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第一話

 閃光が空を裂き、背筋に沿って大きな棘の並ぶ犬のような姿をしたガイスト――魔王の召喚獣の脇腹を貫いた。

 苦悶の唸り声を上げるガイストをまるで宥めるような、女の声が響いた。


「もういいのよ・・・家へ、お帰り」


 声自体は若い女の物だったが、どこか人生に疲れて終わりを待つだけの老人の気怠さの様な雰囲気も籠められていた。

 女性の手から伸びた閃光の筋が一層輝き、数秒後にはガイストの姿は綺麗さっぱり消滅していた。

 まるでこの場には最初からそんなものがなかったかのように、後には人気のない廃虚となったウィロン王国の都・ウィロニアの街並みが残った。


「概ね片付いたようだな、メイリー。しかし魔王が消えて相当経つって言うのに、未だにあんな大量のガイストがいるモンなのか」


 赤い髪を短く刈り揃えた鎧姿の男が女に声を掛けた。

 自身も戦闘後だと言うのに疲れた様子は微塵も見せず、多少の汚れもむしろ精悍さを引き立てていた。

 しかし彼もまた、若く見えるのに反し女同様の気怠さを纏っていた。


「全て帰したわけじゃないしね。それよりゼム、何があったの?」


「ああ・・・ちょっと俺の不得意分野がな」


 メイリーと呼ばれた女は黒く艶のある髪、最上位の法師しか着用を許されない神威の紋の入ったローブを翻し、知性と優しさを湛えた美しい瞳に疑問を湛えてゼムに向き直った。




「・・・成程、これはゼムには向いてないわね」


 鍵のかかっていない牢の中で毛布にくるまり蹲って居たのは、まだ幼い男の子だった。

 人の気配がなく荒れ果ててはいるが、造りから奴隷商の建物と思しきその中に彼はいた。

 奴隷用らしい粗末な服などまず間違いなく商品として連れてこられてきたのだろうが、その存在がメイリーとゼムの些かスケールの大きい予想を確かなものにした。


 ウィロン王国が何の前触れもなく滅び、外界との如何なる行き来も出来なくなったのがおよそ二百年前。

 しかし結界が薄まって二人がこの領域に調査のために侵入して見たここの様子は、確かに人の気配はなく荒れてはいるが二百年も経過した程の荒れ方ではない。


 この国は丸ごと、二百年前から時を越えて来たのだ。

 領域に入れなかったのは結界が人の侵入を拒んでいたのではなく、単にその空間が存在しなかったからなのだ。


「もう大丈夫よ、大丈夫」


「う、うう・・・」


 それ程長い虜囚の期間ではなかろうが、それでも栄養の足りない様子の見て取れる子どもはメイリーに任せ、ゼムは念のため外の様子を見に行った。

 通常の魔物の気配は多少あるが、ガイストの気配はない。

 ・・・天に聳え立つ無駄に豪華な王城の方を除けば。

 ただ、そこに待っているのが単なるガイストだけのはずもない。

 これだけの異常事態を直接引き起こした何者か、あるいは何かが、たかだか魔王の尖兵ごときであろう訳がないのだ。


「故郷を取り戻すってのも楽じゃねえな」




 メイリーとゼムは、かつて間違いなく世界一有名な冒険者チームの一員だった。

 そして現在、とある少数民族の末裔だったメイリーとゼムの二人は、一度は滅んだ故郷を再建する資金や許可を得るために複数の国からの合同依頼でウィロン王国跡の調査に入ったのだ。

 目的のために秘術を用いて五十年前から老化まで止めているのだ、この千載一遇のチャンスを逃すことは出来ない。


 自分を呼ぶ声がし、ゼムは再び建物内に入った。



 子供の名はファル、奴隷として売られてきたのは半年前だと言う。

 奴隷としての調教が始まる前に突如として異変が起こり一人取り残され、それ以来ガイストの闊歩しだした外には出ずに息を潜め建物内に蓄えられた保存食で食いつないできたと言う。

