番外編2.帝国の一輪華、バダンテール宮廷に着実に浸透してゆく
後世の史籍は語る。
「帝国のたぐいまれな美姫が、バダンテール宮廷に着実に浸透してゆく」
クリステル妃を取り巻く殿方たちの筆頭はやはり、夫であるバダンテール国王アラン。
太陽の光を写し取ったかのような髪、青空の瞳を持つ。晴れ渡った空を象徴するまさしく見上げるばかりの美貌だ。賢王の誉れ高い。まだ二十代半ばだが、威厳を兼ね備えている。
そして、妻をこよなく愛し、側室を持たない。
ふたつ年下の王弟フレデリク・バダンテールは同じ金髪碧眼でありながら、兄よりも癖の強い髪質をしている。前髪が少し長く、斜めに流した隙間から知性と好奇心溢れる瞳が覗く。すらりとしたしなやかな身体つきで身軽に外国へ赴く素晴らしい外交手腕を持つ。
二十代前半の王族であるというのに、まだ妻帯していない。
王妃の補佐官、ジスラン・オラールは卓越した執務能力を持ち、つめたくも繊細な美貌をしている。白い肌にホワイトブロンドとグレーの瞳とが相まって、繊細なガラス細工のようだ。クリステル王妃殿下の前では陽光に照らされたかのように、きらきらと虹色に輝く様子を見せる。
そう、彼らはクリステル妃をただ一心に敬愛しているのだ。
三人だけではない。
そのほかにも周辺諸国にその武勇轟く将軍デシャン子爵クロードは薄い金髪に明るい緑の瞳をしている。長身で恵まれた体躯は驚くほど敏捷に動くという。優れた武力を持つせいかどこか浮世離れしているとも言われる彼は、クリステル妃の命に忠実に動く。
次期財務部長官と噂される新進気鋭の商人ジュストはその情熱を表すかのような燃える赤毛だ。その立場にあるにもかかわらず、人好きがする彼は多くの賛同者を得ているという。手腕をいかんなく発揮し、バダンテールの国庫を富ませている。
優れた建築家のトマという男性もいる。少々クリステル妃とは歳が離れているが、大人の魅力がある。経験豊富で現場の意見を汲みながら素晴らしい速度で完成度の高い建設工事を行う。一度目の結婚が失敗に終わったものの、すぐに彼の妻になりたいという者たちが列をなしているという。
容姿も立場も多様な者たちは、埋もれていた才能を見出し、困難から救い出したクリステル妃を、彼らは心から崇拝している。
アルレットはバダンテール王妃主催の茶会に出席し、招待客と和やかに会話しながら婉然と微笑んだ。
柔らかに降り注ぐ陽光を浴び、ローズブロンドが艶やかに輝く。白い肌はまるで脚光を浴びるかのようにほのかに光をまとっている。
バダンテール世継ぎ誕生の祝賀会に出席後、降るほどにも届けられた招待状に見向きもしなかったアルレットではあるが、クリステル妃の招待ばかりは受けずにいられなかった。
むしろ、よくぞ招待してくださいましたとばかりに、浮き浮きとやって来た。
アルレットの期待通り、忙しい執務の合間を縫って、アランとフレデリクも顔を見せた。
麗しい王族の登場に茶会出席者から声なき歓声が上がる。国王夫妻の前ではしたない真似をする者はさすがにいない。
アルレットもまた、本音を括弧内に押し隠して優雅に笑んでいた。
(素晴らしくてよ! 素晴らしくてよ! わたくし、心の底から楽しくてよ。桁外れのうつくしさを誇る殿方たちが! 才長ける者たちが! ひとりの女性をめぐって相争う! たまらないわ!)
