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第六話

 もう一度魔王と戦う時が来たら、どうするか。

 それはメイリーもゼムも、ずっと考えて来た事だ。


 あの時の魔王は、勇者が居なければ間違いなく倒せなかった。

 魔王と勇者は、ある意味において互いに不可分の存在だ。

 勇者抜きでの戦いに備える事は、もしかしたらありもしない災いを憂う様な、これ以上なく無駄な事なのかも知れない。


 しかし幸か不幸か、その時は今まさに来てしまった。


 以前、勇者とともに対峙した魔王と能力や方向性こそ違えど、強さと言う一点においては間違いなく匹敵する強大さだ。

 そして長く過酷な経験の中でメイリーもゼムも昔のその時を遥かに凌駕する強さを手に入れていた。

 神の奇跡の顕現たる勇者によらず人として積み上げてきた力。

 それが、魔王に匹敵するソレに通じていた。


 化物の巨体から高速で伸びた棘が、メイリーの構築していた広範囲光爆魔法≪アークスフィア≫の術式に突き刺さった。

 見る間に分解され魔法としての形を保てなくなる・・・それはメイリーの狙い通りだった。

 今分解されているのは極めて巨大かつ精緻な術式に見えて、それを構成する魔法陣や文字列のほとんどは何の意味もないノイズだ。

 ただ大量のノイズを入れるだけなら、余計な術式演算能力はほとんどかからない。

 そして魔法自体の大規模さに必要な魔力は、吐き気がするほど魔力の満ちるこの空間であれば全く問題にはならない。

 つまりこの術式は囮だ。

 僅かでも分解のための演算負荷を強要するための。


 魔法を纏ったゼムの剣が、化物の昆虫じみた巨体を幾条にも切り裂いた。

 瞬間的にメイリーの術式分解負荷が超過したため剣にかかった魔法は全く分解はされず、完全な直撃となった。

 そこに、メイリーが並列して構築していた限定絶対破壊光塵魔法≪フォトナイザー≫が命中。

 生物的なデザインの兜に覆われた頭部が、光が散って消滅した。

 しかし。


「・・・やっぱり再生するよなあクソッタレ」


 全身の刀創が、消え去った頭がミチミチと音を立てた肉の盛り上がりにより治っていく。

 戦闘能力のみならず、生命力も魔王に匹敵しているという事だ。


 不意の、不気味に膨張した腕による薙ぎ払い。

 ただそれだけだが、それは軌道上のあらゆる物に原形を残すことを許さないだけの破壊力を秘めていた。

 そして触れずとも衝撃で殴る事が出来る。


 強制的に弾き飛ばされた二人は、追撃の機会を失った。


「やっぱ単純にパワーがあるってのはズルいよなあ」


「あら、ゼムもあんな虫っぽい格好になりたいのかしら?」


「ハッ、御免こうむるな!」


 軽口を叩いてはいるが、実のところ二人は手詰まりだった。

 対峙するあの化物はは魔王でこそないが、魔王に匹敵する何かだ。

 そして単純に力や強さのみならず、魔王を最も魔王たらしめる性質も厄介な事に魔王に匹敵していた。


 勇者以外には実質的に殺し切れない、というものだ。


 防御力なのか、生命力あるいは再生力か、あるいは純粋に不死なのか。

 逆に言うとそれをどうにかできる何らかの力を持つ者を勇者と呼ぶ。

 そして、いかに拮抗し善戦しようと、メイリーもゼムもその意味では勇者ではない。

 現に魔法と魔法、剣技と暴力が激しく交叉し続け、そのたびに正体不明の化物側が僅かずつ押し込んでいた。


 一手ごとに何かを学習しているのだろう、魔法分解の速度は上昇していきノイズ混入では追い付かなくなっていた。

 またゼムの剣術も学習されているようで、反応されて防がれ、返される事が多くなってきていた。


 乱舞するように地を走るエネルギーの筋が生み出す衝撃波。

 それを避けた二人は背中合わせの状態で一か所に固められた。

 化物が、三対六本ある全ての腕を頭上に掲げた。

 その中央に集まる巨大なエネルギーが、まるで地下空間に小さな太陽を生みだしたかのように煌々と輝いて空間内の空気を焼いた。


「なあメイリー・・・あれ、防げるか?」


「あら、そんな消極的な男だったなんて初めて知ったわ」


「・・・全く歳は取りたくねえモンだな!」


 次の瞬間にはメイリーによる多重強化と防御壁がゼムの体を包み込んでおり、大型弩砲(アーバレスト)の矢よりも凄まじい勢いで飛び出した剣士が迎撃の網をくぐり接近していった。

