遅すぎた気付きの果てに
短編「遅すぎた気付きの果てに」の内容そのままです。
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遅すぎた気付きの果てに
余はグラキス・ウォード・ルーガンダリア。ルーガンダリア王朝第四代である。
余の王国は今空前絶後の危機に瀕している。
最大派閥の貴族の後ろ盾を無くしてからというもの、王都には異様な空気が流れていた。城下にあった活気は低迷し、余への謁見が著しく減ったのだ。
数年前は予約を入れてから謁見までに至る時間は最短でも五日待ちという状態であると、宰相から聞いていた。それも今では矜恃からわざと遅らせても二日が限度という。そもそも謁見自体が少ない。
税は諸貴族から徴収したばかりだというのに、先行きが怪しいという報告を聞いた。城下の民から徴収する税の増額について、宰相から相談されたが却下したところだ。これ以上民から取り上げたら、我が民は……。
「グラキス王、もう一度貴族総会を致しましょう」
「そうして、税を集めるつもりか? どうやって説得するつもりなのだ。最早動かぬぞ、貴族のほとんどはガンフォールへ降った。余にはもう説得の材料すら見いだせんぞ」
愚息の不義理による貴族離散。忠義の貴族を裏切った代償はあまりにも大き過ぎた。
物流のほとんどは南から、つまりガンフォール公爵家から入ってきていた。商人が行き交い、賑わっていた城下も今は南門付近からスラムが広がっている。出入りが少ない事を意味していた。東西はほぼガンフォール家の傘下にある貴族家だ、期待は出来ない。北のリーゼンフォール公爵家とソランダリア辺境伯家が頼りだ。彼らが後ろ盾となったおかげで、まだ余の派閥は保てている。
しかし、息子の第一王子フェリキスに与する派閥が王城内では大きな顔をして歩いているのが現状だ。家族間で派閥が分散している今の状況は非常にまずい。いつ寝首を搔かれるのか分からないのだ。いつの間にか余の近衛の顔ぶれが代わっていてもおかしくない。人事を握られる訳にはいかぬと、今宰相と念入りに見張っているところである。そんな暇はないというのに……。
「しかし我が君、これでは王国は立行きませぬ」
「わかっておる、わかっておるが……」
余の専属諜報機関『スイセン』によれば、優秀な人材のほとんどはもう王城勤務から離れているという。なんという事だ。
諜報機関『スイセン』
近衛騎士団『ムスカリ』
暗部『ペンタス』
余が動かせる信の厚い人材がこれだけだ。ほとんど何もできないに等しい。しかし、足掻かないわけにもいくまい。最近一人の『ペンタス』がこの世を去った。激闘の末、一人で二十の暗殺者を仕留めたという。出処はわかっていない。損失はあまりにも……。だが、あの日から暗殺行為は激減した。『ペンタス』の威力が十分に伝わったからだ。
少数精鋭だけに、一人の欠員でも大打撃なのだ。今のところ気付かれていないのが救いか。
余もどこまで抗えるのかわかったものでは無い。
王位継承が終われば、この三組織は息子へと渡るハズだった。しかし、愚か者の王子に使いこなせる様な者たちではない。彼らにも心がある。個人的な接点と数々の信頼関係で構築された間柄を、息子が維持できるとは到底思えないのだ。飼い殺しにされたり使い潰される未来が透けて見える。彼らもフェリキスに仕えるつもりがないと、申し送りが来ていた。
もうルーガンダリアに先は見いだせない。
しかし、愚王の名を残そうとも、民だけは守らなければならぬ。
余にもう一人子がいれば……。言っても詮無いが、もう遅い。いたとして、何にもならぬだろう。第一王子派が闊歩している王城で、生き抜く力を持つには厳しい世界だ。
第二王子は今国外にいる。帰ってきても辛い毎日を過ごすだけだろう。定期的に『スイセン』から情報を送らせている故に帰ってこぬかもしれぬし。
どうしたものか……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
私はルーガンダリア王国宰相アフェクトル。
たった今王から税引き上げ却下を言い渡されたところだ。もちろんショックは受けていない。我が君ならそうなさるだろうと予測できたからだ。
フェリキス王子の婚約破棄騒動を起点とし、ルーガンダリア王国は衰退の一途を辿っている。この国は最早立ち直れぬ程に崩壊寸前なのだ。
故に、なんとか王だけでも亡命できぬものかと画策しているところだ。我が君にも勘づかれてはいけない大仕事だと思う。しかし、バレてしまえば私も終わりだ。ガンフォール家の内通者として炙り出され、処刑されることになろう。仮令そうでなくとも、第一王子派の者達が騒ぎを起こし、私に全ての責任を擦り付けて終了である。
我が君は王の中の王、気高く、責任感が強く、聡明であらせられる。
ただ一つの汚点は第一王子だ。
彼の蛮行で、王朝は末期となってしまった。愚王のレッテルは真にフェリキス王子に相応しい。我が君に被せていい汚名では決して無い。
人事を扱う青官庁
外交を扱う緑官庁
