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※人物紹介を下に入れました。
結局、あたふたし、言い訳するだけの上司を他所に、トマが調べたところ、新しい調達先はのんきなもので、一定水準に至らないので作り直すから、納期を伸ばしてほしいという返答を寄越した。
調達先を変えた張本人である上司はそれでは困るとトマに言った。
「直接先方へ言ってください」
「それは君の仕事だ」
「しかし、調達先を変えたのは俺じゃないので」
せめて事前に説明や相談があれば違った。それすらせず、直近で決まったことだと告げられただけだ。対処のしようもない。
「なんて無責任な!」
お前が言うな。
結局、その工事は大幅に工期が遅れた。
「さて、トマ君。この大失態の責任をどう取る気だね?」
呼び出されたトマは上司からそう言われ、絶句する。
「俺の責任もなにも。急きょ強引に変更した調達先が数を揃えられないと勝手に納期を遅らせたからです」
「いかん、いかんなあ。そうやって人に責任をなすりつけているようじゃあ、一人前とは言えんよ」
だから、それはあんたのことだ。
トマはそれを精いっぱい丁寧に話した。
「君はまだそうやって責任逃れをするつもりかね」
そう言って、上司は大げさにため息をついた。そして、肩をすくめて首を左右に振る。芝居がかった仕草に腹が立つよりも吹き出すのをこらえるのが大変だった。
なんだ、この生き物は。
「そんな風だから、妻にも逃げられるのだよ。一度は寄り添ったのだから、きちんと向き合い、家庭を築いて行かなくてはいかん」
「それをしなかったのは妻の方です」
トマは決して弱気でも反論しないのでもない。ただ、相手が聞く耳を持たないだけだ。自分の都合の良いことにしか耳を貸さない。だから、意思疎通ができない。
「さて、次の工程だが、調達先がね、先だってのことで全ての在庫品を調査すると言ってくれているのだよ。しっかりしたところだろう?」
さも、自分は誠実な調達先を見つけてきたのだと言わんばかりだ。その調達先のせいで工期が遅れたのだというのに。
「だからね、今回は別の調達先を見つけて来てくれ」
「なっ!」
あまりのことに、トマは言葉を失う。今言われてすぐに調達先が見つかるわけがない。次の工事はもうすぐ始まる。工程は大分前から決まっているのだ。工事が始まる直前に資材調達をするなんて、馬鹿な話があるか。
「もちろん、無理を言っているのは承知だ。だから、以前の調達先を頼るのも良いだろう」
今回だけは認めてやろう、と鷹揚に言う。
「馬鹿かあんたは!」
とうとう、トマは爆発した。
「なっ!」
今度は、上司が言葉を失った。
「今までの付き合いを急に断ち切った取引先を頼れだあ? そんなこと向こうが飲むなんて本当に思っているのかよ! しかも、工事開始の直前に調達先を探すなんざ、馬鹿の極みだ!」
「なんていう口の利き方だ!」
「口の利き方の前に、建築工事のイロハをまずは学んできな!」
上司と盛大にやり合ったトマはふたたび彼の失態のツケを払わされそうになっていた。
窮地に立たされたトマは部下たちの不安げな、あるいは気遣わしげな視線すらわずらわしく思え、自ら街へ下りて商人の間を回った。
当然のことながら、ことごとく断られ続けた。
「ぜひ、この方をおたずねなさい」
断りつつもそう紹介してきた商人の下へと向かう。
そこは立派な建物で、トマは腰が引けた。要件を伝えただけで追い払われるのではないかという危惧を他所に、奥に通され、茶まで出た。
「お待たせしました」
茶をひと口ふた口飲んだところで赤毛の身長の低い若い男が入って来る。
「ジュストです」
名乗った商人にトマはあんぐりと口を開けた。
新進気鋭の商人は王室御用達で、次期財務大臣のポストを約束されていると噂の人物の名前だった。
「いや、紹介されてうかがったんですが、どうも、なにかの間違いだったようです」
そう言って立ち去ろうとするのを引き留める。
ジュストは弁舌さわやかで、あれよあれよという間にトマから話を引き出していく。
「なるほど。それはお困りですね。僕はこう見えて、実は王宮との取引も行っています」
「知っています」
トマがそう言うと、ジュストはぱっと笑った。辺りを明るくするような笑みに、トマもなんとなく気持ちが軽くなる。
「ならば話は早い。トマさんが担っている仕事は王宮にとっても重要な案件です。ぜひ協力させてください」
「え、いいんですか?」
「もちろん。実は僕は結構顔が広いんです」
「知っています」
「さすがは、トマさん。資材調達の分野でも詳しいんですね」
ジュストもまた、トマのことを知っているのかもしれない。商人の中でも最も有望視されている男だ。さぞ、情報収集能力に長けていることだろう。
そして、噂に違わず、素晴らしい手腕で、ジュストは短期間で資材をそろえて納品してくれた。
「全て納めることが出来たらよかったんですが、まずは少しずつ」
「いや、ありがたい。工事もいっぺんに全部の資材を使うこともないからな」
ジュストはトマと相談し、工程に沿ってそのときそとのきに必要な資材を順々に送り込んだ。あちこちの商人たちに声をかけ、魔法でも使ったかのように、必要な物品をそろえた。トマが頭を下げてもにべもなく断った商人たちはジュストの呼びかけに快く応えた。常日頃の付き合い、信頼度合いの違いというものはこういうときに明らかになる。つまり、ジュストは商人たちからこの男のためならば、と思い定められた人物だということだ。
トマはジュストに敬意を抱かずにはいられなかった。一朝一夕で持ち得るものではないし、そんじょそこらの風采が良い、あるいは地位財産があるだけでは到達できない域である。
そうして、奇跡的に工期を間に合わせることができた。
「どうしてここまでしてくれたんだ?」
「初めてお会いしたときに言いましたが、同じ王宮に仕える者として手伝えることがあれば協力したいと思ったまでです」
ジュストは語る。実は王妃からトマの苦境を聞き、助けてやってほしいと口添えされたのだという。
「ああ、なるほど。あんたは王妃に助けられたんだったな」
ならば、面識もない畑違いの一介の工人を助けようという気にもなる。ジュストの王妃への傾倒ぶりは有名だったから。
ジュストだけではない。王妃は数多の者を助け、手を差し伸べられた彼らはことごとく、それぞれの分野で能力を発揮し、要衝に就かんとしている。
うがった見方をすれば、王妃は埋もれた才能を見出し、活躍の場を与えている。人間離れした出来事だが、王妃はかの国宝「宝珠」の声を聞くという。あながち、眉唾ものでもないかもしれない、とトマは考えた。
「そうです。あの方は自分の手柄を僕のものにされてしまいました。本業を続けられるかどうかどころか、生きて行くのもままならないような状況から救い出してくれた上、次期財務大臣のポストまで用意して下さったのです」
「そりゃあすごいな」
「あなたのことをご存知だったというのはおそらく、宝珠の御宣託によるものでしょう」
だから、近いうちにトマのところへも話があるだろうというジュストの言葉を、話半分に聞いていた。
王妃など、雲の上の存在だったからである。
●人物紹介
・トマ
優れた工人。仕事ができない上司の娘を妻に押し付けられた。
・ジュスト
新進気鋭の商人。次期財務大臣のポストを約束されているとの噂。




