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第9話-「彼女がいるって悪いもんじゃないぜ?」②

「――いったいどうしたんだよ?」


 終業のチャイムがなり、各々が帰り仕度を始めても変わらず鬼のような形相をしている篤に竜也が呼びかける。


 優月はなにやら轟に呼ばれて教室を後にしていた。その間際、篤に向かって目で合図をしていたことに気付いていたのは、たぶん篤本人だけだ。それがどういう意味を持っているかなんて知ったことではないが……。


「どうもしねえよ」


 顔を逸らして返事をする篤をまじまじと見つめ、竜也は穏やかに笑った。


「そんなに気に食わないことがあったのか。ほれ、聞いてやるから話してみろって」

「だからなんもねえって言ってんだろ! ぶっとばすぞ!」

「おいおい、だいぶ荒れてんな。まあ言いたくなきゃいいけどよ」


 据わった目を向ける篤に竜也は呆れたようにため息をこぼした。篤は自分がみっともなく竜也に八つ当たりしていることに気付き、それもそれで腹が立つので素直に謝る。


「……悪い。そのうち言う」

「おう。篤の気が向いたらその時に聞くさ。とりあえず帰らね?」


 バッグを肩にかける友の背中に篤は無言で頷いた。


 校門を出て、まだ夕焼けとは言い切れない淡い橙が照らす街路樹の通りを、竜也と肩を並べて歩く。そこで篤は尋ねた。


「なあ竜也。彼氏ってどんなことするんだ?」


 竜也は飲んでいたペットボトルのお茶をぶりかえさせると、超速で篤に向く。


「おいっ、どうしたんだよ! おまえがそんなこと聞くなんて、もしかして好きな女でも――ぐはっ! なぜ肘打ち!?」

「すまん、なんかむかついた。いや……別に大したことじゃないけどな。おまえがいつもどんなことしてるのかと思ってよ」


 澄ませた顔を繕って竜也に向くと、ど突かれた衝撃で少し撥ねたお茶のキャップを締めながら竜也は自慢気な顔をする。


「オレとハニーのラブラブ生活を聞きたいのか?」

「いや、やっぱいい」

「とりあえず今日の昼はだなあ――」

「話したいんじゃねえか」

「いいじゃないの。これもお勉強だよ、早乙女くん」


 わざとらしく高笑って篤の肩を叩くと、竜也は語り出す。


「今日の昼は弁当を作ってくれたから一緒に食ったんだ。これがなかなか美味くてな。その後は人気のないとこ行ってチューしたな」

「おい、おまえ。真っ昼間から学校でなにしてんだよ」

「それくらい普通じゃん? 朝一発目からディープなキスする外人に比べりゃオレなんか可愛いもんだろ。あと軽くおっぱいを揉まさせていただいた。でもそれ以上はしてないぜ」

「……クズ。鼻の下が伸びてんぞ」

「心外だな。オレは本能に従っただけだ。それに相手も嬉しそうだったぞ」


 篤は昼前に見た清楚系のその子を思い出す。なんとも言えない気分だ。


「それに学校内で彼女の乳揉みしだいてる奴くらい他にもいるだろ」

「そんなやついるわけ――」


 篤は自分自身の昼休みを思い返してはっとする。彼女の胸を揉んだという結果だけみれば自分も竜也も変わらなかったことに気が付いてしまったのだ。


「そんなやつ……いるわけねえだろ」


 語尾が小さくなったのをひた隠すように篤は顔を背ける。

 竜也は「そんなことないと思うけどな」とコメディアン風に両手をあげた。


「そんでもって休みの日はデート行ったり、そこでプリクラ撮ったり……ほら、この前撮ったやつ見せたろ?」

「ああ。あの気持ち悪いくらい目がでかくなってるやつだろ?」

「そう、それそれ。あと平日は一緒に登校したり帰ったりする。今日は違うけど」


 篤はまた思い出す。そういえば優月も今日一緒に帰るとかなんだとか言っていた。しかし当の本人が呼び出されていなかったのだから、今日は無しだろうと勝手に納得する。


「――でもまあ……おまえが考えてるほど彼女がいるって悪いもんじゃないぜ?」


 一人で考えにふけっていると横から覗きこむように竜也が言った。


「篤みたいなやつも彼女ができると急に性格柔らかくなるかもしれないしよ。拒絶するばっかじゃなくて、少しくらい関わってみようと思えればいいんだけどな」

「それは柔らかくなるんじゃなくて、へたれるって言うんだろ?」

「違えよ。誰かを愛するってことは、それだけ人としての根っこが強くなれるってことだ」


 まだ齢十五の分際でなにを悟ったようなことを言ってるんだかと思うが、そのブレない眼差しは竜也の中では珍しく説得力のある言葉だった。女ったらしではあるが、こういう男として芯のある部分を篤は高く評価している。


「そんなもんなのかな」

「そうだ。まあ篤にお似合いの子がいたら紹介してやるよ」


 そりゃ、どうも。と篤は自分の水筒に口をつける。


「――あ、そうだ。優月ちゃんとかどうよ?」


 ぶふっ、と今度は篤がお茶を噴き出した。


「おっ、おい! なんでよりにもよって、あの転校生なんだよ!」

「あれれー、その反応……意外とタイプだったりするとか?」

「んなわけねえだろっ! それにあいつ一ヶ月しかいねえんだろ? そんなやつ彼女に……できるかよ」

「なんだ、けっこうお似合いだと思うんだけどな。おまえ聞いてなかったけど優月ちゃん『強い男が好きだ』って言ってたぜ。篤ならぴったりじゃねえか」

「そうなのか……?」


 もしかしたらそれで俺なのか……。

 篤は再び考える。なぜ俺なんだ。なんで付き合う。そして……なぜ、あの時あんな切ない目をした。よくよく考えると篤は全く優月のことを知らない。それに知ろうともしていなかった。関わりたくないと思っていた。


 だが、今はなにかが違う。

 関わってしまったし、仮にもあちらは彼氏として認識している。篤自身、優月のことが気にならないわけではないし、むしろ、気にしたくないのに頭の中は優月のことでいっぱいだった。

いったい、あの女は何者で、何の目的があって俺に近づいてきたのだろう。しかも一ヶ月という限定された期間の中で、よりにもよって普通なら誰も近づかない早乙女篤に……。


「なあ、相原優月ってどんなやつなんだよ?」


 篤は思ったままを口にした。

 そんな篤を竜也は再び驚いたように見たが、軽く笑うと「だからちゃんと起きてればよかったのに」と背中を叩く。


「とりあえず――」


 言いかけて竜也は丘にそびえる白くて四角い建物を指差した。

 半ば田舎町のこの辺りでは、竜也の指差すあの建物が一番大きい。

 それは篤も良く知っている場所だった。そして篤が最も嫌いな場所でもあった。


「――相原総合病院。優月ちゃん、あそこのお嬢さんなんだってよ」

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