財務を扱う黄官庁
武具を扱う赤官庁
軍部を扱う黒官庁
内政を扱う白官庁
その他にも下位には様々な官職が存在するのだが、その全ての上に立つのが宰相である私の立場だ。しかし、青黒官庁以外の役職にはいらだたしいことに、第一王子派の者達が牛耳っている。
水面下での攻防に押されている現状に歯噛みした。全ての権が私にあるとはいえ、発言力はやはり派閥の数がものを言う場合が多いのである。
タダで負けてやるつもりは無い。汚名は全てフェリキス王子に被っていただく。我が君のご子息とはいえ、ここまで王国に仇を為した罪はご自身で刈り取って頂かなくてはならぬ。子の責を親が? いや、それだけは看過できぬものよ。賢王を愚王にしてはならぬ。
私はこの国の宰相として、良き方向へ導けなかった罪を負うつもりだ。それ故に王城を最期の生きた場所としようぞ。王城の誰にも悟らせず、我が君には亡命していただく。再興もあの方なら可能だ。良き人材さえ揃えられれば……。我が君の不運はそこにあるのかもしれぬな。
さて、ガンフォール公といかに渡りをつけようか……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「王子ぃ、あそこ!! 炊き出しやってますよぅ」
「そのようだな……む?……ガンフォール公爵家か……」
「シェリーレイさんの家の?」
いつものメンバーを連れ、お忍びで街を歩いている。城下の視察だ。孤児院を訪ねた後は民の様子を見て回るのが最近のルーティンになっている。
キョトンとしながら我が愛しの友アイリーンは、公爵令嬢シェリーレイの事を"さん付け"で呼んだ。全く物怖じしない態度に表現できぬ違和感を感じる。男爵家の者が公爵家の者に"さん付け"なのだ……。
屈託のない笑顔を向ける彼女は本当に愛らしいのだが……。我が妻となり、王妃ともなればなんの違和感も感じなくなるのだろうか?
「王子ぃ、私達も参加しましょうよぉ」
「アレにか!?」
流石に驚きを禁じえなかった。我が妻となるはずの公爵令嬢との婚約破棄によって、公爵家との関係は隔絶されている。しかも元凶の我々が行けるはずもないのに。何を考えているんだ、アイリーン。
「だってぇ、みんなに喜んで貰えますよぅ?」
「あのな、アイリーン。ガンフォール公爵家が主導する活動に参加出来るわけないだろう?」
「ええぇ、じゃあ私達だけでもやりましょう?」
頭を抱えたくなった。王家の財状は宰相から聞いている。"ご令嬢に贈り物をする余裕"などないと言われたばかりだ。そして、民の重税は生活に影を落としている。それもこれも公爵家が潜在的な敵に回ったからだが、その公爵家が王都で炊き出しを行っているのは実に皮肉に思えた。
派閥の者から聞いたが、公爵家は徹底抗戦の構えをするのではと警戒をしていたらしい。拍子抜けしたそうだ。王家との対立も水面下だけで、公にはなっていない。王都から引き上げをすることも無い。実はそれほど力を無くしているのではないか? そんな噂が流れている。
だが、王家の国庫が開けない事を知ってか知らずか、公爵家は王都の貧民街で炊き出しを始めた。南門の民衆は感謝の涙を流しながら、公爵家の旗を拝んでいる。先日は東門で、その前は西門で同じことが行われていたが、やはり公爵家が主導するものだった。王国における最古の貴族家の忠義に民は心からの賛辞を贈っているのだ。力を失っているとはとても思えなかった。
「……行こう」
「ええぇ、私たちもやりません~?」
まだ諦めきれないのか、アイリーンはお強請りをする時の甘い声を掛けている。こればかりは自分の力でもどうする事もできない。諦める他ない。
アイリーンを送り届け、後ろに控える学園時代の友、黄官庁長官の息子ブレイナーに声をかけた。
「実際、王家で炊き出しを行うのはどうなのだ?」
彼は静かに首を横に振る。父親が国家予算の事で頭を抱えていることをよく話すようになった。散財は良くないことをそれとなく私に教えようとしているのを察した。シェリーレイ嬢との婚約が大きな価値を生むことを今更ながら痛感させられている。どこまでも我が壁は高い様だ。
私は先日の派閥会議を思い出して吐き気を催した。
『王子、アイリーン嬢は妾になさいませ。これでは王国は立行きませぬぞ』
『何を言うのだ、白官庁長!? アイリーンは我妻に……』
『宜しいですか、王子? 政に私情を挟むものではございません。高貴な血を残すことは王家にとっての責務です。愛や恋を否定する気はございませんが、それは内々のことで済ませ、公には大貴族から妃を選びませんと』
『正直なところ、王子のガンフォール公爵令嬢との婚約破棄は大失態にございます。ですが、第一王子派にとってもう後戻りできる時間は残されておりますまい。王子には我らが派閥から最低でも伯爵家から妃を選んで頂きたい』
遠慮なくものを言うようになった貴族たちには我への敬意が欠片も感じられない。自分たちの私腹を肥やす事には余念が無いが、王家への忠義はどこへ行ったのだ。
アイリーンを妻にできないだと!?
