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第七話

 一人の男が宙に浮かんでいた。


 魔法の紋様が入ったローブを身に纏っている、何の変哲もない成人男性。

 特徴的なのは黒い髪に瞳で、嘗てメイリーとゼムが共に旅をした勇者と同じものだった。

 しかし当時の彼よりは確実に一回り以上は年齢が上で・・・何より、柔和そうに見える笑顔の中に確かな狂気を孕ませていた。


「誰だ!」


 予備の剣を抜き、威圧と共に切先を向けるゼム。

 しかし返答は予想外のものだった。


『名乗る名など無いよ。こんな忌々しい肥溜め以下の糞世界に這い回るウジ虫共に万が一にでも口にされたら、不愉快ってレベルじゃあないからね』


「何だとテメェ!降りて来い!」


『ああっと、勘違いしないでくれ給え。今君達が見ているのは幻影だよ。予め保存しておいた姿と発言を上手い事切り貼りし、相手からの言葉に合わせて会話っぽく繋ぐのをリアルタイムに行っているだけに過ぎない。時間だけは無駄にあったものだから凝ったシステムにしてしまったよ、ははは。まあ、付き合う気が無いのなら適当に暴れてその辺の装置でも壊し尽くせばいい。それで止まる』


 メイリーから目で制されたのもあり、ゼムは剣を引いた。

 成程、気配の欠片もないのはそういう事かと納得もした。

 だが決して油断はできない。

 隠す事の出来ないローブの男の狂気が、それをさせなかった。


『続けよう。名乗る名など無い・・・が、今の立場は・・・そうだな。全額返って来る事が決してないと分かっている不良債権を、どんな手を使ってでも1Gでも多く搾り取る借金取りって所かな。もっとも以前は別の呼び名で呼ばれていたがね。そう・・・≪勇者≫、と』


 二人には驚きよりも「やはり」が先に来た。

 いつからかは分からないが、勇者とされる存在の中に儀式を用いて異界より呼び寄せた者が多く居るのは知られていた。

 メイリーとゼムが共に旅をした彼も、そうだったのだから。


「では訊ねるわ。ウィロンを滅ぼし、城に悍ましい変化を齎したのはあなたなの?」


『この状況を作ったのは私か?と問われたなら、一から百までその通りと答えよう。召喚術に使われていた、この地下の超文明の遺跡あっての事ではあるがね。ああ因みに君達がさっき倒した魔王並みに強いモンスターだが、施設を護るガーディアンとか、施設そのものの核的な役割を果たしているとかそう言った深い意味は()()()()。ただダンジョンの奥にはラスボスの一匹も居ないと締まらないだろう?』


 態度こそ一見して柔和だが、言葉の端々に人を虚仮にし、嘲弄しようと言うニュアンスが色濃く滲んでいた。

 隠す気も無いのだろう。


『しかし人の手で魔王に匹敵する何かを作り出せるというのは、この世界ではそこそこの発見ではないかな?あとは副産物として、通常の魔物をガイストに変化させるのにも魔王特有の何か特異な因子などは必要なく、魔王並みの魔力にさえ当てれば良いというのもな。―――諸共に、私には何の意味もないが』


 世に出ようものなら間違いなく世界を揺るがす大発見を、組み立て損ねて壊れてゴミになった玩具のように男は切り捨てた。


「魔王の真似事でもねーっつうんなら、お前の目的はなんだ!」


『私の目的か。そのためにはこのウィロンと言う国が何をしたか、ほんの少しばかり長い話をする必要がある』



 男は語り出した。



 ウィロン王国は、古来より最も多くの勇者を輩出してきたことで知られている。

 定期不定期にこの世に出現する災厄の顕現たる魔王、それにに対抗しうる特殊能力者が勇者と呼ばれる存在である。

 個人戦力としてあまりにも異常なレベルにある勇者の数は国同士の外交、戦略的な面の優劣にさえも直結する。

 そして、異界より招いた人間は勇者としての資質を極めて持ちやすいという特性もこの世界で広く知られた一般常識である。


 ウィロン王国が多数の勇者を輩出できた理由は、何の事は無い。

 それだけ大量の人間を異界から強引に召喚していたからに過ぎない。

 その所業を可能としたのが、古代文明の遺産である大規模術式装置だ。

 そもそもウィロンの王都がこの地に定められグレートウィロニア城が建てられたのが、この装置を秘匿して利用するためだったのだ。


『ここで当たり前の疑問が沸くだろう。一人二人ならともかく、そんな大勢が大人しく言う事を聞くのか?とね。特にウィロンによる強制召喚は範囲内の人間を適当にターゲッティングして数十人纏めて捕らえるという雑なものだ、実際反社会的な風体の男が真っ先に術者に食ってかかったよ。・・・そして持ち出されたのが、≪隷属の呪≫だ』


