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エストラント・リーガ  作者: ヴォルフガング・ケトラー
第二節
25/67

【18】海の底の回廊(3)

 意外にも、真っ先にゴーレムへ向かって行ったのはヨーレンスだった。

(さっき...見た限りでは動きの速さは、そうでもない!)

飛び出したヨーレンスの後を追い越し、キャミィの(グランツ)がゴーレムに向かう。案の定、効いた様子ではないが、それでも獣が纏わりつく虫を払うような、それだけの間が彼にはもたらされた。

(充分だ)

ヨーレンスは"障壁(バルイェラ)"を発動させると、階段前に陣取るゴーレムを半ブロック未満の空間に、一旦閉じ込める。


「あいつ...何を...!?」

「いや...あれで良い」

敏感に事態を察した、ジオンとカロリーナだけは前進を始めていた。

「後方、来ます!」

訳が分からなかったルドは、キャミィのその声で、再び自分達が挟み撃ちされたことに気付いた。

「"あれ"の手前までだ...マリア、後ろの塞ぎを頼む」

一行がヨーレンスの発動した"障壁(バルイェラ)"の前まで素早く進むと、マリアは更に"障壁(バルイェラ)"を発動させ、迫ってくる魔物の群れを隔離するのであった。


「ふん、よう咄嗟に動けたものじゃな」

内心、マリアは先程、魔物を直接攻撃で仕留めたことを目撃したこともあって、ヨーレンスを手放しで褒めてやりたかったが、口に出てきた言葉はそうではなかった。ヨーレンスにしても、普段なら情けない声で応えるところなのだが、目の前の凶悪なゴーレムを近代魔法(スペーヤ)で抑えている彼に、いつもの余裕は無い。撤退戦はえてして困難であり、冷酷なまでに現実的だ。閉鎖空間独特の闇の気配が、一行に漂っていた。

「さっきより大きくて...ありゃあ、表面は石か?」

「まず...こちらに有効な攻撃手段は皆無だな...」

あの底が見えない強さをひたすら見せつける、そのジオンの言葉に、ヨーレンスは絶句した。

「ほう...でも、策はあるんじゃろ?」

流石に、この中ではジオンと付き合いの長いマリアが言う。最もこれ以上ヨーレンスへ憎まれ口を叩いていても、自分がおかしくなりそうな...そんな状態だったのが現実であるのだが、なんとかいつものような無表情だけは纏っていた。


行動(アクション)の頻度は、巨体ゆえ少ない...破壊力は高いが、素早さはなくて隙はある...」

「つまり、逃げるってことだろぉ? まあ、この状況なら、あたしも大賛成さぁ!」

「ああ、懐に入ってしまえば、抜けられるだろう」

「じゃあ、取り敢えず回復しておきますかぁ」

こんな状況でもルドは鷹揚に、全員に回復薬を手渡す。背後は"障壁(バルイェラ)"に足止めされた魔物の群れ、前には同じく"障壁(バルイェラ)"に足止めされている、石のゴーレム。ヨーレンスの魔法力はマリアほどではない。既に足止めも限界だった。震える手で彼は回復薬を飲む。こんな時でも茶目っ気たっぷりのルドは、ヨーレンスにだけ囁いた。

「万が一の時は、俺の魔界四十八手がお前を守るぜ、ククク...」


ゴーレムの面前の"障壁(バルイェラ)"が壊された。

「うおっ! 力技ぁ!?」

破壊の圧力が一行に迫る。ずしん、と地響きを立てて距離を詰めた相手の圧力に、ヨーレンスの恐慌は頂点に達した。先程は数体の魔物を何とか倒した自前の獲物...棍棒を握り締める手に、ますます力が入る。

(く、来るぅぅぅ!!!!!)

流石にもう情けない声を叫び散らす真似はしないが、それでも内面はこの通りである。短期間で濃い経験をしても、そうおいそれと変われるものじゃあない、ガクブルになりながらヨーレンスは竦む。その横を小さな影が通り過ぎた。気付いたゴーレムは右拳を斜め下に振り下ろす。地面を伝わって伝わってくる衝撃、そして閉鎖空間ゆえの空気の震え、恐怖に身体を支配されたヨーレンスはただ立ち尽くす。先程のルドの囁きは、気休めにもなっていなかった。


ジオンとカロリーナは"障壁(バルイェラ)"の破壊と同時にゴーレムに攻撃を開始している。だが二人の刃はそれに傷を付けることもなく、虚しく弾かれた。むしろその強い打撃の衝撃が自分の手に跳ね返り、カロリーナは珍しく渋い顔をした。

