俺のやり直し革命!
会場は盛大な拍手だった。
俺は夏休みの自由研究を一年前から下準備をして、今年の夏休みでカニ型ロボットを作った。
これは、人工衛星に乗せて惑星探査や惑星の物質を持ち帰るためのロボットだ。
しかし、担任が言った。
「宇宙で活躍っていうのは、荒唐無稽ですから、医療用介護ロボットにしましょう。その方が彼の人格的にも評価されます」
母親も喜んでそれを押した。
俺の気分は駄々下がりだった。
小学6年の夏休みの自由研究で、俺は学校の最優秀賞に輝いた。
でも、その受賞のあいさつで、俺の言葉は全て担任とお母さんに変えられる。
俺は宇宙開発を目指したいと書いたのに、「現実的ではないから、医療の役に立てるように」とされた。「なんで、医療でカニ型ロボットが必要なんですか?」と聞いたら、身体の動かない人の手足になる素晴らしいロボットだろう。だって。
お母さんも、そうよね。体の不自由な人の役に立ちたいって、素晴らしい事よね!と大喜びで挨拶の変更を押した。
研究題材は、自動ロボット。
初めて行ったのは去年の夏休みの科学教室。
ロボット工学の先生が来て、簡単なプログラミングを教えてくれる。
それから、母さんにねだり夏休みは毎週通って、今年も毎週通って施設の先生に確認しながら作ったのが遠隔操作で物を回収したり出来るカニ型ロボットだ。
俺は、宇宙探査機「はやぶさ」の格好良さとそれを作った人達の大人の浪漫に憧れた。
そして、夢は宇宙探査機を操縦すること。そのロボットを作ること!になる。
だから、お母さんが教えてくれた科学教室は、すごく嬉しかった。
最初は、自分の手元のリモコンで虫みたいのが、ジャンプするだけのものだった。
それが面白くて、もっと「何か」をさせてみたかった。
ロボットに目的を持たせたかった。
実際、6年生になれば、自由研究でロボットを作ってくる奴は何人かいる。
そういうキッドもある。動くカブトムシとかクワガタが人気だ。
俺もそれを作った。でも、それは、まず大きな物を説明書付きで作る必要があったからだ。
それから、いくつも素材を集めて、カニ型にした。
「格好悪くない?」って母さんが言っていたけれど、じゃあ、クワガタで何が出来るんだよ?と聞きたい。
俺が作るのは、悪路でも進めるために、足が幾つもあり、そして、物を持てる手が使え、持ったものを回収できるものだ。つまりはカニが最高の形だと思った。
プログラミングで難しかったのは、物をはさみで持って、お腹に仕舞う。
これは、目標物を見つける、目標まで行く、目標物を適度な力でハサミで持つ、それを壊さないで体内に仕舞う。全て別々のプログラミングをしなければならない。
そして、その行動を、ロボットの目を通さなければならないのだ。
そのロボットに目を持たせて、その映像を受信するだけでも、大変だった。
次は目の向きを変えられるようにする。
これには、カニ型の飛び出した目の形状が大いに役に立った。
目はカメラだから、衝撃を受けそうなときは、体内に隠せる。
そして、本当はタカアシガニのように足を長くして移動できるスピードを上げたかったけれど、頭、というか、胴体の部分が重くて安定性が悪いので、足を短くしてサワガニのようなスタイルになっってしまう。
しかし、これで関節部分を大きく取ることが出来て、前歩きも横歩きも出来るようになった。
順番に足を動かすのはプログラミングにして、段差やひっくり返った時は手動にした。俺の知識ではまだイレギュラーに対応できる物は作れなかったに過ぎない。
しかし、それは俺の最高傑作だった。
まるで、機械との対話の様だった。なだめてなだめて、機械の方から正しい道を教えてもらって作ったようなものだ。
5ミリずつ足を短くして、身体を横に長く厚みも持たせていく。
科学教室の職員や先生も嬉しそうに助言をくれた。
でも、存在理由を曲げられた、それは、俺にとって悲しくて自分の夢を否定された事でしかなかった。
俺は家に帰るのすら億劫になり、川べりの土手で、ぼんやりと川の流れを見ている。
俺の胸には、最優秀賞のメダルがある。ロボットにも蝶結びのリボンが付けられていた。
馬鹿らしく感じ、それを外して捨てた。
リボンは、川に流れる風に乗って遠くまで飛んで消えた。
メダルも捨てようかと迷ったが、お父さんが見たがると思って、首から外しポケットに入れる。
お父さんがお金を出してくれたんだものな。
ロボットに、今までの愛着は無くなってしまっていた。
風が吹いている。
夕方の川べりに。
そこに俺は何ともやるせない気持ちになっていた。
「おい!そこの少年!」
なんだか、妙な声の掛けられ方をした。
振り向くと、白衣の腕をまくったそれは夕日に光る機械の腕で、顔の下半分も機械に覆われている男がいた。
顔の半分が覆われているのに、この唇で、さっきの言葉を淀みなく発したのだろうか?
