルレットの言に国王兄弟が頷き、補佐官であるジスランは頭を下げて依頼する。
(わたくしはわたくしの居場所を勝ち取りましたわ!)
アルレットは確かな手ごたえを感じ、内心で快哉を叫ぶ。
(わたくしは今や水を得た魚。こここそがわたくしが最も心行くまで楽しめる場所。この環境を、すべてを用いて守り抜いて見せますわ)
腹の底から熱が込み上げてくる。湧きおこる激しい感情を押し殺す。
自分の主張だけで終わってはいけない。
(いけない、いけないわ。淑女のたしなみを保って!)
「これは殿方には踏み入れられない領域ですもの。みなさまの大切な大切なお方を、わたくしがお守りしますわ。みなさまは安心して発揮すべき手腕を行うべき場所で行ってくださいませ」
アルレットは慎ましく淑女の礼をする。
こうして共闘関係が結ばれた。
「クリステル、君、わたしたちには分からないような嫌味を言われているの?」
眉をひそめてアランがクリステルの顔を覗き込む。明るい青い瞳のすぐ上、眉頭が沈むことで渋みと威厳を与えている。
そんなアランのうつくしい顔を間近にし、クリステルは固まった。すべての動き、呼吸すら止めてしまっている。
(しっかりなさって、妃殿下! 息を! 息をなさって! 窒息してしまいますわ!)
「兄上、義姉上がお困りですよ」
「なにか困ることがあるか?」
アランは心底不思議そうだ。目線だけフレデリクにやり、クリステルとの距離は空けない。
「兄上のあまりにうつくしい顔が間近にあったら困ってしまいますよ」
「そうかな? わたしたちは子まで設けているのだぞ。十分に慣れたのでは?」
「義姉上のご様子ですとまだのようです。まずはわたしから慣れていくと良いですよ。兄上と同じ系統の顔ですし」
そう言って、フレデリクもクリステルに面を近づける。
うつくしい兄弟を間近にして、いよいよクリステルは困り果て、赤らめた顔がどんどん青みを帯び、紫色に近づいて行く。
「陛下、殿下、そろそろ妃殿下から離れて下さい」
ジスランの言葉はだが、麗しい兄弟には届かない。
ぼんやりと言われるクロードがするりと動く。どうやったものか、アランからクリステルを引き離している。
アランの眉間に深い皺が刻まれる。フレデリクは穏やかな笑みのまま、瞳に剣呑な光が宿る。
「クリステル妃殿下が本当にお困りです」
そう言ったクロードの視線の先には、ようやくうつくしい兄弟から離れられ息を吹き返すクリステルがいる。
(ああ! たとえ国王陛下であろうとも、王弟殿下であろうとも、クリステル妃に仇なす者には毅然と対されるのですね! 素晴らしくてよ、将軍!)
華やかで場の視線を掻っ攫うアルレットは、捨て置かれる経験は少ない。だが、たまらなく高揚するこの場所において、その存在を忘れ去られていてもまったくもって気にならなかった。むしろいろいろ考えることができて好都合ですらある。
バダンテール宮廷で活き活きと活動し始めたアルレットを、バルバストルの貴族子息が訪ねてきた。
「ごきげんよう、ラシュレー侯爵子息ランベールさま。バダンテールにおいても交易をなさいますのね」
高位貴族の次男であるランベールは商才があり、帝国に留まらず様々な国へ赴くと聞いている。
褐色の髪、濃い緑色の瞳をした感じがいいが、どちらかと言えば地味な容貌の持ち主だ。
ランベールと話すうち、アルレットは彼がバダンテール王妃は帝国の美姫をいいように利用しているという噂がバルバストル帝国でまことしやかに囁かれ、それを心配して訪ねてきたのだと知る。
「違いましてよ。クリステル妃殿下はすばらしいお方ですわ」
「では、その、」
ランベールは言いにくそうに、バダンテール宮廷の才能豊かで麗しい男性たちに、自分こそが囲まれたいのかという趣旨のことを尋ねた。
「クリステル妃殿下の立場に成り代わりたいのでしょうか?」
「それも違いますわ。わたくし、自分の居場所を見つけてしまったのです」
わななく唇。紅潮する頬。潤む瞳でランベールを見上げる。
初々しい。
アルレットの姿を見て恍惚となるランベールは、なんでもいいから彼女の願いを叶えたいとすら思う。
帝国の花、帝国の叡智とうたわれた美姫である。
うつくしくそれでいて冷静、落ち着いて社交界を渡るアルレットをして、ここまで激情の渦の中に叩き込む。これほどまでに胸が高ぶるがあまり感情を乱されることはついぞない。
(恐ろしい! 怖ろしくてよ、バダンテール宮廷! いえ、クリステル妃と妃殿下を取り巻くうつくしくも才長けた殿方たち! わたくし、胸が高鳴りすぎて、どうかなってしまうのではないかしら!)
