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※人物紹介を下に入れました。

 

 クリステルは夜会に出席するのはあまり好きではなかった。

 アランとともに出向くのであれば、どれほど装っても、隣に立つ夫のうつくしさには敵わない。かといって、ひとりで出れば、大抵の場合、一番身分が高いものだから、ひっきりなしに挨拶を受けねばならず、疲労困憊するのだ。


「とてもうつくしいよ、我が妃。あの気高き月の光よりも冴え冴えとしている。ああ、でも、あまりの麗しさに月が君を欲するがあまり、わたしの手の届かない高みにさらわれでもしたらと思うと気が気でない」

 アランは気品たっぷりの王族の微笑(ロイヤルスマイル)ではなく、純真な眼差しに熱意を籠めて言うものだから、もしかしてこの人、本当にそう思っているのかしら、やだ、感性を狂わせてしまったらどうしましょう、などといらぬ心配をする羽目になる。


「ほら、おとぎ話でよくあるじゃない? 妖精のいたずらで醜いものがうつくしく見えてしまうようになるというの」

『ねえちゃん、いい加減、にいちゃんの気持ちに応えたれや。わし、たまに涙で曇ってしまいそうになるわ』

「あら、よろしくてよ。そのまま塩水まみれでいなさいな。少しは静かになってよ」

『なんちゅう塩対応! それこそ、塩まみれやないかい!』

 そんな風に宝珠とやり取りしたものだ。


 さて、聖女の噂を浸透させ、満を持して国王夫妻を招待したゴデルリエ公爵らは、公衆の面前で宣言しようとしていた。アランはそうと察しつつ、その目論見をつぶすために招待を受けた。こちらも、大勢の前ではっきりさせようとしたのだ。


 そんなことを露知らないクリステルはきらびやかな装飾が施された夜会会場でアランのエスコートを受けていた。

 最奥の一段高くなった場所に設えられた椅子に腰かける。隣には当然のようにアランが座っている。まるで謁見の間のようだ。


「お集りのみなさま、この場をお借りしてご報告したいことがございます!」

 アレオン伯爵が高らかに声を上げる。

 みなの注目が集まったところで後ろに引き下がり、ゴデルリエ公爵が進み出る。

「今宵は我が公爵家の夜会にようこそおいでくださった。さて、この場をお借りして紹介したい方がいます。ブロンデル侯爵令嬢、これへ」


 ぱらぱらと拍手が起きる。最初は関係者たちがしたものだったが、すぐにつられて大きな音となる。居並ぶ者たちは宮廷で流れる噂からおおよその事情を察した。

 その熱意に押されるようにして、ブロンデル侯爵令嬢フェリシーはほほを上気させながら、優雅に歩み出てくる。


「ブロンデル侯爵が娘フェリシーにございます」

 たおやかなしぐさで辞儀をしてみせる。結い上げた茶色の髪から白い首が露わになっている。豪奢なドレスは瞳と同じ鮮やかな青色であちこちに宝飾がなされている。


「この令嬢こそが聖女にございます」

 衆人からざわめきが起きる。

 いつの間にかフェリシーを公爵と挟んで立つブロンデル侯爵が胸を張る。

「神殿からの認定を受けました」


 アランが口を開こうとしたが、声は隣のクリステルに遮られる形となる。

「まあ、素晴らしいことですわ」

 クリステルはなにごとが起きているのかと目を白黒させていたが、もちろん、内心のことだ。今や、アランやフレデリクほどではないが、それなりの王族の微笑(ロイヤルスマイル)を身に付けている。

 その笑みの裏でこぶしを握っていた。

 これだ! 聖女誕生。これに乗っかる!


 クロードの弟妹である侍従頭侍女頭がクリステル聖女説を拾い上げ伝えてきた。

 ただでさえ、王妃なんて重荷を背負っているのに、そんなものになりたくない!