でも、変な人だ。
「そうだ。実際は表面だけで、舌は自前だ。
しかし、滑らかに動く唇があるので、会話には苦労せん。
実験中に左腕と下あごの一部分が爆発で持って行かれた。
眼球もその際に新しくしてもらった。
眼球はまだ研究の余地があるな。瞳孔の収縮や眼球の移動に若干時間差がある」
「あなたは、なんで、そんな大けがを負ったのですか?それに、そんな技術は今はまだない」
「俺は、宇宙開発部門の研究をしている。些細なことで燃料に引火して吹っ飛ばされた。
二つ目の質問は、未来から来たからだ」
「・・・み ら い ・・・」
ハロウィンの仮装は先月?もっと前に終わっている。
未来から。とするよりも、表面にマジックで線を書いたアルミ箔などを巻いていると考えた方が現実的だ。
俺は、結構ヤバイ人に目を付けられたようだ。
「お前の考えは分っている。俺を不審者だと思っているな。もっと近くで見て見ろ。未来のお前が携わっているのだぞ」
男は土手を降りて、傍までやってきた。
逃げた方が良いのだと思ったが、「未来の俺」と言葉にしたために、動くことが出来なかった。
男は隣に来た。突拍子もない事を言うが、その目は理知的で優しい。
腕をまくった。機械の腕だ。
そして、滑らかに指を動かしてくれる。
息を止めて凝視する俺の言葉を発していないにも関わらず、顔を下げて良く見えるようにしてくれた。
金属面は、艶のあるメタリックで、医療用のサージカルステンレスかな?と勝手に思う。唇は、一枚の板かと思ったら、唇のように内側にも肉圧にカーブしていた。これでどうやって動かせるんだろう?
キュンと鳴ったので腕を見ると、手の平を360度回転させて見せてくれた。
「肘を残すのに少し手術に手間がかかった。場所がギリギリだったからな」
しかし、肘の少し上から機械に覆われている。
「それは表面部分だ。骨と筋に神経は自前だ。義足も義手も進化はしているが、やはり今でも関節は残した方が良い」
凄い技術だ。多分、彼の言う「今」は「今」じゃないっていうのは確かかも知れない。
「なんで、俺の前に現われたんですか?」
「お前が迷っていたからな。安心しろ。
お前は宇宙開発研究に行っても、医療最先端技術に行っても大丈夫だ。
今の俺のように、半身が機械になっても研究は楽しいぞ。
さあ、お前はこれから何をする?何を目指すための行動を起こす?」
「おれは・・・JAXAに入りたい」
「ならば、物理、システム、制御工学、機械工学を学べ。
そして、英語は日常会話以上のレベルが必要だ。今からやっておけ。
俺は、それで少し時間をロスした」
「なんで、そんなに教えてくれるんですか?あと、さっき言った「未来の俺」とはなんですか?」
「お前はこれから拗ねてしばらくロボットも見たくなくなるだろう。
それも何年もな。そして、高校生になってからやっと夢を思い出しロボットを作りたいと親に言うのだ。俺はその時間が惜しい。もっと早くロボットと向き合っていれば良かったとな。因みに今のままだと物理と数学が壊滅的になる」
それは、なんとなく予想できた。自慢のカニ型ロボットがなんだか、色あせて見えてきたから。
「拗ねるな。たかが挨拶での言葉を変えられただけで、自分の夢を諦める筋合いはないだろう」
俺が息を飲む。そうだ。でもなぜ、それを知っているの?追いかけてきたの?
