表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

記念

作者: CLIP

お色直しの為、主役二人が中座している披露宴会場の明かりが消され、

スクリーン一面に真っ白いモノが大写しになった。

出席者が『何が始まるのだろう…?』と言うような感じでそれを見つめていた。

カメラが段々と引いていくと、その真っ白なものの上に

さっき退場したばかりの新婦、美久の顔が映し出された。

真っ白いモノ、それは美久の首に巻かれたカットクロスだった。


~控え室~

カットクロスを首に巻き、静かに座っている美久

その後ろには、カットの準備をした、新郎、雄大が立っていた。

「本当にいいのか?」

最後の確認と言う感じで雄大が美久に聞く聞いた。

美久はちょっと振り返り雄大の目を見つめると小さく頷いた。

『じゃあバッサリ切るよ』

雄大はそう呟くと、美久の長い髪にはさみを入れた。

『ジョキッ…』

はさみの音と共に、長い髪がバッサリと切り落とされ、

真っ白いカットクロスの上を滑って落ちて行った。

カメラはその一部始終をリアルタイムに、少し離れた宴会場のスクリーンに

映し出していると言う訳だった。


「うそ…これ今やってるの?」

出席者のあちこちから驚きの声が漏れる。

その瞬間にも、スクリーンの中の美久は、肩下20センチはある長い髪を

肩に付かないほどに、どんどんと切り落とされていた。

「あれ、美久と雄大クンだよね…」

見れば判る事を…今見ている光景が信じられないものだからだろうか

友人席に座っている美久の親友達からもそんな声が囁かれていた。

出席者は、全員そのスクリーンから目が離せなくなってしまっていた。


控え室では、美久のカットはどんどん進められ、

長かった髪も、サイドの一握りを残すだけになってしまっていた。

その残りの髪も、雄大の潔いはさみさばきで、呆気ない程に断ち切られ

美久はあごラインのボブになった。

「このままでも似合うけどね…」

そう言いながらも、雄大のはさみは動きを止める事なく、

次にトップの髪を持ち上げては指ではさみ、その指から出ている髪を切っていく。

また10センチ位の髪がカットクロスの上を滑り、床に落ちていく、そしてまた次の髪…

はさみはどんどんリズミカルに、動きを速め、その度に髪が切られていった。

トップの髪をざっと切ると次は横、耳がすっかり見える長さに切り、

その露出された耳の上を更に上に上にと刈り上げていく…

残された髪はわずか1、2センチだろうか、雄大は楽しそうに

そして大胆に髪を切られている美久もまた幸せそうに笑っていた。

反対側のサイドも同じようにザクザクと髪が切られ、

はさみはやがて後ろへと移っていった。

「ちょっと下向いて…」と言う感じで雄大が美久の頭を押さえる

言われるままに美久が下を向き、後ろの髪にもはさみが入っていく

後ろの髪も、サイドに合わせ、かなり短く切られ、そして上の方に刈り上げていった。

後ろが終ると、またトップの髪に戻り更に細かくはさみが入る

3センチくらいに切られた髪が所々ツンツンと立ち上がっていた。

そして前髪…唯一長めに残っていた前髪を、もう一度くしで梳かすと

雄大の持ったはさみは、躊躇う事なく、生え際からかなり近いところでパツンと切った。

ハラリと前髪が切り落とされ、美久の大きな目が見えた。


スクリーンはその美久の目を捉えた所で、ストップになりそして消えた。

室内の明かりが付けられ、それと同時に一斉にあちこちから話し声が出た。

「この続きはもうしばらくお待ち下さいと、お二人からの伝言でございます」

そのざわめきを止めるかのように、司会者の男性がそう言った。

しばらくし、また室内が暗くなり、司会者が話し始めた。

「新婦、美久様より、メッセージをお預かりしていますので読ませていただきます」

そう言って読み始める。

『ずっと長かった髪を、今日、結婚の記念に短く切り、新たな気持ちで

雄大さんと一緒になります。』

今日から夫となる新郎にそのすべてを任せていたからこそ、

あの幸せそうな表情があったのでしょう、司会者はそう付け加えた。

「それでは、気持ちも新たに、新郎新婦のご入場です」

出席者は、一斉に入場口の方を見つめた。


音楽に合わせ静かに扉が開き、二人の姿が見えた。

スポットライトが当たると、想像はしていたものの、

美久のあまりの変わりように、皆、息をのんだ。

それでも、そのすぐ後には沈黙も拍手と歓声に変わり、

その中を主役の二人が手にキャンドルを持ちながらゆっくりと歩き出した。

退場した時は、和装だった二人が、今度はタキシードとドレスに着替えている。

でも服装の変化より何より、出席者の視線はほとんどが美久に注がれていた。

胸元も背中も大きく開いたデザインの純白のドレス…

そして、さっきまで、その開いた背中を覆っていたであろう長い髪は跡形もなく

まるで頭のカタチそのままに見えるように短くカットされていた。

耳も、襟足も、そして額もすっかり見える。

雄大の手によって仕上げられ、スタイリングされたその髪は

美久の顔を何倍にも何十倍にも輝かせて見せていた。

「美久、すごいきれい…」

キャンドルをそれぞれのテーブルに灯して回りながら、あちこちでそう言われて

更にその笑顔を輝かせていた。


宴の終りに、代表して雄大から出席者への挨拶があった。

カタチ通りの挨拶を述べた後に、傍らに寄り添っている美久を見つめ、そして言った。

「結婚式に、別れる、切れるは禁句ですが、本人達自らここまでやってしまえば

誰も文句は言わないだろうと言う事でやりました。

美久は…本当は『坊主』にしたいと言ったのですが、嫁さんになるのであって、

尼さんになるのではないから、と、さすがにそれは却下しました」

冗談交じりに話す雄大の横で、美久は照れながらペロリと舌を出した。

そんな二人の様子に、出席者の拍手はいつまでも続いていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