 四方八方からの棘が掠るたびに防御が、強化が剥がれていく。

 それでも止まらず、化物の首に肉薄する剣の化身。


 ・・・しかし、最後には遂に止められた。

 最後の棘が右肩を貫き、空中に縫い留められてしまったのだ。


「ゼム!」


 ほぼ反射的に、メイリーは悍ましき太陽の最後の炸裂を妨害すべく攻撃魔法を乱射した。

 ・・・おそらくは無駄になるであろうことを覚悟しながら。



 しかし、最後の瞬間は訪れなかった。




 突如として宙空に巨大な立方体が生じた。

 化物の作った太陽を中心に、いくつかの手首を巻き込むように発生したそれは、数秒後に急速に縮んで消滅するとともにその中に入っていたものを全て抉り取ってしまった。


 化物が腕を掲げて大魔法のエネルギーを集めていた中心は、空気以外には完全に何もない空間となったのだ。


「!?あれは・・・一体!」


「ったくよぉ・・・隠れてろっつったのにな」



 一人の幼い少年が、ゆっくりと空中から降りて来た。



 邪悪な叫びとともに殺到する黒い棘。

 しかし正方形の板が多数出現し、全て防がれ少年のもとまでは届かない。


「ファルっ!どうしてこんな所に・・・いえ、それよりその力は!?」


「分からない。でも、そのバケモノを何とか出来るのだけは分かるんだ。その使い方も、ハッキリと」


 手首から先の無くなった化物の腕が竹を裂くように分かれ、その全てが一瞬融けた後に手の形を取った。

 浮遊する最大の邪魔者を刈り取るために振るわれる、目測でおよそ百本の腕による致死の攻撃。

 しかし、次の瞬間にはファルはゼムとともに、メイリーの所まで降りていた。

 標的を見失った化物は僅かの時間狼狽を見せた。


「奴の術式分解が全く効いていないなんて・・・まさか、ファルの魔法は」


「時空魔法だぜ。流石に驚いたろう」


 メイリーの回復魔法を受けながら、ゼムは横から口を出した。

 できれば本人の口から聞きたかったメイリーだったが、理由は不明なものの魔法と言う力そのものに目覚めたのがついさっきと思われるファルに聞くのも無理があると思い直した。


 推測だが、あの化物は術式分解は知っている種類の魔法しか出来ないのだろう。

 一つの国全員を調べて誰も引っ掛からないというレベルで適性の持ち主が極めて少ない時空魔法であれば、予め知る事が出来ず全く対応できない理由としては納得がいく。

 だが、それも解析されるまでの話だ。


 その時、化物が体勢を立て直して三人に向き直った。


「大丈夫、これなら倒せるはずだよ!」


 ファルが手をかざすと、先程太陽の様な魔力球を消滅させたよりもさらに大きな透明なキューブが発生し、化物の体全体をすっぽりと包んだ。


「さっきと違ってこのまま消し去るのは無理だ。でも、今なら!」


 メイリーは、空間内の魔力の流れが今までと違っているのに気付いた。

 あの化物は、自身の肉体の外側と常軌を逸して頻繁に魔力交換をしていた。

 通常の生物でも行う事ではあるが、あの化物のそれはサイズによる規模の大きさを考えてもなおも桁違いに過剰だったのだ。

 それが、途絶えた。


 「≪フォースバレット!≫」


 メイリーの魔法がキューブの壁面を透過し、化物に命中した。

 ・・・術式分解されない!


「(そうか、あの馬鹿げた術式演算能力は個体の中じゃなくて外に頼っていたからなのね!部屋全体、あるいはもっと大規模な何かでそれをやっていた!でもファルの魔法でその交信を妨害された今なら!)・・・在るべき場所へ、帰りなさい!」


 人類の限界を超えた、怒涛の大魔法ラッシュ。

 見る間に化物の体が砕け、穴が開き、再生はするものの今までに比べてその勢いは明らかに弱く全く追い付いていない。

 そこの、ゼムが長剣を構えて跳んだ。



「≪終なる絶刃、ブランクセイバー!≫」



 それは、純粋なる破壊の魔力を纏った究極の一閃。

 後に残ったのは、ゼムの手にある柄だけになった剣、そして真っ向唐竹割、というより剣の延長線上の軌道に沿って()()()()()()()()二つになった化物の巨体。


 肉体が光って見える魔力粒子になって霧散していくのは、魔物やガイストが命を落とし消滅していくときの様子と全く同じだった。



 勝利した。

 いや、生き残った。



 ゆっくりと息を吐きながら、命の奪い合い用から平常時の状態に精神のギアを落としていくメイリーとゼム。

 ファルは急にそこにへたり込み、急激な全身の疲れに動けなくなっていた。

 当然だ、いかに大きな力があろうともつい数時間前までは今まで生きてきてまともな戦闘経験もない子供に過ぎなかったのだ。





 パチパチパチパチ・・・




 どこからともなく、一人分の乾いた拍手の音が聞こえてきた。


『どうやら勝ち残ったようだね。おめでとう、と言わせて貰うよ』

化物のデザインはド○アーガっぽいのをイメージしています

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