当園限定のお飲み物はいかがでしょうか。
園内は意外と広い。夏の夜ということもあってか、すっかり喉が乾いてしまった。
何か飲みたいなあ。でもお金もってないもんなあ。
そっと小さくため息をつく少女の前に、またもや桃色のうさぎが現れた。
「おノみモノは、イカガでしょうか」
小さな屋台はやはり桃色で、きらきらと夜道で輝いている。並べられている飲み物まで光り輝いているように見えて、少女は思わず駆け寄った。
飲み物の名前は、どれも一風変わったものばかり。
白雪姫の悪夢、いばら姫の眠り。髪長姫の憂鬱に、灰かぶりのため息。白雪姫と名前が付いているのだから、やっぱりこれはりんご味なんだろうか。じゃあいばら姫は何味なのかしら。少女はわくわくとしながら、商品を眺めてみる。
「わあ、白いタピオカが入ってる! 美味しそう!」
テレビでしか見たことのない食べ物を見て、少女は興奮する。人魚姫の涙と名前がつけられた青いジュースには、ご丁寧に真珠を模した白いタピオカが入っていた。
「そちらは、コイにヤブれたアワれなニンギョのナミダでございます」
恋に破れた哀れな人魚の涙は、海の中で凍りつきやがて輝く真珠になるという設定らしい。さすがは夢の国、食べ物一つとってもよく練られている。ゆらゆらと揺れる様は、まるで海に沈んだ人魚の涙そのもの。ネオンが煌めく夜の遊園地では、まるで本物の真珠のように七色に輝いてみえた。
じゃあ他のものは何でできていることになっているんだろう。少女の問いかけに、うさぎはぽつりと答えてくれる。
「こどもたちのゼツボウから、イカリとカナしみをロカし、ひとにぎりのユメとキボウをふりかけました」
お客様には特別にご覧に入れましょう。ゆらゆらと揺れるうさぎは、危なげない手つきでジューサーの中身を見せてくれた。まるでガチャガチャのような半透明の黒いカプセルがたくさん詰まっている。うさぎが一つ何気なくとって、少女の耳元でそれを揺らせば小さな悲鳴が聞こえた。
子どもたちの絶望から、怒りと悲しみをろ過し、一握りの夢と希望を振りかけるだなんて、うさぎは何だかよくわからないことを言う。絶望も悲しみも怒りも、そんなもの全部いらない。消えてなくなってしまえばいい。痛みも辛さもない、甘くて柔らかなものだけでジュースを作った方が美味しいだろうに。小首を傾げる少女に向かって、うさぎは壊れたレコードのような声で歌いながらジューサーのハンドルを回す。
そのまま出来立てのジュースを少女に手渡してくれた。どうやらお金のない少女へサービスしてくれたらしい。ナイショだよと言わんばかりに、人差し指を口の前に一本立てている。少女は何だかユーモラスなうさぎの仕草にくすりと笑うと、素直にそのジュースを受け取った。誰かに見られる前にと、小走りで屋台から離れてみれば、あっという間に桃色の煌びやかなジュース屋さんは見えなくなる。
それにしても何だか美味しくなさそうな材料だったなあ。これ、大丈夫なのかしら。軽く失礼なことを思いながらもらったばかりの桃色のジュースを飲んでみる。どこか昔に飲んだことがあるような、懐かしい甘ったるい味がした。