では婚約破棄とは何だったのか……。
政の"ま"の字も知らぬ市井出の男爵令嬢には妃は務まらないとダメ押しをされて会議は終わってしまった。彼らの令嬢を娶る事になれば、その家の発言力は高まる。
ガンフォール公爵家から妻を娶らない事で、危惧していたガンフォール公爵家の一強状態はある意味回避出来たと言う第一王子派の面々は自分たちの権力欲に拍車がかかったのかもしれない。
そして、王妃教育を受けさせねば妃を娶ることはできない。最低でも我の婚期は三年後になるだろうと言われた。アイリーンは勉学をことの他嫌うから、彼女の王妃教育も絶望的である。
私のした事は全てが空回りしていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
結局宰相が提案した貴族総会を開くことにした。どうあっても国を傾けさせた責任は王家にある。紛糾するとわかっていたが、もう後戻りはできない。ノブレス・オブリージュを基幹とした宣言を行い、税制の見直し、人材の徴収、王都への支援を訴えかけた。
「ガンフォール公爵に発言を許します」
この国の最強の公爵の挙手に宰相が応じた。公爵が立ち上がる。
「我が公爵家は既に王都への支援を行っている。民への救済のためだ。これ以上何を望まれる?」
「公爵家の支援はありがたく思っている。王城内の官職につける者の派遣を頼みたい」
「我が家からは既に宝玉を贈ったが、送り返したのは王家だ。これ以上の派遣は我が公爵家からは難しい」
ガンフォールの宝珠と謳われ、次期王妃と称され、学園では女性としては首席の頭脳、公爵領での人気も高い令嬢シェリーレイ・フォン・ガンフォールの婚約を破棄したのはそちらだ。公爵の目はそう言っていた。場が凍る。青ざめたのは王家。特に愚息は歯を鳴らす程の恐怖を抱いていた。それ程の憎悪、それ程の覇気が公爵から放たれていた。
第一王子派の者共も、ガンフォール公爵の発言に最初は侮りを見せていたが、込められた感情の激にたじろいでいた。娘の婚約破棄にもめげずに王都にいると勘違いしていたのかもしれない。それ程の男がこんな威圧を放てる訳もないだろうに。
最大の人材の派遣を断ったのは王家。覆しようの無い言い分に誰も返事は出来なかった。
序盤からこれだ。緊急会議の波乱が続くであろうことに、我ながら胃がキリキリと痛む。
「もう一つ」
公爵は全貴族を眺め回し、最後に王子を見据えた。
「わが寄子の子爵スライアン家の令嬢クリスティーを処刑したと聞いている。アリバイのある近衛騎士をなんの沙汰もなく……」
「待て!! 子爵の令嬢を処刑などと!!」
報告も無く、事が大きく動いていることに驚愕と言い様の無い焦りが余を襲う。貴族の娘を余の預かり知らぬところで裁くとは何たることか!?
