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※人物紹介を下に入れました。

「あなたがトマね。わたくしはクリステル・バダンテール。あなたの手腕をちっぽけな横領で邪魔し続けるのはもったいないことこの上ないわ」

 単刀直入に言う淡い金髪に茶色の瞳、白い肌をした王妃は光の中を生きているかのようだ。

 トマはまぶしげに目を細めた。

 たしか、二十歳をいくつか過ぎたくらいだと聞く。自分が結婚したとき、妻は王妃よりも歳上だった。

 上司が行き遅れになりそうな娘を押し付けてきたのだ。あんな重荷をさもすばらしい贈り物のように言い立てて恩を売り、それを盾に無理難題を押し通してきた。


 女はこりごりだ。

 元妻は金切り声でぎゃあぎゃあわめきたてて自分の主張を通し、男に寄生して楽をしようとした。他の女たちは既婚者だと知っていてもすり寄ってきた。自分の持つ金や地位に興味があったのだろう。中には見た目をしきりに褒める者もいた。

 周囲の女たちは、自分から得られるものを可能な限り引き出そうとした。


 けれど、クリステルは真逆だ。

 トマの手腕を認め、それをいかんなく発揮できることを望んだ。

 それ以上も以下もない。

 そっけないほどだ。


 なにより、自分の足で立っている。

 この若さで重圧に負けず、毅然として見えた。聞くところによると、大の男でも押しつぶされる苛烈な王妃教育を受けているのだそうだ。

 そんな女性もいるのだ。


 あのたおやかな仕草、しゃべりかたは教育の賜物たまものであり、それらは王妃としての武器であり鎧であるという。

 品があり、どこか色香がただよう。それらは、降ってわいたのではなく、努力して手に入れたものなのだ。


 クリステルもまた、要求はする。けれど、それに見合うものをこちらに寄越そうとする。

 非常に公正な取引だ。

 一方が一方をむさぼろうとしない姿勢が非常に好ましい。

 尊敬すべき相手であり、この人に仕えられることが誇りに思えた。




 無口な建築家トマは熊のように大きい身体つきをしていた。こげ茶色の髪を短く刈っている。

 クリステルの好みからは外れる。

 だから、アラン国王が新たな王妃の人材収集に探りを入れてきたのに、クリステルは気づかなかった。それよりも気がかりなことがあった。


「陛下、顔色がよろしくありませんわ。今日の予定はキャンセルして養生なさったら?」

「いや、せっかく君といっしょに過ごせる貴重な時間だ」

 なにしろ、愛しい妻は次期宰相、将軍、財務大臣、とまだそれぞれ候補に過ぎないがいずれはその地位につくだろうと将来を嘱望しょくぼうされている逸材から敬愛され、忠誠をささげられている。


 まずは、オラール男爵子息ジスラン。

 下っ端官吏で役立たずと言われていた評価をくつがえし、ぼさついた黒髪を整え、繊細な美貌びぼうをさらすと同時に、鋭い舌鋒ぜっぽうと共に他者を圧倒するようになった。執政官となり、国政の一端を担っている。


 己が外見すら武器のひとつとしかみなさない様子だが、「今のわたしがあるのは王妃殿下の教育の賜物たまもの以外のなにものでもありません」と言ってはばからない。次期宰相との声も高い、王妃の右腕である。彼女の意を汲み、王国の闇を払うと言われている。

 有能ゆえかプライドも高いが、クリステルにはほどけるように笑う。目撃した者が目を疑うと言われている。


 次に、デシャン子爵クロード。

 騎士団所属で、武術に優れ、戦略をも自在に操る。しかし、彼は病弱な家族複数をひとりでやしなっていたせいで困窮していた。その苦境から救い出し、彼がいかんなく実力を発揮できるようにしたのが王妃だ。


 順調に出世し、将軍位も視野に捉えているという。当の本人はそんなことは些末さまつなことだといわんばかりの飄々(ひょうひょう)とした風情である。武力優れた者にありがちな粗暴なところはなく、夢見がちな若い令嬢たちの心をさらっている。彼の不足部分を補うように王妃が差配し、目端の利く部下がついている。


 さらには、彼の病弱だった弟妹は今や健康となり、王妃に必要な教育をほどこされ、有能な侍従侍女として宮廷内を取り仕切っている。それゆえか、王妃の信頼厚いと言われている。