 それも残り少なくなった時に、二人が現れたのだ。


「それで、ファルはどうしたい?」


「家に・・・帰りたい・・・」


 ゼムの問いに対するファルの答えに、二人は言葉に詰まった。


 ウィロン王国は魔王と戦う勇者を輩出してきた国としても知られるが、一方隣国や少数民族への侵略や弾圧の強引さ、苛烈さでも歴史にその名を汚名として残していた。

 ある時国丸ごと忽然と地上から消え去ってしまう直前も、南洋の諸島に住む民族を併呑するために動いていた。

 ウィロン王国に攻め込まれた彼らは故郷の地を離れ、現在は現在は混血が進んだ状態である国の自治区に押し込められている。

 そしてファルの浅黒い肌などの身体的特徴、それに言葉の訛りはその古い民族の特徴があった。


 最早、彼には帰る家などないのだ。


「さて、俺達はこれからあの城に行かなくちゃいかん。しかし子供を一人置いていくわけにもなあ。連れて行くか、帰りにピックアップするか・・・」


 ファルはゼムの言葉に、怯えたようにメイリーのローブの袖に縋り付き、涙目で首を横に振っていた。


「危険だけど連れて行きましょう。これ以上、この子は孤独の闇の中に置いてはいけないわ」


「・・・ま、メイリーならそう言うだろうとは思ったよ。出てくる邪魔者を片っ端から斬れば、取り敢えずは安全だろ」


 危険なガイストが我が物顔で闊歩するこの王都ウィロニアで、まるで当然の様にそんな事を言い放つこの二人組は何なのか、ファルは当然の疑問を持った。

 その時、獣の鳴き声の悍ましさの成分だけを濃縮し、山ほど積み上げた様な大きな音が鳴り響いた。


「あ・・・あいつは!だめだよ、あいつはやつらの中でも特に強いやつだよ!他のバケモノを・・・食って・・・!」


 だがファルのそんな必死の訴えにも、二人は平然としたものだった。


「・・・気配はしなかった。影種か」


「大丈夫よ、ファル。その子もちゃんと在るべき所に帰してあげるから」


 杖と剣、それぞれの武器を手にメイリーとゼムは建物の外に歩み出て行った。

 まるで散歩にでも行くかのような軽い足取りで。




 怒りと苛立ち。

 いつもの餌場にいつもの餌共がいない。

 そして、いつもは感じない臭いニオイが残っている。

 そいつらが餌を横取りしたに違いない。


 地面に広がっていた黒い沼の様な影が集まり、立体を形作った。

 それは敢えて言うならば、兎に似た姿をしていた。

 しかし兎と言うにはおよそ五メートルという体躯は余りにも大きく、黒い体毛の所々は白い骨の様な外殻に覆われており、大きな耳は鋸の様は刃が付いており、何より顔が余りにも凶悪、と言うか邪悪でグロテスクだった。


 そいつらは、すぐに見つかった。

 見慣れない小さな生き物が二つ、放っているニオイも餌を横取りした奴と同じだ。

 まあいい、今日の所はそいつらを餌にして、新しい餌場はあとで探しに行こう。


 突風が黒い形を得た様な疾走からの、武器である耳を横薙ぎ。

 今までそれで狩れなかった餌はない。

 横の邪魔な建物を切り裂いて瓦礫に変えつつ、耳がそいつらに届いた。


 ・・・兎型のガイストが自分の目で見た光景は、それで最後だった。


 全身を高速で切り刻まれて視界が闇に変わり、次いで強力な魔力で核を貫かれていたのだ。


「居るべき場所に、帰りなさい」


 全身が光の粒子に解けて物質として消えていく中、兎のガイストはそんな声を耳にした。




「流石に影種は一太刀じゃ狩れねえな」


 建物の外に飛び出してきたファルは、余りの光景に絶句した。

 そして回らない口を何とか動かし、二人に尋ねた。


「あ・・・あの・・・あなたたちは、一体!?」


 メイリーは、微笑みを浮かべてその問いに返した。


「私達は・・・魔王を倒した勇者のパーティーメンバーだった者よ。かなり昔の話だけどね」

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