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「元ぐうたら令嬢のいやいや王妃生活記」を書きなおしました。
初めから変更点があるので、
一度読んだという方も最初から読み直していただければ幸いです。
※人物紹介を下に入れました。
「どうしてよ?! どうしてこのことを予言しなかったのよ! 特大重要事項じゃない!」
『い、いやあ、全部が全部分かるとは限らへんのや』
「この役立たずっ!」
『むぐう』
ひどい言われようだが、さすがに宝珠も言い返せない。
王妃に良いように使われているという自覚はあったが、負い目があったので強くは言えなかった。
なにより、宝珠は孤独だった。
どれだけ話しかけても、答えが返ってくることはなかった。ときおり、宝珠に語り掛けてくる者はいても、こちらの言葉は聞こえないのでとんちんかんなやり取りとなる。
かろうじて、王国の血統を繋ぐために次期国王の伴侶を選ぶことだけはできた。
しかし、宝珠は知性と個性を持っていた。通りいっぺんの受け答えをする道具ではない。
それが、こちらの意志に対して、的確な答えが返ってくる者が現れた。
この素晴らしい人材を手放すには惜しい。
今までは丁々発止とはいかないまでも、漫才じみたやり取りを行ってきた。ここへきて、破綻が生じた。
クリステルが取り乱した通り、宝珠は重要な未来を識り、彼女に伝えることができなかったのだ。
アラン・バダンテールの発病を。
「あれかしら、はやり、あの偽聖女が怪しげな薬を飲ませたからかしら」
なお、国王が倒れたことに関与するとして偽聖女であるブロンデル侯爵令嬢を始め、侯爵とゴデルリエ公爵、アレオン伯爵も身柄を確保されている。
しかし、クリステルからしてみればそれどころではない。アランの病をなんとかしろと宝珠に詰め寄る。
散々に罵った後、彼女もまた、その場に倒れた。
『え、ねえちゃん、どうしたんや? ねえちゃーん、ねえちゃーん! おい、誰か、来てくれやー! ねえちゃんが、ねえちゃんが!』
目が覚めた寝台の上で、クリステルは懐妊を寿がれた。
そうと知ったクリステルは腹を括る。ぐうたらをかなぐり捨てて、クリステルは忙しく動いた。
まずは病床のアランを見まい、子ができたことを報告する。
アランは苦しい息の下、それでも表情を幾分明るくして懐妊を喜んだ。
「こんなときに済まない」
自分が病に倒れてもなお、この人はクリステルを気遣うのだ。
クリステルは人払いをしてアランの手を握り、真剣な表情になる。
「あなたは立派にやってきましたわ。賢王とまで称されるほどに。でも、もし、そうしたいのであれば、後のことはフレデリク殿下にお任せして、退位しても良いのではないでしょうか」
「退位を?」
奇しくも、ゴデルリエ公爵たちが画策したのと同じことを、クリステルは口にする。今や状況が様変わりした。そして、発言に込められた心情は彼らのものとはまったく異なる。
「そうですわ。わたくしとお腹の子といっしょに穏やかに暮らしましょう。あなたはもう十分に国に尽くしてきましたわ」
アランは目を細めて、それもいいな、と笑う。
クリステルはその表情を見て悟った。彼は自分の安穏とした提案には乗らないのだと。
「けれど、フレデリクと偽聖女を担ぎ上げようとした者たちは王座の簒奪を企てた。自分たちの目論見が成功した暁にはきっと奪い返されることに怯えるだろう」
いったん言葉を切ったアランに、クリステルは水差しを差し向け、飲水させる。
「だからそうされないように、わたしや君、そして我が子を亡き者にしようとする。だから、今、わたしが退位するわけにはいかないのだ」
そう言うアランの瞳には強い光が宿っていた。
まだ、子供ができなかったらなんとでもなったかもしれないが、正当な王の血を引く者は目障りだろう。いつ王位を奪い返しに来ないとも限らない。なにしろ、自分たちはそうしたのだから。
アランの言葉を聞いて、クリステルは腹を据える。
宮廷は混乱の極みにあった。
国王は病に倒れ、王妃は懐妊した。