 そして、ジュスト。

 商人として若いころから活躍していたが、それに目を付けた官吏の不正に巻き込まれ、自身もあれこれ奪われて青息吐息だった。それでも、あやうい一線で綱渡り状態をなんとか保っていたのが、彼が有能たるゆえんである。補佐官に王国の闇を調べさせていた王妃によって完全に巻き込まれてしまう前に、苦境から救い出された。


 まずは搾取さくしゅされていたものを返した王妃に涙ながらに謝罪と懇願をされ、その力をいかんなく振るい、国庫を増やしている。

 溢れる熱意で他の商人を動かし、財務大臣に抜擢されるのも遠くないと噂されている。


 これだけの逸材、しかもどれも見目麗しくそろって王妃に敬愛以上の感情を向けている。

 そこへ、トマという建築家が加わったという。

 彼は既婚者だったが、その妻がひも付きとなって上司の不正のしりぬぐいを押し付けられていた。トマは気が弱いところはなく、妻の浪費や家事放棄をきつくしかり、実家に帰していたことからも、関係は破綻していたと言える。

 上司の失脚と同時に離婚は成立している。


 男に頼っているのに、立場に胡坐あぐらをかいてわめく女性から一転、重荷を背負ってなお凛と立つ王妃を目の当たりにした。

 惹かれないわけがない。

 トマは筋骨隆々のすばらしい体躯を持ち、なかなかの美丈夫だ。やや年が離れているが、その分世間慣れしていて、頼りがいがある。


 さらには、国のあちこちで仕事をする彼は、その際見つけたという見事な装飾の細工ものを王妃に献上したという。

「こんな繊細でうつくしいものは俺には似つかわしくない。だが、王妃殿下ならば似合うでしょう」

 そんな風に言ったのだという。つまりは、王妃が繊細でうつくしいと言ったも同然ではないか。クリステルは気づいていないかもしれないが、少なくとも、トマはそう思っている。

 アランは不安で仕方がなかった。

 こんなに粒ぞろいの者たちから熱望されて、心が動かない者がいるだろうか。




 懸念はほかにもある。

 弟フレデリクのことだ。


 財務部や建設工事部の不正が暴かれ、甘い汁を吸っていた者たちが王妃を恨んでいる。先だっての孤児院訪問の際に襲撃した暴漢もそういった一派だった。強硬派の一部は捕らえたが、残党が王弟を担ぎ出そうとしている。

 それもこれも、第二位王位継承権を持つからだ。


 結婚して数年経つも、いまだ王妃は懐妊かいにんの兆しを見せない。まだ若い夫婦であり、唐突に即位したこともあって、それどころではないという実情がある。にもかかわらず、周囲は無責任にあれもこれもと要求する。自分たちはなにもせず、うるさく口を出す。


「そのうち、フレデリクとも会って話をしなければ」

 弟がなにを考えどうしたいのかを確かめたい。

 気がかりはそれだけではなかった。


 アランは先だってから、続く体調不良に悩まされていた。

 王妃を見習って周囲の力を借りてなんとか国政を執り行っている。だとしても、常に重責はつきまとう。時間はいくらあっても足りない。でも、それよりなにより、妻と過ごしたい。


 よほど顔色が悪いのか、不調を悟ったクリステルは、しきりに休養を勧めてくるが、せっかくふたりで過ごせるのだ。今流行りという観劇の席を手配させていたし、贈り物も用意している。

 そう言うと、クリステルはためらった後、両手を握り合せ、まなじりを決して唇を開いた。

「わたくし、陛下に告白しなければならないことがございます」

 アランは固まった。

 もし。

 もし、あの美々しくも才能あふれる男たちのいずれかに恋していると言われたら。

 どうすれば良いのか。




●人物紹介

・クリステル・バダンテール

 怠惰な(元)令嬢。すべてはぐうたら生活のために。

・アラン・バダンテール

 国王。眉目秀麗。

・ジスラン・オラール

 王妃の有能な補佐官。繊細な美貌。

・クロード・デシャン

 子爵。騎士。武術に優れ戦略にも長けている。

・ジュスト

 新進気鋭の商人。次期財務大臣のポストを約束されているとの噂。

・トマ

 優れた建築家。仕事ができない上司に押し付けられた娘と離婚した。

・フレデリク

 王弟。反国王派に担ぎ出されようとしている。


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