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※人物紹介を下に入れました。
反逆一派一網打尽の一件が落ち着いたあと、フレデリクはクリステルの口添えで外交官として着任し、仕事を教わるやいなや、目覚ましい成果を挙げた。
「すばらしい! なんと言っても多言語を自在に操るところです」
「しかも、諸外国の文化や特産品にお詳しい」
フレデリクは物心ついたときから、珍しい物、美しい物が好きだった。もっと知りたいと思ったから、いろいろ知った。学べば学ぶほど、繋がっていく知識が面白い。興味は次第に国内から飛び出て国外のことへ移った。
外交官になって良かったのは、諸外国の多くの特産品を実際に目にし、匂いをかぎ、味わうことができることだ。そして、実際に現地におもむき、詳細を知る人から話を聞くことができることだ。
彼らの語る言葉はとても面白く、興味を持って聞いたため、話す相手方も喜んだ。そして、こちらの言葉にもよくよく耳を傾けてくれる。
「フレデリク殿下は実によく勉強されておられる。我が国のことにこれほど詳しいとは嬉しい限りです」
「フレデリク殿下は実に物知りだ。とても良い情報をくださる」
「フレデリク殿下は実に話が面白い」
「フレデリク殿下は実にすばらしい気質だ」
外交官であると同時にバダンテールの王族でもあるフレデリクの評価が上がれば上がるほど、王国のそれも比例して引き上げられた。
すぐに王国内のフレデリクの地位も向上する。
それもこれも、すべて王妃のお陰である。
フレデリクは諸外国から戻った際、必ず兄嫁に土産をたずさえてきた。そして茶を飲みながら話を聞いてもらうことを好む。
「わたくし、社交が嫌いですの」
「わたしとは真逆ですね」
「ええ、ですから、フレデリク殿下には社交をお任せしたいわ」
「わたしでよろしいのですか?」
「なにをおっしゃるの。その流行に敏感かつ、貴族間でなにが好まれなにが捨て置かれるかという、取捨選択の妙技をお持ちではありませんの。わたくしには持ち得ない特技でしてよ」
「はたしてこれを、特技ととらえてもよろしいのでしょうか」
「もちろんですわ。殿下は誇るべきでしてよ。そして、陛下やわたくしを助けて下さいませ」
うつくしい兄嫁は感極まった様子で自分の手を取った。小さな柔らかい手だ。
今まで散々、はしたないと言われてきた流行の取り入れだ。表面上は甘言でおもねり、裏に回ってはあれこれ嘲られ、対処法が分からずただただ反発して虚勢を張っていた。
しかし、兄嫁は心底、それを素晴らしいという。自分には持ち得ない素晴らしい特技だと。
そして今、彼女が評価した事柄が、外交という面で成果の花を咲かせる。それが誇らしく、嬉しかった。
バダンテールの王妃は宝珠の力を借りて様々な人材を集めた。
もちろん、仕事を丸投げするためだ。
「その件については誰それに一任しておりますのよ」
「誰それが万事うまく取り計らってくれるからでしてよ」
口々にほめそやされても、そんな風に言うのは謙遜ではなく本心だ。事実であるからだ。クリステルは嘘をつくのも面倒くさがった。貴族的微笑を浮かべるので精いっぱいである。
だが、聞いた人間はなんと奥ゆかしく謙虚な女性だろうと好意を抱く。
そして、一任された者たちは得意分野でいかんなく実力を発揮した。宝珠が見出した適材適所であるからして、生き生きと取り組み、成果も出た。
当然の仕儀である。
しかし、人々はそれが王妃の差配であるとみなした。そして、その手柄を自分のものではないということに大した人物だと感心したのである。
誤解である。
誤解は誤解を呼んだ。
不遇をかこっていた者たちがやりがいをもって仕事をし、それを見出した王妃は鷹揚だ。