 そう頭を抱えていたので、これで免れる!と飛びついた。

 新たな聖女が現れれば、人々の視線もそちらへ向く。自分のぐうたらへの道が開けるというものだ。


「クリステル?」

 賛同する言葉に隣のアランがけげんそうに見やって来る。それに、にっこりと笑いかける。

「ブロンデル侯爵令嬢が聖女ならば、ぜひともご側室に迎えあそばしたら?」

 クリステルが皮肉やからかいを口にしているのではないということは、結婚する前に当の本人から側室を勧められていたアランには分かっていた。

 だからこそ、血相を変えて即座に却下する。


「わたしは聖女だからあなたを妃に迎えたのではない。分かってくれ。わたしが愛しているのは、ただ君ひとりだ」

 立ち上がってクリステルの側にひざまずきその両手を取り、熱心に見上げる。


 さて、ふたりがそんなやり取りをしていたのは大勢の面前だ。夜会の出席者たちは注目するよう促されていた。

 そして、心の底から聖女誕生を(自分が聖女認定から逃れるために)祝い、なおかつ(自分の負担を少なくするために)側室に勧める王妃に、なんと私心なく国王のことを一心に思う淑女か、と驚嘆する。もちろん、人々は括弧内のクリステルの事情を知らない。


 さらには、賢王と称されるうつくしいアランが古の騎士のように貴婦人にひざまずいて愛を乞う姿に感動する。

 ふたりの姿に涙ぐむ者までいた。


 だから、国王夫妻の麗しいさまに気を取られ、ばきりというにぶい音がしたのに気づく者は少なかった。

 衆目は完全に王妃を聖女とみなし、新たな聖女はうやむやになった。ブロンデル侯爵令嬢は自分そっちのけで繰り広げられる眼前のラブシーンに、扇をへし折っていたのだ。

 そんなことは露知らぬクリステルはいっそ、宝珠の声が聞こえなくなったふりでもしようかしら、と浅薄な考えを巡らせていた。




 ひと目なりともお会いしてお詫びを申し上げたいというブロンデル侯爵令嬢の面会をアランはことごとく断った。

 ゴデルリエ公爵が口添えしようが耳を貸さない。

 だから、執務室を出たとたん、ゴデルリエ公爵と彼の後ろに立つブロンデル侯爵令嬢の姿を見た際、近衛の職務怠慢を罰することも検討した。


「面会時間をお取りすることはできないとお答えしたはずですが」

 静かな声音の根底に怒りを感じ取ったゴデルリエ公爵は後退る。代わってブロンデル侯爵令嬢が一歩前に出る。両手を組み合わせ祈るような懇願する風情だ。

「わたくしがどうしてもとお願いしましたの。どうか、お耳を貸してくださいませ、陛下。わたくしは真実、神殿から聖女として認められましたのです」

 眉尻を下げ、目を潤ませ、懸命に言い募るさまは健気であった。


 けれど、アランはほだされることなく、温度を感じさせない視線を向ける。

「そなたは謝罪をしたいとのことであったが、まだ言うか」

 そして、執務室の扉の両側に立つ衛兵に声を発する。

「許可していない者が紛れ込んだ。連れ出し処断せよ」

 言い捨てて、もはや用はないとばかりに歩き出す。


「そんな! 陛下! お待ちくださいませ!」

 追いすがろうとするブロンデル侯爵令嬢を、屈強な兵士が阻む。

 ゴデルリエ公爵と言えば、小娘のせいで国王に睨まれるようになったと苦虫を噛み潰さんばかりだ。


 遠ざかる背中を見ながら、ブロンデル侯爵令嬢フェリシーは絶望に目を見開く。手筈は十全に整えていた。会いさえすれば、あとはなんとでもなると思っていた。なのに、うつくしい国王の視線は冷たいものでしかなかった。

「そんな、どうして、効かなかったというの?」

 その呟きは誰に拾われることもないまま消えた。





●人物紹介

・クリステル・バダンテール

 怠惰な(元)令嬢。すべてはぐうたら生活のために。

・アラン・バダンテール

 国王。眉目秀麗。

・ゴデルリエ

 公爵。

・アレオン

 伯爵。ゴデルリエ公爵の腹心。

・ブロンデル

 侯爵。野心溢れる。

・フェリシー・ブロンデル

 侯爵令嬢。宝珠選定の最有力候補だった。



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