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「元ぐうたら令嬢のいやいや王妃生活記」を書きなおしました。
初めから変更点があるので、一度読んだという方も最初から読み直していただければ幸いです。
※人物紹介を下に入れました。
『なんせ、急すぎる。わしにも予見できんかったんやから、妖精の悪戯で間違いないわ。とっちめたらすぐに回復する方法を言うやろう。でも、問題はどうやって妖精を掴まえるかや。逃げこんだ妖精の国は、妖精の方位磁石がなかったら見つからん』
予言できなかったのだから、せめて治癒方法を教えろと迫るクリステルに、倒れたことを心配していた宝珠は無事を喜ぶ暇もなくせっせと答える。いつ、金づちや鉈が飛んでくるか分からない。
「どんなものなの?」
宝珠は繊細な細工ものだと事細かに形を伝えた。
『まあなあ、妖精の方位磁石なんていうもんなんて、そんじょそこらで手に入らんからなあ』
「あ、それ、トマからもらったわ。工事中の土壌から出てきたって」
『持っとんのかーい! いや、ねえちゃん、ほんま持ってるな!』
「きつい訛だけでもうんざりなのに、今度はおっさんの冗句?」
ジスランさながらの冷たい視線に『ちゃうわ! たまたまや!』と宝珠が言い返す。
『でも、とんでもない値打ちのものやで。妖精の国へ導いたら砕け散るんやけど、ええの?』
そこで、クリステルは「こんな繊細なものは俺には似つかわしくない。だが、王妃殿下ならば似合うでしょう」と言っていたトマを思い出す。
「だったら、聞いてみるわ」
急いでトマと面会をすると、国を救うことになるのだからと快諾した。
「もともと、妃殿下に献上したものでございます。有効活用してくださるのであれば、本望です」
『よっしゃ! クロードなら妖精の国へも行けるんちゃうか?』
「ちゃうかって、適当な!」
憤りながらもクリステルはすぐさま動いた。
宝珠が示した先は外国なのでフレデリクに先方に話を通しておくよう依頼する。ジスランとジュストには通行証の発行や旅の手筈をすみやかに整えるよう命じた。
王妃の重鎮たちは迅速に動いた。
彼らの瞼の裏には、涙ながらにアランを助けてと懇願するクリステルの姿が焼き付いている。
恋敵に塩を送るのではなく、愛しいひとの大切な人間を助けるために、彼らは奮闘した。
そして、かつてぼんやりと称せられたデシャン子爵クロードは、今や優れた武術の才をいかんなく発揮した。
「妃殿下、こちらが悪戯をした妖精にございます」
帰還したクロードは砂ぼこりまみれの姿で王妃にひざまずきながら、満面の笑みを浮かべた。帰りを待ちわびていた王妃の重鎮たちは、押しも押されぬ将軍をこれほどまでに汚れさせるとは、と妖精の恐ろしさに震え上がる。
一方、クリステルはクロードの差し出す革袋がぽこぽこ動き変形するのがうす気味悪くて仕方がない。
「ク、クロード、あなた、妖精本人を連れてきたとおっしゃるの?」
「はい。とにかく生意気———こまっしゃくれ———元気いっぱいでしたので、陛下の御下へお連れしようと愚考いたしました」
「と、とにかく、あなたは怪我はございませんの?」
汚れているが、怪我や捻挫、骨折している風には見えない。
クロードはクリステルが自分のことを心配してくれたことに感激で胸がいっぱいになる。
「さすがは、デシャン将軍。偉業を成し遂げられました!」
呆気に取られて眺めていたジスランは我に返って宣言する。難しい任務を遂行したのだから、盛大に労う必要がある。
「まことに、素晴らしきこと。よくぞやってのけてくれました」
「は! このクロード、クリステル妃の御為ならば山を穿ち、湖をも乾してみせましょう」
あなたのためならばどんな困難でも乗り越えて見せましょう、という修辞ではあるが、妖精などという不可思議な存在を捕縛したクロードならばやりかねない。クリステルは内心、冷や汗をかく。やだ、地形が変わったら植生や気候に影響が出て大事だわ。
クリステルはクロードにそのまま妖精を宝珠のもとへ連れて行くように指示する。なんのことはない、ぽこぽこ動く革袋に触れたくなかったのだ。なにかの拍子に飛び出て来たら恐ろしいではないか。
『おお、悪戯妖精を引っ捕まえてきたんか! さすがやな!』
宝珠はクロードが部屋に足を踏み入れたとたん、動く革袋のなかに妖精がいると見破った。