違う。この人は未来から来たんだ。
「あなたの名前を教えてください!」
「ああ、俺は河合虎太郎だ。虎太郎は未来でも微妙な名前だ」
「俺と同じ?」
「察しが悪いな。それとも信じたくないのか?同じ名前なのではなくて、未来から来たと言っただろう」
「俺に逢いに来てくれたんですか?」
「それは、事故による偶然だ。しかし、もう少ししたら回収班が来るだろう。
その前に思い出してな、昔の俺に言ってやりたかったのだ」
事故って、危ないなぁ。この人が俺の未来?なんだか、大雑把っていうか・・・
「俺が過去のお前に逢っても、未来の俺は変わらない。
しかし、並行しているお前の未来の俺は変わるかもしれん」
「つまり、過去の俺と逢っても、その身体の怪我はそのままだと」
「構わない。全くもって構わない。この怪我は俺自身の不注意からだ。
ロボットを自分自身で試せるので、案外と役に立っているぞ。
それよりもだ。夢を探すものは多くいる。
しかし、夢にたどり着けるものは少ない。ロボットを作りたいと思いがあるならば、そして、難関の宇宙開発に関わりたいと願うなら、今から励め」
男の白衣が不自然に煽られている。
つむじ風が彼を巻き込んでいる。
そして、身体が浮いた。俺は後を追おうとするが、風が強い。
大人の俺は声を張り上げた。
「お前の夢は、お前自身だ。お前自身を見失って、呆けた中学、高校生活を送りたくないだろう。
さあ、夢という探し物は見つかったのだ。あとはお前自身の努力が道を開く。
がんばれ。子供の俺よ!」
「頑張れ」からの最後の言葉は、空がギュリンと渦を巻いて彼を飲みこんだ奥から聞こえた。
同時に風も収まった。
静かな川べりに一人立つ。
これも、これで結構な事故なんじゃないか?と思って、向こうに戻った彼の身体が無事な事を願った。
未来の俺は、ずいぶんと、なんだろう、大胆?大雑把?・・・バカ?
でも、笑っていた。楽しそうに笑っていた。そんで、研究バカのようだ。
俺は笑う。なんだよ、あんなのが俺なのかよ。
もっと大人っぽい落ち着いた人になっていたかったなぁ。
楽しそうに研究していたんだろうな。俺に逢えたのを事故の偶然の産物にしていた。
さあ、家に帰ろう。
そんで、母さんに英語の塾に行かせてもらおう。
今の算数もしっかり復習しないと、中学に行ったら着いていけなくなったら困る。
いや違う。数学も、英語も、トップを目指さないと。
俺はカニ型ロボットを大事に抱えて、家に帰った。
家に帰る足は、早足で自分でも気づかないけれど笑顔になっていた。
担任の顔を思い出す。
「荒唐無稽?」意味はちゃんと知っているさ。
あいつは、「絶対に無理な事」って言いやがった。
でも、俺は見返す。
これからの、俺の行動で。
そんで、あの少し変で研究も事故も面白がる研究者になってやる。
少年は心に決めた。
でも、少し訂正した。
もう少し周りが見える大人になろう。と。
あの大人を格好良いと思った。しかし、周りの人間は大変だろうな。と。
多分大人になった、その時には客観的な見方が必要だ。
と夢の一つに加えることにした。