良からぬことを考える余地を与えないように、フレデリクは柔和かつ、泰然と振る舞った。
ジスランは隅々にまで目を光らせ、クロードは反旗を翻そうとする向きがあれば直ちに鎮静に向かう。ジュストは重鎮らが動きやすいように軍資金を放出する。
そんな折、トマは王妃に呼び出された。
「このたびは、ご懐妊、おめでとうございます」
急な国王の発病には触れず、トマはただ寿いだ。
「ありがとう」
クリステルは夫が今日明日の命も怪しいというぎりぎりの縁に立たされていても、毅然と背筋を伸ばしていた。
「以前、あなたにいただいたこの方位磁石のことなんですけれど」
トマは意外なことを聞いて面食らう。この危難にあってなぜそんなものに言及するのか。
クリステルの説明を聞き、王妃が見出したほかの重鎮たちとは異なり、自分にはできることはなにもないと歯噛みしていたトマはひと筋の光を見出した。
それはバダンテールの危機を救う希望の光であった。
国王アランが病に倒れたのだからといって、早々に王弟フレデリクが次期王として即位する話が出た。
「しかし、妃殿下は懐妊なさっておられます」
面会を求めてきた臣下らに、フレデリクは不快さを漏らさないために、なみなみならぬ努力を要した。
「ならば、その御子が成人なさるまで、バダンテールをお支えせねばなりませんでしょう」
「さよう。幸いといってはなんですが、新しい聖女が神殿に認定されたとか。聖女を王妃に据えればバダンテールの新王として即位するのに、いずれからも反対する声は出ませんでしょう」
それはまだ存命の現国王を引きずり下ろすことでもあり、また、現王妃をないがしろにする発言だった。
「言葉に気をつけよ」
ふだんの柔和さをかなぐり捨てたフレデリクの声は床を打つ厳しい鞭の音のように響いた。
「ブロンデル侯爵令嬢は宝珠の声を聴くことができなかった」
「し、しかし、なにも聖女はすべからく宝珠の御声を聴くべし、というものではありませんでしょう」
「先方が自信満々で言い出したことだ。自らがなし得るとしたことすら、できなかったのだ」
苦し紛れの言葉に、フレデリクはふんと鼻を鳴らす。
「では、このまま座して待てとおっしゃるのですか?」
食い下がる臣下の言葉に答えたのはフレデリクではなかった。
「もちろん、この有事に当たり、無為な時を過ごすのは愚の骨頂です」
「ジスラン卿」
王妃の懐刀とも称される補佐官の登場に、フレデリクはわずかに目を見開く。
「ぶ、無礼だぞ! 面会中に闖入するなど!」
「失礼。国を揺るがす一大事に関することゆえ、最優先で処理すべきかと存じまして」
聞く者の熱量を奪っていく吹雪のような声に、普段、彼を下位貴族よと見下す臣下らは気圧される。
ジスランは冷たい怒りを抱えていた。今まで散々もてはやしておきながら、懐妊が判明すると同時に夫が倒れた王妃を支えることを思いつきもしないのだ。ただでさえ、重責を華奢な双肩に負わせているにもかかわらず。無能であるならば、せめて難事に邪魔することなく口を閉じていればいいものを。
ジスランの冷酷さをものともせず、フレデリクは身を乗り出す。
「陛下をお救いする手立てが見つかったのか?!」
「さようにございます。ぜひとも、王弟殿下の御力もお借りしてく、まかりこしました」
「聞こう」
フレデリクはすぐさま立ち上がって、思い出したかのように面談をしていた者たちを見渡す。
「ジスラン卿の申す通り、国家の一大事に対処せねばならん。よって、これにて失礼する」
臣下らは王弟と王妃の補佐官を苦い顔で見送るほかなかった。
●人物紹介
・クリステル・バダンテール
怠惰な(元)令嬢。すべてはぐうたら生活のために。
・アラン・バダンテール
国王。眉目秀麗。
・ジスラン・オラール
王妃の有能な補佐官。繊細な美貌。
・トマ
優れた建築家。
・フレデリク
王弟。流行に敏感。反国王派に担ぎ出されようとしている。
・ゴデルリエ
公爵。
・アレオン
伯爵。ゴデルリエ公爵の腹心。
・ブロンデル
侯爵。野心溢れる。
・フェリシー・ブロンデル
侯爵令嬢。宝珠選定の最有力候補だった。




