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第四話

「・・・引き留めてくれてありがとう。でも、やっぱり帰るよ」


 光の中に立つその人物は、ゼムの投げかけた疑問とも提案ともつかない言葉に少しだけ考えてそう答えた。


「どうしてだ?即物的なモンで釣るのもあれだが、こっちに留まればお前は英雄。手に入らないものがない程の名誉と立場の持ち主だ。文字通り一国一城の主にさえなれるんだぞ?」


「正直それも魅力的じゃないわけじゃないんだけどね。けどこっちに居てずっと頭の隅で思っていたのが『いつか帰りたい』って事だったんだよ。ゼムとメイリーだって、絶対に途方もない苦労があるって分かり切っているのに故郷を一から作り直そうとしてるんじゃないか?」


 そう返されると、もう反論のし様がなかった。

 最後に別れの言葉と共に一度だけ微笑んだ人物は、光の柱の立ち上る中心に歩を進めていった・・・。




「・・・・・・夢、か・・・こんな時に」


 意識が朦朧としている時間を最低限に抑えられるゼムが僅かな時間に見ていた夢は、忘れようにも忘れられない別れの記憶だった。

 思い出を振り切り、現状の確認に意識を向ける。


 脱出の直前、何かの衝撃に吹き飛ばされたのまでは覚えている。

 腕の中に抱えていたファルは気絶しているが息があり、どうやら無事だ。

 触手に呑まれて頭部の広範囲に火傷の様な傷を負ってしまっていたのに関しては、ゼムのほぼ気絶しながらもそれ程巧みではないものの回復魔法を掛ける、と言う離れ業が功を奏し僅かの痕を残して治癒していた。

 ゼム自身の怪我の状況も、ほぼ無傷レベルだ。


 しかしそう言ったものを吹き飛ばす、最大の問題があった。

 メイリーがいない。

 いつも傍に付き添っていたメイリーが、どこにも見当たらない。


 懐中時計を確認すると、さっきの広間に突入してから5分程度。

 魔法金属製で下手な鎧より頑丈なこの時計は、しっかりと狂いもせずにカチカチと時を刻んでいた。


 ああ、そうだ。

 前にもこんな事があった。

 勇者パーティーが戦力分断されるのは魔王軍との戦いでいつも気を付けていたものの、それでも食らう時は食らってしまうものだった。

 焦りとも血の湧き立ちともつかぬものを背中に感じる実に久しぶりのピンチは、まるであの時に()()()ような懐かしい感覚だった。




 燃えるような緑の斜面に咲き乱れる一面のコスモス。

 遠くの方には白い頂をした連峰が世界を見守るように屹立している。

 駆け回る子供たちの声。

 チーズの出来を自慢し合う男たち。

 青空に浮かぶ雲が山肌に描く美しい影絵。

 本当にいつも通りの日だった。

 本を読むにも洗濯をするにも最高な、そんな一日。

 今でもくっきりとした光景が、風の肌触りや匂い付きで思い出される。


 ・・・いつの日か老いてベッドの上で二度と目を覚まさなくなるその時までずっと続く、そう信じていた故郷の最後の一日の様子。


 そこで、短い夢は醒めた。


(・・・不思議なものね。故郷で過ごした時間よりも冒険者として生きてきた時間の方がずっと長くなっているのに)


 メイリーは落下しながら、重篤な魔力酔いで半分意識を失いつつも気配遮断と防御効果のある結界を張っていた。

 これにより高所からの落下の衝撃のほとんどを吸収し、かつ触手の化け物どもから身を護る体制を自覚も記憶もないまま構築出来ていたのだ。

 冒険者として最適化しすぎた自身の状態に初めて愕然としたのは、いつの事だっただろうか。


 何はともあれ、これだけ濃密な魔力の中にいれば自身の魔力の消耗の心配はまずない。

 あとは魔力酔いさえ収まれば、合流の為に動く事も出来る・・・目下それが一番の問題なのだが。


 しかし、とその時メイリーの脳裏に疑問が浮かんだ。

 この苛酷なクエストを完遂し、目的通りに故郷を作り直す機会を得たとする。

 新たに作られたその地は果たして、自分たちにとって故郷と呼べるものなのか?

 それは本当に取り戻したい故郷そのものなのか?

 そこは、帰る場所なのか?


 闇の中、孤独、魔力酔いによる狂暴なまでの眩暈。

 それが精神に影響した結果のつまらない思考の迷路だ、とメイリーは頭を振った。




「クソッ・・・こいつは、どうしたモンかな」


 再び広間の前まで来たゼムのファルの前に、思ってもみなかった光景があった。

 道が無かったのだ。

 奈落の上に掛けられた広い橋の様な通路が崩落し、向こうに渡る術が無くなってしまっていた。

 ここに来るまでの地下通路は完全に一本道で、分かれ道や迂回路などは無い。


 あの触手共のいる下に降りる他ないのか?

 流石にあの中にファルを連れて入ることは出来ない・・・そんな事をゼムが考えていた時だった。


「多分だけど・・・渡れるよ」


「・・・何だって?」


 ゼムが振り返ると、ファルが両手を前に突き出したそこに丁度家のドア位のサイスの、虹色に光りつつ揺らぐ空間が出現していた。

 明らかな魔力を伴って。


「お前・・・まさかこれ、時空魔法なのか!?そんなレアな適正が・・・」


「分からない。でも、良く分からないけど行けるのだけはハッキリと分かる」


 見ると、さっき回復魔法で治ったばかりのファルの頭のうっすらした火傷痕が、術式の様な模様を描いていた。

 どう考えてもあの触手に丸のみにされかけた時のものだ。

 だが、単に捕食するのではなく力を与えるとは?

 ・・・そんなゼムの疑問を尻目に、ファルの魔法の準備は完成した。


「跳べッ!」


 輝いた景色が一瞬にして引き伸ばされ、それが収まると二人は今まで立っていた場所から見て向こう岸にいた。

 入り口側と比べこちらは高さがやや低い位置にあったので、移動しているのは見ただけで分かった。

 間違いなく、時空魔法による短距離跳躍だ。


 しかし、魔法と言うのは基本的には深い学問の上に成立する技術体系だ。

 ぶっつけ本番で成功するような物ではない。

 メイリーでさえも一つの魔法について何度も訓練の中で失敗を繰り返し、それで実戦で使い物になるレベルまで練り上げているのだ。


 いきなり本番で成功させるような人間の例は、嘗てともに旅をした勇者以外に知らない。


 ファルが何かをされて力を得たのは間違いない。

 だが、どこまでがそうで、どこからが本人の資質なのか?


 もう二度と会う事もない友の背中を幻に見ながらも、ゼムには判断が付かなかった。

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