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本日、二回目の投稿です。
ご注意ください。
いつの間にか、国王の話は終わり、歓談の時間となっていた。
宝珠が選定するまで、王太子が招待された貴族の令嬢と話をするのだという。間を持たせるというところか。きっと、先ほど噂されていた次期王妃候補の令嬢たちと歓談しているのだろう。
クリステルはどこか目立たないところに行くか、いっそバルコニーにでも出ていようと思った。けれど、遅かった。
「失礼、あなたはどちらの御令嬢でしょうか?」
まだ十代後半である王太子は優秀だという噂だ。貴族名鑑は頭に入っているだろうが、さすがにその娘たちのことは知らない。公爵や侯爵といった上位貴族の令嬢に身分順に声をかけられたのは、従者が口添えし誘導したからだ。
お付きの者が有能だと主の面目が立つ。さすがに伯爵令嬢の名前は知らないらしく、王太子はそんな風にクリステルに声をかけてきた。
淑女の礼を取りながら、失礼にならない程度に視線を外す。
「カバネル伯爵家のクリステルと申します」
うつむき加減にして顔を見られないように、印象に残らないようにしていたというのに、王太子はとんでもないことを言い出す。
「そうでしたか。ああ、曲が始まった。一曲、躍って頂けませんか?」
「いえ、わたくしは、」
とっさに病弱設定で断ろうとした。
いつもこの手で社交界を切り抜けてきたのだ。いわばクリステルの十八番、得意技であった。社交界にあまり顔を出さないのもこの設定のお陰である。
しかし、王太子が差し伸べてきた手がクリステルの指先に触れた。
その際、どうしたことか、王太子が目を見開いた。
なにがあったのか、クリステルにもすぐにわかった。例の「へんな訛りのおっさんの声」が答えたのだ。
『お、にいちゃんも聞こえるんか? あんたら、相性がええんと違うか!』
よ・け・い・な・こ・と・を・い・う・な!!!
クリステルは心の中で盛大に叫んだ。
まかり間違って、王妃なんかに選ばれた日には、「ふさわしい教育」とやらを詰め込まれるに決まっている。望むのんびりライフとは真逆の世界だ。しかも、貴婦人たちのドロドロの世界に足を突っ込むどころか、首までどっぷりつかる羽目になるのだ。
絶対に嫌だ。
しかし、クリステルの最悪の予想は当たった。
王太子は貴族的な微笑が居並ぶ中、作り顔の下で、妙な表情をする令嬢が気にかかった。
興味を惹かれ彼女に近寄った。ふとした拍子に触れたとき、なんと、宝珠の声を聞いたのだ。
これは天啓以外のなにものではない。
そう考えた王太子はすぐさま父王の下に向かい、自分はカバネル伯爵令嬢クリステルと結婚すると宣言したのだ。
一方、クリステルは宝珠の声を聞き、雷に打たれたようにびくりと大きく身体を震わせた王太子を見て、これは大変なことになったと青ざめた。
完ぺきな王太子がめずらしく取り繕う余裕もなく、ここでしばらく待っているように言って行ってしまった。
もはや是非もないと思い、「宝珠の次期王妃選定」が終了する前に逃げ出そうとした。家に戻ってベッドにもぐりこんで不治の病になった設定で押し通そうと思った。
事実、クリステルはそれで前の婚約を解消されたのだ。
いける! これしかない!
もちろん、クリステルとて王室に代々伝えられた聖なる宝珠の声を聞く、などというとんでもないできごとが起こってしまったのだから、それで通用するとは思わない。
だが、「訛りのきついおっさんの声」が宝珠だというのは証明できないではないか。
うん、本人が主張しているだけ。
わたしは幻聴を聞いた。たまたまわたしの手に触れた王太子もその幻聴に巻き込まれただけ。
そのクリステルの主張はまったく取り上げられなかった。
王宮を足早に立ち去ろうとするクリステルを、侍従が押しとどめる。
そうこうするうち、国王に宣言されてしまった。
「宝珠が次期王妃を選定した! カバネル伯爵令嬢クリステルをこれに!」
王太子の侍従に背中を押されるようにして、前へ押し出された。
そこからのことはほとんど覚えていない。
あまりのことに、クリステルは白目をむくのをこらえるのが精いっぱいだったのだ。
いつの間にか、「宝珠の次期王妃選定」は終了していた。
次期王妃とは?
クリステルだ。
なんでだ!
意気消沈してがっくり肩を落として馬車へ向かおうとするクリステルはそのまま帰宅することはできなかった。侍従に捕まって王太子の下に連れていかれたのだ。
逃げられなかった。彼女は思わず舌打ちをしそうになって礼儀作法を思い出す。淑女は舌打ちなどしないのだ。
ちっ(エア舌打ち)。
案内された部屋は豪奢に飾り付けられており、王太子とともに宝珠が待っていた。
『おおー、ねえちゃん、来たか! はよう、こいつらに、聞かせたってや!』
「ちっ」
しまった、エア舌打ちではなく実際にやってしまった。ついうっかり、お前のせいでという心情が漏れ出た。
クリステルは猫をかぶり直しつつ、回れ右して帰りたい気持ちでいっぱいだった。
「カバネル伯爵令嬢、こちらへ」
愛想笑いを浮かべるクリステルが扉近くから動かないものだから、近寄って来て手を握る。
もちろん、宝珠の声を聞くためだ。
まあ、そうなりますよね。
そのために呼ばれたのだ。
それにしても、宝珠の声は威厳もへったくれもない。「訛りのきついおっさんの声」だ。
そして、宝珠は語り始める。
迫りくる「世界の終わり」を。
世界を滅ぼす魔王が出現するのだという。
いや、めっちゃ、大ごとですやん!(うつった)
そんなことに巻き込まれるなんて!
クリステルはそこで気を失った。
目を覚ましてから、家とは違う立派な天蓋付きのベッドでクリステルは歯噛みした。
できれば、もっと早く気を失いたかった。
王太子にばれる前に、そうしておけばよかった。
貴婦人の必殺技、人事不省、別名・気絶。
なぜ、身に付けておかなかったのか。自在に気絶する方法を!
さて、クリステルが危惧したほど、面倒にはならなかった。なぜなら、もろもろのことはすべて王太子が手配し、処理してくれたからだ。
さらには、国王夫妻と相談し、宝珠はありがたい御宣託を下さるものの、「訛りのきついおっさんの声」は少々威厳に欠けるため、クリステルに触れていると聞こえるというのは秘密にしておこうということになった。
「こういうのはありがたみというものが必要だからね」
そう言ってほほ笑んだきらきらしい顔が寝起きにまぶしかった。
なんて有能!
こんなに素晴らしい後継者がいて、王国の未来は安泰だ。
できれば、ふさわしい王妃が隣に立つと良い。
それにはきっと、「へんな訛りのおっさんの喋り」をする宝珠の声が聞こえなくても十分だ。
次期王妃選定の有力候補であったブロンデル侯爵令嬢フェリシーの名前をさりげなく挙げてみる。
婉曲に王太子にそう伝えたのだが、「へんな訛りのおっさんの喋り」とあっけにとられた顔で繰り返したあと、吹き出した。
いや、そこの部分だけ取り上げないで。重要なのは違うところだから!
そう、問題は魔王の出現というとんでもない未来の予言だ。
「それを阻止するために君という存在が、まさしく今現れたのかもしれないね」
王太子が輝く目で見てくる。
あまりの純粋さにとっさに視線をそらした先に宝珠が鎮座する。
『いや、それはないな』
巻き込んだお前が言うな。