彼らはこぞって王妃に好意を抱いた。そろいもそろって美形であったことからも、張り合う気持ちが生まれ、それがより一層王妃への思慕へと変じた。
さらに言えば、王妃は誰にもなびかなかった。
それまで目もくれなかった者たちが手のひらを返してすり寄って来るのに、自分たちを見出した王妃は全く気のない素振りだ。逆に自分たちが気持ちをそそられた。
「一途ってねえ、実は紙一重なのでしてよ。ときに、周りが見えなくなって、ただひたすら尽くすことが目的となってしまうこともございますのよ」
『ははあ。そんなん、面倒やもんな』
にべもなく露骨である。
一途に慕う才能ある重鎮ら、そして彼らを重用しつつも決してある一線へは踏み込ませない王妃の姿勢は、火遊びをしない清廉潔白な人間だと周囲の者たちに知らしめた。
謁見を求めてきたのは前々王弟、つまりアランの大叔父であるゴデルリエ公爵であった。直前でほかにふたりの付添人がいると聞いた。
訪れたゴデルリエ公爵はブロンデル侯爵とアレオン伯爵を伴っていた。それだけでなく、もうひとり、令嬢が加わっていた。
追い返すわけにもいかず、招き入れたサロンでアランは眉をひそめた。
「————ブロンデル侯爵、それはまことか」
「このブロンデル侯爵令嬢フェリシーこそが本物の聖女にございます」
着席していたフェリシーは立ち上がり、優雅な仕草で辞儀をする。
「しかし、バダンテールの聖女は、宝珠の声を聞く我が王妃だ」
何度となく側室を持つように進言して来たブロンデル侯爵に、次はこの手で来たか、とアランは不快になる。侯爵が側室に推挙したのはブロンデル侯爵令嬢で、「本物の聖女」とやらも自身の娘だという。
「真贋を明白にすべく、宝珠の御声を賜ってみてはいかがでしょうか」
ゴデルリエ公爵は出っ張った腹をしているものだから、苦労して上半身を乗り出して見せる。
「宝珠が選定した王妃はクリステルただひとり。ならば、その声を聞くのも彼女だけだ」
アランは公爵たちの主張を退ける。
常に穏やかで公正な国王であるアランは珍しく不機嫌に面会を終わらせた。
時を同じくして宮廷にまことしやかに噂される。真実の聖女、本物の聖女が現れた、と。
聖女の要件として宝珠の声を聞くというのが挙げられるのであれば、「真実の」「本物の」という言葉は、クリステルをおとしめるものでしかない。
「その噂を振りまいているのがゴデルリエ公爵の腹心アレオン伯爵の手の者です」
「わたくしが調べたところ、ブロンデル侯爵令嬢フェリシーさまと親しくしているご令嬢がたも」
噂の出所を探らせた侍従頭と侍女頭がした報告に、アランは眉をひそめた。兄王の執務室を訪ねていたフレデリクは苦笑する。
「あからさまですね」
「それでも、信じる者が出よう。なにより、我が妃がけなされるのはわたしが我慢ならん」
「おや、そんなに感情を露わにされるなんて珍しい」
忍び笑うフレデリクに、アランは殊更唇をひん曲げて見せた。どちらも王族の微笑をかなぐり捨てた取り繕わない表情だ。ふたりはある意味恋敵であったが、ひとりの女性に心を揺さぶられるからこそ、彼女のために手を取り合えた。
「では、この夜会の招待はお受けにならないのですか?」
フレデリクはゴデルリエ公爵が催す夜会の招待状を目線の高さに掲げて見せる。
「王弟のわたしが出席するので十分事足りるかと」
「いや、せっかくのご招待だ。王妃とともに出席しよう」
アランはそう言ってにやりと笑った。
●人物紹介
・クリステル・バダンテール
怠惰な(元)令嬢。すべてはぐうたら生活のために。
・アラン・バダンテール
国王。眉目秀麗。
・フレデリク
王弟。流行に敏感。反国王派に担ぎ出されようとしている。
・ゴデルリエ
公爵。
・ブロンデル
侯爵。野心溢れる。
・フェリシー・ブロンデル
侯爵令嬢。宝珠選定の最有力候補だった。