「これだけうつくしい花々が揃っているのですから、兄上もひとつ手折られればよろしいのに」
「わたしにはすでにうつくしいだけでなく芳しい花が手に入っているからね。君の方こそ、一輪なりとも手にし、王室に彩を増やしてはどうだい?」
麗しい兄弟の会話のように見える。現に、花に例えられた貴婦人たちはそわそわする。
けれど、アルレットには分かる。
フレデリクは兄に側室を勧め、アランは自分にはすでに妻がいるとし、返す刀で王族の義務である結婚を求めたのだ。
「確かに義姉上はうつくしくも芳しい花の中の花のような方ではありますが」
「そうだろう? 人目を惹くだけでなく、香りでも呼び寄せてしまう」
「まあ」
クリステル妃を称賛する点では息が合う兄弟に、当の本人は困った風情を見せる。
アルレットは大国の王室に生まれてきたから、おべっかを常に聞いてきた。おもねる者たちはそうする理由がある。だから、発言者の嘘を見抜こうとしてきた。
そんなアルレットはアランやフレデリクがクリステルに対して行う称賛は心からのものであると察した。しかも、クリステルの戸惑いも本物だ。
(おいしい。なんて、おいしい状況なの)
麗しい兄弟の言葉を持て余したかのように、クリステルは補佐官に視線を向ける。
「ジスラン卿はいかが? フレデリク殿下のおっしゃるとおり、うつくしい方々がいらしてよ?」
クリステルの発言で、アルレットはこの茶会が独身者へのお見合いじみた意味合いを持っているのだと悟った。
だが、当のジスランはしらりと返す。
「そうでしょうか? わたしには妃殿下こそがおうつくしいと存じますが」
大勢の中でいちばんクリステルがうつくしいのではない。クリステル「だけ」がうつくしいと言った。
(まあぁぁぁぁ! なんて突き抜けておいでなの! 素晴らしくてよ!)
アルレットは心の叫びを括弧内にひた隠し、優雅な所作で茶を飲む。
「クロード卿は———。ちょっと、あなた、お腹が空いているの?」
武勇の誉れ高いクロードは次々に軽食の皿を空にしている。
「つい今しがたまで訓練所におりましたもので」
「あら、それでなのかしら。御髪が乱れていてよ」
王妃主催の茶会に出席するというのに、直前まで激しい運動をしていたという。だが、クリステルは怒るどころか呆れることもなく、笑って手を伸ばしてクロードの髪を整えようとした。だが、上手くいかず、見かねた侍女が進み出て代わる。
クロードは目を伏せ、ほほを染める。長身で恵まれた体躯を縮めて恥ずかし気な風情を見せ、微笑ましい。
だが。
アランの、フレデリクの、そしてジスランの目が尖る。白々とした、というよりも絶対零度の冷たさを発する。
(ああ! うつくしい殿方たちの嫉妬! そして、クリステル妃はわずかばかりもお分かりでない!)
ティーカップを持つ手が震える。
(このわたくし、アルレットが。バルバストルの一輪華とまで言われたわたくしをこんなに動揺させるなんて。恐ろしくてよ、怖ろしくてよ、バダンテール宮廷! なんて素晴らしい環境なのかしら!)
アルレットは内心で身もだえする。当然、佇まいはあくまでうつくしく。うっすらとした王族の微笑は標準装備だ。心の叫びはすべて、括弧内に閉じ込める。
初めて知る名状しがたい感覚に、胸を打ち震わせる。
この胸の高鳴り。
甘美さをぎゅっと嚙みしめ堪える。
嚙み殺そうにも、あまりに味わい深すぎて口の端から思わず笑みがこぼれる。
アルレットは今、生まれて初めての激流のような感情に翻弄されていた。
「フレデリク、君の前髪は長すぎるんじゃないか? ちょっと癖が目立ってしまうな」
「これが案外好評なんですよ、兄上。ジスラン卿こそ、麗しい容姿だから髪を伸ばしておられたら女性と見紛うほどですね」
「手入れは欠かさず行っています」
クロードからクリステルの意識を逸らそうとアランが言い、フレデリクは穏やかな中にも挑戦的な笑みを浮かべて矛先をずらし、ジスランは髪を乱したまま茶会に出席した者へと視線を移す。
(素晴らしい連係プレー! いがみ合っているというのに、クリステル妃の意識が誰かに集中するのを阻止するのには手を取り合われるのね!)
アルレットはこの上なく茶会を楽しんでいた。
『なんかな、「イケメンたちがひとりの女性を取り合う」っちゅうのが醍醐味やろう!ってのでアルレットちゃんが出てきよったんやって』
『いっしょに「いやーん! きゅんきゅんしますわあ」ってなるか、「あ、はい、ソウデスネ」ってなって、楽しんでや!』
『しっかし、それにしても、濃いキャラやなあ』
『味わいってなんやねん』
『萌え? 萌えなん? あれ、それ、もう古いんか?』
『今は推し? それももう古い? ええい、分からんわ!』
『まあ、ええわ。面白いと思ったらポチっと評価、いいねしたってや!』




