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第三話

 いきなり襲い掛かって来た牛頭鬼(ミノタウロス)型のガイスト二体が瞬く間に倒された。

 ガイストは通常の魔物と比較して凄まじく強化されている他、外見的特徴として体のどこかが白い骨の様な外殻で包まれているので、大抵は見ただけで分かる。

 最も、勇者の仲間として戦ってきたメイリーとゼムにとってはそれさえも相手にはならない。


「出て来ていいぞ、怪我はないか?」というゼムの言葉に、ファルは物陰からおずおずとその身を乗り出した。


「あら、私は心配してくれないの?」


「メイリーがあの程度の奴にやられるようなら、この世は未だに魔王で大ピンチだろ」


 それもそうね、と大した感慨もなく返すメイリー。

 そしてこれまでの階層には多数のガイストは存在したものの、異変の中心となる何かは見つけられなかった事を二人は確認し合っていた。


「・・・ねえ、聞いてもいい?」


 不意に何かを訪ねる言葉を口にしたファルに、二人は顔を向けた。


「何でそんなに強いんだよ?あんなバケモノたち、大人がいくら束になっても勝てないのはわかるのに・・・あんなに軽くやっつけるなんて」


「強い・・・か。確かに俺たちより確実に強い奴なんて、この世に一人しかいないな。そしてソイツはもう、どこにも居ない」


 城の上層階は崩壊が著しく、謎の気色悪い菌か肉腫のような、しかしよく見ると無機物にも見える何かが建物中を這って補強してはいるものの、天守の天井は崩落し曇り空が見えていた。


「私達の目的は、その人に会う前からずっと変わらない。一度は滅び去った故郷をもう一度作り直す、って言うね。それを目指してずっと頑張って来たけど、このぐらい強くなってもまだ遠いのよ」


「言うなれば国を一から作るのと変わりねえからな。だが今回の調査で成果があれば、グッと近付くんだ。・・・答えにはなってるか?」


 一応は首肯したが、ファルの脳裏にはさらに疑問が浮かんだ。

 目的に近付いてるならどうして、二人とも・・・そんなに寂しそうな顔をしているんだろう?




「やっぱりここから地下に行くしかねえか。絶対なんかじめってるし、気持ち悪いのとかいるよなあ」


 そんな不満を口にするゼムを横目に、メイリーはファルに問いかけた。


「私達はこれから、この入り口から城の地下に入らないといけない。言うまでもなくそこにあなたを連れて入るのは危険だし、一人で置いていくのもやはり危険なのはわかるわね。だからどうしたいかはファルが決めて」


「僕は・・・僕も、連れて行ってほしい。ウィロンが滅んだのは正直ざまみろとしか思わないけど、何でこんな事になっているのかは知りたいんだ」


「そう、あなたは強い子ね」


 メイリーは少し屈んだ体制でファルの頭を撫でた。

 ゼムは道具袋から取り出した松明型の魔導灯に魔力を込めた。


「じゃあ行くぜ。これをやらかした張本人の顔を見にな・・・そんな奴がいるなら、だが」


 魔力の炎が灯り、薄暗い広間を黄金色に強く照らし出した。




 最初のうちは石組みの通路が続き、いくつか階段を下りていくうちに石の組み合わせが荒くなり、やがて手掘りのままの道になった。

 松明型の魔導灯の利点は、通常の松明の利点である邪魔なクモの巣などを直接焼き払える、戦闘時に床に投げても消えないと言ったものを残しながら光量がより大きく、時間で燃え尽きる事もなく魔物避けの効果もあると言った点にある。

 言うまでもなくその分高価だが、勇者の仲間であったメイリーとゼムにはどれ程の価格でもない。

 前衛にゼム、後衛にメイリーでその間にファルを挟んだ隊列で、時折出てくるガイストを蹴散らしながら一行はより深く道なりに潜っていった。

 まるで未知の魔物の体内でも進むようにファルには思えた。


 どれだけ進んだのだろう。

 不意に手掘りの隧道(トンネル)が終わり、石組みにしてはつなぎ目も見えない明らかに人工物の回廊が始まった。

 壁面や天井、床には魔法文字が光っており、明かりが無くても物が十分に見えるほどだ。

 ただ念のため魔導灯は点けたままにされた。

 しかし人工的な空間であるにも係わらず、そこには人の営みがあったなら滅び去った遺跡にさえも感じ取れる種類の文化、文明の匂いが全くしない。

 むしろ、人の存在してはいけない空間だ。


 しかし勇者の仲間になる以前から冒険者だった二人はむしろ「帰ってきた」という想いさえも抱いてしまうあたり、ある種救い難い種類の生き方である。


 さらに暫く変化のない道を進んでいくと、灯りが作る影がゆらゆらと不自然に揺れた。

 後ろの方で魔導灯を持つメイリーの足取りが若干ではあるがふらつき出したのだ。


「・・・大丈夫?」


「心配してくれてありがとう、でもただの軽い魔力酔いよ。少しづつだけど魔力の密度が濃くなってきたからね」


 優れた魔力感知能力を持つ者は、しばしば魔力酔い体質も発現してしまう。

 魔法を使う優れた資質と不可分であり、メイリーにとっては共に長く生きてきてある意味、家族よりも友人よりも慣れ親しんだ感覚でもある。



「・・・うぐぅッ!?」


 だが不意に広い空間に出た時、それでは済まない程の眩暈に襲われたメイリーは一瞬意識が遠のき、その場に膝をついた。

 脂汗を浮かべ、吐き気のために口まで抑えていた。

 あまりにも人智を超えて濃密のみならず何かの指向性もある魔力は、専門職ではないゼムどころかただの子供であるファルにさえも空気のおかしさとしてハッキリと感じ取られた。


「メイリー!」


 メイリーに駆け寄るゼム。

 この空間はただの広間と言うよりは、底の見えない奈落の上に橋のように広く頑丈な足場が掛かっているという構造だ。

 おそらくこの異常な魔力の発生源は下の方にある。


「ごめん・・・なさい、チョット馴れるには・・・時間が・・・かかるわね」


 魔力酔いは、基本的には時間さえ経てば治る。

 しかしそれを待つかどうかは場合による。


「・・・一旦少し戻って結界拠点を作る。どうもこのダンジョンは、思ってた以上にヤバそうだ」


 そうゼムが提案し、他の二人も同意したその時だった。

 奈落の底から、何かが飛び出した。

 それが何なのかを見て判断するより前に反応したメイリーとゼム。


 しかしファルだけは、何の力もないただの子供に過ぎない。


 幾条もの巨大な影が、ねばつくような音の混じった轟音とともに舞う。

 空中の触手に、幼い少年の肢体が絡め取られていた。

 中でも一際大きな一本が、ファルを頭から丸呑みにし掛けていた。


「んあああっ!うわあああーーーーー!あつい、あづいいいいいいいい!」


「クソッ、≪飛翔せよ光刃、ホーリーセイバー≫!」


 ゼムの振るった長剣の延長線上およそ10mに渡る軌道が、悍ましいとしか形容しようがない肉の塊を光によって灼き切った。

 さらに勢いのまま飛んで壁面にぶつかった光刃を中心に、壁の魔法紋様の放つ光が波紋のように広がった。

 それが一瞬だが、奈落の下に犇めく何かを照らし出した。


「・・・戻るぞ!体勢を立て直す!」


 落ちた触手からファルを引っ張り出したゼムは、本調子ではないメイリーの手も引っ張って全力で駆け出した。

 突如として出現した魔王や魔物たちとも違う圧倒的な何かに・・・頭のどこかで心躍るものを感じながら。

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