「・・・何・・・ですって」


 男の幻影が右手の甲を見せると、禍々しい呪術紋様の痕がケロイドとなって刻み込まれていた。

 命さえも盾に取り強制的に言う事を聞かせる≪隷属の呪≫は魔物相手に使うようなもので、人間に刻むのは例え奴隷相手であっても外法中の外法とされている。

 犯罪奴隷でも、命までは取らない≪誓約≫の項目の中身を増やすのが限度だ。

 ただ、男の紋様は見ての通り解除されてはいた。


『異界から人攫いされた被害者は、特殊な才能や能力が発現する可能性が高い。私はその中で最も強い力に目覚めさせられたが、一緒に連れて来られた妻と娘には何の力も発現しなかった。二人は隷属の呪に加えての私への(くびき)となるよう、人質として囚われる事となった。命に背くことなく魔王を倒させるためにね』


 人類史上最も魔王との戦いで戦果を挙げ、最大の栄華を誇った国として燦然とその名が輝くウィロン王国、その最も醜悪な部分をいきなり語られた彼等は絶句するしかなかった。


『本当にね、糞みたいな旅だったよ。ただ私が目覚めた能力の中でも最大の物は偶然にも、隷属の呪同様に相手に隷属を強いるものでね。そのためなのか呪へも密かに抵抗する事が出来たし、隙を見て監視役として付いて来た騎士を操り人形にしてからはまあまあ快適になったよ。バラバラにされた他の勇者たちとも王国の目を欺いて連絡を取れるだけの余裕も出来た』


 その頃には、旅立ちを強要された勇者達の既に半分以上が命を落としていた。

 逆に言うと生き残った者はそれ相応の強者とも言えた。


 勇者同士の連絡が取れるようになってすぐに、男の妻子などウィロニアに人質として捕らえられている者達を救出する計画が練られた。

 あらゆる探知に掛からずに王都に入るため、潜入に向いた能力の勇者を中心として厳選されたメンバーでチームが組まれた。

 その中に、隷属化能力を持つ男も入っていた。




『けどね・・・全て、手遅れだったんだよ』




 闇の奥深くと同化したかのような瞳を嵌め込んだその表情には、何の感情もなかった。



『人間ってさあ・・・こう、一目見たら人間だなって分かるものだろう?多少普通じゃない状態でもね。でも私はね、その時全然分からなかったんだよ。あんなに愛した、あんなに会いたかった妻と娘なのに』


 余りにも淡々とした口調で、男の幻影は続けた。


『二人の体には隷属の呪に加えて、様々な紋様が滅茶苦茶に書き加えられていたよ。いつか自分たちに刻まれたこの呪を解くために調べまくって、すでに呪の紋様については相当に知識があってね・・・それらがどういう効果のあるの代物なのか、すぐに理解出来てしまったよ』


 怒涛などという言葉さえも生温い感情が男の中を巡っていた。

 幻影に過ぎないはずの姿と声から、メイリーにもゼムにもそれは嫌と言うほど伝わった。


『今でも昨日の事の様に思い出せるんだ。初めて妻と互いに気持ちが通じていると分かった時、世界に色がついて輝きだすのはラブソングの中だけじゃないんだって知ったよ。娘もこの所妻に似て来ていてね、拗ねる時も笑う時もまるで生き写しみたいだって一瞬思ってしまうんだよ。娘はね、まだ8歳になったばかりだったんだよ・・・8歳に・・・』



 幻影が一瞬ぶれ、座り込みそうだった姿勢が直立不動に戻っていた。

 声もまた、爆発寸前の静けさというより普通の平静さに戻っていた。

 狂気の針山の上での綱渡りには変わりないだろうが。


『ここまでが、まあ動機の部分だな。では目的と、その為にやった事の話に移ろう』

文章にも書けない残酷さを文字にする事を考えてたら遅くなりました

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