この間、約三秒。会話のなかでは少々長い間だが、たおやかな笑みを保ったままである。もちろん、本音は括弧内に押し込み、ランベールに切々と告げる。
自分の居場所はここであること、とても居心地が良いことを。
「クリステル妃殿下のお側にいて支えることこそが我が喜び。とてもやり甲斐を感じておりますのよ。なにより、わたくし、クリステル妃殿下の麗しい(殿方たちが相争う)日々を拝見しているのが楽しいのですわ。わたくしは妃殿下を信奉する方のだれかと添い遂げたいとは思いません」
アルレットは毅然と言い切った。括弧内に本音を隠して。
帝国で大切に育てられてきたアルレットは、齢十八にして、すでにこの世の富も恋愛遊戯も存分に楽しんだ。
「正直に申しますと、わたくし、あなたさまのような方といっしょになりたいですわ。あなたさまでしたら、わたくしだけを見て大切にしてくださいますでしょう?」
それはまるで、自分に目を向けない者には興味がないというようにも受け取れた。
「もちろんです。ただひとりあなたさまを愛し、大切にいたします」
あちこちを飛び回る商人であり、ひと財産なしている侯爵子息はアルレットの思いがけない言葉に舞い上がってプロポーズする。
アルレットは悠然と差し出される愛を受け取る。
さて、ランベールはバダンテールの商人であるジュストと親交がある。
アルレットがバダンテールに長期滞在を希望していると聞き、土地の購入と館の建設を着手する。ジュストから紹介されたトマが工人を応援に向かわせる。
噂に名高いバダンテールの国王や王弟だけでなく、王妃が取り立てたジュストやトマもまた、素晴らしい人物だ。ランベールは改めて、クリステル妃の慧眼さ、そして彼女に着目したアルレットに感心する。
なお、トマも応援に行ったと聞いたクリステルが、「まだ現場作業をなさっているのね、素晴らしいことね」とほめたことを受け、クロードが自分の袖をまくって腕を見せたりなどするひと幕があった。それを目の当たりにしたアルレットが大いに喜んだのは言うまでもない。
「どうして将軍のあなたがわたくしの警護をなさるの?」
「妃殿下をお守りすることはすなわちバダンテールの平穏を維持することと同義だからです」
ぼんやりと揶揄されるクロードにしては的確なことを言ったものだ。
それらをつぶさに見つめるアルレットの目はらんらんと輝き、唇の両端が吊り上がる。
(耐えるのよ、わたくし! 微笑むのよ、あくまでうつくしく! わたくしは帝国のアルレット!)
『あかん、あかんて!』
『ねえちゃんに怠惰になってもいいっていったら、いいだけぐうたらするで!』
『朝寝坊を決め込んでご飯食べたら二度寝や! そんで昼ごはん食べたら当然昼寝するわ』
『しっかし、アルレットちゃん、ちゃっかり伴侶を見つけとるやん』
『しかも堅実路線やん。お金持ちやん』
『おまけに、バダンテールでも自分の居場所を確保しとるやん』
『しっかりした子やわ。やり手やわ』
『これ、応援いる?』
『そやな、なにがあるか分からんもんな。応援したってや!』