「事実としてクリスティー嬢は城から子爵家に帰ってきておらんし、城の登城記録は残っていても退城記録は無い。それはそうだろう? 死亡報告があるのだからな」
公爵はポケットから取り出す。紙を出して、全貴族に見せるように振りかざした。紙は愚息に見える位置で止めた。誰の差し金か明らかにわかるように。
なんという……なんという事だ。
「フェリキス!!」
余が叫ぶと、息子は弾かれたように立ち上がった。握った拳に力が入る。
「説明せよ」
何が行われたと言うのだ。スライアン家はガンフォール公爵家の傘下にある貴族だ。どこまでもガンフォールを敵に回す目的はなんだ……。
「父上……いや、国王陛下!! クリスティー嬢を処刑など、私はそんな事存じません!! 断じて!!」
「では、死亡報告があるのはなぜだ!! そしてガンフォール公爵がそなたに死亡報告書を突き付ける現状をどう説明するつもりだ!?」
処刑に関わってなくとも、フェリキスが関与しているのは誰が見ても明らかなのだろう。視線は最初から愚息に注がれていたのだから。知らなかったでは済まされない。最早余の王国での立場は無いも同然となってしまった。何たることか。
聞けば……。
クリスティー・フォン・スライアン子爵令嬢は、近衛騎士として王城勤務が内定し、ロイヤルガードとして王妃となるはずのシェリーレイ嬢の護衛となるはずだった。だが愚息が余に断りもなく、市井出の男爵令嬢アイリーンとの付き合いを優先すべく、公爵令嬢と婚約破棄をした。聞いた時は卒倒しそうになったが。そのため、近衛騎士を辞退して、子爵領に戻る算段だったクリスティー嬢。
しかし、息子は彼女を自分の近衛騎士に任命した。外聞が悪いと注意を受けたにも関わらずだ。そしてあろうことか、身分の低い男爵令嬢の護衛をさせただと!? アイリーン嬢との婚約がなされていれば考えられるが、そんな常識を覆してゴリ押しして貫いた事も問題だし、息子の貞操観念も問題だ。
ツッコムところが多過ぎて何から口を挟めばいいのか……。
件の男爵令嬢から護衛に傷つけられたとの訴えが有り、捕らえられたと。にわかに信じ難い言葉にため息を禁じ得なかった。
ここで、スライアン子爵が挙手をした。余は宰相に頷きを返す。
「スライアン子爵の発言を許します」
立ち上がった子爵は息子を睨み据えた。その憎悪の、剥き出しの感情とは裏腹に声は落ち着いている。
「あの日、我が子の帰りが遅いため調べさせました。そうしたら地下牢にいると報告を受けました。なぜかと問い合わせましたが、護衛対象を傷付けた騎士道に反した行い故だとの返答を王城から頂きました」
それが本当ならそうだろう。だが事実はそうじゃないと言っていた。子爵は続ける。
「訴えのあった"時刻"は昼前でしたか? だが、その時刻には娘は既に地下牢に入れられた後です。騎士団が我が家に不法侵入した事も問題だが、娘は訴えよりも前、朝方に王城へ連れ去られたのです!!」
あまりにも杜撰な計画ではないか……。
「娘はそれを聞いてすぐに釈放されるだろうと、家の者達に連れ去られる間際、そう語っていたと聞いています。身に覚えのない訴えだからと。それが最後に残したあの子の言葉になってしまいました」
スライアン子爵は一粒の涙を床へ落とした。
シンと静まりかえる会議場に子爵の小さな声は響いた。
「聞けば!! 娘は拷問を何度も受け、それに耐えていたと……無実の者を調べもせずに拷問にかけ、あまつさえ処刑するなどと、天が許すとも我は許さん!!」
突然に爆発的な殺気が子爵から飛んだ。
ガタンと椅子が倒れる音だけが響く。
受けた息子が尻もちをついて後退った。
スライアン子爵は生粋の騎士。多くの騎士を排出してきた名家だ。王国への忠義も篤く、古くからガンフォール公爵家と共に騎士としての国防をになってきたルーガンダリア王国の盾。
息子は盾を失った。
いや、王国が盾を。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
散々な貴族総会だった。
王家の失態はもう誰も償うことは叶わない。我が君でさえ失点を取り戻すことは不可能だ。こうなってしまっては、私の首一つでもどこまで贖えるか分からない。宰相の地位も、今となっては価値のないものになってしまった。本格的に亡命していただくしかないであろう。
北のソランダリア辺境伯家に手紙をしたためよう。リーゼンフォール公爵家にも通達は必要であろうな。
件の子爵令嬢クリスティー嬢は実際に処刑されたわけではなかった。報告では拷問の末、夜を越えることが叶わなかったとの事だ。報告をした牢番は、罪の意識が拭えず、失意のうちに城を後にして現在は自宅に引きこもっているという。彼が拷問にかけたわけでは無いそうだが、助けることが叶わなかったと、後悔して気の病を患ったと。