「では、宝珠さま、妖精に陛下への悪戯を取り下げるよう、交渉していただけますでしょうか?」
『悪戯を取り下げるて! 悪戯ってそういうもんやっけ?』
ジスランの言葉に宝珠が返すが、その声は届かないのだから、返答はない。
『ねえちゃん、通訳したってや! それか、みんなで輪になって手でも握る? いや、あかんか。みんながねえちゃんに触れておかんといかんのかな』
「そんなこと、どうでもいいから、早く妖精と交渉してちょうだい」
クリステルはばっさり切って捨てると、『なんや冷たいなあ』という宝珠の言葉に耳を貸さずに「クロード、妖精をこれへ」と言いながら場所を開ける。それは不測の事態に応えるためでもあった。妖精が飛び出して来ては大変だ。
クリステルはクロードが革袋の口を開けたとたん、妖精が出てくる、というのを想定していた。だが、現実は少し違った。
「は!」
クロードは革袋を持つのとは逆の手をなかに突っ込んだ。そして、その手が妖精を取り出す。クロードの手はむんずと妖精を掴まえていた。
「なに、これ、ちっさいおっさん?」
クロードが革袋から掴み出したのはてのひらに乗るほどの大きさの人の姿をしていた。
「なんや、お前ら! やんのか、コラ! かかってこいやあ!」
「へんな訛りを喋るちっさいおっさん」だった。
クロードに掴まれているから移動はできず、顔を真っ赤にして手足をばたばたさせている。
「どうしてなのよ! 答えなさい、宝珠! どうして妖精がこんなおっさんなの?! 妖精ってもっと愛らしい子供の姿をしているのではないの?」
「なんやてぇ!」
『ねえちゃん、それは偏見いうもんやで。妖精にもいろいろいるんや』
そう、妖精の類は様々だ。
「だって、これじゃあ、妖精じゃなくて妖怪じゃない!」
「お前ら、勝手に連れて来よったいうのに、なんちゅう言い草や!」
「ああ、もう、うるさい! 「訛りのきついおっさんの声」や「へんな訛りのおっさんの喋り」をやめてちょうだい! 宝珠だけでもうんざりなのに!」
『ちょ、ねえちゃん、そんなこと思ってたん? 傷つくわあ』
「は? 宝珠? なんや、お前、こんなところでなにしてるんや?」
「あら、あなた、宝珠のことをご存知なの?」
「そうやで。こいつも妖精の一種や」
「なんてこと———!」
クリステルはふらりとよろめいた。すかさずジスランとフレデリクが両脇から支える。いち早く反応したクロードは、しかし、自身の汚れ具合を思い出して伸ばした腕を下ろした。
ジュストとトマはいつにない王妃の言動に息を呑んで見守るほかなかった。
そう、クロードの帰還に際して、王妃の重鎮たちが呼び集められていた。
彼らには宝珠の声は届かない。けれど、どうしたものか、妖精の声は聞こえた。だから、王妃の言う「訛りのきついおっさんの声」や「へんな訛りのおっさんの喋り」というのがどういうことか、分かった。
さらに言えば、王妃の妖精ならば、という発言にも大いに頷くところである。
王妃の言いたい放題する様子に幻滅するどころか、「案外、言いたいことをおっしゃる方なのだな」とか「このくらい主張する方がいい」とか「妃殿下がヒステリー? はん、本物のヒステリーを散々に浴びたことがないから言えるんだ」などという感想を抱いた。なお、最後の感想は別れた妻を思い出してのことだろう。
クリステルは長椅子に横たえられながら考えずにはいられなかった。
宝珠が妖精の一種(「一種」は大変重要な部分である)だった。
クロードが見出して来た妖精は「へんな訛りのおっさんの喋り」をする「小さいおっさん」だった。
「妖精って、妖精って、みんなおっさんなの? わ、わたくしは、「訛りのきついおっさん」から逃れられないというの?!」
クリステルの悲痛な問いに答えるものはなかった。
なぜなら、宝珠と妖精は言い合いをしていたからだ。
「訛りのきついおっさんの声」で。
●人物紹介
・クリステル・バダンテール
怠惰な(元)令嬢。すべてはぐうたら生活のために。
・アラン・バダンテール
国王。眉目秀麗。
・ジスラン・オラール
王妃の有能な補佐官。繊細な美貌。
・クロード・デシャン
子爵。騎士。武術に優れ戦略にも長けている。
・ジュスト
新進気鋭の商人。
・トマ
優れた建築家。
・フレデリク
王弟。流行に敏感。