「ちっ、無駄か...」

だが思ったよりもゴーレムの行動速度は速い。続いて左腕の攻撃が、二人を襲う。空気が唸る音を間近で耳にしたカロリーナは咄嗟に避けるものの、強烈な打撃は彼女をかすめて鎧の一部を文字通り奪い取っていった。そして風圧でジオンの身体が揺らぐ。あの氷竜ですら、ある意味余裕であしらっていたジオンの行動(アクション)を、この敵は空振りの一撃だけで揺るがした。後方で一部始終を目撃したマリアは、ここに至って、内心激しく動揺する。


「よし、キャミィは抜けた...」

だがジオンは変わらず冷静である。囮としてキャミィを逃がすことに成功すると、わずか1ブロックのスペースで、更に脱出策を模索した。スッと体幹を立て、ゴーレムと向き合うと、彼は更に至近距離に近づいて密着する。長い剛腕は至近距離では存分に振るえない、危険を掻い潜って懐に飛び込んだジオンは、手刀に"鎌鼬"を纏い、細かい打撃でゴーレムの表面を削っていった。

(肘が...来るな...)

振り回す剛腕が当たらないとなれば、肘による攻撃は必然だ。そして案の定、やや後ろに足を引いた予備動作を、彼は見逃さなかった。


剛腕の右肘がジオンを抉ろうとした瞬間、隙を伺っていたルドは敵の左方から渾身の体当たりを決行した。先のゴーレムより確かに硬く、大きい。しかし攻撃行動に入っていたのが幸いしたのか、ゴーレムの巨体が揺れた。

「離脱しろ、ルドぉ!」

バランスを崩したゴーレムの頭部へ、凄まじい剣撃を見舞ったカロリーナが叫ぶ。だがルドが離れる前に、ゴーレムの左腕がルドを弾き飛ばした。壁へ衝突する音が響く。何とか受け身を取ったルドではあるが、幸いにも階段の方へ飛ばされている。だが次の瞬間、ゴーレムはその巨体から想像も出来ない動きで、横っ飛びからの左肘をルドに目がけて敢行する。ジオンとカロリーナが不意を突かれたその瞬間、動いたのは何とヨーレンスだ。棍棒を振りかぶって突進すると、偶然にも二の腕を捉えたその打撃が、凶悪な攻撃の軌道を僅かに反らしたのである。


「今だ! マリア!」

未だ動揺から抜け切れていなかったマリアは、我に返った。寝たような恰好になったゴーレムの足元付近のスペースを素早く抜けると、一気に階段までひた走る。一方ではよろめきながらも前に進んだルドも階段を目指していた。そして不恰好でもあり、端から見れば半狂乱のようなヨーレンスが、ただひたすらに棍棒でゴーレムを殴打している。二の腕から脇腹、回り込んで背中、倒れこんだのを幸いに頭部、涙目の絶叫が回廊にこだまする。

(...あの攻撃が効いてる!?)

ヨーレンスの滅茶苦茶な殴打の嵐に、身体を丸めて防御態勢になったゴーレムを見て、カロリーナは思う。ルドに続いて離脱した彼女は階段の手前に辿り着いていた。一方のジオンはヨーレンスに体当たりを喰らわすと、彼を抱えてこちらへ走って来ている。こうでもしなければ、一心不乱のヨーレンスは止まらなかった。そして幸いにもゴーレムが起き上がる気配は無かったのである。


危機を逃れた一行が、地上階へ到達したのは、それから間も無くのことだ。回廊の上階に魔物は出現しなかった。冷たい倉庫の石床に投げ出されたヨーレンスは、ここで漸く我に返っている。どうやら団長が自分を抱えてきてくれたらしい。初めての、所謂死地を体験したヨーレンスは、ここに至って強く握り締めていた棍棒から手を放した。からからと転がるその空しい音を聞いて、ヨーレンスは目を閉じた。


カロリーナ・フロールヴ、鎧左部損壊及び左上腕骨折...愛用の剣は剣先の辺りが折れる。

ルドヴィ・クラウセン、全身打撲に裂傷多数...回収アイテムの三分の一を逸失(ロスト)

ジオン・スズキ、具足に亀裂多数、損壊手前。打刀は刃毀れ多数。

その他、全員軽傷ないし裂傷あり...但し何とか撤退して帰還。


こうしてカムイ・コマンダは初めての敗戦を喫した。

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