牢番達の証言では、ほぼ全ての牢番が、彼女の無実を知っていたとの事だ。
それなのに、覆らなかった。
王国の闇はどこまでも深い。
宰相である私や王になんの報告も無く貴族の令嬢がこの王城で死に追いやられるなどとは。子爵の怒りはもっともであるし、娘を失った悲しみは推し量ることはできない。しかし、上に報告が上がってこない現状に、私は大きな怒りを覚えた。今更なのかもしれない。今回明るみになっただけで、もっと多くの私刑が行われていたのかもしれない。
そう考えただけで、王家への怨みはどこまで積み重なっているのかと恐怖した。
震えを払い、流れる汗を拭き、執務室の椅子から立ち上がる。客が来たようだ。
調査という名目で、ガンフォール公爵とスライアン子爵を呼んだ。こうでもしないといつまで経っても面会が叶わないと思ったからだ。
「わざわざすみませぬ、公爵、子爵」
私の挨拶に二人は頷きを返した。椅子を勧めてソファーに掛け、これから始まる会議に腹に力を入れる。全員が座ってから私は深く頭を下げた。
「六官の長としてまずは謝罪致す。申し訳なかった!!」
「宰相殿、頭をあげられよ」
公爵は謝罪については何も触れずに、私の行いを制した。謝罪を受け入れるつもりが無いことは明白だった。私が逆の立場でもそうするだろう。直接関係の無いものに謝罪されたところで、意味は無いのだから。しかし、国としての対応として謝罪しない訳にも行かない。口惜しいが社交辞令も必要ということだ。
この日でないとできない事を私は公爵と子爵に話した。公爵は眉を寄せたが、子爵は私の覚悟に驚いているようだった。子爵に話すような内容ではなかったが、構うまい。
会議の後、私と王は第一王子派によって地下牢へ拘束された。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
父上である国王陛下が病に伏せっているという報告があり、私の戴冠式がすぐに行われた。王太子の任命もなく、王として。
目まぐるしく私の環境は変わっていく。
糾弾され、私は死を覚悟までしたというのに。
宰相も不在のまま、国は我が第一王子派が制したという事だ。私は右往左往するだけだった。
こうして王となったが、何一つ王としての覚悟や引き継ぎもないままに、王座に座す。
王とは一体なんだ?
疑問が湧いては消え、決済書類にサインをする日々。執務室という名の鳥籠にいる気分だ。前王の父もこんな日々を送っていたと言うのか? いまいちピンと来ない考えは目の前の書類にかき消される。
私の戴冠と共に、ガンフォール公爵家は王都から姿を消した。傘下の貴族諸共に。王城にいた彼らに属する者達もだ。これで王国は運営できるのか……? 第一王子派だった者達、今では王国の中心にいる新政権の者達に尋ねたが、"問題ない"と口を揃える。
あまりにも同じ答えに不安が加速した。
ガンフォール公爵家がいない。
すなわち、城下の民に炊き出しをする貴族がいないという事。配下の者たちで炊き出しがされているのか聞いたが、誰も答える者はいなかった。
王になってからというもの、アイリーンの面会依頼が多いと聞く。しばらく会えていない。元気にしているだろうか? 彼女は殺伐とした心にもたらしてくれた数少ない"癒し"だった。
幼い頃から"自分のそばにいる"者達を大事にする様に言われてきた。彼女も言わば"そばにいる"一人として接してきた。それが悪い事だと言ったのは、シェリーレイ嬢だけだった。外聞が悪いと。
配下の者達は、今になってシェリーレイ嬢と同じ事を言うようになった。王妃を娶るまではアイリーンを近づけてはいけないと。教えてきた事を今更になって覆すのはなぜだ。そう問いかければ、"そばにいる"のに彼女は相応しくないのだと。
それでは、シェリーレイ嬢が最初から正しい事を言ってきた事にならないか?
頭をかすめる様々な思いと、公爵令嬢の言葉の数々を思い出した。
『王子、男爵令嬢との触れ合いはお控えください』
『王子、彼女も王妃教育を受けさせてはいかが?』
『王子、他の貴族に示しがつきませんよ』
『王子、……』
いや、思い出せないものも多いと気付いた。今思い返せば、彼女は至極真っ当な事を述べていた。嫉妬も混ざっていたかもしれないが、王として必要な助言、諌言が含まれていたのだ。時には困った顔で、時には毅然と、時には呆れと諦めと。
我はなんという失態を犯したのだろう。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。