迷子のお知らせをいたします。
飲み物を持ったまま、少女は園内を散策する。座る場所を探していると、ちょうど御誂え向きに、大きな噴水を見つけた。あそこに腰掛けながら、ゆっくりジュースを味わおう。
少女が噴水の縁に腰掛けると同時に、可愛らしいメロディが鳴る。からんころんというベルの音を合図に、目の前の噴水が勢いよく上がり始めた。どうやら噴水ショーの始まりらしい。噴水の中に仕込まれたライトと、メロディに合わせてバレエのように絶妙に揺れる水柱が幻想的だ。
気がつけば、自分と同じくらいの少年が一人、ぼんやりと噴水を見上げていた。
あの子も一人でこの遊園地に来たのかしら。
思い返して見れば、行列に並んでいたのはみな子どもたちばかり。ふわりと、うさぎにもらった桃色の風船が揺れる。
踊る水柱が、さっと噴水の真ん中から道を作る。まるで噴水から誰かが登場するみたい。くすりと笑った少女の前に、二人のピエロが現れた。まさか、嘘でしょう。だって噴水の中には、さっきまで誰もいなかったのに。
ピエロは堂々と噴水の中を歩く。どう考えてもびしょびしょになるはずなのに、ド派手な服はどこも濡れた様子がない。少年の目の前までくると、ピエロはおいでおいでと噴水の中に誘ってくる。
「お母さん?」
「お父さん?」
少年の問いかけがいやに耳に残る。こんなピエロが両親であってたまるものか。少女の内心など素知らぬように、ピエロは悠々と少年に手を差し伸ばす。その道化師らしからぬ動きがいやに気持ち悪いのだ。
本当にあのピエロたちについていって良いのかしら。
少女は不思議に思う。だってこの遊園地には少女だって一人で入ってきたのだ。あの少年も同じなのではないだろうか。大体、あの噴水の中に行って何があるっていうの。
気がつけば、また桃色の着ぐるみのうさぎがこちらを見ていた。入り口で風船を配っていたうさぎに、ジュースを作っていたうさぎ。そして、噴水の横に佇むうさぎ。同じうさぎにも見えるし、全然違ううさぎにも見える。
うさぎは心配そうに、少女と少年を見ているようだった。着ぐるみの表情なんてわかるはずもないのに、なぜだかそう思うのだ。まるでそのピエロの手を取ってはいけないと警告しているような気がしてならない。
「だめ!」
思わず、手に持っていた桃色のジュースを少年のそばのピエロに投げつける。オズの魔法使いの中で水に溶けた悪い魔女のように、じゅっとピエロは溶けていなくなった。もう安心だ。そう思った少女に知らせるかのように、ぶくぶくと噴水から濁った泡が立ち始める。メロディに合わせて、ピエロは噴水の中から何度でも現れることができるらしい。
きっとこのまるで待ち合わせスポットのような噴水の前が良くないのだ。
少女は少年の手を取ると、目を丸くした少年に何も言わずに一目散に駆け出した。